第237話 ボーナス屋、勇者に会う
――冒険者ギルド総本部――
俺以外にもこの世界に召喚された日本人が居るのは皆も知っているだろう。
ムリアス公国でアイアスに召喚された捨駒勇者こと、今は呪われて人間辞めてる勇者4人、ヴァールの領主のオッサンから聞いた江戸時代の人っぽい「ござる」の人だ。
だから他にもいても別に変じゃないが、こんな所で会えるとは思わなかったな。
「―――じゃあ、同郷の俺に会いたくて昇格を口実に呼んだのか?」
「黒髪に黒目の勇者が世界を救っていると聞いてまさかと思ってな!まさか、ワシ以外にも大日本帝国人がいるとは驚きだ!」
「………」
そうだった。
この爺さん、召喚されたのは世界大戦中だったんだ。
確か日本は明治から戦後1年の1946年までは「大日本帝国」と呼称されていたんだっけ?
この爺さんにとっては、まだ日本に対する印象は戦時中のままなんだな。
「本当はもっと早く会ってみたかったのだが、各国に設置されている転移装置はそれぞれの国の上層部が独占使用していて、中立を謳っているギルドは易々と利用できない。そこでギルドの制度や現状を利用して呼んだという訳だ。Sランク以上の昇格なら、冒険者側からギルドに出向させられるからな」
爺さんはガッハッハと笑いながら事情を話していく。
ランクアップ試験は本当にやるようだが、その前に俺と話をしたいのが本命のようだ。
「それでだが、ワシらの故郷の大日本帝国はどうなったんだ?あの戦争は勝ったのか?」
「惨敗!」
「なっ!?」
俺はハッキリと言ってやった。
変に引き延ばしたりすると誤解されそうだったからだ。
俺はあの世界大戦での日本の結末を話していった。
「日本大敗、空襲で日本中は大炎上、勝ち目がないのに戦い続けて沢山の人が死んだ。兵士と民間人合わせて軽く200万人以上が死んだ。日本は連合国に占領された」
「う、嘘だ…!!」
爺さんはショックを隠せないようだ。
きっと今の今まで、日本が戦争で勝っていると信じていたんだろう。
だけどこれは事実だ。
――――ピロロ~ン!
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『戦争ドキュメンタリーを上映開始します』
説明には情報不足と判断し、
N〇Kのドキュメンタリーを上映します。
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能力が勝手に仕事を始めてくれた。
そして部屋の壁にドキュメンタリーが映し出され、聞き慣れたBGMとともに上映が始まった。
《摩訶不思議な情報屋》は進化して映像情報も検索・視聴が可能になったのだ。
日本で使ったら間違いなく法律に引っ掛かるけどな。まあ、元からだけど。
「そうか、ワシらが出兵した時点で戦争は……あいつ等は何の為に……」
ドキュメンタリーが終わり、爺さんは暫く放心状態になった。
両目から涙が流れだしている。
きっと俺には理解できないような複雑な思いがあるんだろう。
〈ジジイの心が砕けたな。部分的に。 byロキ〉
空気読めよ悪神!
「……ありがとう」
「え?」
5分くらい経った頃だろうか。
爺さんは不意に穏やかな笑みを浮かべながら俺にお礼を言ってきた。
「まだ心を全部整理できてないが、お蔭で故郷への未練が絶ち切れそうだ。今のワシの故郷はココ、家族のいるこの世界だ。故郷に二度と帰れなくても……」
「いや、帰れるぞ?」
「……何?」
「いや、だから日本に帰れるぞ?」
何か割り切ろうとしているのを見て、俺は話に割って入って日本に帰れることを伝えた。
まあ、帰るには爺さんをこの世界に縛っている《奇跡の書》のロックを解除する必要があるけど、その辺は神に頼めば解決できることは俺自身が経験済みだ。
爺さんを召喚した《奇跡の書》が今何所にあるかは不明だが、そこは一瞬で調べられるから問題ない。
――――ピロロ~ン♪
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『報告:《奇跡の書》について』
全5冊の《奇跡の書》の現状。
写本Aは勇者が所有。
写本B・C・Dはブラス=アレハンドロが所有していたが、現在はファリアス帝国の宮殿内で厳重に保管されている。
原本は大魔王が所有(笑)
*橋本三郎を召喚したのに用いられたのは写本Dである。
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ほらな?
だけど、一番重要そうなのがとんでもない奴の手元にあるとは……。
そして某太陽神は多分大魔王の……いや、考えるのはよそう。
まずは神に連絡しよう。
一番手っとり早いのはクロウ・クルワッハだけど、できるかな?
〈俺がやるか? byロキ〉
断る!
絶対、ろくな事にならないに決まっている。
〈よく分かったな? byロキ〉
図星か!
本当に悪神だな、コイツは!
それはそうと、クロウ・クルワッハにはロックは解除できるのか?
