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ボーナス屋、勇者になる  作者: 爪牙
戦争編Ⅰ-領主からの報せの章-
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第48.5 自称勇者、蹂躙する

――ファリアス帝国 中部国境地帯『ブレンネン伯爵領』――


 ファル村から北に約500km先に、帝国と王国による戦争の激戦地帯のひとつであるブレンネン伯爵領がある。


 ファリアス帝国内でも有数の製鉄と武器製造が盛んなこの土地には多くの鉱山があり、隣国のフィンジアス王国との国境近くには周囲を高い壁に囲まれた都市『ヴァント』がある。


 戦争が始まる以前は王国への鉄の輸出の要所だったこの町も、戦争の始まった現在は王国軍が優先的に狙う標的の1つとなっている。



「ヴァントを守れ――――――――!!」


「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」



 町を囲む壁を背に、帝国軍の兵士達は国境から攻めて来る王国軍に向かって進撃していく。


 対する王国軍も、今日こそはヴァントの町を陥落させようと同じく進撃を開始する。


 戦場には武器同士がぶつかる音や、攻撃魔法が飛び交い爆発する音が響き渡っていた。



「クタバレ、王国!!」


「嘗めるな!」



 ヴァントを攻め落とそうとする帝国兵、防衛しようとする王国兵、どちらも死力を尽くした戦いを続けていく。


 時が経つ毎に戦場には多くの血が流れていく。


 開戦以降、この土地には多くの血が流れ続け、今では所々が赤黒く染まっている。


 塀が倒れる毎に増える怒声と悲鳴、もはやどちらも戦い続ける事しか考えられずにいた。


 だが、そこに第3者が突如として乱入してきた。




「――――――――――――《裁きの蒼雷(そうらい)》!!」




 戦場一帯が蒼い閃光に飲み込まれ、同時に轟音が響き渡った。


 突然の出来事に、帝国兵も王国兵も一瞬で戦闘を停止した。


 そして戦場にいた両陣営の兵士達は、無意識のうちにその方向に視線を向けていた。



「―――――両軍とも静まれ!!我らはムリアス公国より来たアレクシス和平騎士団である!」



 そこにいたのは、ムリアス公国の国旗を掲げた騎士団だった。


 芸術品のような鎧に美しいの一言に尽きる白馬、その騎士団そのものが1つの芸術ではないかと思わせた。



「我らは両軍に対し、戦闘の即時停止、及び武装解除を要求する!」



 騎士団の先頭に立つ1人の騎士が戦場全体に響く声で自分達の要求を述べていく。


 帝国と王国、その両方の兵士のほとんどが呆然とし、突如として現れた者達の要求をすぐに理解できる者はほとんどいなかった。


 例外として、帝国側の陣営の指揮官達だけは反応が違っていた。



「馬鹿な、たった1日でここまで来ただと!?」


「ありえません!ヴィクトール殿下の使いの話ではムリアス勢が北に現れたのは一昨日の朝、たった2日でここまで侵攻(・・)するなど・・・・・!?」



 帝国軍の将軍と副官は戦慄していた。


 戦争にムリアス公国が介入してきたという報せが彼らの元に届いたのは一昨日の夕方近く、ヴァントより北に約500km先にある北部国境の激戦地から王族専用の駿馬に乗ってやってきた1人の負傷兵からもたらされた。


 あまりに衝撃的な報せに領主や将軍達はすぐには信じられなかったが、負傷兵が持っていた第六皇子直筆の書状が事実を証明する証拠となり信じざるをえなくなった。


 簡単な治療を受けた負傷兵はすぐに馬に乗って次の町へと向かって行き、残された者達は早急にムリアス勢への対策をとることになった。


 だが、ヴァントの町も王国との激戦地の1つとなっており、すぐに戦力を割く余裕はなかった。


 また、北の激戦地からヴァントまでは相当な距離があり、ムリアス勢がヴァントに到着するにはまだ時間の余裕があるとも考えて為、結果的に何の先手もとることなく出迎える事となってしまった。



