第229話 ボーナス屋、ウーイル国を回る
――ファル村――
「朝帰りだなんて言い御身分ね?」
「ゴメンなさい!!」
その早朝、俺はよく寝ているステラちゃんを起こさないようにベッドを抜け出し、そっとファル村の我が家へと帰宅した。
そして鬼の形相の唯花さんにスライディングDOGEZAである。
「あと1日で卵が孵るっていうのに、何処で何してたのよ!!」
「それは……」
俺は昨日の出来事を簡潔に話した。
勿論、ステラちゃんとの昨夜の行為については言わない。
結果、唯花の怒りの矛先はモー様に向いた。
「その王様、殴っていい?」
「いやいや、仮にも一国の主だから殴っちゃダメだろ!」
「この国の皇帝は好き放題に殴られてるわよ?」
「バカ皇帝はいいんだよ。あれは例外中の例外!」
「それでも、「勇者の恋人」なら一発ぐらい大丈夫なんじゃない?」
「どんな理屈だよ!!」
「「勇者の恋人を怒らせた挙句殴られた王様」って、スキャンダルになるんじゃない?」
「唯花、お前今、何考えてるんだ?」
俺は唯花の腹黒い一面を見た気がした。
「それで、今日も朝から外出なの?休めば?」
「ああ、だから卵を取りに戻ったんだよ。もう何時孵るか分からないしな」
「思ったんだけど、その仕事って分身とかは使っちゃダメなの?」
「え?」
「だから、魔法かなんんかで多重〇分身みたいなことをして一気に配達とかはできないの?日本に残しているダブルくんまでとは言わないけど、人海戦術に向いた能力か魔法は無いの?」
「………」
その手があった……!
俺は両手で頭を抱えながらうずくまった。
俺のバカ!
どうして今の今まで思いつきもしなかったんだ!?
「……今日は、最初から分身を使えば?」
「………うん」
唯花の哀れみの視線が痛い。
「―――で、私のいない所で誰か抱いたの?」
「………」
〈勇者は嫁から逃げられない!〉
ヘルメス、いつか殺す!
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――ウーイル国――
俺、ただ今分身中!
《分身魔法》で取りあえず100人の分身を生みだし、それぞれ各国に転移して魔法具の配達を開始した。
ちなみに俺の《分身魔法》は普通のより特別で、簡単に言えばナ○トの影○身と性質がよく似ていた。
それぞれが俺と同じ思考を持ち、同じ能力が使える。
そして分身の経験は最終的に本体に集まってくる。
レベリングに便利な、都合が良い魔法だ。
本当は〈固有能力創作〉で創ってみたかったんだけど、既に先客がいたせいでそれはできなかった。
だけど、魔法でも十分に使えるから問題は無い。
そんな訳で、ファル村にも分身を残して俺はモーブ王国の隣国、ウーイル国に来ている。
今まで回ってきた国とは違い、この国は国土の大半が不毛な土地のせいで昔から食料不足に悩まされていた。
首都や主要都市の周りはそれなりに農業も盛んだが、国民全員を飢えから守るほどの生産量ではない。
「―――そのせいで、毎年ウーイル国からは多くの流民がフィンジアスに流れてくるという問題が出ているのだ。私の知人の中にもこの国を捨てた者が少なからずいるな」
「ここの王様も、そんな事を言ってたな。その他大勢も、なんか物凄い期待の眼差しを向けてきたし……」
俺の活躍が広まっているのか、なんだか皆俺に頼り切っているようにも見えたな。
俺は良かれと思ってやっているけど、そろそろ加減しないと皆俺に依存してしまいそうだ。
これからは最初の一押し程度、キッカケ作りだけにしておくか?
「だが、餓死者の増加は食い止めたいものだ」
「そうだな」
あまりやり過ぎない程度に手助けしますか!
