日常の中の出来事
"この国をよく知り、好きになること"。
私の仕事だとリュシンさんが言ったそれは、つまり、"この国を永住地として決め、家庭を持ち、子をなす"、という事らしい。
前も言われた通り、異世界人の産む子はとても優秀らしい。
だから自国民として生まれて欲しいのだという事だった。
他国に流れていくのを止める為に、異世界人は何かと優遇されるようになっているそうだ。
この国を好きになる、その為に、私は街に出る事になった。
王都だけでなく、色々な街や村へ。
その為にも、護衛が必要だったみたい。
費用は、王様が出してくれるらしい。
…………いいのかなぁ、それで。
疑問に思った私は、リュシンさんやフェイさんが自分の部隊でのお仕事がある日には、できるだけギルドで資金を稼ぐ事にした。
ギルドにはなんと、迷子のペット探しやちょっとした届け物など、私でもできる簡単なお仕事があったのだ。
そんなこんなで、私の毎日は充実していた。
特に不満も、不便もない。
……ただひとつの、問題以外は。
「アイラ様、あちらに私がよく利用している、高級食材を扱う料理店がございます。本日の昼食は、あちらで取りませんか?」
「は? 何を言ってるんです? まだ届け物の途中、つまり仕事中です。時間もまだ少し早いし、お昼を取るのは終わってからに決まっているでしょう」
「そのような些事、レジーマックに任せれば良いではありませんか。そもそも、アイラ様が仕事をする必要などないのです。食事をしながらレジーマックを待てばそれで」
「必要はあります! これは私が受けた私の仕事です! 私がやるんです! 邪魔をしないで! それに貴方、近づきすぎじゃありませんか!? ついてくるなら半径一メートル以上離れて歩いて下さいって言ったはずです!」
私はそう言って、顔を上げて、キッと男性を睨みつける。
すると男性は口を引き結び、悔しそうな顔をして、後ろに下がった。
男性は、アジャスト・ウルセイル。
あの日、宰相様に護衛に薦められたものの、あまりの態度に私がキレて拒否した人だ。
にも関わらず、彼は未だに私の護衛になるのを諦めていないらしい。
私が外出する日は必ず現れ、同行を断ってもついてくる。
まあ、断じて近づけさせないし、相手にしてないけどね!
外出する事を知らせてないのにいつも現れるのは……たぶん、宰相様あたりが関係しているんだろう。
私が全く相手にしてない事で、彼の横暴な態度に辟易していたらしい人達を中心に、騎士達から彼は嘲笑され始めているらしい。
そういう事なら、私につきまとい続けて嘲笑ネタを提供し続けるなんて馬鹿な真似はしないだろうから、近いうちに現れなくなるだろうな。
そう思って、彼の事は放置している。
さて、それよりも仕事だ。
今日の仕事は、急な出張が入った為に当日に渡せなくなった、愛しい恋人への誕生日プレゼントを、誕生日当日指定で届けて欲しいというものだ。
本当は恋人本人から渡されたほうがいいだろうけれど、どうしても誕生日当日に渡したいという恋人の依頼には、応えなくてはね!
私は笑顔で、足を速めた。
★ ☆ ★ ☆ ★
届け物の仕事を終えた後、新たに公園の清掃という仕事を受けて終わらせ、今日の仕事はこれまでにして、私は帰路についた。
「お疲れ様、アイラさん。今日も頑張ったね」
「えへ、ありがとうございます、フェイさん。騎士様のお仕事に比べたら全然楽でしょうけど、そう言って貰えると嬉しいです」
フェイさんに労いの言葉をかけてもらいながら、お城へ戻るべく、大通りを進む。
賑やかなその通りをなんとなく見渡した私は、ある一点に目を止めた。
馬車が通る車道を挟んで、反対側の歩道。
そこに、綺麗な女性がいた。
鮮やかな緑の長い髪に、リュシンさんと同じ紺碧の瞳の、美人。
胸は小さいが、体は引き締まっていて、わりと背は高く、まるでモデルのようだ。
あんなに美人が一人で歩いているのに、美意識の違うこの世界では彼女は全く注目されていない。
もったいないなぁ。
そんな事を思いながら歩いていると、ふいにその人がこっちを見た。
目が合って、薄く微笑まれた気がする。
途端に、私の鼓動が早くなった。
顔に熱が集まる。
あ、あれ、何で?
何これ?
あの人、女性だよ?
なのに何でこんな事になるの?
私そういう趣味じゃないのに!!
私は慌てて視線を外し、混乱した頭を抱えながら、お城へと戻ったのだった。