第364話 ボーナス屋、次の獲物を決める
――名古屋市 児童養護施設『紡ぐ者達の家』――
俺は裏庭に生えている立派な樹木を見上げていた。
「……園長先生、コレ、何ですか?」
そして指差しながら隣に立っているこの施設の園長に訊ねた。
今、俺達の目の前に立っているこの木は一体なんなのか、と。
「モミの木、クリスマスツリーですよ?」
「いや、色々おかしいだろ!?」
日本に戻って早々の怪事件、施設の裏庭におかしなクリスマスツリーが生えていました。
一見すればモミの成木……なんだけど、明らかに普通じゃなかった。
だって、滅茶苦茶神々しいんだから。
「……何時から?」
「昨日の早朝にはもうありましたね。あの時は驚きました」
ホッホッホと笑いながら語る園長先生。
この人、100%一般人の筈なのに色々と逞し過ぎるよ。
「今年のクリスマスは盛り上がりますね。何だかイルミネーションが無くてもいいような気がします」
あれだけ神々しく輝いてれば、イルミネーションなんか不要だよ!
今にも天使が降りてきそうな感じがするし!
は!
まさか、コレは天使との出会いフラグか!?
「町の名物になりそうですね。近所の保育園の子供達が喜びそうです」
「……全国のオカルトファンも喜びそうだよ」
普通の人には普通のモミの木にしか見えないだろうけど、それでも此処まで神々しいオーラを放っていたら、感度の良い人がネットで騒ぎ出すのは避けられなさそうだ。
ここは結界を張って隠蔽するべきか?
放っておけば世界的ミステリースポットになりそうだしな。
って、園長先生、何おもむろにモミの木の枝を切ってるんだ?
「……園長先生?」
「士郎くん、ちょっとコレを見ていなさい」
そう言うと、園長先生は何も植えていない植木鉢の土に先程切った枝を挿した。
挿し木でもするのかと思いながら水を掛けるのを見ていると、突如、俺達が見ている目の前で挿したばかりのモミの枝が成長し始めた。
「えええ!?」
「いやあ、昨日、子供達が同じ事をやっているのを見た時は驚きましたね、あっという間にクリスマスツリーが増えました」
「いや、驚く所が違うでしょ!?」
あっという間にモミの枝はモミの幼木に成長した。
サイズで言えば、家庭用のクリスマスツリーだ。
枝を1本挿しただけでクリスマスツリーの出来上がりって、本当にこのモミの木は何なんだ?
【聖樹ユール・モミ】
【分類】植物(聖樹)
【属性】木 光
【魔力】4,000,000/4,000,000
【ランク】SSS
【品質】最高品質
【用途】魔除け、クリスマスツリー、各種素材
【詳細】北欧のアース神族が育てた神聖な木の一種。
邪悪な力を浄化し、災厄を祓う力を持っており、この木が植えられている場所には邪神も悪神も手出しすることができない。
クリスマスの季節になると日没とともに光だし、妖精や精霊を引き寄せ幻想的な光景をつくりだし、人々の心を虜にする。
種子以外にも挿し木でも殖え、心を込めて育てると成長も加速する。
葉や種は様々な薬の材料となり、木の皮も魔除けのお香としても使える。
(*神バルドルより感謝の気持ちを込めて贈られました)
どうやら、神様からの贈り物のようだ。
バルドルと言えば、北欧神話で悪神ロキによって間接的に殺されてしまったイケメンの神様だ。
きっと、積年の恨みのあるロキが処刑されたお礼、何だと思う。
直接処刑したのは俺じゃなくてスラ太郎達なんだけどな。
「今年のクリスマス会は去年よりも盛り上がりそうですね。士郎くんも気合を入れて盛り上げていきましょう」
「は、はあ……」
「そうそう、この鉢は近くの老人ホームに届けてくれませんか?」
「あ、はい」
「昨日だけでも大分殖やし過ぎたので、私も保育園や幼稚園にお裾分けです♪」