「どんな馬に乗ったらこんなに早く来れるのだ!!あの装備だと、どんなに優秀な馬でも1日に進める距離などたかが知れてるだろ!!」


「それに歩兵もかなりの数がいるというのに、こんな短時間で移動できるなんて・・・・・・。」



 将軍達はムリアス勢の異常な行軍速度を前に、これが本当に現実なのかという疑念を抱かざるを得なかった。


 馬の速度は(サラブレットの場合)最大で時速約70kmと言われているが、それはあくまで瞬間最大速度であり、車のように常にその速度で走れるわけではない。


 地球の軍馬を例に説明すれば、軍馬による騎兵部隊の1日の行軍速度は連隊だと40~60km、中隊以下だと60~80kmとされている。


 ちなみに、日本史で有名な秀吉の『中国大返し』では最大で1日に70kmで行軍したと言われている。


 この世界の馬の多くは地球と能力がほとんど大差なく、例外として王族などが乗る駿馬は馬型の魔獣を特別に調教したり、普通の馬と交配させた品種なので速度もスタミナも普通の馬とは段違いである。


 負傷兵が乗っていた馬は後者に当たり、常に時速50km以上で走り続け、半日も掛けずに500kmを余裕で走破する駿馬だった。


 だが、ムリアス勢が乗っている馬は魔獣でもなければ交配種でもない。


 とてもじゃないが、2日で約500kmを走破する能力があるとは思えない普通の軍馬だった。


 まして、ムリアス勢には多くの歩兵の姿もある。


 歩兵までもが騎兵に遅れずに走り続けるなど、まずはありえないのである。



「――――――――――――要求に応じられない場合、不本意ではあるが武力をもってこの戦場を鎮圧させてもらう!!これは当騎士団の団長を務めるアレクシス=B=ムリアス殿下の意志である!!」



 脅迫と受け取れる発言に、今まで呆然と立っているだけだった両軍の兵士達はハッとなり、あからさまな敵意をムリアス勢に向かって放った。



「ふざけるな!!」


「平和ボケのムリアスが何を言ってやがる!!」


「公国はさっさと国に帰れ!!」


「部外者は消えろ!!」


「誰がお前らの要求なんか聞くか!!」



 戦場の各所からムリアス勢に対する罵声が飛び交い始める。


 そして、今まで要求を述べていた騎士は、自分達の要求がまた拒否されたと判断して後方へと下がっていった。


 それと入れ替わりに4つの影が前に立つ。



「・・・ここも同じなのね。」


「仕方がないよ。彼らは戦場で殺し合う事に慣れてしまった異常者、僕達の優しい言葉も聞こうとしない愚か者でしかないんだよ。」


「本当に野蛮ですわ!殿下が私達を召喚したくなるのも痛いほど解ります。あんな害悪でしかない(クズ)がいたのでは、この大陸に平和が訪れる事は永遠にありませんよ!」


「勝手な連中だぜ!戦争が悪だってことは子供の俺達にだってわかる常識だぞ?」



 騎士団の前に立つ4人の少年少女、先日、ムリアス公国に召喚された勇者達は戦場で自分達に罵声をぶつける兵士達に対し、まるで汚物や異形を見るような見下した目で見下ろしていた。


