第274話 ボーナス屋、お留守番する(ヘファイストス大迷宮1)
――ファル村 勇者の家――
「ねえ士郎、今日も用事があって家を空けるけど、壮龍の世話頼める?」
「ん?別に構わないけど?」
「……ありがとう」
その日の朝、唯花は少し余所余所しい態度で出掛けていった。
最近の唯花は随分と用事が多いけど、それは仕方がないことだ。
俺とは違い、唯花は2つの世界の生活を両立させるのが大変だだからな。
壮龍の世話も、俺が率先してやってやらないと、何時か唯花が育児ノイローゼになってしまうし、何より今の俺は時間がたっぷりとあるから問題ない。
「さてと、今日はパパと御留守番だぞ?」
「だぁ~」
「ホント、お前は可愛いな~♡」
俺は日に日に親バカになっていくのを自覚しつつも壮龍を可愛がった。
そして家で留守番をしている間、俺は例のクエストの続きをする事にした。
「さてと、今日は何処にするかな~っと!」
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――『ヘファイストス大迷宮』――
ミネラ王国北部にある今は閉山している旧鉱山に『ヘファイストス大迷宮』が出現した。
地下深くまで伸びているこの大迷宮は今は使われていない旧坑道の入口全てから中に入ることができ、利用した入口によって内部構造が異なる仕組みになっている。
例えば入口Aから入ると次の階層までの最短距離が他よりも短かったり、入口Bから入ると他よりも道が狭く内部が複雑だったりする。
出現当初はこの少し厄介な仕組みに冒険者達は四苦八苦したが、今では情報を共有し合うことで攻略を進められるようになっていた。
そして大迷宮に挑む者の中には、嘗てこの鉱山で働いていた鉱夫の姿も多く見られた。
『ヘファイストス大迷宮』の中は生きた鉱山である。
最初の第1階層から最下層まで、その全てが鉱山をモチーフにした造りになっており、あちらこちらに鉱脈が隠れている。
鉄や銅は勿論のこと、金や銀、プラチナ、そして更にはミスリルやオリハルコンの鉱脈も存在する。
そして鉱脈は一定周期で配置が換わり、低確率だが運が良ければ第1階層でもオリハルコンの大鉱脈を発見する事もでき、そしてレアな鉱脈の出現率は最下層に近いほど高くなる。
それに加え、大迷宮内にはランダムで宝箱が配置され、これにも運が良ければ稀少なアイテムを入手できる。
今では一攫千金を狙う挑戦者で賑わい、つい先日までくたびれ果てていた麓の町はゴールドラッシュの如く賑わいを取り戻していた。
そんなある日のこと、大迷宮の入口で一部の冒険者達が立ち話をしていた。
「なあ、最近、妙に貴族をよく見かけるよな?」
「ああ、随分と良い装備を身に着けた連中が(大迷宮に)入って行くのをよく見かけるよな?」
「武勲狙いか?」
「かもな。もしくは、利益の独占じゃないか?貴族なんて所詮、金と地位が好きだからな?ほら、また別の貴族が入って行くぞ?」
冒険者達の冷めた視線の先では、貴族の子弟達が冒険者達を押し退けて大迷宮に入っていく姿があった。
財力にものを言わせて用意した高級装備を身に纏い、権力を使って集めた大迷宮の最新情報を頼りの彼らの顔には自信に溢れていた。
しかし、大迷宮は金と地位だけで攻略できるほど甘くはない。
彼らもその事をすぐに思い知る事となるのだった。
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――ヘファイストス大迷宮 第4階層――
彼らは追い詰められていた。
大量の蟻によって。
『『『ギギィィィィ!!』』
「クソッ!!ムシケラが次から次と!!」
「向こうからも来た!!」
「挟まれました!!」
「お、お前達!僕を護れ!」
貴族子弟とその従者達は50近い数の魔獣「ミネラルアント」の群に囲まれていた。