「どんだけ殖やしたんだよ?」
その日は町中にモミの木のお裾分けで時間が潰れてしまった。
その後、神聖過ぎるクリスマスツリーが町に広まった結果、町全体がちょっとした聖域状態になり、町から悪霊が全滅したり、悪人が揃って体調不良を起こして病院送りになったりしたとかなんとか。
どうやら聖樹は悪人にとって毒らしい。
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――オオバ王国――
さて、日本からお土産を持って我が国に帰って来てみると、国内は凄まじい発展を遂げていた。
王国全域に線路が敷かれ、その上を列車が試験運行を行っている。
地球の常識で言えば明らかにおかしい速度だが、そこはファンタジー補正やチート補正など諸々の要素が追加されているので無視してほしい。
製作総指揮のエルナさんが時間をいじったりしてそうだけど、そこも無視してほしい。
各地の大工さんや技術者さん達がマッハで動いているのも流して欲しい。
天空大陸からの移民の皆さんが人間を越えた動きで南部開拓を進めているのも……無視してほしい。
できれば、ツッコみも全部我慢してほしいです。
「これが戦闘系チートばっかりだったら、各国から苦情の嵐だったでしょうね。世界のパワーバランスが狂ってしまうし、誰もこの国に逆らえない状況が出来上がっちゃうしね」
「生産系チートばかりで良かったってことか。他国から出張してくれている職人さん達にもボーナス交換してあるから、今のところは苦情が来てないんだろうな」
「士郎の能力がそれほど広まっていないってところもあるでしょうね。小国の方じゃ、謎の仮面男の恩恵って事になっているみたいだし、チート化されるのもボーナスポイントがある人だけだから、基本的には悪党はチートになれないって点も大きいかもね。レベルアップができるようになるだけでも結構ポイントが必要だしね」
「悪行をすると、直ぐにポイントが減ってマイナス値になるしな!」
つくづく、俺の能力が無差別に使えるものじゃなくて良かったと思う。
ボーナスポイントを貯めるにはレベルアップ以外には善行を行い続けるか、努力を続けるしかないからな。
楽してチートを欲しがる人は決してチートになれないってシステムは、俺の能力が危険視されるのを防いでくれているのかもしれない。
まあ、それでもこの国の住民は日に日に規格外になって行くんだが……。
「ところで、その鉢植えは何なの?」
チート問題の話が終わり、唯花の興味は俺が持ってきたクリスマスツリーに移った。
俺が園長先生から貰ってきた経緯を説明すると、唯花は半ば呆れた様な顔をした。
「よっぽど、バカが倒されたのが嬉しかったのね」
「……だな」
「けど、クリスマスツリーって、確か元々はモミの木じゃなくて樫の木じゃなかったっけ?モミの木になったのは北欧にキリスト教が広まった際だった筈だけど……?」
「へえ、そうなんだ?」
「元々は北欧の当時を祝う祭りの文化で、キリスト教徒は無関係だったらしいわね。文化が強過ぎてキリスト教側が折れて、妥協案として樫の木からモミの木に変わったとかって話よ。だから昔は一部のキリスト教信者からはブーイングがあったみたいだけど、今じゃ宗教に関係なく世界中に根付いてしまった北欧神話系の最強文化ね」
「へえ、凄いな?」
俺はキリスト教の文化だと思ってたけど、まさかの北欧神話が元祖だとは驚きだ。
北欧文化、恐るべしだ。
「そういえば、この世界にはクリスマスってあるの?」
「う~ん、ヨーロッパっぽい国だし、地球からの転移者も過去にも沢山いたようだし、地域によってはあるんじゃないのか?」
「あります」
「って、おお!?」
俺と唯花の間にソフィアちゃん登場!