 彼らにとって自分達のしている事は、戦争を止める為の疑いようのない正義であり、それを受け入れずに罵声をぶつけてくる帝国と王国は救いようのない悪でしかなかった。



「―――――――――勇者様、どうやら我々の慈悲の心は彼らには届かなかったようです。」


「アイアスさん。」



 勇者達の横から、右目から涙を零したアイアスが声をかけてきた。



「本来なら私達が勇者様達より先に戦場に立ち、殺戮を繰り返す獣となった彼らを救うのが義務だというのに、また全てをまだお若い勇者様達に背負わせてしまいました。」


「気にしないでください、アイアスさん。これが僕達がこの世界に召喚された理由なんですから。」


「そうですわ。あんな汚らわしい者達など、アイアス様の慈悲を与える価値などありません!」


「というより、生きてる価値がないよな?」


「・・・そうよ、あんな怖い人達なんか、生きてたらもっと迷惑をバラ撒くに決まってる・・・!」


「うう・・・勇者様に情をかけられるなど・・・!!」



 アイアスは内心では大爆笑しながら勇者4人をどんどん調子に乗らせていった。


 すると、戦場から弓兵の何人かが彼らに向かって矢を放ってきた。


 だが、その矢は彼らに届くより前に燃えて灰になった。



「ったく!不意打ちしてきたぞあいつ等!?」


「卑怯ですわ!!」


「これ以上の立ち話は危険です!アイアスさんは後ろに下がっていてください!」


「分かりました。皆様、ご武運を!」



 そして戦場に4人の勇者が降り立った。



「何だ、こいつら?」


「おい、ガキはお家に帰りな!」


「―――――《爆雷》!!」



 帝国兵が勇者達に近づいた瞬間、彼らは爆発に飲み込まれた。


 ムリアスの勇者の1人、滝嶋豪樹が起こした爆発を合図に4人はそれぞれ別れて制裁(・・)を開始した。



「《烈火の神罰》!!」


「「「グワァァァァァァァァァァァ!!!」」」



 同じく勇者、日比谷諭の魔法が帝国兵と王国兵の両方に襲い掛かっていく。


 津波のような炎が一瞬にして100人以上の兵達を飲み込み、その後も戦場に広がって多くの兵達を容赦なく焼き払っていった。



「な、何だあれは―――――――――――!?」


「人魚!?」


「―――――水の精霊よ悪しき魂を洗い流したまえ!」


「「「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」



 勇者藤田ゆかりの頭上に水でできた大きな人魚が現れ、ダムが決壊したかのような水の奔流で兵達に襲い掛かっていった。



「くそっ!魔法部隊、距離を取って・・・・・グワッ!!」


「距離など無意味ですわ!」


「なっ・・・!何だあの矢の数は・・・・グアッ!こ、凍る・・・・・・!!」



 水と炎に巻き込まれなかった兵達に、空から数百本の矢が降り注いできた。


 そして矢の直撃を受けた兵は全身を氷漬けにされていった。



「どうです?アイアス様から頂いた、悪を裁く『コキュートスの弓』が放つ矢の味は?」



 綾小路章子は氷のような美しい弓を引き、そこから空に向かって矢を放つ。


 放たれた矢は章子が弓に込めた魔力の分だけ増殖し、地上にいる兵達に向かって襲い掛かっていった。



「退却!退却だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「逃がすかよ!《裁きの蒼雷》!!」


「「「ああああああああああああああ!!!」」」



 悪夢のような光景に退却を始める兵に対し、豪樹は容赦なく雷の魔法で攻撃していく。


 当たり前だが、兵達の武装はどれも金属製ばかりなので掠っただけでも全身に雷が流れていく。



「ハハハハ、勇者の俺達から逃げられると思ってたのかよ!」


「ヒ、ヒィィィィィィィィィィ!!」



 戦意を喪失した兵に対し、豪樹は虫を踏みつぶすような感覚で攻撃していく。


 普通に考えれば外道でしかない行為だが、勇者と持て囃されている彼には自分達の行動こそが正義であり、それを否定する者こそが悪であるという考えしか持っていなかった。


 そして戦闘はたった4人の少年少女(勇者)達によって一方的な展開で進んでいった。


 それは正義と呼ぶにはほど遠い蹂躙であり、遠くから見ていた者はその光景に恐怖を感じていた。



「あなたがここの指揮官ですね?」


「お、お前は・・・・・!?」



 あっという間に帝国兵は一掃され、諭は帝国の将軍の前に立っていた。



「僕はムリアス公国の勇者の1人、日比谷諭です。戦争という悪行を続け、剰えそれを止めに来た僕達の善意を踏み弄った罪、正義の名の元にここで裁かせていただきます。」


「正義だと!!あれの何所が正義だ!!お前達のしているのは只の蹂躙、むしろ我ら以上に性質の悪い悪行ではないか!!」


「黙れ!!」



 諭は魔力を込めた拳で将軍を殴り飛ばした。



「世界を救おうとする僕達を悪人扱いするなんて最低ですね。やはり帝国軍は善悪の区別の分からない異常者の集まりのようです。」


「グハッ・・・・・・異常者だと・・・?」


「そうです。こんな卑劣な戦争を続けるあなた達は異常なんです。あなた達のような異常者のせいで平和を望む人達がどれだけ迷惑が掛かっているか知っていますか?アレクシス殿下は真の平和の為に僕達をこの世界に召喚し、自らも戦場に立って正義を示そうとしているんです!それをあなた達は踏み弄ったんです!」


