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ボーナス屋、勇者になる  作者: 爪牙
ダーナ大陸漫遊編
225/465

第218話 ボーナス屋、公国を回る

――ムリアス公国 とある田舎町『アンフルーヴ』――


 その町に暮らす少年フィルは魔法使いに憧れていた。


 小さい頃から母親に読み聞かされたおとぎ話に出てくる魔法使いの物語、その話の中で悪い魔物を倒したり、怪我をした人を癒す魔法使いにフィルはずっと憧れていた。


 大きくなったら魔法使いになって世界を大冒険する。


 それがフィルの夢だった。


 だが、現実は子供の純粋な夢を全て叶えてくれるほど優しくはなかった。



「――――火よ、矢となり敵を射ろ!」


「ははは!フィルがまた魔法ごっこをやってるぞ!」


「ごっこじゃないもん!シュギョウをしてるんだもん!」


「何言ってるんだ?魔法が使えない奴がシュギョウしたって魔法は使えないってシスターが言ってたぞ!」


「フィルはできないことを無駄に頑張る変な子だなって父ちゃんが言ってたぜ」


「使えるもん!僕は魔法使いになるんだもん!」


「「ははははは!」」



 フィルには先天的な魔法の才がなかった。


 だがそれは無理も無い話で、この大陸で魔法が使える者の大半は貴族や王族といった特権階級の人間が占めており、平民の約9割は魔法の先天的な才を持ち合わせてはいないのだから。


 フィルもその話を家族や町の教会のシスター達から何度も聞かされたが、それでも夢を諦めなかった。


 今日も近所の子供達に笑われていても魔法の練習を諦めなかった。



「お前、生意気だぞ!」



 それが気に食わない近所の子供達は子供らしい(?)低次元な意地悪を始めた。


 近くを通る大人達は一方的にやられているやられているフィルを見て助けようか、それとも当人達で解決させるか迷っていた。


 そんな中、それは突如として現れた。




――――ボコ…ボコボコ………




 それは下水路の中から姿を現した。


 汚水の中に居たとは思えない翠色の輝きを放つ巨大なスライム、その形は普通のスライムのような球体状でも泥状でもなく、まるで翼を持たないドラゴンに類似していた。



「ま、魔獣だ――!!」



 誰かが叫んだ。


 それを合図に人々は恐慌状態に陥った。


 無理もない。


 その魔獣は「エメラルドドラゴンスライム」と呼ばれ、冒険者ギルド基準での討伐難易度は余裕でAランクを越える、スライム系魔獣の中では最強クラスに入る種類だったのだから。


