第9話 エレナとホムンクルス
「この前、思い出しました」
「そう。ユルシュルさん・・・。あぁ、どうしようもなく会いたくなってしまいます」
アンジェリカ先生は額に手を当てて溜息をついた。アンジェリカ先生は、相当姉さんの事を可愛がっていたもんな。だからこそ、今の姉さんがいる。それを、一瞬で・・・。許せない。
「じゃあ、私が、お姉さんに、ホムンクルスを作って差し上げます」
「え?」
「護衛役ってことです。どうですか?」
「いい、のか?」
「もちろんじゃないですか。今、二人作りかけなんですけれど、一人差し上げます」
エレナはウインクをしてそう言った。悪いと思ったのだけれど、それ以上に姉さんが心配だ。このままだと、絶対自殺する。あれ、俺の前だから無理して笑っていたんだろう。そんなの分かっている。でも、だから、余計に心配だ。
「容姿に条件は?」
「出来ればで、良い。髪は淡い水色で長い。目は青、ぱっちり大きく。俺らよりちょっと幼い位」
「モデルが、居るんですか?」
「姉さんが大切にしていた人形、シルヴァニアだ」
もっとも、あれも、壊されてしまったが。友達の様に大切にしていた姉さんは、それを見た途端泣き叫んだ。当然だ。命は無くとも、友達なのだから。
・・・。そうだ。あれがきっかけだったんだ。あれが無ければ、姉さんは、多分・・・。
「大丈夫ですか?」
「! ああ。頼んだぞ、エレナ」
「お任せ下さい」
エレナはニッと笑って見せた。それが、何より俺を安心させた。
俺たちが寮に帰っても、エレナは一人、学校に残っていた。だんだん暗くなっていく空。心配になってきた。
「エレナ・・・。大丈夫かな」
「でも、先生も此処に来るんだろう? アンジェリカ先生が一緒なはずだ」
「そうね。じゃあ、平気・・・」
そんな話をしていた時、部屋の扉が勢い良く開いた。エレナだ。少し髪を乱して飛び込んできた。
隣にはアンジェリカ先生。送り届けてくれたらしい。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。心配しましたよね」
「うん。でも、ちゃんと帰ってきたし、よかったぁ」
「ちょっとのめり込んじゃって・・・。時間忘れてました」
エレナはふふっッと笑う。そういうタイプだったんだな。ホムンクルス作りがそれほどまでに大好きなんだろう。俺はリリィをちらと見た。さっきから魔物の倒し方に夢中。
「あ、もう夜ご飯の時間・・・」
「そうですね。行きましょうか」
「リリィ、行くぞ」
「? あ、うん!」
数日後、休日。エレナは出来あがったと言って俺たちを呼んだ。
一つのカプセルには、黒髪の少女、もうひとつには水色の髪の少女が入っている。
「で、此処からが問題で・・・。ユリエルさんに、お願いしたいんですけれど・・・」
エレナは上目遣いで俺を見た。大体、想像はついている。
「俺が、この中に魂を入れればいいんだな?」
「召喚魔法と似ているので」
俺はそっと目を閉じる。おお、沢山居るんだな。目を閉じた状態で意識を集中させれば、光の、あの、オーブみたいな感じ? で見る事が出来る。
ふと思った。これ、俺が選んでいいのか?
「こっちの、黒髪の子・・・。名前と、性格のイメージは?」
「名前は澪桜。性格なんて、選べないですが・・・。お淑やかな子が良いです」
じゃあ、この、桃色の子を選ぼう。シルヴァニアの方には薄水の子を。さ、入れ! 俺はそっと誘導する。
「あ、入った・・・!」
「本当か?」
「はい。ありがとうございます」
エレナは機械を弄ってカプセルの蓋を開けた。二人が歩いてくる。俺とシミオンは静かに目を背けた。うん、服を着ていないからな。
エレナが二人に服を着せ、名前を教えていく。ちなみに、澪桜の目の色は右が黄緑で左が黄色。
「で、シルヴァニアちゃんの躾けはユリエルさんに任せます。とはいっても、必要最低限の事は入ってますし、お姉さんの特性だけで大丈夫です」
そのエレナの説明はあまり頭に入っていなかった。いや、なんというか・・・、シルヴァニアが可愛いからだ。
想像以上の出来。超美少女。俺の視線に気が付くと、恥ずかしそうに微笑んだ。
「あ、あの、色々教えて下さい、ユリエル様」
「・・・っ! あ、ああ。まず・・・」
俺は姉さんの特性を教えていく。
話しかける時は、まず、名前から呼ぶ事。
大きな声が苦手だから、話す時は小さめの声で、ゆっくりと。
絶対に触らない事。向こうが触れてくるようになったら、少しずつ触っても平気。
「話しかける時は、名前から呼ぶこと」
「自分に話しかけられている、という事を分かったうえで話さないと、どうしていいのか分からずパニックになるからな。聞けばいいのか、聞かなくて良いのかで」
「・・・。大きな声が苦手だから、話す時は小さめの声で、ゆっくりと」
「大きな声を出すと、相当の確率で逃げる。大きな声が怖いんだ。出来るだけ怖がらせるな」
「はい。絶対に触らない事。ユルシュル様が触れてくるようになるまで」
「これが一番重要だ。何があっても、絶対だからな! 捨てられたいなら別だが」
「・・・っ!」