「・・・・・・・ハハハ。」



 自分達がどれだけ正しいか説く諭に、将軍は敵ではなくただの子供(・・・・・)を見るような視線を向けながら苦笑した。



「・・・・何が可笑しいんですか?」


「・・・お前、勇者とか正義とか言っているが、結局のところは只の世間知らずのガキだな。いや、傀儡か?」


「――――――――!?」


「・・・お前の言ってる事は結局はお前以外の他人の意見のようにしか聞こえない・・な。大方、カッコいい言葉で唆されて利用されているだけじゃないのか?少しは足りない頭で考えたらどう―――――――」


「黙れ、異常者!!」



 諭はもう一度将軍を殴り飛ばし、将軍は血塗れになって今度こそ意識を失った。



「・・・僕は勇者、だから正義なんだ。いや、正義だから僕達は勇者に選ばれたんだ。なのにそれを否定するなんてどうかしてるよ!!」



 諭は僅かに震える声を吐き捨て、気絶した将軍を引き摺りながらその場を後にした。

 その時の感情の揺れが何だったのか、結局彼はその事に気付くどころか自覚すらしないまま戦いを終えたのだっ

た。


 そして数分後、竜巻や落雷、洪水や矢の雨に襲われた戦場には勇者達の勝利に喝采を上げる騎士団の声だけが響き渡ったのだった。


 勝利を褒め称える声に囲まれた4人の勇者達はそれを当然のことのように受け入れ、諭も将軍との会話のことなどスッカリ忘れて照れ臭そうに顔を赤く染めていた。


 その光景を少し離れた場所から眺めていたアイアスは、誰にも気付かれないように仲間と《念話》で連絡を取っていた。



〈――――――ヴァントは問題なく終わった。〉


〈そうか。こっちも間もなく帝都を出発する予定だ。〉



 念話の相手は帝都にいるアイアスの同僚、ダニールだった。


 アイアスはヴァントでの戦闘が終了した事を伝え、ダニールの方も準備が着々と進んでいる事をアイアスに報告していった。



〈ブラスからも既に連絡がいったと思うが、王国軍の第一王子と第二王子の率いた軍が王都を出発している。予定通り、5日後に例の場所で待っている。〉


〈了解した。こっちは予定より速く進んでいるから、少しばかりペースを下げていこうと思う。〉


〈そうか。それにしても、思ってた以上に動いてくれているようだな?〉


〈ああ、4人とも帝国に入ってからは、力を使う度に酔っている感じだな。多分、自分達が人類最強だとか思い始めているんじゃないか?〉


〈ハハハハ、随分と頭の悪い勇者だな?これから潰しに行く帝国の勇者は呆気なく俺の存在に気付いたっていうのに大違いだ!〉


〈お蔭で毎日笑いが止まらなくて困っている。これって労災になるか♪〉


〈さあ?申請してみればどうだ♪〉



 冗談交じりに念話を交わすアイアスとダニール。


 彼らにとって諭達勇者4人は既に捨て駒でしかない。


 いや、最初から捨て駒にするつもりで召喚したのだ。


 既に彼らの頭の中には勇者達を使い捨てる何通りかの筋書きができている。



〈――――――長話になったな。じゃあ、また何かあったら連絡をくれ。〉


〈ああ、そっちもな、ダニール。〉



 念話で笑うだけ笑った2人はそこで念話を終了させた。


 そしてアイアスは、何時もの様に色んな意味のある笑みを浮かべながら、何も知らない勇者達に心にも無い言葉を話していくのだった。





――――――――――アレクシス和平騎士団がファル村に到着するまで、あと5日・・・・・





 時系列で言えば、ファル村に領主一家が来た日と同じ日です。

 自称勇者達は気付いていませんが、彼らは本来の実力よりも高い戦闘力を持っています。


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