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第35話  リーサの大暴走

 五月。涼しい様な、暖かい様な。そんな気候の中、益々黒魔族が操られる事例が増えて行く・・・。



「っはぁ! な、なんだ・・・」

「んん・・・。ユーリ・・・? どうしたの?」

「な、何でもない」


 夢だった、か。随分現実味があって、分からなかった。

 あの時のエリーみたいに・・・。家族にどんどん裏切られていく夢。でも、こうやってメリーが隣で幸せそうに眠っているってことは、本当にただの夢だろう。


「きゃああああ! あはははははは!」

「?! な、なんだ?!」

「え・・・? 今の、家から・・・?」


 時間は六時頃。俺はベッドを下りて声のする部屋――リビングへ向かった。

 だろうな。声でそうだと思ったよ。でも、信じたくなかった。


「リーサっ!」

「あはははは・・・? だ、ぁ、れ?」

「あ、ああ・・・。そんな・・・」


 リーサも黒魔族だったな。操られることはない、なんて言いきれるはずがない。

 ――リーサが、魔王に操られた。


 一度扉を閉めて廊下に出ると、扉のガラス越しに中を見たのだろう、メリーが驚いた様子で立っていた。

「リーサ?! ユーリ、どういうこと・・・?」

「魔王に操られた。どうしたらいいんだ?」

「そ、そんなのボクは知らないよ・・・」


 リーサはいつもの服を着ているけれど、いつもの髪の色だけれど、目が青紫に光り、見たことのない、狂ったような表情をしている。なんとなく・・・。ナディアカティアに重なる。

 もう、また。俺はどうして何時も・・・。リーサはそこそこの強さがある。操られることは滅多にない。じゃあなんで・・・?

 魔王が操りやすい人の条件の中に、『心に傷を負ったもの』という条件があるらしい。また、家族の事をちゃんと見れていなかった・・・。

 そりゃあ、魔王が力を持って来て、魔物が強くなり、最近はとても忙しかった、というのもあるが、それは単に言い訳に過ぎない。どうしてこうなってしまうんだ。これじゃあ・・・。さっきの夢は、正夢だろうか。


「ユーリ? 大丈夫?」

「あ、ああ。ナディアカティアはもう見回りに行ったよな。じゃあ・・・。エディとリリィを起こして来てくれ」

「わかった!」


 どうしよう。どうすれば、リーサを助けてやれるんだろう。・・・いや、助けてやる、という表現はおかしいのかもしれない。リーサにとって、何が一番なのか、もう、分からない・・・・・・。


「お父様、しっかりして!」

「! エリー?」

「お父様は、私を助けてくれたの・・・。だから、リーサも・・・」

「そうは言っても! もうどうしていいか分かんないんだよ!」


 エリーは驚いたように目を見開き、一歩後ずさる。そんなに怖い顔をしていただろうか? 青い澄んだ瞳にじわりと涙が滲んでいる。持っている事を忘れていたのだろう。両手で包むように持っていたマグカップを落とす。かちゃんと音がし、中に入っていた黒ぽい液体が床に零れる。

 まずい。あれはエリーのお気に入りのマグカップ。じゃなくて。「あ・・・」と呟くと、震える手で、一つ欠片を拾った。


「エ、エリー、悪い。大丈夫か?」

「あ、あ・・・。ど、どうしよう・・・」


 エリーは何か失敗をすると、どうしていいのか分からなくなるらしい。だから。こうやって、割れたマグカップを見て震えている。

 失敗する事が、怖いんだと思う。あんまり色々口に出さないから分からないけれど・・・。「やっちゃった」「怒られるかも」「どうしよう!」パニックになると、余計どうしていいのか分からなくて。これは、エリーを良く見るよう心掛けて、気がついた事。

 本当は、こうなる事を避けなくてはいけなかった。


「エリー、大丈夫だ。大丈夫だから」

「え・・・、で、でも、でも・・・」

「何か拭くものと、袋を持ってきてくれるか?」

「う、うん・・・」


 そうやっていると、メリーがエディとリリィを連れて戻ってきた。ちなみに、ティナは昨日パーティに出席し、そのまま王城に泊っている為この場に居ない。いや、居なくてが良かったな。

「あれ、どうしたの?」

「何でもない。ルナとエドはどうしてる?」

「リーサの声が聞こえて起きたみたいよ。とりあえず部屋で待機させているわ」


 其処にエリーが帰って来た。俺が微笑んで「ありがとう」というと、エリーは黙って頷いた。

 簡単に片付け、俺たちはリーサをどうするか話し合う。今のところ、何も壊そうとはしていない。それどころか・・・。

「あれは、苦しんでる・・・?」

 もしかしたら、洗脳に必死に抗っているのかもしれない。それなら、早めに手を打てば・・・。


「あ、あの・・・。王女様に、聞いてみると、良いと、思うの・・・」

「ん? エリー?」

「王女様は、沢山の情報、持ってるから・・・。もしかしたら、分かるかも」

『・・・』

「それに、分からなくても・・・、情報を集める方法が、あると、思うの」


 エリー・・・。そうか。王女様か。エリーは良いところに気がついてくれた!