本日のファッションははシスター服だ。
最近のソフィアちゃんはオシャレにハマっているようだ。
「――――北のニブルヘイム大陸周辺では先程のお話にもありました、北欧の冬至祭がクリスマスに少し似た形式で行われています。どうやら、あちらに時折現れる異世界人が広めたようです。他には、西のガンドウ大陸では現代の地球と同じクリスマスが行われています。あの大陸は異世界人の出現が頻繁であり、常に新しい地球の文化が流れているのでクリスマスも自然と浸透していったようです」
「あ~!あっちは日本人っぽい人達が多かったし、カトリックな宗教もあったしな。クリスマスもあるか」
「士郎は前に行ったことがあったんだっけ?」
「ああ、壮龍と一緒に『天草』って島国にな。海の幸が美味しい国だったな~♪」
その時お世話になったおばちゃん達は元気にしてるかな?
今度、お土産を持って会いに行くのもいいかな。
「―――――そのガンドウ大陸ですが、魔王のせいで混乱しているようです」
「「……またか」」
天空大陸、ニブルヘイム大陸、オリンポス大陸ときて次はガンドウ大陸か。
確か、妖怪軍団が巫女さん達を攫っているんだっけ?
「あっちには勇者とかは居ないのか?」
「居ません。ガンドウ大陸は異世界人の数がこの世界で最も多い場所ですが、勇者召喚のような異世界人を召喚する術式は既に失われている為、勇者と呼ばれる存在もありません。ですので、魔王の軍勢に対しては各地の軍や神職・聖職の方々が対応しているのが現状です」
「軍ってことは、銃とかで妖怪退治してたりするのか?」
「はい。弾は魔力を込めた魔力弾や、浄化系の魔法や能力が込められた弾を使用しているので、アンデッドやゴーストにも対応できています。ただ、敵も厄介な能力を使用するので苦戦を強いられています。あと、ガンドウ大陸には巫女を国主とする国家もあり、それらの国では国民よりも魔王が狙われている国主の巫女を優先的に護っているので、国内の治安に混乱が生じています」
今度の魔王は極度の巫女萌えのようだな。
お陰で巫女ばかり護られて、民衆は放置されている国もあるようだ。
昔の日本で言う邪馬台国みたいな感じの国か?
異世界版卑弥呼とか居るのか?
「それで、今回の魔王はどんな魔王なの?変態?テンプレ?」
「何故に2択?」
「分類的には変態魔王です。巫女に萌えている、早熟な12歳の少年です。今まで通り、元・日本人の転生者ですね。魔王に転生したので、巫女ハーレムを築こうとしているようで、既に何人かの巫女の心を落しています」
「マセガキかよ!」
「……バカね!」
前回はテンプレっぽい魔王だったけど、また変態魔王か。
魔王って、変態しか存在しないものなのか?
「どうやら、童貞のまま不慮の事故で死んだことと、本物の巫女に囲まれたかった事が未練だったようです。そこを付け入られ、魔王に転生させられたようです。世の穢れを祓う巫女の絶対数が減れば、世界の邪神や悪神の干渉に対する耐性が下がりますから」
「いや、だからって人選がおかしいだろ?もっとマシな奴とか……」
「元々捨駒なので適当に選ばれたようですね。場合によっては、邪霊などを憑依させたりするなどして操ればいいだけなので」
不都合が無ければ放置、有れば洗脳や改造って訳か。
「主、如何しますか?現時点で残っている魔王は4名、その中で表だって民家人に危害を与えているのは現在2名、ガンドウ大陸とワクワク大陸の魔王です。その中でも現在最も問題となっているのは、ガンドウ大陸の魔王です。ワクワク大陸の魔王については、1週間前から大人しくなっています。他の魔王が次々に倒されているのに気付き、暫くは事態を静観するつもりのようです」
つまり、現状で一番問題ありなのはガンドウ大陸の魔王ってことか。
それ以外の魔王は、全員静観してるってことか。
なんか、今までの魔王とは格が違う様な、厄介な臭いがするな?
