第92話 元勇者×4、地獄に堕ちる 1
ムリアスの勇者達のターン。
物理的に痛い目見る話です。
――ファル村――
その日の夜、ブラス=アレハンドロは気配を完全に絶ちながらファル村への侵入に成功した。
唯一のミスは、着地座標に若干のミスが生じ、着地地点に転がっていた桶に足をぶつけた事だった。
だが気付いた者は誰もおらず、ブラスもすぐに頭を切り替えて目的の場所へと向かった。
「――――この家の中だな。」
夜風で揺れる葉の音に消される程の小声で呟いたブラスは、目の前にある1件の民家を見渡した。
正確には民家ではなく、そこは先日の戦いで捕縛されたムリアス公国の勇者達が軟禁されている場所だった。
(中に4人全員がいる。起きているのは1人か。)
気配から中の状況を確認したブラスは扉に設置されている魔法具を確認し、《鑑定》も使わず少し見ただけでその性能を把握した。
ブラスは左手の中指に嵌めていた指輪、錠の開錠や罠などを解除を行う魔法具『盗賊の鍵輪』を使って難なく鍵を開け、静かに中に侵入した。
そして侵入すると同時に別の指輪で建物内部に遮音等の効果のある魔法をかけ、外から中の様子が気付かれないようにした。
家の中は生活に必要な最低限の設備だけが置かれ、部屋もトイレ以外は1つだけで入るとすぐに彼らが眠るベッドが視界に入った。
(・・・ペナルティを科せられているようだな。やはりあの能力、使い方次第では幹部クラスにとっても脅威になるか。いや、今はそれはおいておくとして・・・。)
足音を立てず、ブラスは彼らの中で唯一起きている彼の元へと近付いた。
「――――――目を開けろ、日比谷諭。」
「―――――ッ!?お前は!!!」
声を掛けられたムリアスの元勇者の1人、日比谷諭は音も無く現れたブラスに驚き、同時に怒りや恨みといった敵意を沸き上がらせた。
「お前達のせいで僕は――――――――」
「黙れ。」
「ヒィィィィ!!!」
ブラスに掴みかかろうとした諭だったが、ブラスに軽く睨まれただけで怯んでしまい、ベッドの上でガタガタと震えだした。
すると寝ていた他の3人も諭の悲鳴を聞いて置き始めた。
「うるせえ・・・・・うおっ!!??」
「何ですの・・・キャア!!??」
「ヒィィィィィィィ!!!」
全員ブラスの姿を見た途端に恐怖に襲われ怯えだした。
彼らは士郎の《善行への特別褒賞》により魔法を含めた全能力が使えなくなり、事実上戦闘能力がほぼ0になっていた。
更には某龍王により精神には恐怖が植え付けられてしまい、魔法が一切使えなくなった今でも圧倒的強者に対して反射的に恐怖を感じるようなっていた。
「先に言っておくが、助けは呼んでも来ない。中で何が起きようとも、外からは中の様子が分からないようにしてある。少なくとも夜が明けるまではここへは誰も来ない。無駄な抵抗は諦めるのだな。」
「な、何で・・・・・・!?」
諭達は何でブラスが自分達の前に現れたのか理解できなかった。
彼らは自分達がブラス達に利用され、捨駒にされたところまでは理解している。
それでも自分達がしてきた悪行については、未だ反省の色を見せていないが・・・。
そんな彼らに、ブラスは特に感情を込めずに簡潔に答えた。
「――――後始末をしに来た。」
直後、意味を察した元勇者達は一斉にベッドから飛び出して窓やドアから逃げ出そうとする。
だが、元より脱走防止の仕掛けが施されたこの軟禁小屋から彼らが出られる訳もなく、彼らがドアな窓を叩く音が空しく響いていたのだった。
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――その頃の主人公――
「・・・何で?」
「・・・怖いから1人で寝るの嫌。」
ベッドの中にエミーリアがいた事に戸惑う士郎だった。
数秒後、そこへアンナがやってきて再び修羅場と化すのだった。
「早く寝たいよ~~~!!!」
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元勇者達は為す術も無く拘束された。
見えない何かに手足の自由を奪われ、十字架に磔にされているかのように宙に浮かんでいた。
「抵抗は無意味だ。そもそも、今のお前達はアイアスが渡した魔法具の後遺症で満足に体を動かす事の出来ないのに逃げられる訳がないだろう?」
「ヒ、ヒィィ・・・・!!」
「う、うるせえ!!全部お前達が悪いんだろ!!」
豪樹は全身が震えながらもブラスを睨みつける。
だが、その目には以前ほどの迫力は無かった。
ブラスに怯えているのもあったが、それ以外にも理由はあった。
ブラスの言うとおり、元勇者達はこの世界に召喚された日にアイアスから貰った魔法具による後遺症によって未だに全快の状態ではなかった。
アイアスが彼らに渡した魔法具、あれは魔法の発動を補助する効果もあったが、本来の効果はドーピングであり、装着者の能力は無理矢理引き上げるものだった。
だが代償に、使いすぎたり魔法具自体が破壊されると、筋肉痛や発熱、極度の疲労に襲われるなどの後遺症があり、個人差はあるものの、完全に回復するには最低でも半月以上はかかってしまうのだ。
その為、今の彼らは無理矢理体を激しく動かした事により、全身に激しい痛みが襲い掛かってきているのだ。
「それについては否定はしない。あの敗北はこちらの情報不足が招いた結果と言える。あの少年の固有能力を事前に把握していれば、別の結果になっていた可能性は高い。」
