第251話 ボーナス屋、チェックインする
――アウルム王国 王都デウス『冒険者ギルド総本部』――
「おい!余所の大陸の冒険者が居るのはここかあ!?」
お!テンプレな展開か?
いきなり謎の男が乱暴に扉を開けて怒鳴り込んできた。
全身にミスリル製の装備を纏い、背中には俺の背丈と同じ位の大きさのバトルアックスを背負った30歳前後の大男だ。
「パウロス様!今は来客中でございます!」
怒鳴り込んできたその男を見て最初に動いたのは秘書長のニコレッタさんだ。
“様”を付けるという事は、それなりに身分やランクが高いという事だろう。
グランドマスターのオッサンも顔見知りらしい反応があった。
「来客~?つまり、こいつらが例の他所の大陸から来た連中ってことか?」
パウロスと呼ばれた男は俺達を一通り一瞥し、俺を見て鼻で笑った。
「おいおい?向こうじゃ赤ん坊をおぶったガキも冒険者になれるのか?それにチンケな女にメイドだ~?あとペットも一緒とは舐めてくれるじゃねえか?ああ?どうやらお前らのとこの大陸じゃあ、冒険者はガキの飯事と変わらねえみたいだな?」
「……チンケ?」
『ゴケ?(あ?)』
「(ちょ!唯花もコッコくんも落ち着けって!)」
パウロスの挑発に唯花とコッコくんがキレそうになる。
お前らがここで暴れたら大惨事にしかならないだろ!
「―――パウロス、私の前で問題を起こす気であるか?」
グランドマスターが重い口調で喋り出した。
なんかさっきと雰囲気が違うな?
「グッ…親、いや父上!!俺は余所者どもに礼儀を教えに来ただけだ!あと、俺の仲間を遊んでくれた奴に礼をしに来ただけだ!そこの黒髪のガキ、貴様だな?さっきは俺の仲間が随分と世話になったようじゃねえか~?」
「え?何の話だ?」
「惚ける気か!?」
「ほら、さっきロビーで絡んできた男よ。軽くあしらった」
「ああ!」
「やっぱ貴様じゃねえか!!」
「パウロス!!」
「――――ッ!!」
俺に掴みかかろうとするパウロスを止めたのはグランドマスターの怒声だった。
というか、コイツラ親子なのか?
なんとなく秘書長さんに視線を向けると、それに気付いた秘書長さんがゴホンと息を吐きながらパウロスについて紹介してくれた。
「グランドマスターの御長男であり、マルマロス子爵家の次期当主候補であらせられるパウロス=マルマロス様でございます。当ギルドを代表するパーティの1組、『雄々しき雷霆』のリーダーでもあらせられます」
「ちなみにランクは?」
「Sランクでございます」
へえ、思ったよりランクが高いんだな?
態度は粗暴だけど、冒険者としては優秀なタイプってことか。
「――――パウロスよ、彼らは私の客人である。これ以上問題を起こすのなら、私の権限により1人の冒険者が謹慎を受けることになるが、良いのであるか?」
「うぐっ!けど、このガキは俺の仲間に……」
「今年で14回、お前は同じ理由で他の冒険者と揉め事を起こしているのである。その全てが『雄々しき雷霆』に非があった事を忘れたのである。今回も原因はお前達にあるのではないであるか?」
「ぐ………!」
「分かったら出ていくのである」
「……クソ!お前ら、覚えていろよ!」
「ヤダね♪」
「~~~~っ!!」
パウロスは俺に敵意を剥き出しにしながら部屋を出ていったが、俺は全く気にしなかった。
後で唯花に「挑発しないの!」と注意されたが、その後すぐに小声で「スッキリしたわ♪」とも言われた。
「チンケナ女」と言われたのが相当イラついたようだ。
「……愚息が迷惑をかけたのである。あれは頭はアレだが、腕も立つ上に根は腐っていないので許して欲しいのである」
「いえ、あの程度の諍いは此方でもよくある事なので気には致しません」
「感謝するのである」
「では、早速ですが――――」
