第246話 Legend Of Ron 第三章 後編
――ダーナ神暦1435年初夏 ロホ王国西部――
ロン達はクラン帝国との国境の近い街道を移動していた。
南を向けば遠くに海が見える一見穏やかな場所だが、今は怪事件の現場となっていた。
「ロン、またあったぞ。今度は人だ」
「……レオ、アラン、フィオーレ、平気か?」
「う、うん…。もう平気だよ」
「ゾ、ゾンビより臭くないから平気だ!」
「……大丈夫です」
街道に転がる人間の死体に、レオ達は少し気分を悪くしていた。
冒険者生活に大分慣れてきたレオ達だが、まだ人間を殺したことのない彼らにとって生々しい人間の死体は刺激が強すぎた。
だが、冒険者として生きていくには――盗賊退治等の依頼もあるので――人の死や殺生は避けては通れない。
ロンはレオ達を心配しながらも目を背けさせないようにしていった。
「しかし、何度見ても奇妙な死に方ね。槍や矢に刺された傷でもないし、かといって魔法でこんな傷が出来るなんて聞いた事も無いわ」
「……どの死体も頭や胸が“小さい何か”で貫通してます。新しい魔法具によるものでしょうか?」
「どちらにしろ、この死体はまだ新しい。これをやった者はまだそう遠くない場所に居る筈だ。気を引き締めていくぞ!」
ロン達は警戒を強めながら街道の先へと進み、山同士の間にある谷沿いへと入っていった。
そしてロンの読み通り、彼らは何者かの襲撃を受けることになる。
――――ビュンッ!
谷沿いの道に入ってすぐの事、風を切る様な音がした直後にロンのすぐ横にあった木が“何か”に貫かれた。
「敵だ!!」
「バカな!!何所から!?」
「レオとアランは俺の横に!フィオーレは魔法の詠唱をするんだ!」
「うん!」
「おう!」
「はい!」
見えない敵との戦闘が始まった。
何処に隠れているのか分からない上に、未知の攻撃を仕掛けてくる敵にロン達は苦戦を強いられた。
そんな中、ロンはある事に気付いた。
(レオ達は狙われていない……?)
謎の攻撃はロンやシャルル達は狙ってはいるが、何故かレオ達年少組だけは一度も狙われていなかった。
子供は殺したくないのか、それともレオ達の正体を知って生け捕りにしようとしているのかは不明だが、これはチャンスだと読んだ。
「(……レオ、俺達が攻撃を防いでいる間にお前の“目”で敵を見つけるんだ。)」
「(うん、分かった!)」
そしてロンは敵の眼を自分に集中するように動いた。
その間、レオは自分が持つ不思議な目で敵を探した。
レオは生まれ付き不思議な力を持った“目”を持っていた。
意識すればまるで空から見下ろすような光景を見る事が出来、しかも魔法による隠蔽も看破するというものだ。
――――その名を、《天空眼》という。
レオの父である皇帝は息子が利用される事を恐れて誰にも口外はせず、ロンもレオの“目”の事を知っ
たのはゴリアスに入って以降のことだった。
便利そうに思えるレオの“目”だが、使うには幾つかの問題があった。
1つ目は使用中は意識を集中する必要があるの動く事が出来ず隙が出来てしまう。
2つ目は視る事が出来るのは自分が今いる地点から半径1㎞未満の範囲に限られる事だ。
だが、今は敵が近くにいる上に何故かレオは狙われていない。
レオはロンに言われた通りに敵を探した。
(―――見つけた!)
