第340話 ボーナス屋、映画鑑賞する6
――(過去)『アテナ大迷宮』 第79階層――
『――――侵入者ヲ排除スル』
『『『排除スル』』』
侵入者を発見した聖銀聖騎士人形は一斉に動き出す。
この階層に侵入した標的と同じ数だけ起動するよう作られているそれらは、今回も問題無く100体以上が起動して侵入者の排除を開始した。
「うわあああああああああ!!」
「《ファイヤースプレット》!《ファイヤースプレット》!《ファイヤースプレット》!」
「お、落ち着け!《ジャイアントウォール》!」
「ダメだ!一瞬しか持たない!!」
「逃げろ~~~~~!!」
学生達は悲鳴を上げながら聖銀聖騎士人形から逃げ出す。
彼らはノックス国の首都からやって来たエリート学生達だった。
『国立ミネルヴァ第一学院』―――国内上位の教育機関に通う彼らは課外授業の一環として『アテナ大迷宮』の探索に訪れ、多少のトラブルはあったものの1人の脱落者を出さずに第20階層にまで到達したのだが、エリート故の慢心か、または大勢の前で恥をかきたくないというプライド故か、ここで大きなミスを犯してしまった。
『汝ら、選ばれし者の試練を望むか?己を見極める試練を望むか?強者の試練を望むか?』
第20階層のボスである「賢銀梟王」は試練の挑戦者に対し毎回この質問を行っている。
試練の内容はこの問いに対して挑戦者が選んだ答えによって変わり、「己を見極める試練」は異空間でボスと戦い勝敗に関係なく結果を出す試練、「強者の試練」は本気のボスと1対1で戦う試練、「選ばれし者の試練」は精神世界で挑戦者の“全て”が試される試練だった。
そして学生達の殆どが選んだのは「選ばれし者の試練」だったのだが、それが彼らの絶望の始まりだった。
『――――愚か者達に絶望あれ!』
「「「うわあああああああああああああ!!??」」」
「「「きゃあああああああああああああ!!??」」」
最悪の結果を出した学生達は厳しい罰則を与えられ、下層部へと強制転移された。
下層部にはSSランク以上の敵が跋扈し、罠などの仕掛けも段違いに巧妙化している危険地帯だった。
当然、ただの学生レベルで突破できる場所ではない。
「き、来たあああああ!!」
「おい!早く進めよ!!」
「クソ!何で開かないんだ!?」
聖銀聖騎士人形から逃げる学生達だが、方向感覚を狂わせる構造になっている迷路を後先考えずに走り回るせいで行き止まりに何度もぶつかったり、扉を見つけても開け方が解らず立ち往生してしまっていた。
『――――侵入者ヲ発見』
「「「うわあああああああああああああ!!」」」
「「「きゃあああああああああああああ!!」」」
学生達は次々に聖銀聖騎士人形達に追い詰められていく。
抵抗する者は一撃で戦闘不能にされ、無抵抗の者はミスリル製の鎖で拘束され何処かへと運ばれていき、学生達はその数を減らしていく。
「剣が折れた!!」
「おい下級生!総代に武器を渡せ!」
「いや!これは私の――――」
「寄越せ!総代が負けたら全員死ぬんだぞ!総代、これを!」
「助かる!!」
学生達のリーダー、学院総代のイオン=カメリアは最後まで抵抗していた。
天才と称され続け、学院の中でも圧倒的な成績を出す彼は学生達にとって最後の希望、この男に付いて行けばきっと助かると信じる事の出来る心の支えだった。
そしてイオンもその期待に応える為、自身のプライドに掛けて戦った。
「砕けよ!!」
『排除』
「ガハッ!?」
「「「総代ィィィィィ!!」」」
一撃で砕けた。
全身のあちこちの骨を砕かれイオンは激痛に耐えられず意識を失い倒れる。
「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」
残った学生達も拘束され、引き摺られながらとある場所へと運ばれていった。
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――(過去)『アテナ大迷宮』 第90階層――
5日後――――
大迷宮の外では名門校の学生達が全員消息不明と騒がれられ、上級冒険者による調査・救助活動が行われていたのと同じ頃、ニケ=カメリアは仲間達と共に第90階層へやってきた。
「あれが90階層の扉……」
「はい。あの扉の向こうに9番目の試練があります。マスター」
荘厳な雰囲気を放つ扉を前にニケは若干萎縮する。
その隣で執事服を着た12歳くらいの銀髪の少年が扉に触れながら向こう側の部屋について調べる。
彼はニケの『魂の武装』、《賢者の石版》が進化して人間化した存在である。
「ウィズ、どう?」
「はい、マスター。やはり今まで通り、外側からは中の詳細は分からないようになっています。敵の数は不明、ですが部屋の内部に大勢の人間の生体反応があります」
「そ、それって、もう他の人が挑戦しているの?」
「いえ、戦闘が行われている様子もありません。ただ、どの生体反応も衰弱を示しています」
ウィズの言葉にニケは身震いをする。
もしかしたら、扉の向こうでは大勢の人達が“試練”に失敗して外に出られず苦しんでいるのではないかと思ったのだ。
