第392話 チート魔王、舌打ちする
ワクワク大陸編スタートです!
ですが残念、主人公のターンではありません!
――狭間の世界――
「――――チッ!」
マルス=ラーメレフは眼前に展開している障壁を前に舌打ちをした。
前世で過ごしていた地球世界に向かおうとした矢先、1つの世界を丸ごと覆う障壁が出現して彼らの征手を阻んだのだ。
それは神々が生み出した1つの時空を外の時空から完全隔離する難攻不落の鉄壁、並の魔王を遥かに超える領域に至ったマルスでさえ片手間に破ることがかなわないものだった。
「俺の動きを察知……いや、俺達とは別の、向こうを狙っている他勢力のせいだな。僅かだが揺らぎが見えた」
『チュン!』
「ああ、頼む」
『チュン!』
マルスは己の方に乗っている1羽の雀に障壁の解除を頼み、スズメはその小さな体からは想像も出来ないほどの強大な魔力を放出し、それを巧みに操作しながら障壁に干渉させていく。
だが、障壁を張った時空神達の必死の抵抗もあり解除は難航、一向に状況に変化が見られない事からマルスは障壁の突破を断念することにした。
「仕方がない。向こうへの用事は延期だ。一旦、城に戻るぞ」
『チュン……』
雀は期待に応えられなかったことがショックだったらしく、どんよりとした空気を纏いながら落ち込んだ。
『アチョー!アチョアチョ!』
そんな中、カンフーパンツを着たウサギがヌンチャクを振り回しながらマルスに何かを訴えていた。
お気づきの者もいると思うがこのウサギ、マルスが魔王に転生したその日に固有能力で生みだしたカンフーを使うあのウサギである。
あの後も主人に魔改造されまくり、ウサギ自身も日々鍛錬をしながら野生の魔獣を殲滅、ついにはその辺に転がっている土地神やそこそこ名のある神、通りすがりの天使とかも倒しまくり今では魔王軍四天王の一角を担うまでに成長していた。
ちなみに、このウサギは既に魔獣を卒業して上位種族に進化し人語も話せるようになったのだが、何故か「アチョー」としか喋らず、そして何故か魔王軍の中ではそれで会話を成立されている不思議ウサギも兼任していたりする。
「ん?このまま帰るのもなんだから、近くの異世界を攻めないかって?」
『アチョ!』
「お前、この前のニワトリに惨敗したのを相当気にしてるだろ?強くなって再戦したいのは分かるが、手当たり次第に異世界にケンカ売るのは止めておけ。後始末が面倒だ」
『アチョ~……』
「そんな潤んだ目で見ても何も出ないぞ。さあ、さっさと戻って策の練り直しだ!」
目をキラキラとさせるウサギの訴えを却下し、マルスは配下2匹を連れて居城のある世界へと移動を開始した。
(ヤレヤレ、魔王の仕事にも大分慣れてきたってのにこのトラブル続きだ。まあ、最初の頃よりも衝動に飲み込まれなくなっただけマシか)
まだ懐かしむほどの時は経っていないというのに、マルスは異世界ルーヴェルトに転生した直後の事を思い返していた。
転生した直後は色々と大変だった。
転生前の記憶を失っている彼は嘗ての自分の人柄についても何も知らず、転生後に得た魔王の力を使う度に自分が確実に変わっている事に対して自覚を持つ事は未だになかったが、時折魔王としての本能が自分を飲み込もうとしている事だけは数日で理解し、すぐにその激しい戦闘欲と支配欲、性欲を制御できるように努力した。
その甲斐もあり、今では意識しなくても衝動を抑えることができるようになった。
ただし、その間色々と地形が変わったり愛妾(?)が量産されたりと些細な犠牲もあったが魔王軍の殆どは気にも留めなかった。
「さて、そろそろ――――」
それは狭間の世界を移動し、あと数秒でルーヴェルトに到着しようとした時だった。
不意に背後に人の気配を感じたマルスは移動を止め、何時でも剣を振るえるように両手を構えながら背後に立つ人物に訊ねた。
「――――何の用だ。クラーク?」
「ほう、気配を消しているにも拘らず気付くとは大したものだ。これでも隠形は得意な方であると自負していたが、ものの2ヶ月で見破られては中々に傷付くぞ」
そこに立っていたのは黒のトレンチコートを身に纏った男――――マルスがルーヴェルトに転生た直後に目の前に居た人物、クラーク=ガーランドだった。
