喜びは苦行を越えて
翌日から、私は騎士団の各隊の公開演習とやらを見学に行った。
午前に一回、午後に二回、それぞれ別の隊が行うそれを見るのは……はっきり言って、苦行だった。
騎士達は、そのほとんどがゴリラ……もといムキムキマッチョで、それらが集まって汗を流している様は大変暑苦しい。
中にはやはりでっぷりとした人達がいて、騎士という人種なのにその脂肪は何なんだ!と激しく憤りを感じていた私だったが、訓練を見学する中で、彼らのでっぷりの中身は脂肪ではなく、筋肉だという衝撃の事実を知った。
まるで、相撲をする力士のような体だ。
そんな彼ら、この国の騎士が扱う武器の主流は、斧だった。
騎士といえば、剣や弓を持った、引き締まった体に整った顔立ちをした美形集団というイメージを持っていた私が、目の前でマッチョやでっぷりが斧を振るう光景を見て内心号泣していた事は言うまでもない。
そんな悲しみに満ちた見学の日々も、今日で五日目。
一体この国の騎士は何隊に分かれているんだろう……と、今日も暑苦しい騎士達の訓練を見学しなきゃいけない事にうんざりしながらメイドさんに連れられ訓練場へ向かって歩いていると、ふと、いつもとは道が違う事に気づく。
「あれ? あの、メイドさん、今日はどこへ向かっているんですか? いつもと道、違いません?」
「はい、左様にございます。今から行われる訓練は、いつもの訓練場とは違う場所で実施されます。これは公開演習ではありませんので。見学が許されたのは、アイラ様お一人だけですし」
疑問に思った私が尋ねると、メイドさんからはそんな答えが返ってきた。
公開演習じゃ、ない?
見学するのは私だけ?
何で?
急に決まった公開演習にも関わらず、どこで聞きつけたのか、今までは私の他にもかなりの人数の見学者があった。
その大半が若い女性達で、訓練の妨げにならない程度に黄色い歓声が飛び交っていたものだ。
どうしてあの騎士達にそんな声が上げられるのか、私は心底不思議だったけれど。
でも、それが何で、私だけが見学できるなんて事になったんだろう?
「あの、どうしてですか? 他の見学の人達、別に訓練の邪魔にはなってなかったですよね?」
「はい。ですが今から行われるのは、隠密部隊の訓練ですので、彼らの姿は大勢に公開するわけにはいかないのです」
「隠密部隊……な、なるほど」
それなら、納得だ。
"隠密"というからには、そこに属する人達は顔も姿も広く知られるわけにはいかないのだろう。
あれ……私には、いいのかな?
あ、"許された"って事は、いい……んだよね、うん。
「……それに、たとえ公開になったところで、彼らの事をわざわざ見に行く人はいないと思いますし」
「え?」
「腕は立ちますがそれだけで、全員、地味過ぎる容姿をしておりますから。アイラ様がお探しなのは伴侶候補も兼ねている護衛なのですから、正直、彼らの訓練など見る必要はないと思うのですが……"平等に"という、陛下や騎士団長様のお言葉があっては、お連れするしかございませんので……お許し下さい、アイラ様」
「え、いえ、そんな! 気にしないで下さい」
申し訳なさそうにペコリと頭を下げたメイドさんに、私は慌てて首を振った。
「……ありがとうございます。アイラ様は本当に、お優しいですね」
そう言って再び歩き出したメイドさんに、私は無言でついて行く。
その後ろ姿を見ながら、この先に待ち受けているであろう、"地味過ぎる容姿"と称された騎士達の事を考える。
どうやら今回も、護衛は決まりそうにないなぁ。
あーあ、また苦行に満ちた時間を過ごすのかぁ……。
そう思って、溜め息を吐いた。
そう、愚かにもこの時の私は気づけなかったのだ。
このメイドさんの言葉が、私にとってどういう意味を持っているのかを。
★ ☆ ★ ☆ ★
「……っ!!」
その場所に足を踏み入れ、そこにいる騎士達の姿を見ると、私は思わず息を飲んだ。
目を爛々と輝かせ、口には笑みを浮かべる。
胸は歓喜に打ち震えた。
そう、目の前には、とてつもない美形の集団がいたのである。
そ、そうだよ……何で気づかなかったの私!!
ブサイクがイケメンというこの世界では、イケメンが地味とかブサイクに当たるんじゃないの!!
ああ……っ、やっと見つけたぁぁ、本当のイケメン達!!
私は感動のあまり声が出せず、しばしその場に立ち尽くす。
するとそんな私に、一人の騎士が近づいて来た。
「初めまして、異世界の乙女。本日は我が隊の訓練を見学なさるとか。歓迎致します。どうぞ存分に見学なさって下さい。……もっとも、貴女には特に見る必要もない、退屈な時間となるでしょうが」
「えっ!? た、退屈なんて、とんでもないです! そんな事あるわけありません!!」
「……ありがとうございます。貴女は、お優しいのですね。……それでは、時間ですので。良ければ、どうぞごゆっくり」
どこか自嘲気味に言う騎士に、私は慌てて反論した。
すると騎士は表情を変えずにそう返し、集団の中へと戻って行った。
え、今のって……しゃ、社交辞令と思われた?
本心なのに……。
去って行った騎士を目で追うと、彼は高らかに訓練開始を告げた。
それを受けて、騎士達が訓練を始める。
どうやら、あの人がこの隊の隊長さんのようだ。
「あ……! け、剣だ!」
騎士達が手にした武器を見て、私は声を上げた。
彼らが扱う武器は剣だった。
そこにまた私は感動したのである。
何しろ、これぞ私のイメージ通りの騎士の姿なのだ。
あれ、おかしいな、視界が滲んできたよ……。
私はそっと目元を拭い、彼らが訓練する様を飽きる事なく見続けた。