シルヴァニアは怖がって小さく震えた。いけない。ちょっと強かったか。
「だから、絶対に触るな、という事だ。触るのを嫌がるからな」
「・・・はい!」
姉さんにシルヴァニアが触ったら。どうなるかは目に見えている。姉さんはシルヴァニアへの信頼をなくし、代わりに恐怖感を抱く。そうなったら、護衛も何もない。
「それから、シルヴァニアは姉さんの護衛。絶対傍を離れるな」
「はい、心得ておきます」
「なら平気だ。いいな? 姉さんが誰にも知られず誰かと会う様な事が無いように」
「わかりました」
実際、この可愛い美少女を手放したくないのだが、そういう訳にも行かない。でないと、何のためにこの子を作ったのか分からない。この子は姉さんの護衛役として作られたのだ。
そう言う訳で、お金を渡し、乗り換えなどをしっかりと教え、ルーズヴェルト家に送る。
「向こうについたら、この手紙を渡せ。良いな?」
「はい」
「あとは、さっき俺が言った事を守ってくれればいい」
「わかりました」
「ユリエルさん、澪桜ちゃん、イメージ通りです! ありがとうございました」
「いや、シルヴァニアも作って貰ったし」
「そんなの、ついでです。気にしないでください」
エレナは笑った。が、急に顔を暗くした。
「あ・・・。次、誰作るか決めてなかった。どうしよ・・・。今すぐ作業に取り掛かりたい・・・」
「お、おい、エレナ?」
まさかここまでとは。これじゃ中毒じゃないか。
「あ、あの・・・。私の体とか、作れたりします?」
「え?」
「実は、私・・・。御主人様から、一切離れられないんです」
「それだよ。どういう事なんだ?」
「それは・・・・」
リリィは話し始めた。
魔界というのは、空気中の魔力が此処よりも多いので、魔法を使う時、魔力の消費が無い。だから、悪魔は此方の世界に初めて来た時、・・・慌てる。魔力の回復が遅いからだ。
とそれはさておき。使い魔は、自分の肉体を維持するのに魔力を使う。魔界ではなんてことないが、此方の世界では大量に消費する。それが、何故だかわからないが、自分の主人の近くに居る時のみ、消費しないらしい。
肉体維持による魔力の消費量は莫大。相当な魔力を持つリリィも、一時間は持たないという。
「でも、肉体を作っていただければ、肉体維持の魔力は要らないでの、もうちょっと、私の行動範囲も増えるんです。お願いできません?」
「やる! やるやる! やりたい! 作りがいあるなぁ。今のリリィちゃんと寸分たがわず・・・!」
そりゃあもう、リリィが引く位だった。ホムンクルス製造中毒なんてあったか? あるはずがない。
俺がそんな事を考えていると、リリィが真っ赤な顔でエレナに何か耳打ちをした。エレナはニヤッと笑うと頷く。何の話をしていたんだろう。凄く気になる。けれど、多分、聞いちゃだめなことだな。
「よし、じゃあ、みんな、ありがとう。私はリリィちゃんの体の制作に取り掛かるから。じゃあ!」
半ば無理やり俺たちを追い出すエレナ。俺たちは顔を見合わせる。
「えっと・・・。エレナちゃん、やり過ぎじゃ・・・」
「あれじゃほぼ中毒だぞ」
「エレナ・・・。まさかあれほどとは」
「まあ、好きにやらせましょう。無理に止めさせるとかえって危険な気がします」
それもそうだ。アンジェリカ先生の言葉に俺たちは頷き、寮に帰る事にした。
寮に帰ると、スマホに着信音。姉さんからだ。
『ユリエルくん、シルヴァニアちゃんありがとう。エレナちゃんにもお礼を言っておいてね。
この子、あの、シルヴァニアちゃんだよね、凄く嬉しい。この子がいれば、安心だね。ユリエルくんも心配しないで。私は大丈夫だよ』
あ、添付ファイルがある。開いてみると・・・。ふふ。ニコッと笑う姉さんと、恥ずかしそうに笑うシルヴァニア。どうやら仲良くなれたようだな。俺はメールを閉じる。
「にしても、使い魔の事。あれは初めて知ったな」
「ごめんなさい。でも、言う必要も無かったから」
「まあそうか」
「リリィちゃんはだからユリエルにべったりなの?」
「はい。って、そうじゃなくて、っていうか、それだけじゃなくて、ええと・・・」
リリィ、やっぱり俺に気があるんだな。顔を真っ赤にしてちらっと俺を見た。
多分、肉体というのも、そういう意味なんだろう。――仮の肉体では出来ないと聞いた事がある。
「エレナって、今までにどれくらいにホムンクルス作ってるんだ?」
「えっと・・・。小三位から、五十体以上。上手く魂が入れられないと、壊れちゃうから」
「じゃあ、リリィは心配ないな」
「ってことになるよ。それに、エレナ、最近上達してるし」
なら良いんだけど。あ、じゃあ、それならシルヴァニアも大丈夫か。すぐ壊れでもしたら姉さんが・・・。
そんな話をしていると、アンジェリカ先生が入ってきた。ちょっと困ったような顔をしている。
「アンジェリカ先生? どうしたんです?」
「実は・・・。お客さんですよ、みなさん」
「な・・・っ!」
シミオンが目を見開いて声を出す。其処に居たのは・・・。
「こんにちは。私、シミオンの姉、フェリシアですわ」
「私、シャロン」
どうやら、シミオンの姉と妹が来たらしい。