クラークは嘘か真か分からない笑みを浮かべながらマルスを一瞥すると、その視線の先を彼らが向かっていた時空の方へと向けた。
「お前の配下は随分な化け物にまで進化したものだな。此処からでも存在をハッキリと認識できる程、夥しい波動を感じることができる。相手をしている方も大した化け物ぶりだ。そのような存在が今後も増え続けると思うと戦慄を禁じ得ないというものだ。マルス、お前はあの世界だけでなく全ての時空を征服するつもりなのか?」
「まさか。そんな面倒な事はしない。俺の邪魔をする敵なら滅ぼすが、自分から侵略する気なんかさらさらないさ。したところで大したメリットは無いし、第一、無駄に縄張りが増えればそれだけ仕事が増えるだけだ。征服した場所でやりたい事があるならまだしも、やる事も無いのに別の世界を侵略するなんて労力の無駄だ」
「労力の無駄、か。どの世界でも分不相応に世界征服を目論む為政者は居るというのに、相応の力を持つお前が無駄と切り捨てるとは皮肉な話だな」
世界征服をする気など無いと断言するマルスに、今度はハッキリと本物だと分かる苦笑をするクラークだった。
「それで、これからお前はどうするつもりだ?近い内、早ければ今日にでも前に話した『勇者』がお前を倒しにやってくるぞ。戦うのか、それとも対談するのか、どちらなんだ?」
「この前言っていたチートの権化でまず無敵な勇者か。俺以外の魔王の殆どは皆そいつとその仲間が倒したんだってな?」
「そうだ。お前が先程屈服させたダーナ大陸の小僧と、オリンポスの神々が生み出した量産型勇者によって倒された小僧を除く4人は日本から召喚された勇者によって倒されている。それだけでなく、数多の異世界の魔王や邪神などを殲滅し、ついにはお前と同じく上位存在へと進化を果たしている。最早、その辺に転がっている邪神・悪神程度では消す事は不可能だろう」
「どんな化け物だよ?」
自分の事を棚に上げながら、マルスはクラークから聞いている『勇者』の事を化け物と吐き捨てた。
彼がクラークから『勇者』の話を聞いたのはほんの2日前、彼が魔王に転生した日以来の久々の来訪の際に《盟主》からの預かり物を渡すと共にその異常性を伝え、近日中に戦う事になると警告されたのだ。
そしてその警告の直後、彼らは『勇者』の力の片鱗を知ることとなった。
「化け物か。一言では言い表せないが、あの直後に現れた2匹よりも強いと言えば少しは分かるだろ?」
「ああ……あのチートなスライムとニワトリな」
マルスは遠い所を見るような目をしながら呟く。
それは突然の事だった。
2日前のあの時、クラークが用を全て終えて去ろうとしたまさにその時、魔王城を警戒していた四天王により場内に侵入したスライムとニワトリの2匹を発見、そこからは大変だった。
侵入者である2匹は魔王と四天王、ついでにクラークが居るその場で暴れに暴れ、四天王の1人であるウサギが真っ先にニワトリに惨敗、それに続くように残りの四天王もニワトリとスライムの前に立て続けに敗北し、ついには四天王を超える魔王の側近達までもが動く事態へと発展した。
戦闘は激化して魔王城は一部全壊、今も尚戦いは続いている。
「スライムの方は今も側近が相手をしているが、ニワトリの方はどうなったんだ?確か、一番面倒だからとお前が何処かへ強制転移させただろ?」
そう、侵入者の片方は未だマルスの側近が戦っているのが残るもう片方、クラークでさえ「面倒だ」と愚痴らせるニワトリの方は彼と共に何処か別の場所へと転移させられ、その後の事はマルスも知らない。
ただ、目の前にクラークが経っている事からどうにか片を付けたらしい事だけは覗えた。
「……倒したのか?」
「まさか。アレは『勇者』によって神の領域さえも超えた存在に進化した異常存在だ。正面から挑んだどころで無駄死にするのは明白、お前の理屈で言うならば、暴力で戦ってもメリットが無い。だからこそ、暴力ではなく言葉で片付けた」
「言葉?」
マルスは怪訝な顔をする。
あの時彼はニワトリのステータスを確認しドン引きした。
生まれて1年も経っていないのにも拘らずのチートスペック、彼はクラークのステータスを知らない――見ようとしても視れなかった――が、言葉だけで始末できるとはすぐには信じられなかった。
一体、何をしたのだろうか?
