第272話 ボーナス屋、女神に依頼される(アテナ大迷宮2)
ニケ=カメリアはカメリア財閥の令嬢だった。
カメリア財閥は鉄道産業で発展し、今では金融や武器産業等でも大きな成果を上げている、ノックス国でもトップクラスの財閥だった。
財閥の現総帥の長女であるニケは幼少期から英才教育を受け、2つ上の優秀な兄の背中を追いかけるように、カメリア家に恥じない女性になろうと日々努力してきた。
だが、彼女の努力は実を結ぶことはなかった。
努力を結果に出すほどの才能に恵まれていなかったのだ。
沢山の参考書を読んでも試験では良くて平均点、毎日体を鍛えても自分より年下の子に負け続け、魔法も同級生が中級魔法や中には上級魔法を習得する中、未だに初級魔法しか使えなかった。
必死の努力で首都の名門校に入学は出来たものの、成績は見事に最下位、周囲から嘲笑されるのは必然だった。
「あいつ、まだEランクらしいぞ?俺らはもうすぐCランクに昇格するのにな?」
「どうしてあんな無能がここにいるんだ?」
「親の力だろ?カメリア財閥の力なら裏口入学も簡単だろうしな?」
「無能の癖にズルい人ですね。私達は日々切磋琢磨しているというのに?
「フフフ、けどそれももう長くないのですよ。次の進級試験、あの子の成績では間違いなく不合格なのは目に見えてますわ」
「これで落ちこぼれの顔を見なくても済むわね?」
「「「アハハハハハハハ!」」」
無能だと、親のコネで入学したのだと、努力していないなどと言われ続けていた。
実際は他のどの同級生よりも努力を続けていたが、彼女は一度も言い返す事は出来なかった。
結果を出さないと、努力したと言っても信じて貰えないと思っていたからだ。
それは同級生に限らず、家でも同様だった。
「―――この成績では、嫁ぎ先も見つからないな?」
「はあ、どうしてこんな子が生まれたのでしょうか?他の子達は皆優秀ですのに」
「あまり俺の前に姿を見せるな。周囲の目を気にしろ」
「無能な姉様は私達の邪魔をしないでください!」
「僕達は姉様と違って忙しいんです!」
何度も1人で泣き続けたニケだったが、それでも諦めなかった。
そんな時、首都の『アテナ大神殿』から大迷宮の存在が大々的に発表された。
ノックス国の象徴である知恵の女神が創りだした大迷宮、その話を聞いたニケは大迷宮攻略を決意する。
「私、頑張る……!」
諦めが悪い事だけが取り柄の少女は、こうして大迷宮へと足を踏み入れたのだ。
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――アテナ大迷宮 第1階層――
ニケは迷子になっていた。
行き止まりになったら来た道を戻って別の道を進むなどを繰り返した結果、自分が今何所にいるのか分からなくなっていたのだ。
ちゃんと地図を描きながら進んでいるのに、その地図がまるで役に立たない。
だが無理もない。
知恵の女神であるアテナが創ったこの大迷宮は、決して戦闘力だけで攻略できるものではない。
戦闘力と同じ位、知恵の力も試されるのだ。
ニケは気付いていないが、この大迷宮の至る場所に隠し扉が仕掛けられており、中には壁を移動させる類の仕掛けもあるので、ただ地図を描いていても中の構造が他の冒険者たちによって変えられてしまうのだ。
「ど、どうしよう……」
だが、ニケはその事にまだ気付いていない。
自分の地図が間違っているのではと思い込んだ彼女は、迷宮の中をウロウロと彷徨い続け、不運にも第1階層“最悪の罠”に嵌ってしまう。
それは――――
「え?」
落とし穴である。
「きゃあああああああああ!!」
一定時間ごとにその位置を変える“最悪の落とし穴”、それに落ちてしまったニケは第1階層から一気に第10階層まで落ちていったのだった。
この落とし穴、堕ちたものを第2~10階層の何れかにランダムで落とすものであり、それがある床にはフクロウの絵が刻まれているので、余程不用心でない限りは誰も踏まずに避ける事が出来る簡単な罠であった。
だが彼女の場合、迷子になった不安で注意力がそがれてしまい、足元にフクロウの絵がある事に気付けなかったのである。
こうして彼女は、攻略組の最前線である第10階層へと落ちていったのだった。
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――ファル村 勇者の家――
夜も遅くなり、一度夜泣きをした壮龍のオムツを交換した俺は自室に戻って就寝しようとしていた。
そんな時、不意を突くようにメールが届いた。
「また神様メール?今度は誰からだ?」
また暇な隠居神からかと思ったが、違っていた。
約180度違う人からだった。
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From:アテナ
Sub:御助力をお願いいたします
夜遅くに失礼します。
実は私が創った大迷宮で、少々予定外の出来事が起きてしまいました。
神という立場上、私は直接干渉することは出来ません。
ですので、貴殿の御力をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?
