仕事が終わって
リュシンさん扮するメイド"ユシィさん"は、完璧だった。
完璧に、なりきっていた。
私は、リュシンさんがいないならという事で、数日かかる宿屋のお仕事を受けた事を後悔した。
受けなければ、朝と夜だけでなく、昼間もメイドとして働くリュシンさんと一緒にいられたのに。
でも、その宿屋の仕事も、今日で終わり。
明日は……リュシンさんがメイドになる一週間の、ラスト一日は、ずっと一緒にいられる!
まぁ、メイドのユシィさんとして、だけどね。
「あ! ただいまです、ユシィさん! 宿屋のお仕事、無事に終わらせて来ましたよ!」
「お帰りなさいませ、アイラ様。お疲れ様でございました。どうぞこちらにお座りになってお寛ぎ下さいませ。すぐにお茶をお入れ致します」
「あっ、はい! ありがとうございます」
「あ、俺はお茶よりコーヒーがいいなぁ。よろしくね、ユシィさ~ん?」
「はい。かしこまりました、フェイ様」
お城へ帰り、ウキウキと自分の部屋のドアを開け、中にいたリュシンさんに帰宅の挨拶をすると、リュシンさんは腰の位置で手を重ね、深々と頭を下げて挨拶を返してくれた。
次いで椅子を引き、私に座るように促すと、ドアへと向かって歩き出す。
お茶の用意をしに、厨房に行くんだろう。
そんなリュシンさんの背中に、フェイさんが声をかけた。
表情は普段通りだけど、口調にはからかいの色が見え隠れしているし、目は明らかに悪戯っぽく笑っている。
けれどリュシンさんは丁寧に返事を返して、部屋を出ていった。
「もう、フェイさん。あんまりからかっちゃ駄目ですよ? あれはお仕事でしてるんですから」
「はは、うん、わかっているよ。だからちゃんと、他の人の目がない時でしか、からかってないでしょう?」
「ちゃんとって……そもそもからかっちゃ駄目ですよ。あとでまた、彼女さんにフェイさんの秘密を話されても知りませんよ?」
「うっ! ……そ、そうだね。もうやめておくよ……」
わかっていると言いつつわかってないっぽいフェイさんに、前の、彼女さんに秘密の暴露の件を持ち出すと、フェイさんは途端に少し青ざめて頷いた。
凄い効果だ。
フェイさんの秘密って、一体何なんだろう……。
「……あの、ちなみに、この前彼女さんに暴露された秘密ってどんなのだったんですか?」
「えっ!? ……い、いやぁ、どんなのだったかな? ははははは……。……隠密部隊は、恐ろしいからね。アイラさんも秘密の行動を取りたい時は、気をつけるんだよ……?」
「え? は、はい……?」
……う~ん、やっぱり話してくれないかぁ。
……リュシンさんにあとでこっそり聞いたら、教えてくれたりしないかな?
「……アイラさん? リュシンに聞くのはやめてね?」
「え!?」
「顔にそう書いてあるよ。……人の秘密に興味持たないの。アイラさんだって人に知られたら恥ずかしい事のひとつやふたつ、あるでしょう?」
「う。……はい。わかりました……」
確かに、私にも誰にも知られたくない事はある。
それを興味本位で探られたら…………うぅ、仕方ない、フェイさんの秘密を教えて貰うのは諦めよう。
「失礼致します。アイラ様、フェイ様、お待たせ致しました、お茶とコーヒーをお持ち致しました」
「あ! ありがとうございます!」
ちょうどいいタイミングで、リュシンさんが戻ってきた。
ティーポットからカップへお茶を注ぐリュシンさんに聞かせるべく、私達は話題をがらりと変え、今日までの宿屋での出来事を話した。
リュシンさんは、にこにこと微笑みを湛えながら、楽しそうに聞いてくれた。
……余談だが、フェイさんに用意されたコーヒーは、とても面白い味がしたみたいだった。
フェイさんはリュシンさんに中身について問いかけるも、リュシンさんはにこにこと微笑んだまま『ただのコーヒーです』と言い張り、フェイさんは結局、それを物凄い顔をして飲んでいた。