「へ、へへ・・・!そうだ!お前達が全部悪い―――――」
「だが、お前達が期待外れだったのも事実だ。同じ召喚勇者でも、こうも能力に大きな差があるとは思ってもいなかったな。まあ、どの道アイアスは捨駒にするつもりだったのだろう。ムリアスでの召喚の際も、思慮が浅く、都合のいい言葉だけで簡単に相手を信じる者を適当に指定したようだからな。実際、4人とも自尊心が強いだけの平凡な子供だったわけだが。」
少しは自覚が生まれてきているのか、諭達は顔をトマトのように真っ赤に染めた。
「それでも被召喚者である以上はこのまま放置するわけにはいかない。心変わりをしてあの少年の味方にでもなられたら面倒だからな。」
そう言ってブラスは懐に手を忍ばせ、中から一丁の拳銃を取り出し、銃口を諭に向ける。
「勝手に召喚した事については個人的に謝罪はするが、組織の者としてはお前達にはここで消えてもらう。」
「や、やめ・・・!!」
「嫌ァァァァァァ!!!」
数日前にアイアスに撃たれた諭はその時の恐怖も蘇って一気に真っ青になっていく。
諭以外も自分が殺される恐怖に悲鳴を上げた。
「どの道、戦場で人を殺しすぎたお前達は終戦と同時に処刑される。それが早くなったとでも思えばいい。」
「嫌だ!!死にたくない・・・!!」
「さらばだ。」
ブラスは迷う事無く引き金を引いた。
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日比谷諭はどうしてこうなったのか解らなかった。
日本の横浜でエリート弁護士の母とエリート商社マンの父の長男として生まれた諭は小さい頃から何不自由なく過ごしてきた彼は常に同世代の者達の中心に立っていた。
顔立ちも良く、勉強もスポーツも優秀、長所ばかりが目立っていた彼は当然のように人気の的で、彼自身もそれが当然の事だと思っていた。
常にエリート、常にヒーローだった彼は周囲から賞賛ばかりを受け、批判らしい批判を受けずにいた事もあり自分は常に正しい人間だと、自分の価値観こそ世界の基準だと思い込むようになっていった。
周囲もそんな彼を「凄い人」、「特別な人」、「選ばれし人間」、「完璧人間」、「将来の日本を背負う人間」等と深く考えずドンドン彼を持ち上げていった。
それが彼の人格に歪みを生み出す要因になると考えもせずに。
そんな彼が初めて人前で批判されたのは中学一年の時だった。
由緒ある名門校に入学した彼はそこでも人気者だった。
毎日のように取り巻きに囲まれ、クラスではリーダーになっていた。
そんなある日、彼はクラスメートの1人を特に理由もなく自分のグループに誘い即拒否された。
「悪いけど、日比谷とは一緒に居たくないんだよ。頭がおかしくなりそうだし、性格が合わないんだよな。」
諭はクラスメートが何を言っているのか解らなかった。
と言うより、誘いを正面から断られたことそのものが初めてだった。
彼が誘えば誰もが喜んで受け入れていた中での初めての拒絶者、理解できない諭はしつこく誘い続け口論に発展してしまう。
「しつこいぞ!みんながお前の味方になるとでも思ってるのかよ?」
「そうだそうだ!少しは周りの空気読めよ!」
次第に他のクラスメートも批判の声を上げ、取り巻きも巻き込んだトラブルに発展していった。
それを知った諭の両親は裏で色々手を回して彼を批判していたクラスメートを全員転校させた。
それ以来、学校では諭を敵に回すのはタブーになり、取り巻きが更に彼を全肯定していったので彼の性格と価値観は日に日に屈折していった。
学校で平和に関する討論会があれば戦争全否定、軍事国家や過激派宗教勢力を悪と批判してきた。
その一方で、取り巻きのメンバーが「あいつは悪人です!」と言えば何の疑いも持たずにその人物を非難した。
それが100%冤罪であるとも知らずに・・・。
何時しか彼にとって正義とは自分基準、善人は自身を肯定してくれる者であり、話が通じなかったり反論する者は悪人となっていた。
それは勇者としてこの世界に召喚されてからも同じだった。
戦争を行う帝国と王国は悪、それを止める為に敵を斬る自分達こそ正義だった。
だが現在、その正義は別の勇者に呆気なく敗北し、諭達は軟禁場所で殺されようとしていた。
「嫌だ!!死にたくない・・・!!」
「さらばだ。」
殺意の無い視線が逆に諭の中の「死の恐怖」を増幅させる中、ブラスは銃の引き金を引いた。
「うあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
小さな銃声とともに、4発の銃弾がそれぞれ諭達の額に向かって発射された。
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銃弾は彼らの命を奪わなかった。
皮1枚分前のギリギリの手前の所で静止していた。
「「「・・・え!?」」」
「・・・・・・。」
諭達4人が何が起きたのか理解できない中、ブラスは無表情のまま銃口を下ろした。
そして、視線を諭達に向けたまま自分の背後に立つ顔見知りの2人に挨拶をした。
「久しぶりだな。『大魔王』こと、『剣聖』ラートン=B=スプロット。『界の龍神』応龍。」
度々名前が出てきた「大魔王」がついに登場!
「界の龍神」は銀洸と銀耀のお祖父さんです。
地球の東西最強がついに登場!
彼らの運命はいかに!?