 その最大の特徴は《物理攻撃無効化》と《水・風属性無効化》、そして《完全消化》である。


 あらゆる物理攻撃ではダメージを受け付けず、魔法も水・風属性以外でなければ通じない。


 更にはスライムの雑食性とドラゴンの獰猛さを併せ持っている為、この魔獣に遭遇した者の多くは戦う意思すら持てずに逃げるのが当たり前であった。



「あ…腰が抜け……!」


「か、母ちゃん!!」


「うわあああああああ!!」



 我先にと大人が逃げ出し中、フィル達は恐怖のあまり腰を抜かして逃げ遅れ、魔獣の格好の獲物となっていた。


 翠色の体液をこぼしながら口を開き、魔獣は目の前の獲物を食らおうとする。



「うわああああああああ!!」


「嫌だああああああああ!!」


「助げでええええええ!!」



 絶体絶命、子供達はその場から逃げる事すらできなかった。



「ひ…火の矢!…土の矢…!」



 フィルは必死の思いで魔法を使おうとするが、当然彼の手からは何も出ない。


 自分が魔法使いだったら、魔法が使えたらと、フィルは涙を流しながら自分達に向かって口を開く魔獣に力無き抵抗を続けた。


 そこへ、天から1本の稲妻が降ってきた。



「「「……え?」」」



 子供達が気付いた時には魔獣は死んでいた。


 ドラゴンの姿をしたスライムの体は原型を失って泥のように崩れ、その中から宝石のように輝く魔石が露出していた。


 余談だが、エメラルドドラゴンスライムの魔石は宝飾品としての需要が極めて高く、各国の一部の王侯貴族の間では妻や婚約者への贈り物に使われる事が多い。


 そんな知識など当然持たない子供達はただ茫然と腰を抜かしていたが、フィルだけは逸早くそれに気付いていた。



「あ……!」



 フィルは見た。


 稲妻が落ちてきた上空、そこから1つの人影が落ちてくるのを。



「よっと!お前ら、無事か?」


「あ…うん!」



 その黒髪の少年をみたフィルは、直感的に「勇者」という言葉が頭に浮かんだ。


 それ位、目の前のいる少年の印象は強かったのだ。


 そしてフィルの幼い瞳は太陽のように輝き、魔法で魔獣を倒した「勇者」に羨望の眼差しを送る。


 それに気付いたのか、「勇者」の少年はフィル達を見下ろすと右手を翳して《回復魔法》をフィル達にかけ、フィル達のかすり傷などを一瞬で癒した。



「もう大丈夫だ!立てるか?」


「う、うん!」


「じゃあ、俺は行くからな?お前らも、親が心配してるからさっさと家に帰れよな!」



 「勇者」の少年はフィル達に手を振りながら地を蹴り、空を飛びながら去っていった。


 魔獣の亡骸の所にあった魔石は無くなっており、どうやら「勇者」の少年が持ち帰ったようだ。


 その光景を見ていたフィル達の心に残ったのは「勇者」の少年の勇姿に対する興奮の残滓、そして「勇者」への強い憧れと自分もあんなカッコいい男になりたいという純粋な夢だった。



「僕、絶対魔法使いになるんだ!」


「お前が魔法使いなら、俺は騎士になってやる!!」


「俺も!!」


「僕は世界一の冒険者だ!」



 子供達は各々の夢を口にし始めた。


 気のせいか、さっきよりも力が沸いてくるようだった。


 フィルは胸の中の熱いものを出すかのように、さっきまで魔法の練習に使っていた的に向かって呪文を唱えた。



「絶対になるんだ!火よ!」



 フィルの手から火が出た。



「え?」


「え?」


「え?」


「え?」



 フィルは魔法使いになった。


 フィルの夢が叶った瞬間だった。




 その後、火は思った以上に燃え上がり、ボヤ騒動を起こしたフィル達は街の大人達にタップリと叱られたのだった。








--------------------------


――アンフルーヴ 領主の館――


「勇者殿、魔獣を倒して下さってありがとうございます!」


「あの程度なら朝飯前だぜ♪」



 俺の目の前で、この街の領主のオッサンが何度も頭を下げてお礼を言っている。


 俺がこの町に来たのはほんの十数分前、他の町と同じように魔法具を配りに来たら魔獣出現の速報が出たので超特急でスライムっぽい魔獣を倒してきたところだ。


 その時襲われていたチビッ子達を助けたんだけど、その時またあの声が聞こえてきた。



“〈「魔法使いになりたいけど才能が無い子供」が勇者に羨望の眼差しを向けた!〉”



 どうやら恐怖の女神から逃げ延びたらしい。


 あれ、あからさまに「その子供にボーナスあげなさい」と言っていたよな?


 なんか怪しいから立ち去ったフリをして姿を消しながら子供達のステータスを確認し、『マジで魔法使いになりたい子供』とか特に怪しくないのを確認するとこれも何かの縁だと思って子供達にこっそりとボーナスをあげた。


 ついでに神様メールであの神への苦情を送っておいた。


 今頃、また恐怖の神様達に襲われている頃だろう。



〈―――勇者は偉大な神に恨まれた!〉



 ほらな?


