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第36話  リーサの喧嘩

 リーサの魔力が、少し変わった。これは・・・。明確な『殺意』。完全に操られたか、いや、違う。リーサの感情も残ってはいる。でも・・・。これはもう、時間の問題でしかない!


「リーサ、ごめん!」


 剣を引き抜く。ああ、目の前が見えないんだけど・・・。これじゃあ、戦えないじゃないか。

 左手で涙を拭い、リーサをしっかりと見つめる。操られると、通常の何倍もの力を発揮する。となると、俺に太刀打ちできるレベルなのか怪しいところだ。最悪、父さんにも協力してもら・・・、いや、それはダメだ。これは、俺たち家族の問題なのだから!


 やはり、リーサの魔法は見たことのないものだった。真っ黒、いや、少し違う。紫っぽい気がする。ともかく、そんな色の魔力の塊。当たった家具がじゅううと音を立てて溶けて行くのを見る限り、相当危険だと考えられる。家具? もうすぐ引っ越すからもう良いさ。高いんだけどな。


「ユーリ様、大丈夫?!」

「ああ、今は、な!」

「無茶しちゃだめだからね!」


 リリィとメリーの声。エディはおそらく、エリーを抱きしめて「大丈夫よ」なんて言っているところだろう。

 俺の剣がリーサに届く事はない。魔法を避けていると、全くリーサに近づけないのだ。

 にもかかわらず、向こうは寄ってくる。手には小さな短剣。エリーのじゃないだろうか。いつものバトルアックスだったらどうなっていた事か・・・。そう考えると、まだ助かったと考えるべきだろう。


 このままやっても勝ち目がない! そう焦り出した頃。リーサに異変が現れた。その正体に、俺はすぐに気が付く事が出来た。

 魔力切れだ。

 さっきから、ずっと強い魔法を連射していた。まだあったとしても、このまま使い続けるのはまずいと思ったのだろう。

 リーサはとっさに窓に近づき、足で蹴り割ると、そのまま走って逃げてしまった。追いかけようと思ったが、リーサの早さは異常で、追いつけそうもなかった。家の外でリーサと俺の戦いを見張っていたアナとクリスタが走って追いかけて行くのが見えたが、無理だろう。


「ユーリ、大丈夫?!」

「ああ、俺は平気だ。でも、リーサが・・・」

「大丈夫、探そう! でも、その前に、何か食べた方が良いよ」

「そうね。じゃあ、簡単な物作るから、エドとルナを連れて来て」


 泣きそうな表情の俺に、エドとルナは事の重大さを思い知ったようだ。何が起きたのか詳しく伝えてはいないが、この場にリーサが居ない事で、もう分かってしまったのだろう。

 ところで、ナディアカティアはどうしたんだ?


「御主人様ー!」

「ちょっと良いですかー!」

「ナディア?! カティア?!」


 二人は困ったような顔で部屋に入って来た。カティアは右手を負傷している。よく見れば、ナディアの顔にも大きな切り傷。

「リーサちゃんにやられたんです。何かあったみたいだったんで、身柄を確保しようとしたんですけれど」

「ごめんなさい、失敗しました。それで、街中探し回っているアナさんとクリスタさんに事情を聞いて・・・。すみません!」


 別に、二人が謝る必要はない。傷を負ってまで捕まえようとしてくれたのだから。それも、事情を知らなかったにもかかわらず。二人の手に負える存在ではないのか。となると、一体どうしたらいいというのだろう。何処に行ってしまったかも分からない。それに、仮に見つけたとしても、どうしようもないじゃないか。助けてやることはできないのだ。


「うぅ・・・。一体どうすれば・・・」

 俺が項垂れると、ルナがポツリと呟いた。

「リーサ姉ちゃん・・・。やっぱりあれで・・・」

「・・・え? 何か、知っているのか?」


 ルナはこくっと頷いた。エドが暗い顔で言う。

「リーサ姉さん、この前、喧嘩してたんだ。公園で。同い年、いや、それよりちょっと大きいくらいの男の子三人相手に」

「は?! そんな無謀な・・・」

「そうなんだけどな。・・・喧嘩の理由は、エレナお姉さんのホムンクルスを馬鹿にしたこと、それから、父さんを馬鹿にしたこと、家族を馬鹿にしたこと」

「え・・・」


 分かっていた。そんなようなことだろうとは。それでも、やっぱり・・・。何も言えない。

 リーサは結構天然だから、何も考えなしに行動しているように見えるし、実際、そんな事はよくある。けれど、隠し持っている考えはずっと大人っぽく、変わっていて、それでいて、正しいのだ。そしてそれを、本人は自覚していない。だからこそ、相手はムキになる。


「言ってること、全部正論だったよ。でも、それが一番あいつらをムキにさせるって、分かって無かったんだよ。リーサ姉さん、ボロボロにされて。しかも、仲間がいっぱい来て。リーサ姉さんだけで抗えるはず、無かった」

「な、何でエドがそれを知って・・・」

「見てたから。すぐに応援に入った、いや、入ろうとしたけれど、仲間に捕らえられて。リーサ姉さんが泣き叫ぶ様子を、何もできないで、見てる事しか、出来なかった・・・ッ!」