《天空眼》の力は凄まじかった。
草木の間に《隠形術》で隠れながら攻撃をしている敵を易々と看破、その位置を正確に捉えた。
「ロン兄!あそこ!」
「でかした!!」
ロンは《雷光の聖剣》を抜いた。
そして、敵の隠れている場所に雷を落とした。
「ぐわああああああああああ!!」
決着は一瞬だった。
聖剣の一撃は敵を戦闘不能にし、その意識を闇に沈めた。
そして、正体不明だった敵の姿が明らかとなった。
「……何者だ?」
「見た事の無い服……アルバン式の軍服のようにも見えますね?」
「それにこの武器は?穴の開いた杖か?」
ロン達は、敵の服装や武器を見て頭を傾げた。
全身がほぼ同じ色で統一された服、変わった装飾のある先が空洞になっている奇妙な杖、そして何よりダーナ大陸の住人には無い黒髪に黄色い肌の少年。
エルフや竜人とも異なる容姿はロン達にとって未知なるものだった。
「うっ……!」
「あ、目が覚めたみたいだよ!」
「兎に角縛るぞ!」
敵の意識が完全に戻る前にロンは少年をロープで拘束した。
勿論、武器も没収した。
「―――クソッ!!縄を解け鬼畜米英共!!」
「「「キチクベイエイ?」」」
目を覚ました少年はロン達に対し、意味不明な言葉をぶつけた。
その後もロン達には理解できない言葉を吐いていった。
話は中々進まず、気付けば夕方にまでなっていた。
そして日が沈みかけた時、事態は大きく動き出した。
『ギャオオオオオオオオオオオオオ!!』
「何!?」
「レオ様、魔獣です!それも竜種です!」
「まさか…!あれは「聖銀の甲殻地竜」、上位種よ!!」
ロン達の前に、全身をミスリルの鱗で覆われたドラゴンが現れた。
その首には黒い首輪が嵌られており、背中には数人の人影があった。
「ようやく見つけたぞ!奴隷の分際で、よくも我らの手を煩わせてくれたな!」
騎士の格好をした男は、拘束されている黒髪の少年を忌々しげに見下ろしながら叫んでいた。
「あれはクラン帝国の皇帝直属騎士団!!」
「おや?まさかとは思うが、そこにおられるのは……?」
(マズイ!)
ドラゴンに乗っていたのはクラン帝国の騎士だった。
そして騎士達は、シャルル達の顔を知っていた。
「これは思わぬ収穫!飼い犬に噛まれたが、噛まれた傷以上の収穫が得られそうだ!」
「やれ!クランの守護竜よ!」
『ギャオオオオオオオオオ!!』
欲をかいた騎士達はドラゴンを操って襲いかかってきた。
ロン達はすぐに戦うが、このドラゴンには魔法が効き難く、さらには攻撃を跳ね返す《反射》を使ってきて苦戦を強いられた。
「これぞ、我らクラン帝国の力なり!」
「そんな!剣も魔法も効かない!」
「こうなったら聖剣の力で…」
追い詰められたロンは、聖剣の力を解放しようとした。
その時、頭の中に不思議な声が聞こえてきた。
〈仕方ない。少し知恵を貸してやるか〉
「誰だ!?」
「ロン兄、頭の中に声が…!?」
〈カラドボルグから雷を出すのではなく、天から雷を呼ぶのだ。そしてコールブラントは攻撃だけの剣ではなく、呪縛や支配を光で消し去る浄化の力を持つ〉
声の主は聖剣の使い方を教えてくれた。
迷う暇の無いロン達は、声の主に従った。
シャルル達が魔法で敵の気を引いている隙に、ロンは聖剣を天に掲げて落雷を呼んだ。
「「「ギャアアアアアアアア!?」」」
『ギャオオオオオン!?』
効果は抜群だった。
最後にレオが王位の聖剣から聖なる光を放つと、ドラゴンの首にはめられていた首輪が砕け散った。
『見事!順調に聖剣に馴染んでいるようだな』
「あ、あれは!」
空から声の主、赤い龍が舞い降りてきた。
それはアルバ山脈でロン達が会った赤い龍、イグニスだった。
『世界の歪みを探ってみれば……。お前達は常々奇縁に恵まれているようだな?しかもそこに転がっている男は……』
イグニスの視線は拘束されたまま地面の上に転がる少年に向けられた。
『やはり、先日のザワツキは……また面倒なことをしてくれたな』
不機嫌そうな顔をしながら、今度は丸焦げになった騎士達に目を向ける。
そしてイグニスの尋問が始まった。
「ヒィィィィィィ!!」
「お助け~~~!!」
「お母様あああ!!」
『さあ、洗いざらい話せ!』
騎士達はイグニスに心をボッキリと折られ、知っていることを洗いざらい話していった。
曰く、クラン帝国は領土拡大を狙っており、大陸中から集めた古代の技術を使って戦力増強を進めているとのこと。
曰く、古代技術を応用して上位種の魔獣を支配する首輪を開発したとのこと。