 今回は俺にしか聞こえない声だったけど、ハッキリ言って五月蠅いから二度とやるなよ。神。



「勇者殿、先程設置していただいたデンワから大公閣下のお声が!!」



 さっき設置したばかりの電話に、早速通信が入ってきたようだ。


 俺が出てみると、電話に接続してある鏡にムリアスの大公の顔が移っていた。


 大公の顔を見るのはあの連合設立の会議の時以来だな。


 あの時は監禁から解放されたばかりでやつれていたけど、今は随分と元気そうでなによりだ。



『――――勇者殿、話はランドルフ陛下から聞き及んでおる。我が公国内にも魔法具を配っておられるようだが、主要な町以外にも幾つか回って貰いたい場所がある。』



 大公の話によれば、現在ムリアス内には新たに開拓が始まった地域が幾つかあるそうだ。


 その開拓村の中には、今後ムリアスでも重要な場所になる見込みがあるので中央からも現場に指示を出せる環境にしたいので、開拓村にも電話を配ってほしいとのことだ。


 エルナさんからは明日にでも追加の魔法具を受け取る予定なので魔法具の在庫の心配はない。


 俺は大公からの頼みを引き受け、アンフルーヴの町を出発した。







--------------------------


 アンフルーヴを出発してからは順調にムリアスの各町や村を回っていった。


 俺と面識のない貴族の中には最初は警戒する人もいたが、そこは電話を設置して大公様に通話、すぐに警戒を解いてもらえた。



「ムム!この魔法具は1台お幾らですかな?」


「さあ?」


「是非、あと10台を!」


「お館様、私の分もお願いします!」



 魔法具を配っていると、当然の如く追加注文がきたりもする。


 俺は配達しているだけなので、そこは製作者に訊くしかない。


 電話で問い合わせようと思ったら、パソコンのトップ画面に「エル~ショッピング!」というリンクが張られているのに気付き、アクセスしてみると通販サイトのページが表示されていた。


 何時の間にかエルナ研究室(仮称)は通販を開始したようだ。



「おお!こんなに便利な魔法具が!!」


「お館様!是非、当家にも!!」


「うむ!!」



 通販は大ウケだった。


 お蔭で説明時間も大分短縮できたので、俺はペースを上げて町や村を回る事が出来た。



「ななな!何と便利なんじゃ!?」



 魔法具がウケたのは何も貴族だけじゃない。


 貴族など1人もいない村などでは村長や集まった村人達が魔法具の便利さにはまった。


 俺がエルナさんから受け取った魔法具は最新の物ばかりじゃなく、以前ファル村で発明した冷蔵庫や照明、空調機やポンプも入っていた。


 その中でも冷蔵庫と洗濯機、ポンプは大好評!


 値段は庶民にはまだ少し厳しい――安い物でも1~5万D――だが、田舎の主婦は意外とヘソクリを隠し持っている人が多いようで、家族にも内緒で貯めていた金を引っ張り出した主婦が村長の家に殺到したりもした。



「冷蔵庫よ!旦那の酒代を1年分削って冷蔵庫を買うわよ!」


「洗濯機も欲しいわねえ。冬に川で洗濯はキツイのよ。あんた、この前浮気したんだから文句ないよね?」


「父ちゃん、家族の為に魔獣狩ってこい!」


「全部よ!全部買うわよ!」



 どの世界でも主婦の衝動買いは旦那に悲鳴を上げさせるようだ。


 いや、単にこの村は女性の権力が強いだけなのかもしれない。


 かと思ったら、その後の村々でも女性陣の食い付き方は同じだった。


 ガンバレ旦那達!



 こうしてムリアスでの配達は早々に終わり、俺はフィンジアス王国へと向かった。








エルナの助手「大変です!予想以上に注文が殺到しています!!」

エルナ「ひ、人手をもっと増やさないと!!」

銀耀「大変だね~」

ルチオ「うん」



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