第296話 ボーナス屋、現実を突きつけられる(アレス大迷宮1)
――ファル村 勇者の家――
その日の昼前、俺が壮龍のオムツを交換しているとその人は玄関のドアをノックしてから入ってきた。
「こんにちは♡」
「……弁財天、先生?」
神様兼音楽の先生がやってきた。
本日は教師ファッションではなく神様ファッションでのご登場だ。
ちゃんと琵琶も装備している。
演奏しに来たのか?
「……何の御用でしょうか?」
「期末試験のお知らせよ」
学生の現実が、時空を越えて襲いかかってきた!
その名は期末試験!
忘れていたけど、今は12月です!
「――――中間試験もだけど、貴方はずっと分身で通学してるわね?今はそんなに火急な事態が起きている訳でもないのに?」
「え~と、分身は俺とリアルタイムで繋がっているから、俺が勉強している事に……」
「試験は来週からだから、ちゃんと来てね♡来ないと強制的に補修よ♡」
「……」
「良かったわね。例年なら今がまさに試験期間だけど、今年は日本でも色々事件が重なって予定が繰り下がって来週からよ。全科目、しっかりと勉強して来てね♡」
「……絶対?」
「絶対♡」
弁財天先生の“♡”が何故か怖かった。
中間の時は何も無かったのに……なして?
教えてチートさ~ん!
――――ピロロ~ン♪
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『解:日本各地で分身登校続出』
日本各地の学校で、本人ではなく分身に代理登校させる学生が続出中。
その殆どが本人は何も勉強していない為、学校関係に出稼ぎしている神様間で協議が行われた。
その結果、学校の存在意義や学生生活の重要性についての観点から、緊急時等を除いて分身登校を認めない措置を試験的に行うことが決定した。
尚、これに強制力は無いが、一部の神が分身を破壊するかもしれないので御注意。
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分身登校が日本中でか。
そりゃあ、教師側からすればたまったもんじゃないだろう。
教室に入ったら生徒が分身だらけ……一種の学級崩壊だな。
事実上の不登校の大量発生だ。
「邪神降臨みたいな時は黙認するけど、そうでない時はダメよ?」
「……はい」
俺は逆らえなかった。
勇者を越える存在、それは女神教師なのかもしれない。
「士郎、昼……む?サラスヴァティか?」
「……久しぶりね。ヴリトラ」
そこへ、イモを頬張ったヴリトラがやってきた。
というかお前、口に物を入れた状態で昼飯を要求しようとしただろ?
「……本当に丸くなったわね?昔は死と復活の無限ループを懲りずに続けていたのに」
「そういうお前は……老けたか?」
「………」
「お茶いれてきます!」
俺は命の危険を感じて一時撤退した。
あの2人、古傷だらけだ!
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――『アレス大迷宮』 第3階層――
どこで間違えたのかと訊かれたなら、初めからと答えるべきだろう。
そもそも、ヘルメス達が半ば娯楽気分で始めた大迷宮計画に戦の神を巻き込んだのが大きな間違いだった。
ヘルメス達が(性質の悪い)遊び心を全開にしたのに対し、この戦の神は冗談無しに強さだけを重視した、過酷な試練100%の大迷宮を作り上げた。
『ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「ぐあああああああああああああああ!!」
岩をも砕くバトルボアの牙が冒険者を襲う。
冒険者の巨体は宙を舞い、そのまま崖の下へと落下していった。
「うわああああああ!!」
「バカ!逃げるぞ!!」
『ブオオオオオオオオオオオオ!!』
「「ギャハッ!?」」
逃げようとする他の冒険者もバトルボアの餌食となった。
ここは天高く伸びる『アレス大迷宮』の第3階層、雲よりも高い場所にある最上層から遠く離れた大迷宮の入口である。
にも拘らず、今日も多くの挑戦者達が脱落していった。
黒幕であるヘルメスの計らいにより、そう簡単に死人が出ないようにはなってはいるが、未だに大迷宮に挑んで生きて戻って来た者は誰一人とていない。
当然だろう。
『アレス大迷宮』にある出口は1つ、遥か天空の彼方にある最上層にしか存在しないのだから。