「大したことではない。他の世界からの干渉を受けていない未開の世界に送り込み、そこで救世主(英雄)をやらせているだけだ。ニワトリに「『勇者』の懐刀であるお前は、目の前で滅びに瀕している世界を放置できるのか?」「世界の1つでも救えない者に我等と戦う刺客は無し」「この程度の事が出来なければ、あのスライム達に『勇者』の隣を永遠に奪われるぞ」といった内容を適当に吹き込んだところ簡単に乗ってくれた」
「……」
「誤解の無い様に言うが、実際にはもう少し巧妙な言葉で乗せている。あくまであのニワトリの『勇者』に対する忠誠心や誇りを利用しただけだが、幾ら力があっても生まれて半年に満たない人生経験まではチートでは補いきれなかったようだな。今頃は他世界から連れて来た邪神と死闘を繰り広げている事だろう」
「……邪神?」
「《盟主》と比べれば雑草のようなものばかりだが時間稼ぎにはなるだろう。例え、それらを全て倒し、主人のように進化したとしても――――問題は無い」
クラークは自身に満ちた笑みを浮かべながら断言する。
侵入者のニワトリ、すなわちコッコくんをルーヴェルトでも地球でもない異世界に封じ込め、例えそこで飛躍的にレベルアップしても問題は無いという確信が彼にはあった。
(間もなく最後の封印が解かれる。最早、ペットの1羽が神の領域を超えたところで意味は無い。何より、「レベルアップ」の概念を保有しているのは奴らだけではない。それに……)
顔には出さず、クラークはこの後に控えている壮大な計画の内容を反芻する。
ルーヴェルトの件はマルスと彼が降したもう1人の魔王に任せ、自分は主君から与えられた役目を全うする。
間もなく訪れる時代の節目をこの目で見届ける為にも。
「邪龍の方は完全に御したようだな?」
「ああ、武装化も問題無く出来る。今は未だ中位の龍神の域だが、すぐにまた進化させるさ」
「……頼もしいな」
クラークは僅かに目を大きく見開く。
『邪の龍王』アジ・ダハーカ、《盟主》の1柱である『悪神』アンラ・マンユの生み出した眷属の1体であり、神代では多くの神々に牙を剥いた悪名高き龍王であり、クラークは主命によりこの龍王を鎖につないだ状態でマルスに託していた。
本来の飼い主であるアンラ・マンユ以外には従えきれないとされるこの龍王を一月も掛けずに御したと知らされた時は随分と驚かされたが、まさか龍神にまで進化させていたとはクラークにも良い意味で予想外だった。
どうやら、今まで倒された出来損ないと違い、マルスは随分と優秀過ぎる魔王であるようだ。
(分かってはいたが、これは想像以上に――――)
今までに倒されてきた魔王に失望させられてきたクラークは嬉しい誤算に表情を崩しそうになるが、直後に感じた微かな空間の揺らぎに顔を強張らせる。
それはマルスも同様で、二人とも何かが近付いてくるのを感知した。
「お前は行け。アレは私が引き留める」
「良いのか?」
「戦うだけが戦ではない。これ以上は時間の無駄だ。行け。そして―――――――しろ」
「――――!分かった!」
クラークに感謝しつつ、マルスは仲間と共にルーヴェルトへと戻っていった。
1人残ったクラークは使える駒が無事に居城へと帰還したのを確認し、入れ違いに現れる敵を出迎える準備を始める。
準備と云っても1秒と掛からなかったが。
(さて、計画実行までの時間稼ぎといこうか)
そして、彼が準備を終えるとほぼ同時に、まばゆい光と共にその者達は彼の眼前に姿を現した。
圧倒的な存在感を放つ金色の龍神と、つい先日までは人間だった神をも超越した大特異点と呼ぶべき『勇者』が。
彼らはクラークを見るなり「え?」と困惑するが、それに構う事無く己の武器を強く握りしめ始末すべき敵に告げた。
「残念だが、お前達は此処で足止めだ」
氷のように冷たい声を放ちながら、彼は戦の幕を上げる。
『創世の蛇』幹部クラーク=ガーランド、彼と勇者大羽士郎の2度目の戦いが今始まった。
次回は月曜日更新予定!