グランドマスターのオッサンは一気に疲れた様な顔をしていたが、ヘルベルトさん達が問題にはしないと言うと少しだけ元気になった。
第一印象は面倒臭いオッサンだったけど、さっきのを見ると息子に苦労しているらしい。
意外と良いオッサンなのかもしれない。
俺以外も同じように思ったのか、オッサンを見る目には好意の色をしていた。
そして結構いい雰囲気の中、ヘルベルトさんを始めとした代表団とグランドマスターのオッサンの話し合いが始まった。
〈オッサンは好感度が上がった!〉
「今、何か聞こえたのである?」
「……空耳でしょう」
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――王都デウス 高級ホテル『黄金の薔薇』――
俺達は王都の高級ホテルにチェックインした。
あの後、こっちのギルドの重鎮達が遅れてやってきて両大陸のギルド間での打ち合わせが始まった。
今後のスケジュール等を決め、会談は明後日から3日間の日程で行うことになり、冒険者同士の親善試合は2日目にやることになった。
ダーナ大陸側の代表は勿論俺だ。
新大陸側はまだ決まっていないので今日明日中に急いで選抜するらしい。
「――――という訳で、明後日までは自由時間だ!」
「今日はもう夜だから観光は明日ね」
「あ~う~!」
「旦那様、夕食は2階のレストランでとのことです」
「ああ、わかった!」
俺達がいるのはホテルの上層階にあるスイートルームだ。
自分の息子の非礼の詫びも兼ねているのか、宿泊代はグランドマスターのポケットマネーから出るらしい。
他人の金で贅沢するのに遠慮がないのか、唯花は最初から壮龍と一緒に寛いでいる。
俺も寛いでいるけど♪
『ゴケ~♪(気持ちいい~♪)』
『キャメ~♪』
コッコくんとカメも寛いでいる。
このホテルはペット同伴も想定しているのか、動物用のベッドや水場も常備されていた。
至れり尽くせりだな。
「それじゃあ、そろそろレストランに行くか?」
「そうね、丁度お腹もすいてきたしね。ファル村だったら昼食の時間だし」
「時差は大体6時間前後ってところだな。そういえば、今まで気にしてなかったけど、この世界の時間の基準ってどうやって決めてるんだろうな?」
――――ピロロ~ン♪
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『回答:時間の基準』
ダーナ大陸では明確な基準は無く、各都市ごとに適当に決められている模様。
オリンポス大陸では各国首都を時間の基準点にしており、都市部には時計台もある。
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へえ、新大陸には時計があるのか。
明日にでも時計台とやらを見に行ってくるかな?
「準備ができたわ」
「よっし!美味しいディナーを食いに行くぞ!」
明日は王都の観光を楽しむことに決め、俺達は夕食を食べにレストランへと向かった。
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――王都デウス 『ゼウス大神殿』――
その頃、王都の中心部にある大神殿では明日行われる儀式の準備が進められていた。
大神殿の地下にある大部屋で、大勢の神官達が呪文を詠唱しながら部屋の床に刻まれた魔方陣に魔力を注ぎ込んでいる。
その光景を、6人の大神官達は満足気に見ていた。
「いよいよ明日だな」
「うむ!いよいよだ!」
「我等が偉大なる神より授かった召喚陣がついに発動する!」
「神の加護を受けた使徒達が我らが下に来る!」
「おお神よ!貴方はなんて慈悲深いのですか!」
(ククク……!この召喚陣でやってくる勇者も上手く騙して利用してやろうぞ!)