1度足を踏み入れたら最後、最上層に到達し、そこで待ち構えている試練を乗り越えない限り外の空気を吸う事は一切できないのだ。
《転移》等による脱出も神クラス以上でもない限りまず不可能なのだ。
『『『ブオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』
「「「うわああああああああああああああああああ!!」」」
別の場所でも冒険者パーティがバトルボアファミリーに襲われていた。
前の2階層までは一人前の冒険者なら攻略できるが3階層からはそうはいかない。
純粋な力と、弱肉強食の世界で生き残る為の各能力が試されるのだ。
普通の一人前レベル程度の者は、早々に脱落させられるのだ。
『グオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「キ、キラーベア……!?」
血肉に飢えたキラーベアは剛腕を振るう。
『シャァァァァァァァァァァァァ!!』
「チッ!アシッドバイパーか!」
執念深いアシッドバイパーの溶解液が装備を破壊する。
『ピィィィィィィィ!!』
「何でスライムが剣と楯を持ってるんだよ!?」
武装したスライムソルジャーが命を狩って行く。
『キキキキィィィ!!』
「グハッ!サ…サル如きに……!!」
格闘技を使うコンバットモンキーが人の心を砕いていく。
一瞬の油断が命取りになる、それが12の『大迷宮』の中でも最難関である『アレス大迷宮』なのだ。
そして、未だに1つの節目である10階層どころか、その1つ手前の9階層に到達した者は、まだ1人もいない。
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――『アレス大迷宮』 最上層(第100階層)――
その神は玉座に座したまま一歩も動く事は無かった。
「――――弱者は早々に散れ」
圧倒的な闘気を全身から漂わせる姿はまさに強者。
「――――我が求めるは強者のみ」
その神は弱者は決して近付く事を決して許さない。
「――――我に届く刃を持った『神殺し』の器を持つ真の強者のみ」
美しく威風堂々たる風貌は崩れることを知らない。
「――――来たれ、我が下に」
聞く者のいない声だが、それは確かに大迷宮全体を震えさせた。
戦と破壊を司る荒ぶる神――――『軍神』アレス
古代ローマではマルスの名で呼ばれ、古代ギリシャでは蛮族の神として忌み嫌われ、神話の中でも惨めな扱いをされているが、実際は違う。
アレスは戦場にてより強い者との戦いを求め、薄汚れた弱者を葬る神でもある。
彼は強さを重んじ、強き者にしか加護を与えない生粋の実力主義者なのである。
「――――見せてみよ。人の強さを」
アレスは待ち続ける。
数多の試練を乗り越え、この玉座の間に辿り着く強者が現れる時を。
この世を襲う災厄に立ち向かう『勇者』の器と刃を交えるその時を。
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「アレス~!ちょっと俺らを匿っ………げばぶ!?」
「ぶべらぁぁぁぁぁぁぁ!?」
『ヒヒィィィィィン!?』
天井から落ちてきた異母兄弟+αを、アレスは瞬殺した。
その数秒後、ヘルメス達を追ってきた多数の軍神達が群を成して現れた。
「やっと追いついたぞ!!ゴラァァァァァァ!!」
「建御雷、お前はロキを押さえろ!!」
「おっしゃあ!!」
「アレス、グッジョブ♪」
「……」
アレスは終始無言を貫いた。
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――ファル村 勇者の家――
――――ピロロ~ン♪
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『告:ロキ&ヘルメス、捕獲完了!!』
『アレス大迷宮』にて、逃亡中のロキとヘルメスが捕獲されました。
軍神アレスに匿って貰おうとしたようですが、逆に瞬殺されてしまい現在重体となっています。
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「やっと捕まったか!」
「流石アレス♡」
俺は安堵の息を漏らし、弁財天先生は本日1番の笑顔を見せた。
ボナース屋の世界は現時点で12月上旬です。
*追記:もうすぐ300話を記念して番外編の内容のリクエストを募集しています。リクエストは17日まで受け付けています。