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――ウーイル国 荒野の村『サババ村』――
辺境の荒野にあるその村はまさに廃村寸前だった。
満足な水も無く、地面には短い雑草が生えているだけで人間が食べられるような作物は殆ど育たない不毛の地だった。
村人達は家畜を育ててどうにか生き延びてはいたが、その数は村が出来たばかりの最盛期の3分の1以下にまで数を減らしていた。
ある者は飢えて亡くなり、ある者は豊かな土地を求めて村を去り、ある者は村の外を徘徊する魔獣の餌食となって減っていったのだ。
人は減っても食べ物は増えず、逆に労力が減ったせいで只でさえ少ない作物の収穫は減る一方だった。
「おながずいたあ~~~!」
「……母ちゃん、食べる物はもうないの?」
「ごめんよう…父ちゃんが生きてたら、毎日1食は食えたのに…母ちゃんだけじゃ、あれだけで精一杯なんだよ……」
この一家もまた飢えに苦しんでいた。
1年前に働き手だった父親が魔獣に食われて死に、残された妻と子供は痩せ細りながらもどうにか今日まで生き続けていた。
だが、母親は病に罹って働けなくなり、9歳の兄と5歳の妹の兄妹は2日に1食の生活を強いられていた。
このままでは一家全員が衰弱死するのは避けられなかった。
「うえぇぇぇぇぇん!おながずいだ~~!」
「……俺、肉を取ってくる!」
「え……?ま…待ち……やめなさい…!!」
一家の危機を前に、この家で唯一の男である少年トムは家にあったボロボロの鍬を持って家を飛び出した。
母と妹を飢えから救うため、トムは空腹に耐えながら村を飛び出して食べられる動物を探した。
村の外は枯れたような色をした草木が疎らに点在する荒野で、一見すれば野生動物はいないように見えた。
だがトムは知っている。
荒野に点在する草むらの中には厳しい環境に耐える為、体内に栄養を溜め込んだ小動物が隠れ住んでいるという事を。
(いた!荒野野兎だ!)
草むらの中で雑草を食べている野兎を見つけ、トムは笑みを浮かべる。
幸運だった。
長年の食糧不足の影響で、この辺りに生息していた荒野野兎はほぼ狩り尽くされていた中で見つける事が出来たのはトムにとっては間違いなく幸運だった。
――――グウ
殆ど何も入っていないお腹が鳴いた。
(……絶対、捕まえてやる!)
トムは鍬を持って静かにヒースラビットに近付いていった。
1匹だけだが、捕まえて捌けば1回は家族3人のお腹を満たす事はできる。
余った毛皮を売って、そのお金で麦や豆を買えば更に何日かは飢えを凌げる。
トムは残っている体力を全て搾りだし、ヒースラビットの息の根を止める事に集中した。
だが、そのせいで背後から迫る脅威に気付く事が出来なかった。
『グルォォォォォォ!!』
「……うわあ!!」
それはトムに体当たりをし、痩せ細ったトムの体は何mも先まで飛んだ。
「ゲホッ!ま、魔獣!?」
即死でなかったのは幸運だったが、別の意味で不幸だったのかもしれない。
骨が折れ、激痛が襲う中トムは自分を狙っている猛獣を視認し、一瞬で絶望の淵に立たされた。
そこにいたのはヒースラビットとは比べ物にならない大きさの、血肉に飢えた魔獣だった。
その名は「荒野の一角胡狼王」だった。
冒険者ギルドの格付けではDランク指定の獰猛な肉食魔獣、荒野に生息する一角胡狼のボスであり、この辺り一帯の主でもあった。
無論、野生動物だけでなく人間も食べる。
特に肉の軟らかい子供は大好物だった。
『グルルルルル……』
「あ…あぁ………」
荒野の主の放つプレッシャーに、トムは立ち上がる意思すら砕かれた。
狙っていた野兎が何所かに逃げ去ったことなど気付く余裕もなく、ただただ全身を震わせていた。
「ぁ……ああ……母ちゃん…ルファ……」
トムの瞳から涙が零れ落ちる。
自分が死んだらきっと家族は悲しむだろう。
そして男手を失った2人はもっと生活が困窮するだろう。
自分はただ、大好きな母と妹にお腹一杯の肉を食べさせたかった。
だが、現実はそんなに甘くは無い。
そして厳しい現実を象徴するように、血の臭いを漂わせる牙がトムの頭を噛み砕こうとした。
『グルォォォォォ!!』
「うわあああああああああああああああああああああああ!!」
絶体絶命の危機!
だが、天はトムを見捨ててなかった。
「ボーナスサンダー!!」
謎の声とともに、天から雷が降ってきた。
それは純白の雷、その刃は荒野の一角胡狼王を性格に貫いた。
『ギャン!?』
荒野の主は絶命した。
荒野の主歴8年での幕切れだった。
そして、直後に空から2つの影が舞い降りた。
「大丈夫か、少年!」
「だ…誰……?」
「質問よりも、先ずは傷の手当だ!ボーナスヒール!」
舞い降りた影の一人、汚れひとつ無い銀色のマントを身に纏い、頭を金色の兜で隠した人物は詠唱も無しに《回復魔法》を使ってトムの怪我を一瞬で完治させた。
「これでもう大丈夫だ!」
「あ、ありがとう……。だ、誰…?」
トムは立ち上がりながら突然現れた命の恩人に訊ねた。
それに対し、命の恩人は一瞬戸惑いながら答えた。
「お、俺は通りすがりのボーナス屋さんさ!」
ある意味、全然正体を隠していない勇者、大羽士郎だった。
〈勇者は不審者になった!〉
唯花は夜明け前からスタンバイしてました。
タクシーさんはいい迷惑です(笑)