 エドは泣きだしてしまった。ルナは其処までは初耳だったらしく、驚いたような表情でエドを見る。泣きながら、エドは続ける。

「その後・・・。みんなに心配されたくなかったから。こっそりクリスタさんに頼んで、新しい服を持って来て貰って、いつも通り帰って来た振りをした。リーサ姉さんが傷ついているのは、すぐに分かった。でも、家族の前では、明るく振る舞って。見てるの、辛かった・・・」


 そう、か。そんな事があったのか。もっとよく見てたら、気付いたかもしれないのに。なんで気付けなかったんだろう。明るく振る舞って。だからなんだ。そんなの、見破れたんじゃないのか・・・?

「リーサ姉さん、俺だけに、こっそり言った。『みんな、そんな人じゃないのに。どうしよう、このままだと、あの子たち、殺しちゃいそう』って。リーサ姉さんなら、それも可能だ。ただ、いけないことだって分かってるから手加減する、そうすると勝てない」


 ああそうか。その殺意に付け込まれたのか。家族のこと、其処まで好きでいてくれたのに。俺は気付かなかった。リーサは俺たちの事好きで、よく見ていてくれたんだろう。でも、リーサの小さなSOS、気付けていなかった。何か、『助けて』って、合図を出してくれたんだろうに。


「と、父さん・・・?」

「ごめん・・・。ごめん、リーサ・・・。俺、リーサのこと、ちゃんと見ていれてなかったんだな」

「違う。リーサ姉さん、強いから。必死に隠そうとしたら、俺だって気付かない。だって・・・。本当に立ち直ってくれたんだと、思ってた」

「でも、親なのに。リーサ、俺の、娘なのに・・・」


 その時、ある事に気がついた。メリーだ。小さく震えて、両手をぎゅっと握りしめていた。

「あぁ・・・。私、最近、ずっと家に居たのに。ユーリより、一緒に居たのに」

 そうだ。この形だと、メリーを責めてしまう事になる。まずいと思った時は遅かった。

「メリーッ!」


 メリーが倒れた。



「大丈夫だと思います。でも、リーサちゃんが戻って来てくれないと・・・」

 エレナは顔を曇らせた。やはり、リーサが最大の薬、か。

 医者としても働けるレベルの知識を持つエレナにメリーを診察して貰った。ただ単に、ストレス。ただし、これはリーサが無事に帰ってこないと治りそうにないという診断だった。


「ユリエルさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ。少し休んだらどうですか?」

「それは・・・。悪いけれど、出来そうにない」

「です、か。アナスタシアにクリスティアネ。その上ナディアちゃんカティアちゃんが向かっているなら、何とかなるんじゃないですか?」

「だと思うんだけど、あの時のリーサ、あり得ないスピードで走っていったから」


 どうなるか分からない。それが正直な感想だ。魔王に操られた時の力は、想像を絶するものだと聞いている。もう、今日俺、一体何回泣いたんだ?

 自分も不安だろうに、エディはずっと俺を慰めるように手を握ってくれている。リリィはナディアカティアと連絡を取り合っている。どうやら、悪魔特有のネットワークの様なもので、念話が繋がるらしい。


「まず、そうですね・・・。リーサちゃんの居場所を探ってみましょう」

「・・・え?」

「彼女は私の所にちょくちょく足を運んでいましたからね・・・。実験体として、こんなものを作ってみたんですよ」


 エレナはパソコンのあるソフトを立ち上げた。其処に地図が表示される。

「リーサちゃん、私の機械に興味があるみたいで。次の発明品を試させて! というので、実験させてもらったんです」

 女の子の顔のマークが幾つか表示されている。デフォルメされているが、この顔は・・・。


「ええ、アナスタシアです。こっちはクリスティアネ。二人は別々なんですか・・・。ちょっと危ないと思うんですけれど」

「え、え、これ、なんだ?」

「GPSですよ。何処に居るのか分かるんです。魔力を登録しておくと、ですが。リーサちゃんは・・・。ええと・・・」


 エレナは「え・・・?」と首を傾げる。

「ええと・・・。反応が広すぎる。妨害されてしまったんでしょうか・・・。まあ、何となく分かるようですし、此処まで強いとは思っていなかったんでしょうねぇ」


 エレナは自分の発明品の完成度に嬉しそうに笑みを浮かべ、それからはっとして俺たちの方に顔を向ける。

「ええと、何となくですが分かります。妨害されているようで、詳しくは分かりません。けれど、十分でしょう? リリィさん。伝えてあげて下さい」

「分かった! 場所は何処?」

「それは・・・」


 俺は一瞬、呼吸をする事が出来なかった。まさか・・・、リーサ・・・。

「ど、どうかしました?」

「この森・・・。いつか一緒に行こう、と約束していたんだ」

「え?」

「という事は・・・。まだ記憶はある。そして・・・。助けを求めている。間違いない」

「ど、どういう事ですか?」


 俺は、ある事を鮮明に思い出していた。

「あれは・・・」

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