曰く、更に切り札として闇商人を通じて手に入れた古代の魔術書を使い、異世界から『勇者』を召喚したが、召喚した直後に皇帝と神官が殺されて逃げられたとのこと。
その『勇者』がそこで転がっている黒髪の少年とのこと。
『バカが……。“アレ”を下らない理由で行っただと?全く、何年経っても人間とは愚かな連中ばかり湧いてくる種族だ。(ダグザ達も厄介なモノを残してくれたものだ)』
「お、お許しを……!!」
「い、命だけは……」
『それを決めるのは俺ではなく、お前達の後ろにいる当事者だ』
『グルルルルルル……』
「「「ヒィィィィィィ!!」」」
尋問が終わると、騎士達は先程まで禁術の魔法具で操っていたドラゴンの怒りを全身に浴び、絶望のどん底に突き落とされた。
その後、騎士達がどうなったのかはここでは記さない。
『―――しかし、まさか短期間の間に再び会うとは驚いたものだ。まあそれは兎も角、そこに転がっている小僧の事だが、お前達はどうするつもりだ?』
「………」
イグニスに問われ、ロンは少年に目を向ける。
少年はイグニスや騎士達の言葉を聞き、ようやく自分が異世界に居て、元の世界には帰れないという現状を理解して一気に絶望した。
「……そんな……僕は御国の為に……父ちゃん……母ちゃん……」
「………」
その様子を見て、ロンは少年がこことは違う何処か遠い国の兵士で、戦争中に戦地からココに連れ去られたのだと理解した。
その後、イグニスは半ば少年を押しつけるようにして去っていった。
ロン達は日がすっかり沈んだことから野宿する事にした。
ちなみに、クラン帝国に操られていたドラゴンだが、支配から解放してくれたお礼に鱗(特上ミスリル)と角(超ミスリル)を置いた後、山奥へ去っていった。
大儲けである。
「……熊肉、食うか?」
「………」
その後、絶望少年が元気を取り戻すのに数日かかった。
その間、ロン達は報告の為に少年を連れてギルドへ向かった。
少年の処分に関しては、被害は魔獣と不法入国していたクラン帝国の兵士達だったのが幸いし、更には暴走を始めているクラン帝国の情報を多少なりに持っていたので厳重注意で済んだ。
尚、同じ調査を行っていた他の冒険者達は少年を追っていたクラン帝国の刺客達に口封じに襲われていた。
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――ダーナ神暦1435年初夏 ロホ王国 王都『冒険者ギルド総本部』――
あれから半月が経った。
ロンとレオが帝都を脱出してから丁度1年、レオは12歳、ロンは24歳になった。
クラン帝国が戦争をしようとしているという情報はギルドを通じて周辺諸国にすぐさま伝わり、ギルドには国から傭兵募集の依頼が届き、冒険者の間でも戦争に対する動揺が広がっていた。
ロン達も王都滞在中はロホ王国の騎士団から勧誘受ける等、各所から戦争への参戦を頼まれていたが、諸々の事情により断り続けていた。
「シャー…シャルル、ロン、クラン帝国で新皇帝が決まったそうです!前皇帝の10歳の甥が現軍務大臣を摂政にする形で戴冠したとのことです!」
「予想はしていたけど、これでクランは貴族派が率いる軍部に乗っ取られたわね。もう、戦争は避けられない流れになったわ」
「ああ、最初に狙われるのは一番近いここロホ王国とヴァーグ国の何れかだろうな。隣のアルバン帝国は……」
深刻化する世界情勢に、ロン達の間にも緊張感が漂っていた。
まだ起きていない戦争だが、一度開戦すれば小国だけでなく自分達の故郷である大国も巻き込んだ大戦になるのではと危惧しているのだ、
特に大公派に乗っ取られたファリアス帝国は、これをキッカケに暴走する恐れがあった。
権力者の欲望とは、常に底なしだからだ。
だが、悪い話ばかりではない。
この半月の間に、ロン達には新しい仲間が加わったのだ。
「ロン兄、ただいま~!買い物終わったよ~!」
「ああ、お帰り。レオ。それと合った武器は見つかったか、サブロー?」
「……まあ、なんとか」
レオと一緒に現れたのは、この世界の衣装を着た黒髪の少年だった。
半月の間に色々あり、異世界から召喚された『勇者』橋本三郎はロン達のパーティに加わった。
世界が目まぐるしく変化する中、彼らは冒険者として今までと変わらず過ごしていく。
――――だがこの1ヶ月後、ダーナ大陸に未曽有の災厄が発生する。
・番外編はここまで。
・次回更新までは少しばかり時間を空けます。暫くお待ちください。