ミネラルアント達は同胞を殺されたせいで凶暴化しており、その戦闘力は通常よりも3割以上増していた。
「ど、どうしてこんな事に……!?」
「そういや、蟻は死ぬと臭いで仲間を集めるってノックスに留学している弟から聞いた事があったな?」
「ぼ、僕は悪くない!僕は敵を倒しただけだ!そうだ、僕は悪くない!」
「……坊ちゃん、この状況で言い訳は無意味ですよ?」
「う、うるさい!いいから僕を護れ!」
「「はあ……」」
わがままな主人に従者達はため息を吐く。
彼らはそもそもこの階層にはまだ進むつもりはなく、上の階層で力を付けてから来る予定だった。
それが調子に乗りまくった主人の我が儘に流され、その結果、蟻の大群に囲まれてピンチに陥ったのである。
「ヤバ!剣が折れた!」
「この蟻、やっぱり魔法じゃないと攻撃が効かない!魔力ポーションはある?」
「坊ちゃんが全部飲み干したよ!くっ!俺も魔力ぎれだ!」
剣はミネラルアントの硬い殻に耐え切れず折れ、魔力も魔法の連発で底を突いた。
3人の従者達は戦う手段が断たれてしまった。
『『『ギギギィ!!』』』
「うわあああ!!」
「あ!坊ちゃん、勝手に動かないでください!」
「五月蠅い!この役立たず!僕は、僕はこんな所で死んだら行けないんだ~~~!!」
「キャッ!」
我が儘な主人は女の従者を蟻の大群に向かって突き飛ばした。
蟻達は一斉に女性に向かって襲い掛かり、僅かに逃げ道が出来た。
「うわあああああああああ!!」
「おい!!コラ!!」
「お、お前達は僕の家来なんだから……僕は悪くないん!悪くないんだああああああああああ!!」
我が儘主人は従者を捨てて逃げ出した。
それはもう、普段は見せない馬よりも速いスピードで。
「あんの、クソガキ……!!」
「この!ドケ、蟻!!」
『『『ギギギギィ!!』』』
男従者2人は蟻に襲われている仲間を必死に助けようとする。
その女従者は、蟻の咢によって武器も防具も噛み砕かれ、その下の衣服も酸によって溶かされていた。
彼女にとって幸運(?)だったのは、ミネラルアントの主食は金属を始めとする無機物であり、肉は滅多に食べないのですぐには喰い殺されなかった。
「離れろ蟻ども!!」
『『『ギギィ!!』』
「チッ!これでも食ってろ!!」
男従者は折れた剣を蟻の口に突き刺して仲間から離し、その隙に気絶した仲間を拾って距離を取る。
だが、周囲には更に数を増して70近くまで増えた蟻が彼らを狙っている。
「どうする?」
「一応、煙幕弾だけは残っている。一か八か……」
「賭けるしかねえか」
従者達は手持ちの煙幕弾を全部を蟻達に投げつけて爆発させた。
幸運にも、煙幕に使われていた素材の中にミネラルアントの苦手とする物が僅かに混ざっていたお蔭で蟻達は一時的に動きが鈍くなり、一部は煙を嫌って逃げ出した。
「今だ!」
従者達は蟻達の間にできた隙間を全速力で抜けて逃走する。
だが、すぐに一部の蟻達が彼らを追い始める。
「クソッ!追いつかれる!」
気絶した仲間を背負いながら走っている為、彼らは本来の速度では走れなかった。
このままでは追いつかれる。
絶体絶命。
「……おい、お前腕にそんな腕輪付けてたか?」
「――?今はそんなこと気にしている場合じゃないだろ!」
男従者の片割れが隣を走る仲間の左腕に見覚えのない腕輪をしているのに気付くが、蟻達に追われている現状では追及している余裕はなかった。
だが、言われた方の男が一瞬だけ自分の左腕に視線を向け、その“見覚えのない腕輪”を認識した時、それは起こった。
「おい!あそこに扉があるぞ!」
左右に道が分かれている突き当りの壁に、突如として扉が出現した。
場違いな綺麗なガラス張りの扉、だが、今は迷っている余裕はなかった。
「飛び込むぞ!」
「よし!」
彼らは迷わず扉に突っ込んだ。
そして、自動で開いた扉の向こうで、彼らを待っていたのは……
「いらっしゃいませ~!」
笑顔の店員さんだった。