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気軽に散歩はできません

「帰ったか、リュシン。ご苦労だった。報告を聞こう」

「はい」


隊長さんがそう声をかけると、彼は頷き、隊長さんの机の前まで進み出た。

リュシン……それが、彼の名前だろうか。


「ん……? 隊長。報告をするのは良いんですが……この女性は?」

「ん? ……あ……」

「え? あ、わ、私!?」


ふいに、彼がこっちを向く。

どうやら私の存在に気づいたらしい。

ぼうっと彼に見惚れていた私は、彼と隊長さんの視線を受けて、我に返った。

ど、どうしよう、何か言わなくちゃ!

ていうか、まずは自己紹介でしょう!!

第一印象は大事!!

緊張するけど、笑顔で挨拶だ、頑張れ私!!

私は立ち上がって口角を上げると、口を開いた。


「は、初めまして! 私はアイラ・カガミといいます。えっと、異世界から来ました、よろしくお願いしましゅっ!」


最後の部分で頭を下げると、勢いをつけすぎたのか、最後の最後で噛んでしまった。

し、"しましゅ"って……"しましゅ"って!!

や、やっちゃった……は、恥ずかしい、顔上げられないよ……!!


「……異世界?」

「ああ、そうなんだ。この女性は異世界の乙女なんだよ、リュシン。お前は任務に出ていたから初耳だろうが、つい先日迷い込んでいたのを発見されてな。有り難い事に、伴侶候補を兼ねた護衛を、うちの隊から選ばれるらしい。今はその選定の為にここにいるんだ」


私が放った"異世界"という言葉に首を傾げた彼に、隊長さんが詳しい説明をするのを、私は床を見つめたまま聞いた。

えっと……気になるの、そこだけ?

噛んだ事については、スルーして貰えた……の?

私は冷や汗をかきながら、彼の次の言葉を待った。


「……そうでしたか。……けれど隊長、それでは、報告が。今しても、いいのですか?」


そうして聞こえてきたのは、戸惑ったような彼の言葉だった。

……んん?

報告?

今してもいいのか、って…………あ、ああっ!!

そうか、ここは隠密部隊だもんね!!

任務報告する場に、部外者(わたし)がいたらそりゃ気になるよね!!

うん、了解しました!!

空気を読んで、私、直ちに一時離脱致します!!


「あ、あのっ、私ちょっと、外の空気を吸って来ますね!」


私は勢いよく顔を上げると、そう言って一目散に扉へ向かい、部屋を出た。

少しの間その辺りをぶらぶらして、そしたらまた、戻ればいいよね。

戻ったら彼と……リュシン君と、話せたらいいなぁ。


★  ☆  ★  ☆  ★


……困った事になりました。

かなりの危機です。

私は今、お城の廊下を歩いています。

メイドさん達が毎日頑張って掃除をしているのでしょう、どこを歩いてもピカピカで、塵ひとつ落ちていません。

時々端に白い台座があって、どこも同じ色の花瓶に、同じようなお花が綺麗にいけてあって、目を楽しませてくれます。

今は皆さんお部屋に篭って執務中なのか、さっきから人っ子一人見かけません。

……思い返せば、私、移動はいつもメイドさんに連れられていました。

訓練場にも王様の執務室にも隠密部隊隊舎にも、そして自分の部屋にも、メイドさんが先導してくれて行き来していたんです。

ここは、お城。

来てたった数日の、それも一度も一人で歩いた事がない人間がぶらぶらして無事に済むわけはなかったのです。


「……ここ、どこぉ……!?」


どこまで行っても同じような廊下が延々と続いているこの状況に、私はついに涙目になって声を上げました。

広いお城の中で、絶賛、迷子中です。


「うぅ……隠密部隊の隊舎、どこ……。戻りたいよぉ……。渡り廊下の先って事は覚えてるのに、渡り廊下が見つからない……どこにいったの、渡り廊下……」

「……渡り廊下なら、この先二つ目の曲がり角を左に曲がり、真っ直ぐ進んだつきあたりを右に曲がった先にあります」

「え!? あっ、ありがとうございます!! 迷ってたんで助かりまし……って、リュ、リュシン君!?」


隠密部隊の隊舎を探してぶつぶつと呟きながらさまよっていると、ふいに後ろから道を教える声がかけられ、これで戻れると喜んだ私は、声の主にお礼を言うべく振り返ると、目に飛び込んできたのは、私の理想の男性、リュシン君の姿だった。


「ああ、迷ってらしたんですか。なら、迎えに来たのは正解でしたね」

「え? む、迎えに来てくれたの? 私を? リュシン君が?」


そ、それは、もしかして、リュシン君も私と話したいと思ってくれてたとか、そういう事……!?


「はい。先輩達に、『異世界の乙女が出て行った原因は俺だから迎えに行け。他に連れ去られてたら責任持ってどんな手を使っても奪い返して来い』と言われまして。……迷っていただけなら、余計な手間がかからないから、良かったです」

「……え? あ……」


な、何だ……部隊の誰かに言われたから、来てくれただけなんだ……。

やだ、おかしな勘違いするところだったよ……!!

そうだよね、こんなイケメンが私なんかと話したいなんて思うわけ……て、あれ?

リュシン君に私を迎えに行くよう言った"誰か"も、イケメンだよね?

あの部隊の誰かなんだから。

そのイケメンが、私を"迎えに行け"なんて、リュシン君に言ったの?

"他"が何かとか、"奪い返して来い"が何をとか、イマイチ意味がわからない単語はあるけど…………わ、私、少なくてもその人には、話したいと思われてるって事かな?

うわぁ、だ、誰だろう……!?


「……異世界の乙女? どうか、しましたか?」

「え? わ、わわっ!! ……ごっ、ごめん! えっと、じゃ、じゃあ、戻ろうか、リュシン君!!」


突然黙り込んだ私を不思議に思ったのか、リュシン君は私の顔を覗き込んできた。

けれど思考に沈んでいた私には、それは、気づけばいきなり至近距離にイケメンであるリュシン君の顔があったという事で。

思わず後ずさった私は、まるで沸騰したように顔が熱くなるのを感じながら、早口にそう言った。


「はい。……ですがその前に少しだけ、寄り道をしましょう。隊舎に戻れば、きっとすぐに先輩達に取られて、俺は貴女と話したくても話せないでしょうから」

「え?」


リュシン君?

い、今……何て?

聞き返したい、物凄く聞き返したいけど、立ち竦む私をよそにリュシン君は早足ですたすたと歩き出してしまった。

教えてくれた道とは、違う方向に。

その事が、さらっと告げられた言葉が聞き間違いじゃなかった事を教えてくれていて。

嬉しくなった私は、結局聞き返す事なく、駆け足でリュシン君の背中を追いかけたのだった。

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