理想が服着て動いていました
「うぅ、暑苦しいよぉ……」
目の前で繰り広げられる光景を見ながら、私は小さくぽつりと呟いた。
視線の先では、ゴリラやでっぷりが汗を流しながら斧を振り回している。
暑苦しさに堪えかねて視線を外せば、そこにはかなりふくよかな体型の女性達がいて、熱い眼差しをゴリラ達に向け、黄色い声をあげている。
その姿にもげんなりして、私は俯き、溜め息を吐いた。
……早く、今日、終わらないかなぁ。
昨日の王様の言葉を思い出しながら、私はその事を切実に願った。
昨日、あの後。
ようやくイケメン集団に出会えた私は、彼らの訓練が終わると、その足で直ぐ様王様の元へと行った。
そして『自分の護衛は隠密部隊から選びたいです、だからもう公開演習の見学は必要ありません』と告げた。
しかしこれを聞いた王様と、その場にいた宰相と騎士団長は顔色を変え、慌てて私に考え直すようにと説得してきた。
けれど頑として首を横に振り続ける私に、三人は困ったように顔を見合わせた後、『ならばせめて午後と、明日もう一日だけ見学して、その上で決めて欲しい』と深々と頭を下げてまで頼み込んできた。
正直私はもう考えを変える気は微塵もないけれど、お世話になってる王様達の頼みを無下に断るわけにもいかず、渋々ながらも了承して、今に至る。
今日の公開演習見学は、これで最後。
つまり、この苦行の日々は、これで終わるのだ。
明日からは隠密部隊の隊舎に入り浸って、護衛を決める。
イケメン達と触れ合う夢のような生活がスタートするのである。
ああ、明日が楽しみで仕方がない。
私は目を閉じて昨日のイケメン集団の姿を思い出し、暑苦しい目の前の現実から逃避を図るのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★
翌日、私はメイドさんに連れられ、意気揚々と隠密部隊の隊舎へと向かっていた。
昨日最後の公開演習見学のあと、呼ばれて行った王様の執務室で、私の考えが変わっていない事を知った王様と宰相は明らかにショックを受けていたけれど、護衛を隠密部隊から選ぶ事を了承してはくれたから、まあ問題ない、うん。
「失礼致します。異世界の乙女、アイラ・カガミ様をお連れ致しました」
とある扉の前で立ち止まったメイドさんは、コン、コン、とノックをすると、凛とした声でそう告げた。
すると少しの間を置いて扉が開き、中から赤毛に金の瞳の男性が姿を見せた。
先日の、この隠密部隊の隊長さんだ。
隊長さんはメイドさんと、その後ろの私を見て、どこか困ったように笑うと体を横にずらした。
「陛下から伺っています。中へどうぞ。異世界の乙女」
「はい、ありがとうございます!」
「……それでは、私はこれで。……隠密部隊、部隊長様。くれぐれも、異世界の乙女たるアイラ様にご無体な真似はなさいませんように」
隊長さんに促され、私が部屋の中へと足を進めると、メイドさんは冷たい声でそう言って、去って行った。
な、なんか、棘のある言い方だったなぁ。
メイドさんのあんな声、初めて聞いたよ。
そういえば昨日、私が護衛を隠密部隊から選ぶって話を聞いたらしいメイドさんに、勢いよく真実かを問い詰められたっけ……メイドさんも王様達同様、反対なのかなぁ……。
まぁ、そうだとしても、考えは変えないけどさ。
「どうしました、異世界の乙女? こちらへどうぞ?」
「あっ、はい!」
メイドさんが去って行った方向をじっと見ていた私は、隊長さんの声に部屋の中へと視線を戻した。
見れば隊長さんはいつの間にか部屋の片隅にある机から椅子を引いてくれている。
ああ、そこに座ればいいんだね。
そう理解した私はその机に近づいて行き、椅子に座った。
それを見届けた隊長さんはすぐ隣の机に行き席に着くと、私を見て口を開いた。
「では改めて。ようこそ、異世界の乙女、我が隠密部隊隊舎へ。歓迎致します。貴女の護衛をうちから決めるとの事で、とても光栄ですよ」
隊長さんは穏やかな口調でそう言った。
ただ、その表情はまだ困ったようなものだった。
どうしてだろう……そんな顔で"歓迎する"とか"光栄です"とか言われても、返答に困るよ……。
イケメンはそんな顔も格好いいから、眼福ではあるんだけどさ……。
「……あ、あの。……もしかして私、迷惑ですか……?」
隊長さんがこんな表情をしている理由をはっきりさせるべく、私はそう尋ねた。
けどもしそうだと言われたら、今度は私がとても困るんですけどね。
「え、あ、ああ……いえ。申し訳ありません。迷惑、というわけではないのですが。ただ……貴女の護衛は、伴侶候補も兼ねていると聞いていますから。……正直、何故うちなのかと思いまして」
「え? ……うっ!?」
隊長さんが"伴侶候補も兼ねている"と言った途端、それまで素知らぬ顔で書類片手に作業していた他の騎士達が顔を上げ、一斉に私を見た。
イ、イケメン達の視線が私に集中するなんて……!!