その光景を想像するだけでニケは緊張し、同時に中に居る人達を助けられるか不安になる。
そんな彼女を見て、ウィズはやれやれと思いながら窘める。
「マスター、1人で全てを助けようとするのは良くも悪くもマスターの欠点です。今は私や仲間達がいるのですから、遠慮せず頼ってください。それが仲間というものです」
「う、うん」
ニケは頬を紅くしながら肯く。
そこへ、遅れてきた他の仲間達が合流する。
「すまない。遅くなった」
「「ニケ姉待った~?」」
「あ、ナナさん!ヴィルガルくん!ヴィルハルトくん!」
『キュゥ~♪』
『ワン!ワン!』
『ギャウ!』
『ピィ~!』
「ルージにフェンに、バーンにプル!」
クロスボウを背負った女性ナナを先頭に、双子の少年ヴィルガルとヴィルハルト、その後ろから一角聖兎のルージ、小神狼のフェン、空竜のバーン、そしてスライムのプル、この3人と4匹がニケの仲間達である。
「では、開きます!」
全員が集まったのを確認し、ウィズが大扉を開ける。
そして周囲に警戒しながら中に入ると、そこは白いドーム状の空間に巨大なオリーブの木が生えていた。
『――――知恵と勇気を兼ね揃えし者よ、よくぞここまで辿り着いた』
そのオリーブの木が喋り始めた。
それと同時にドーム状の部屋が光だし、壁と床が透明になってその全貌が露になった。
「「「!!」」」
壁と床の向こうには100人以上の人々が閉じ込められていた。
正確には透明な壁と床でできた立体構造の迷路の中に100人を超える人々が囚われ、その多くが疲労と飢えで衰弱していた。
『この者達は敗北者。試練を乗り越えられなかった知恵も勇気も持たない愚かな者達。この「再起の迷宮」からも出ることができぬ半端者達』
立体迷路の中に閉じ込められたのはこの大迷宮の脱落者達だった。
10階層ごとにある“試練”に最悪の結果で失敗し、その後もペナルティも突破できずに脱落した者達全員がこの第90階層にある「再起の迷宮」囚われていたのだ。
これは『アテナ大迷宮』が用意した最後のチャンスであったが、残念なことに囚われていた者達は誰も突破できずにいたのである。
そしてその中にはニケの知っている顔もあった。
「お兄ちゃん!!」
「……ニ…ニケ……?」
壁の向こう側にはニケの2つ上の兄の姿もあった。
それだけではない。
同じ高等部の同級生や、中等部にいる弟妹の姿もあった。
「え……?何で姉様が?」
「姉様……!!助けて姉様!!」
「ニケさん!私を助けて!私だけでも!!」
「この女、何言ってるんだ!!おい!俺だ!委員長の俺を助けてくれ!!」
ニケと同じ学校の、ニケよりも成績優秀な学生達は必死に助けを求め叫び始める。
普段は散々ニケを見下し嘲笑っていた彼らの多くは、どうして彼女がここに居るのか理解するよりも前に、兎に角自分だけでも助かりたいと残った体力を使って助けを求めた。
それを見ていたニケ達は……
「これは何とも……。ニケと同じ学院のようだが、随分と甘えた連中のようだな」
「ニケ姉、アイツウザいから消し飛ばしていい?」
「オリーブの木ごと一緒に消す?」
「だ、駄目!人殺しは駄目だよ!」
不快感を露にする仲間達を心優しいニケは必死に止める。
特に双子は本気で言っているので止めないと大変なことになってしまう。
「マスター、解析したところ、あの迷路はこの部屋の主の体の一部のようです。無闇に木だけを排除すれば迷路の中に居る者達も道連れになるようになっています。推測するに、囚われている人々全員を迷路から脱出させた上であの木を倒す事が今回の試練である可能性が高いと思われます」
『如何にも。この第90階層の試練は「再起の迷宮」の中に居る生存者をゼロにした上で我を――――『幻想之聖樹王』を打ち倒す事である』
「分かりました!この試練、受けます!」
『よかろう。試練を開始する』
こうしてニケの第90階層の試練が始まった。
だが、この試練はニケの想像以上に鬼畜な面を持つ試練でもあった。
この部屋の主である『幻想之聖樹王』は魔獣ではなく女神アテナの眷属である植物の姿をした最上級精霊であり、その魔力は600万にも達する強敵である。
そんな相手と戦いながら「再起の迷宮」の構造と仕掛けを理解し、衰弱した100人以上の人々を出口まで誘導しなければならず、しかも囚われている人達は我が身可愛さゆえに自分だけでも助かろうと周りの足を引っ張っていく。
そして更に、『幻想之聖樹王』は部屋の中に居る人の数に応じて使用できる能力が増減する特性があり、手っ取り早く試練を終えるには迷路の中に居る人達を皆殺し――迷路内部から外へは攻撃できないが、外から迷路の中に攻撃することは出来る仕組みになっている――にすればいいという、悪魔の誘惑が付き纏う試練でもあった。
ニケの仲間達にとって迷路に囚われている人達は不愉快極まりない存在ばかりだったが、それでもニケにとっては大事な家族と学院の仲間達だったから――――いや、優しいニケに彼らの命を一生背負わせない為にナナ達は戦いながら彼らの脱出を助けていった。
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