詳細は下記の通りです。
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まともだった!
俺が今まで会ってきた神の中で間違いなくまともな神No.1の女神様だった。
「――――どれどれ?」
俺はメールの後半部分を読んでいった。
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――アテナ大迷宮 第10階層――
「きゃあ~~~!!」
ニケは必死で逃げていた。
大小無数の魔獣に追われて。
『ビィ!ビィ!』
『ビィ~!』
『ピピィ!』
ホッピングスライムにロックスライム、メタルスライムが跳ねながらニケを追いかける。
『キィ~!』
『ギッ!』
『ブ~ン!』
ブラックマンティスとソルジャーアント、スパークビーも追いかけてくる。
『キヒヒヒヒ♪』
『ボボゥ~!』
『カタカタ……』
ゴーストとファイヤエレメント、スケルトンナイトも追いかけてきた。
第10階層の大半の種類の魔獣がニケを追いかけていた。
そのどれもがEランク以上の魔獣で、スケルトンナイトはDランクの魔獣だった。
「サ、《サンダーアロー》!!」
ニケは逃げながら魔法を撃つが効果はなかった。
特に某スライムには微塵も効いてなかった。
「ど、どうしよう!?」
敵はどれも今のニケの手におえる相手ではなかった。
このままではニケの体力が先に尽き、魔獣の餌食になってしまう。
しかも幸か不幸か、ニケは正しい道を走っており、このままではボスが待ちかまえる大部屋に辿り着いてしまう。
先に来ている冒険者パーティが隠し扉を開けたままにしていたため、それがニケを更に危険な場所へと導いてしまっていたのだ。
だが、一方では先にいるベテラン冒険者達と合流できるチャンスでもあった。
『ブ~ン!』
「キャッ!」
だが、ニケの不幸体質は彼女にそのチャンスを与えてくれなかった。
スパークビーの毒針を避けた瞬間、足を滑らせて横の壁の回転扉に突っ込んでしまった。
そこは、先に来ていた冒険者達が中は危険だと判断して入らなかった隠し部屋の入口だった。
「ふにゅ~」
ニケは床を転がった後、痛いのを我慢しながら立ち上がって辺りを見渡した。
何も無い小部屋、だがニケ1人が休むのには十分な広さだった。
「……何だろう、コレ?」
ニケは部屋の奥の壁に何かが描かれているのを見つけた。
それは絵ではなく、壁の一部として埋め込まれていたパズルだった。
「あ、これって前にやったことがある!」
それはスライドパズル、またはスライディングブロックパズルと呼ばれる4×4のマスにある15個のコマを1つの空きマスを利用して動かして特定の絵を完成させたり、コマに書かれている数字を順番通りに並ばせるパズルだった。
ニケは、実家にあった玩具に同じようなものがあったのを思い出し、懐かしくなったこともあってコマ
を動かしていった。
勉強の成績は悪いニケだったが、こういったパズルだけは何故か得意だったのであっと言う間にパズルを完成させた。
「出来た!」
直後、パズルが埋め込まれた壁が大きな音を立てながら左右に開き始めた。
「え!何!?」
そして壁の奥から、この第10階層最強の魔獣が姿を現した。
『ゴゴォォォ~!!』
「え…ええええええ!!」
全身が鋼鉄で構成された巨人、Cランク魔獣『鉄鋼巨人兵』だった。
今のニケでは逆立ちしても勝てない強敵だった。
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――ファル村 勇者の家――
「――――ヤバくね?」
その光景を見た俺は、同時に彼女のステータスも視て呟いた。
幾らなんでも、これは無茶過ぎる。
【名前】ニケ=カメリア
【年齢】16 【種族】人間
【職業】学生 冒険者 【クラス】落ちこぼれ少女
【属性】無(全属性)
【魔力】230/1,100
【状態】疲労(中) 軽傷
【能力】攻撃魔法(Lv1) 防御魔法(Lv1) 補助魔法(Lv1) 体術(Lv1)
【加護・補正】薄幸 勤勉者 努力者 苦労者 不撓不屈 大器晩成の枷壺(MAX)
【BP】93
ん?
一番最後のは何だ?
【大器晩成の枷壺(MAX)】
・努力の9割を結果に結ばずに貯めこみ続ける。
・これがある限りは成長に制限が掛かり、決して大成することは無い。
・これが何かの要因で消えた場合、それまでに溜め込んだ努力に比例してその者を急成長させる。(MAX状態の場合、凄い事になる可能性大)
・現在、MAX状態。
これって、チート化の予感?
アテナさんは良識ある女神で乙女です。