第215話 ボーナス屋、配達する
――ファル村 勇者の家――
【龍 の 卵】
【分類】卵(龍族)
【属性】無
【魔力】???
【ランク】SS++
【品質】最高品質
【詳細】『魔神』バロールによって創りだされた『暗黒龍』クロウ・クルワッハⅡがコッコくんの胃袋の中で一点の汚れも無く浄化され、新たな生命として生まれ変わった姿。
『魔神』の影響は全く受ける事の無いこの卵は、最初に触れた男女1組の魔力と遺伝子を吸収する事で初めて新たな龍として生を受ける。
生まれる龍は両親となる男女の遺伝子をしっかり受け継いでおり、生物学的にもその男女の実子となる。
・父:大羽士郎(確定済)
・母:平田唯花(確定済)
*孵化まで あと5日
「あと5日か」
「もうすぐね」
俺と唯花は揺り籠の中で暖められている卵を優しく見守っている。
流石に1日や2日で孵る訳ではないが、それでもあの日から約10日で孵る予定なんだから充分に早い。
あの日から唯花は毎日日本と異世界をタクシーを利用して往復している。
今では村の住民達とも仲良くなっていて、外を歩けば俺と唯花は若夫婦として見られるのが当然の光景になっていた。
言っとくが、俺はどっちの世界でもまだ結婚はしてないぞ?
「ベッドや服も用意したし、哺乳瓶や粉ミルクもある。あとは……」
「おいおい、ちょっと買いすぎじゃないのか?」
俺は家の中に置かれた沢山の育児グッズを見ながら唯花に言うが、唯花は「まだ足りないわ!」と燃えながら言い返してきた。
どうやら母性が炎上しているみたいだ。
どこの金で買ったのか、新品のベビーカーまであって、近所の奥様方からは何に使うのかとか訊かれる事が絶えない。
この世界の人達には日本の品々は珍しいのだから無理もないが。
「―――ねえ、聞いてるの?」
「え?何か言ったか?」
「だ・か・ら!念には念の為に卵の周囲にもう何重か結界を張っておいてって言ってるじゃない!」
「もう何重もかけてるのにまだかけるのか?」
「念には念よ!万が一、世界最強の泥棒が卵を盗みに来るかもしれないじゃない!」
「それ、どんな泥棒だよ?」
なんて言いつつも、俺は更に厳重な結界を卵の周りに張った。
万が一、卵泥棒が来ても盗もうとした瞬間に超高圧電流が流れたり、石化したりするような罠もしかけておいたから大丈夫なはずだ。
「じゃあ、私はもう学校に行ってくるから」
「あんまし、歩をタクシー代わりにするのは止めろよ?」
「だったら能力頂戴よ?」
「ポイントが貯まったらな」
唯花は「またね」と言い残して日本へと帰っていった。
これが最近の俺の朝の日常だ。
さてと、今日も1日頑張りますか!
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――ファル村 村長宅――
エルナさんが村に来たのはそれから1時間も経たない頃だった。
村長に呼ばれて来てみると、リビングにはエルナさんがいた。
「シロウさん、先日紹介した魔法具の量産化が始まりましたので、今までのお礼を含めて幾つかお持ちしました」
「へえ、もう始まったのか?俺が紹介した人達は上手くやってるのか?」
「はい!最初は戸惑う処もあったり知識が足りなかったりで苦労してましたが、皆物覚えが良いお蔭で今では私達の作業も大分楽になっています。本当に凄いんです。まるで始めから魔法や錬金術の事を熟知しているかのように私達の技術を習得していくんです!」
「まあ、知識とかもあげたからな」
〈錬金術知識〉や〈魔法知識〉とかも交換しておいたお蔭で向こうは順調のようだ。
とそこへ村長がやってきた。
気のせいか、外見が以前よりも更に若返っているような気がする。
「お待たせしましたエルナ殿、本日はどのような御用件ですかな?」
「ロン村長、お久しぶりです。今日は新しい発明品を配りにきました。」
「ほう、これはまた見た事の無い形の魔法具ですな?」
エルナさんは量産化版の魔法具を次々と出して村長の家に設置していった。
村長の家がドンドンチート化していくように見えるのは俺だけだろうか?
オール電化ならぬ、オール魔化だな。
村長の奥さんなんか洗濯機に感動してるよ。
これで乾燥機や食器洗い機も出たら踊りだしそうだ。
あ、村長がもうパソコンを使い始めてる。
「ほうほう、これは中々便利そうですな?同じ内容の手紙を何枚も書く時には重宝しそうです」
「それでですが、通信用のアンテナ魔法具を村に設置したいのですが、よろしいでしょうか?あ、これは陛下からの認可状です」
「…どうやらあのバ…いえ、陛下はちゃんと執務をしているようですな。うむ、確認しました。ですが、村には家畜や悪戯好きな子供もいますので、柵等で誰も入れないようにしてくれますか?」
「分かりました。ご協力感謝します。」
「いえいえ」
どうやら魔法具を配りに来たのはついでで、この村に例のアンテナを設置しに来たようだ。
でも、それなら俺を呼ぶ必要なんかないんじゃないのか?