オリンポス十二神の筆頭であるゼウスを信仰するゼウス神殿の頂点に立つ6人の大神官達。
彼らは先日、神より神託を授かると同時に『召喚陣』を授かった。
それは異世界から勇者を召喚する為の魔方陣。
既にアウルム王国にある異世界人召喚の魔方陣よりも遥かに強力な魔方陣に大神殿は大いに沸きだった。
既存の魔方陣で召喚される異世界人は1~2人で誰が来るかは完全なランダムであり、しかも使用できるのは数十年に1度という代物だった。
一方、神がくれた魔法陣は人数はランダムだが、必要な魔力さえあれば何時でも使用でき、さらに召喚された異世界人には例外なく神の加護が与えられる高性能な代物だった。
大神殿の人々は神からの贈り物に大興奮し、早速使うことを決定したのだ。
だが大神官の1人、ゼウス神殿の実質のトップである男はよからぬ事を企んでいた。
(ククク、2年前に召喚した異世界人と同様にハズレなら異世界の知識を吐かせ、あとは奴隷にして戦争に放り込むとしようか。だがアタリなら、上手く煽てて『大迷宮』の攻略に使うとしよう)
彼は最初から異世界人を利用することしか考えていなかった。
召喚されるのが雑魚なら知識だけ奪って奴隷にし、上物なら先日王都近郊に現れた『ゼウス大迷宮』の攻略に利用しようと企んでいた。
懐には相手を強制的に支配する魔法具「隷属シリーズ」を忍ばせてある。
彼にとって異世界人や勇者は本当に道具でしかないのだ。
彼が2年前に国王の命令で召喚した異世界人も、大した能力が無かったので「隷属の首輪」で奴隷化し、美味しい知識を吐かせたら奴隷兵として軍に捨てたのだ。
「ホホホ!魔力の充填が終わったようですな!」
大神官の1人、先日アウルム国王と面会していた男は召喚陣への魔力の供給完了を確認し、魔力を使い果たしてふら付く神官や巫女達を部屋から退室させる。
「これで明日は問題無く召喚が行えますな?」
「うむ!何人召喚されるかは分からんが、神の使徒として民衆にお披露目すれば民衆の信仰心が強まり、神殿の権威もより強くなるだろう!」
「そして神聖なるアウルムの地を侵略せんとする邪教徒どもを、神の使徒のお力によって根絶やしにするのだ!」
「異教徒に聖なる裁きじゃ!!」
大神官達の叫び声が部屋に響き渡る。
彼ら(1人を除いて)は神を妄信していた。
そして自分達を特別な存在だと過信していた。
自分達の崇める神は神々の王であり、最強の全知全能の神ゼウスである。
ゼウスの庇護下に生まれた自分達は神聖な存在であり、そうでない者達、他国に生まれゼウス以外の神を崇める者達は下等な存在である。
そして我らに牙を剥く神聖グラディウス皇国は邪悪な破壊の神を崇める邪教徒であり、人間と呼ぶのも汚らわしいと本気で思っていた。
邪教徒には死を、それ以外の異教徒は全て改宗させ自分達の支配下に置かなければならないという、勝手な使命感に燃えているのだ。
妄信していないトップの男も、神殿の権威を上げて自分の権力を上げようと企んでいる。
神に見放されている彼らの暴走は日に日に悪化の一途を辿っていた。
「―――皆の者、明日はいよいよ召喚の儀である。我らが神の使徒である国王陛下の同席の下、我等と我等と同じ全能の神の信徒である民達を救う異世界の使徒達を召喚する栄誉ある日である。今宵は体を休め、明日の儀に備えるとしよう」
「ホホホ、そうですな。神聖な儀式の場には万全の状態で出るのが神への礼儀ですからな」
「うむ!今宵はもう寝所で休むとしましょう」
男の言葉に同意し、大神官達は召喚陣の部屋を退室し、部屋は厳重な鍵をかけて閉鎖された。
誰もいなくなった部屋は静寂に包まれ、床に刻まれた召喚陣からは微かな光が漏れている。
明日には多くの神の信者達の前で異世界人が召喚され、召喚された者達はこの国と神殿の為に利用される事になる。
だが、彼らは知らない。
この召喚陣を授けたのは彼らが崇めるゼウスではなく、彼らが見下している他国が信仰する神ヘルメスと全く別の神話の神であるロキであるという事に。
さらに言えば、この召喚陣にはその2柱の神の趣味が存分に仕込まれており、決して彼らが望む結果を齎すとは限らないという事に。
まだ、彼らは気付いていないのだった。
――――ピロロ~ン♪
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『報告:明日、勇者召喚の儀開催』
アウルム王国王都デウスにあるゼウス大神殿にて、明日正午に勇者召喚の儀が執り行われます。
当日はアウルム王国の国王や上級貴族も参加の予定。
国王は勇者を使って戦争を、大神官は神殿の権力拡大等を企んでいる模様。
逆らった時に備え、神殿側は無理矢理いう事を聞かせる「隷属の首輪」を用意している。
尚、使用される召喚陣は*@$”<と&?の2柱の神が製作したものだが、神殿側は主神ゼウスから授かったものだと思い込んでいる。
不測の事態が起きる恐れがある為。要注意。
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