謎と違和感
「アイラさん、すまない。部隊のほうの仕事が入って、明日から1週間程護衛ができない」
ある日、リュシンさんは部屋に来るなりそう言った。
「1週間ですか……わかりました。気をつけて行ってきて下さいね。行ってらっしゃい、リュシンさん。頑張って来てくださいね」
今度は1週間、会えないんだ。
じんわりと寂しさが浮かんでくる胸を押さえ、私は笑顔で激励の言葉を告げる。
「ありがとう。今日も街へ行くだろう? 1週間離れるお詫びに、何か奢るよ」
「え、そんな、いいですよ! お仕事なんですから、仕方ないですし!」
「いいじゃない、甘えておきなよ、アイラさん。今日の昼食代は、リュシン持ちって事で!」
「ええっ!?」
「待て。お前の分まで払うとは言ってないぞ、フェイ」
「……ち。リュシンのケチ。甲斐性なし~」
「……よし。お前の秘密その2をリリーに」
「はいごめんなさいやめて下さいお願いします! 前回許して貰うのに苦労したんだから!!」
「自業自得だろう」
……うん、リュシンさんとフェイさんの、こんなやり取りにもだいぶ慣れたなぁ。
軽口を叩き合いながら部屋を後にする二人の後を、私は苦笑しながらついて行く。
「あら……今日もお出かけでございますか? アイラ様?」
「あっ……は、はい、そうなんです! 行ってきますね!」
「はい、行ってらっしゃいませ。……今日は、王都のどちらへ?」
「え? そ、そうですね……明日からリュシンさんがいないし、まずギルドへ行って依頼を見ようかな……そのあとは、色々ぶらぶらと歩いてきます」
「左様でございますか。それではどうか、お気をつけて」
「は、はい。行ってきます!」
部屋を出た所で会ったメイドさんに深々と頭を下げて見送られ、私は再び歩き出した。
「……ふぅ」
「……やっぱり、彼女への苦手意識はまだ消えない?」
「あ……はい」
しばらく進んで曲がり角を曲がると、私は小さく息を吐いた。
それに気づいたリュシンさんが、僅かに声を落として尋ねてくる。
私はそれに、頷いて返した。
……このお城へ来てから、ずっと私の身の回りのお世話をしてくれてるあのメイドさんを、私はいつからか苦手に感じるようになった。
メイドさんは、私に対しては凄く良くしてくれてる。
なのに苦手に思うようになったのは……リュシンさんやフェイさんへの態度が、私へのそれとは真逆のとても冷たいもので、その違いに戸惑うようになったから……だと思う。
理由がどこか曖昧なのは、正直なところ、自分でもよくわかってないから、だったりする。
何しろ、ある日突然、苦手になってしまったのだ。
そんな自分の気持ちに戸惑って、リュシンさんとフェイさんに相談したら、二人は絶句して顔を見合わせてしまった。
あれは、失敗だったと思う。
毎日せっせと自分の身の回りの世話をしてくれてる人が、ある日突然苦手になったどうしよう、なんて相談されたらそりゃ困るだろう。
「はぁ……」
「……アイラさん。あんまり気にやまないほうがいいよ。道はもう、選ばれたんだ」
「そうそう。こればっかりは、アイラさんが気にしても仕方ないから。自己責任だよ」
「え……?」
「さぁ、行こう。街で気分転換するといい」
「ギルドの次は何処へ行こうね? 何処でもつき合うよ!」
「あ……はいっ。ありがとうございます」
思わず溜め息を吐いた私に、リュシンさんとフェイさんから慰めるような声がかかる。
けれどその言葉は慰めにしては謎めいていて、どこか違和感を感じた。
けれどそれは一瞬の事。
次いで二人が重ねた言葉と、伸ばされた手にすぐに消え去った。
私は二人から伸ばされた手に自分の手を重ね、これからの楽しいひとときに、思いを馳せた。