そう思っていると、村長との話し合いが終わったエルナさんが、今度は俺に話しかけてきた。
どうやらここからが俺を呼び出した本題らしい。
「―――実は、シロウさんには私の作った魔法具を世界中に広めてほしいんです。」
「世界中に広める?」
「はい」
話を聞くと、エルナ研究室(仮称)は近々帝都の郊外に魔法具の生産工場を建てることが昨日決定したそうだ。
既に宮殿にも最新の魔法具のサンプルを配っており、特に事務職な文官達には同じ文章をすぐに何枚も作成できるパソコンや印刷機が大好評で、他にもカメラ等も情報収集に凄く便利だと軍の上層部に好評だったらしい。
そして遠くの相手と会話ができる通信魔法具も以前から量産化してほしいと頼まれていた事もあって、すぐに国内外に広める事が物凄い勢いで決定したらしく、本当に殆ど時間もかけずに決定したらしい。
なにせ、今まで伝書鳩とかで手紙をやり取りして情報を集めたり連絡を取り合っていたこの世界じゃ、リアルタイムで遠くの相手と会話ができる電話やパソコンはとても衝撃的なものだ。
バカ皇帝も二つ返事で了承しちゃったようで、取り敢えず各国の首都や重要都市に配る事が決定したそうだ。
そして各地に魔法具を配る役として選ばれたのが俺らしい。
俺は《転移》が使える上に、既に連合の各国の上層部には『英雄』として知れ渡っている。
俺が行けばどの国の王様にもすぐ会えるし、利便性も伝えられるだろうとバカ皇帝が勝手に決めたそうだ。
「……あのバカ皇帝、勝手に俺に仕事を押しつけやがったな!」
「いえ、シロウさんしか魔法で何所にでも移動できる人がいないからだそうです。他の人の《転移魔法》は、あくまで過去に行った事のある場所にしか移動できないので…。転移装置も、今は各国首都にしか設置してませんから、各地方都市には《転移魔法》で移動するしかありません。それに、これは帝国からシロウさんへの指名依頼として頼むので報酬はたっぷり出すそうです」
「俺は金では動かない!」
「アンナ皇女の事は黙認するとも言ってました」
「………」
――――オノレ、バカ皇帝メ………
バカ皇帝の政治スキルにやられた俺は、ダーナ大陸を回る事になった。
エルナさんから大量の魔法具を預かり、アンテナとか一部の魔法具の取り扱い法の説明を受け、最後にバカ皇帝印の各種書類を受け取った。
書類の中には帝国の地図もあり、目的地に印が付いていた。
この近くだと港町のヴァールか。
じゃあ、さっさと済ませてくるか。
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――ファル村 広場――
村長の家を出ると、丁度教会での勉強を終えたチビッ子達が元気のいい声を上げながらはしゃいでいるのが見えた。
その中には村にすっかり馴染んでいる教皇の孫娘ことノエルの姿もあった。
「ノエルちゃん待って~!」
「ねえ~お腹すいた~!」
「あははは~!」
色々あって後回しになってたけど、ノエル達も家族の下に帰さないといけないよな。
家族の場所なら俺の能力ですぐに分かるし、あいつ等の家も探しながら各国を回るかな?
「待て待て~!」
「あ~~~!」
「イイぞルドルフ!走れ走れ~!」
「陛下!宮殿にお戻りください!!」
………。
さあ、最初はヴァールの街だ!
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――港町ヴァール 領主の館――
ヴァールには久しぶりに来た気がするな。
多分、街の空気が少し変化しているせいだろう。
それもその筈、戦争が終わったお陰で街から兵士の姿が減り、住民達の間からも以前よりも遙かに活気のある声が聞こえてくる。
海の方を見れば、これから帰港する漁船の姿も見えた。
さてと、領主のオッサンに会いに行くか!
「これはこれは勇者殿、本日はどのような御用件で?」
久しぶりに会った領主のオッサンは何時にも増して上機嫌だった。
そういえば、俺達を支援したりして帝国に貢献したとかで爵位が1つ上に上がったんだっけ?
そのせいか?
「実は妻のお腹の子が五つ子だと分かったのだよ♪」
「ええええ!?」
奥さん妊娠していたのは知ってたけど五つ子だと!?
というか、何でもう分かったんだ!?
「昨夜、窓辺で寝酒を飲んでいたら空から龍神様が舞い降りて、私達にお告げをくださったのだ!」
「え…!?」
それ、どっちだ?
金か?銀か?
「しかも妻のお腹が壊れないようにと、一時的に加護も与えてくださった!」
どっちかは不明だが、オッサン達は喜んでいるみたいだから追求はやめておこう。
今は魔法具の件が先だ。
「おお!これがエル…失礼。シュナイダー準男爵殿の新発明か!」
「まずこれはカメラと言って―――」
結果から言えば魔法具はオッサンに大ウケだった。
親バカなオッサンはカメラを特に気に入り、早速奥さんや娘の写真はGEKISHAしまくっていった。
そのせいでテンションが上がり過ぎたのか、後の話は全部執事のヘンリクさんに押し付けようとしたが、そこはヘンリクさんに諌められが、結局はGEKISHAの為に話は超特急で終わった。
その後のアンテナの設置などはヘンリクさん一家に手伝ってもらい、無事にアンテナの設置は完了した。
『――――はい、此方はファル村のロン…おお!これはヘンリク殿!』
「おお!本当にロン殿の声が聞こえますな!」
そして電話の試験通信も無事に終了した。
魔法具版の電話は音声もかなり鮮明らしく、相手が目の前にいるのと大差ないとヘンリクさんも感激していた。
その辺りは科学版の電話よりも優秀だな。
パソコンの方はヘンリクさんの息子ヨハンさんが物凄い学習能力ですぐに使い方をマスターし、早速仕事に利用し始めた。
余談だが、ヨハンさんは後にルーヴェルト初のブロガーになり、ブログを通じて運命の相手と出会う事になるのだがそれは別の話だ。
その後、電話やパソコンを騎士団の詰所にも設置し、ヴァールでの仕事を終えた俺はヴァールの街を後にして次の街へと向かった。