「できるぞ?」
「「うわ!?」」
ビックリした。
振り向けば、俺の隣に人間モードのクロウ・クルワッハがいた。
「完了だ」
「仕事早いな!」
「誰だ!?」
爺さんは突然の珍客にかなり警戒しているが、すぐに全身から大量の汗を流していた。
《鑑定眼》でクロウ・クルワッハの正体を見破ったんだろう。
いくら召喚勇者で総本部長の爺さんも神の前じゃただの人だな。
「じゃあ、早速出発♪」
「転移先の座標はこっちで調整しておこう」
「サンキュ~♪」
「待て待て!一体、何の話をしている!?」
爺さんは困惑しているが、ここは説明なしでやった方が感動も大きいだろう。
俺は爺さんに有無を言わさず日本へ転移した。
「……貸しがまた一つ増えたな。ダグザ?」
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――日本 某所――
ここは関東地方にあるとある町の農家。
主にハウス栽培で野菜を育てて生計を立てているこの家には10人の人間が暮らしていた。
100歳を超えて町一番の長寿となった曾祖父母、その長女夫婦(*旦那婿入り)で80歳を超えた祖父母、更にその長男夫婦、最後にその子供が4人の大家族だった。
「ジジイ!金くれ!」
「コラ、バカ息子!!自分の祖父さんになんて口利いてんだ!!」
「うっせえよクソ親父!!金くれねえ奴は黙ってトマト作ってろ!!」
「お前こそ、勉強しないで遊んでばかりいるバカ大学生は家業を手伝え!!今は冬用の野菜を作るので忙しんだ!!碌に使いもしない免許も持ってるんだから、軽トラの運転くらいしろ!!」
「ウゼエ親父だな!!俺は青春を謳歌してる最中なんだよ!!今夜も合コンで金がいるんだ!!とにかく金!!ジジイでもオヤジでもいいから金寄越せ!!」
「このバカ息子!!」
「ね~、私のブラ知らない?洗濯した筈なのにないんだけど~?」
「あ~!姉さんまた私のマニキュア使ったでしょう!?それ高かったのに~!!」
「どうしたんだ騒々しい?」
「ジジイ、金くれ!」
「あ、私も私も!コンサートチケット買うから!」
「私も~!」
「バカ息子にバカ娘ども!!そこに正座しろ!!」
家の中はぐちゃぐちゃだった。
子供4人の内、大学生の長男は親や祖父母から金を要求しては深夜まで遊び歩き、今年大学受験の長女も同じく遊びほうけ、高校1年の次女は偶に勉強はするがそれ以外は好きなアイドルを追いかけに行く日々を過ごしていた。
唯一の救いは中学2年の次男で、彼は家業の手伝いもするし、寝たきりの曾祖父母の介護も進んで手伝っている両親の希望そのものだった。
「少しは弟を見習って曾祖父さんの世話をしたらどうなんだ!!」
「ヤダよ!クセえオムツになんか触りたくねえ!!」
「同感~!」
「パパ、孫なんだから自分がやれば?」
それに引き替え、上の3人はこれである。
そして希望の次男はと言うと、1階の奥の部屋で祖母と一緒に100歳を超える曾祖父母の世話をしていた。
「曾祖父ちゃん、ジュースだよ?」
「ああ……一郎……帰ってきたのか……?」
「曾祖父ちゃん、俺は曾孫の雄二郎だよ。一郎の大伯父さんは戦死したじゃん」
「そうだよお父ちゃん。ここにいるのは曾孫の雄二郎だよ?」
「ご飯……ご飯炊かないと……三郎が帰ってくる前に炊かないと……」
「お母ちゃんも、三郎兄さんは戦場で死んだんだよ。もう帰ってこないんだよ」
「一郎~!次郎~!三郎~!」
「祖母ちゃん!曾祖父ちゃんがまた!」
「ダメだよお父ちゃん!!」
超高齢により立って歩く事はおろか、認知症が悪化して周りの家族もハッキリと認識できなくなった曾祖父母を懸命に介護する娘と曾孫、2人は決して心を折られる事無くベッドの上の家族を愛していた。
だが、曾祖父母が呼ぶのはこの世界にはもういない息子達の名前だった。
曾祖父母の長男は太平洋戦争で撃沈した戦艦と共に太平洋に消え、次男は空襲で骨も残らず焼死、三男は南の戦地で行方不明になり逃亡兵と言う烙印を付けられたまま死亡扱いとなった。
もう70年近く経つにも拘らず、6人いた子供の半数を失った心の傷は曾祖父母の心を今も尚蝕み続け、病気をより一層悪化させていた。
「ババア、金くれ!」
「ちょ!兄ちゃん!!」
そこへ曾祖父母のことなど何も考えていないバカ曾孫が祖母に遊ぶ金をせびりにきた。
家業の稼ぎで食っているんだから年金がたんまり貯まっているだろうと都合の良すぎる考えを抱きながら。
だが丁度その時、バカ曾孫の頭上に光の魔方陣が発生した。
「兄ちゃん、上!!」
「は?」
弟は指差して警告するがバカ兄は気付かない。
そしてタイムオーバー。
「到着!」
「ぶぎゃ!?」
バカ兄は突然の訪問者2名の下敷きになった。
勇者+1名の登場である。
そして+1名こと、橋本三郎は主観時間で約60年ぶりに実家に帰宅したのだった。
〈座標、ちょっと弄ってやった♪ byロキ〉