「じゃあ、王城に行ってみよう。どうする?」

「ええと・・・。ユーリとエリーちゃん、頼んでいいかな?」

「なんでだ?」

「何かあった時の為に封印魔法の準備をしておくからよ」


 俺は魔法が使えないから。エリーは子供だし、向こうの方が安全だから。こんなところだろう。

 そんなわけで、俺とエリーは走って王城に駆け込んだ。


「王女様に会わせて下さい!」

 王女様はすぐ其処に居た。

「あれ、ユリエルさんじゃないですか。どうしたんですか?」

「リーサが・・・。うちの娘が操られました! どうすればいいんでしょう」


 王女様の顔色が一瞬で曇る。

「分かりました。探しましょう。いいですかみなさん。魔王に操られた黒魔族の、元に戻った事例を探しなさい! 見つかり次第、連絡を入れます」

 ティナに会ったので、エリーが操られて危険な状態だから家に来ないように言った。というのも、少し風邪気味、などと言っている彼女を連れていくのは嫌だったのだ。



 ドキドキしながら家に帰ると、一見出た時と同じ状況だった。

 が、どうも顔色が優れない。中を覗くとすぐに分かった。家具を壊しているからだ。

 どうも、完全に操られてしまったらしい。ちなみに、元に戻す方法だが、エディとメリーがスマホで探してみたが、見つからなかったらしい。


「リーサ・・・。もう、どうして・・・」

「メリー、大丈夫よ・・・」

「でも、私、毎日リーサのことよく見てたのに、なんで・・・」


 エディがメリーを抱きしめる。こういう時、俺、全然役に立ててない。本当だったら、俺がメリーを慰めなくちゃいけないのに。なんでみんな、俺を好きでいてくれるんだろう。全然分からない。

 ああ、そうか。分かった気がする。エリーやリーサの事。一度自己嫌悪に陥ると、どんどん負の方向に傾いて行ってしまう。そうして行きすぎると、きっと、立ち直れなくなるんだろうな。

 俺は、守るべきみんなが居る、というのが一番の支えになるけれど、みんなは?


「とりあえず・・・。このまま窓を突き破って出て行くのは時間の問題。此処で一度仕掛けよう」

「って言っても、どうするの?」

「力尽くで大人しく出来れば・・・。ちなみに、その、例の封印魔法というのは」

「ああ、さっき言ったの? 出来れば使いたくないわ。一週間、私たち使い物にならないわよ」

「・・・どういう魔法だよ」

「魔力を使い過ぎるんだ。だから三人じゃないと出来ない。まだ試作だからって言うのもあるんだけどね」


 そうか、これか、今まで俺に隠して練習していた魔法は。三人でこそこそ話し合い、呪文書を読みながら何かノートに書き込んでいた。最強の『封印魔法』を作り出す為だったのか。

 って言うか、魔女の中でも魔力量が格段に多い三人の魔力を、底が尽きるまで使う魔法ってどんな威力なんだ・・・。


「じゃあ、もし上手くやりあえたら。隙が出来たら普通ので良いから! 封印魔法を試してみてくれ」

「わかった。ユーリ、危なかったらすぐ帰ってきて・・・!」

「じゃあ、私が強化魔法を掛けておくね。それから、催眠魔法の準備もしてあげる。・・・効くか分からないけれど」


 剣を持ち、そっと部屋の中に入る。狂気に染まった表情が胸を締め付ける。何でリーサをこんなにしてしまったんだ・・・。エリーの時といい、本当に自分のこと、嫌いになるな。

 最近、みんなに訓練して貰い、魔力の流れを感知できるようになった。感度をマックスまで上げ、リーサを見てみる。これは、俺もまだ練習中だし、ガラス越しだと分からないのだ。


 魔力というのは、その保有者の感情をよく表す。少しずつそれが分かるようになってきたところだった。

 何だろう。怒ってるわけじゃ、無いのか・・・? どちらかといえば、悲しんでる?

 そうか・・・。こんなこと、したいわけじゃないから。

『攻撃したくないのに、体が勝手に動いちゃうよ』

 リーサの言葉が聞こえるかのようだった。


「リーサ・・・」

「あはぁっ? 私と、遊ぶのぉ?」

 楽しそうな笑みを浮かべ、俺を見る。けれど、魔力は正直だから・・・。ああ、泣いたら戦えないって。


「リーサ、絶対に助けてやるからっ!」

「なぁに? 何を言っているのぉ? 助ける? ふざけないでぇッ!」

 狂った笑み。一瞬、泣きそうになってしまった。魔力が揺れた。

『なんでこんなことを言っちゃうんだろう、お父さんを傷つけたくないよ』

 俺の中のリーサが、泣きながら呟いた。


 もう、こんな目に会うなら、いっそのこと、家族と分かれて一人で魔王討伐を目指すか。本気で思ってしまった。家族が居なければ。もし身軽なら、こんな気持ち、ならなくて済んだ・・・。

 でも。愛しい嫁の表情や言動。可愛い子供たちの成長。楽しい生活も、危険な冒険も、何もかも、みんなみんな、俺にとっていい思い出だ。でも・・・。じゃあ一体、俺はどうすればいいんだよ・・・。


 敵が目の前に居るというのに。幾らなんでも無防備だ。俺はリーサから目を離すどころか、全く関係の無い事を考えていたのだから。それでも、急に襲ってくることはなかった。寧ろ、――一瞬だが、悲しそうな表情が見えた。

 なんだか、完全に操られているわけじゃないってことなのか? これなら、何とかなるんじゃないかと思ってきた。けれど、それと同時に、リーサが魔王の洗脳に精一杯抗っている、つまり、苦しんでいるんじゃないかと思った。


 ああ、俺ってやっぱり、頭悪いよな。こういう時。どうすればいいのか分からなくて。結論の代わりに出てくるのはいつも涙。

 女王様、お願いです・・・。リーサを、いや、俺を、助けて下さい!

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