初めての体験に、一気に顔に熱が上がってくる。
あ、熱い……!!
「あ、あああああの……!!」
「ああ、すみません。お見苦しいものをお見せしました。こらお前達、異世界の乙女が困っているだろう。醜い顔を向けるな」
「へ!? そ、そんな!! 醜いだなんてとんでもない!! 皆さんすっごく素敵なのに!!」
「………………は?」
「ですから……ひっ!?」
真っ赤になって挙動不審に陥った私を見て、隊長さんはイケメン騎士達に向かってとんでもない言葉を言い放った。
すると騎士達は僅かに眉を下げ、無言で顔を逸らし、視線を書類に戻す。
けれど私が慌てて隊長さんに反論すると、再び顔を上げ、視線を勢いよく私に向けてきた。
再び集中したイケメン達の視線に私は体を跳ねさせるが、今度は隊長さんは何も言わない。
不思議に思って目だけを動かし隊長さんを見ると、隊長さんは目を見開いて固まっていた。
え、嘘、何で?
ど、どうしたらいいのこの状況?
「あっ、あの、隊長さん……!?」
「っあ……え、と……」
私が呼びかけると、隊長さんはぴくりと反応し、たどたどしくも再起動した。
「し、失礼しました。では……え~……と、とりあえず、今いる者達を紹介致しましょうか。任務に出てる者もいますので全員ではないのですが……その、直に帰って来ますので……」
「あ、そうなんですね。わかりました。じゃあ、今いる人達の紹介、お願いします。あっ、あの、私は鏡愛羅……アイラ・カガミです。よろしくお願いします、皆さん」
「っ! よ、よろしくお願いします!!」
まずは自分の自己紹介から、と思った私は名前を名乗ると、ペコリと頭を下げた。
すると部屋にいるイケメン達は一斉に立ち上がり、声を揃えて挨拶すると、これまた一斉に私に向かって頭を下げた。
うわぁ……本当に、何なんだろう、この状況……。
私が呆然とそれを見ていると、隊長さんは呆れたように苦笑したあと、自分の名前を名乗り、端から順にイケメン達を紹介してくれた。
そして、『異世界の乙女、アイラ様と交流するのは、書類が片付いた者からだ』と隊長さんが告げると、イケメン達は猛然と書類に向かってしまい、する事がない私は、とりあえずイケメン達を観察する事に決め、机に頬杖をつき、遠慮なくイケメン達を眺めた。
眼福、眼福。
暫くそうして眺めていると、ふいに部屋の扉が開いた。
「隊長、只今戻りました」
そう言って入ってきた人物に視線を移した途端、私は全身を雷に打たれたような衝撃が走った。
肩まで届きそうな長さの、さらさらとした深い青の髪に、涼しげな紺碧の瞳、通った鼻筋に、薄い唇。
すらりとした体躯。
これが漫画や乙女ゲーであれば必ず一押しとなるであろう、私の理想が現実に、服を着て、やって来た。