「う~ん、ガンドウ大陸はワクワク大陸よりもダーナ大陸に近いし、放っておいたらコッチにも飛び火するかもしれないな。それに、お世話になったおばちゃん達にも被害が及ぶかもしれないし、魔王の行動が今以上にエスカレートする前に片付けた方がいいだろうな」
「そうね。放置したせいで邪神降臨とかされたら目も当てられないしね」
「邪神降臨か……」
黒幕を考えたら十分にありそうな展開だな。
そう考えると、残る魔王も早めに倒した方が得策だろう。
ソフィアちゃんに確認を取ってもらうと、その可能性は十分に有り得るそうだ。
けど、黒幕が世界の狭間の最奥にいるせいか、詳細情報を得るにはソフィアちゃんでももう少し時間がかかるそうだ。
少なくとも、魔王達が黒幕が用意した何らかの厄介な装置である事は間違いない様だけど。
すると、唯花は何かを嫌な事を思い付いたのか、恐る恐る今思い付いた考えを俺達に話し始めた。
「……もしかして、魔王が全滅したら何かが起きるって事は無いわよね?死んだ魔王の命が邪神復活の糧になるとか……」
「ああ、ゲームやマンガだとよくあるパターンだな!」
成程、そういう展開も有り得るな。
苦労して敵を全員倒したら、それがアダとなってラスボス登場ってパターンもゲームとかだとよくある展開だ。
魔王と聞いたら、勇者や正義感満載キャラは迷う事無く倒しに行きそうだしな。
って、俺もだけど。
「いえ、今回はそのような罠はありませんでした。先に主が倒した天空大陸とニブルヘイム大陸の魔王の残滓や痕跡を解析を行った結果、この世界の外側に倒された魔王の魂や力が流れている事実は100%ありませんでした」
「あ、そうなんだ」
「不安が1つ解消だな!」
「――――ですが、この世界の外には流れていない代わりに、この世界の中を移動しようとした痕跡はありました。おそらく、魔王が減る度に他の魔王が強くなる類の仕掛けだったのだと思います」
「えええ!そっち系かよ!じゃあ、最後に残った魔王はチート魔王になるってことか!?」
「ちょっと待って!今、仕掛け“だった”って言わなかった?」
驚愕する俺とは別に、唯花はソフィアちゃんの言葉に疑問を抱いていた。
「はい。他にも様々な仕掛けが魔王の魂に仕込まれていたようですが、それらの仕掛けは作動する前に破壊されましたので、現状は問題ありません」
「え!」
破壊されたって、何時の間に?
俺、何かしたっけ?
「私達が壊しました♪」
「「え!?」」
「正確には、天空大陸とオリンポス大陸の魔王の仕掛けはブレイくんが、ニブルヘイム大陸の魔王の仕掛けは私が破壊しました」
詳しく聞くと、天空大陸ではブレイくんが魔王以外にも色々と攻撃した時(*317話参照)に黒幕の仕掛けを木端微塵に破壊し、オリンポス大陸でも実は勇者達の陰で色々活躍していたらしい。
ニブルヘイム大陸では、ソフィアちゃんが魔王の魂を肉体ごと分解した際に、魂に仕込まれていた仕掛けも分解されて消滅させたそうだ。
俺の知らないところで、まさかの魔王チート化がストップされていたとは流石にビックリだ。
ソフィアちゃんは当然として、ブレイくんグッジョブ!
今後もコッコくんやスラ太郎にも負けない活躍を期待してるよ!
「――――ところで主、そろそろ離宮にお戻りにならないと王子様が起きて泣き始めます。一国の王とはいえ、子供をユニスに預けてばかりなのは感心できませんよ?」
「「あ!」」
俺と唯花はマッハで秘密の離宮へと急いで戻った。
そしてタッチの差で、壮龍が泣き出すのを阻止したのだった。
北欧の神々も士郎に手を出し始めているようです。
本文でも書きましたが、クリスマスツリーの起源は北欧の当時のお祭りに使われた樫の木で、キリスト教も完全には潰すことの出来なかった文化だったそうです。奉っていた神様も聖書の神ではなくオーディーンだそうです。




