第209話 その後のチームバカ皇子 その1
出番は殆どないモブな人達のその後の話です。
~その後のチームバカ皇子~
――部下Aの場合――
彼の故郷は帝都タラから北西に約100kmに位置する地方都市から更に北へ約10㎞進んだ先にある山々の麓にある(ファリアス帝国の中では)中規模な村だった。
雨量の少ない南部地域と違い、彼の故郷は帝国内でも比較的雨量の多い水に恵まれた地域だった。
だが、逆に雨量が多いせいか主食である麦の栽培にはあまり向いているとは言えず、年間生産量は南部地域と比べると明らかに少なかった。
その為、この村での生産されている農産物は豆類や果物、後は数十年前からは薬草などを栽培している。
この村で収穫される果物は糖分が多く富裕層にも人気があり、薬草も他の地域と比べても品質が良くて町では高く売れている為、村には毎年安定した金が入ってきていた。
だが運が悪い事に、この村を含めた一帯を治める貴族は良心的とは言えず、領民達から税金という名の搾取を行っており、さらにその税金の半数近くを国には納めずに私腹を肥やす事に使っていた。
領民達も薄々はおかしいと気付いてはいたが、領民の大半は読み書きも満足にできない平民ばかりで、訴えても鼻で笑われて追い返されるのがオチだった。
それにこの貴族は狡賢く、領民達には必要最低限の暮らしはできるように加減はしているので、今ではおかしいとは気付いてはいても訴えた挙句、今より暮らしが悪化することを恐れて反抗する者が年々減少傾向にあった。
彼の村でも耐えられない者は村を出て他の土地に移り住んだり、都会に出て兵士になるなどをするのが近年の傾向だった。
だが、そんな村の暮らしに大きな変化が起きた。
『―――以上の罪により、〇〇子爵は爵位を剥奪、領地は分割され新たな領主の管理下に置かれる。』
帝都から離れているこの村にその一報が伝わったのは士郎が日本に帰省している最中だった。
領主だった貴族はクーデターに参加してあっさり自滅し、全てを失ってただの犯罪者となった。
領主一家は無一文で解散、一緒に私服を肥やしていた商人達もまとめて捕まり、領内はちょっとしたパニックに陥った。
もっとも、領主である貴族一家の結末は「ついにか!」、「とうとう悪事がバレたか!」、「上も仕事したか」と、それほど重くは受け止められなかった。
むしろ彼らは、「陛下は無事なのか!?」、「まだ子供がいたのかよ!」、「あの(バカ)皇帝陛下を舐め過ぎだな!」などと、主にバカ皇帝のことで騒いでいた。
それはともかく、新しい領主はそれから間もなくしてその村にやってきた。
ほんの数日前まで第一皇子の下にいた一兵卒に過ぎなかった部下Aが。
「何!貴族様になっただと!?」
最初に驚愕の声を上げたのは彼の父親だった。
農民である彼の父親は村を出た時とはまるで別人のように見違えた息子を前にし、顎が外れそうな勢いで驚いていた。
最初は何かの冗談かと思ったようだが、バカ皇帝から授かった勲章やマント、そして身分を証明する証明書を出されると目を丸くしながらようやく理解した。
「うわあ!兄ちゃん、貴族様だあ!」
「スッゲェ!勲章見せろよ!?」
「ほ、ホントにホントに貴族様になったのかい!?」
「ガッハッハ!!流石は我が家の出世頭じゃな!!」
彼の他の家族は素直に喜んだ。
彼の家は祖父母と両親、3人の弟妹の8人家族だった。
代々果樹農家だったが、今は牢獄の中の前領主の搾取で生活が少々厳しくなってきたので、彼は遥々帝都に出て兵士になり、家族に仕送りをしていた。
だが、幸か不幸か第一皇子の下に配属され、色々あって現在に至るのである。
「皇帝陛下から直々にこの一帯の領主に任じられました!若輩の身ですが、領内の発展に尽力させてもらいます!」
「「「おおおおおお!!!」」」
「「イイゾ!イイゾ!」」
「兄ちゃん、カッコいい!!」
村人達は新しい領主になった彼を快く受け入れた。
ちなみに、彼こと部下Aに与えられた爵位は騎士爵(世襲可)で与えられた領地は彼の村とその周囲の3つの小さな村だった。
その3つの村も気候の影響で麦の栽培にはあまり向かず、豆類の栽培で生計を立てていた。
だが、彼らはまだ知らない。
自分達の村には、麦に変わる画期的な作物が自生していることに。
「新領主殿、ヴィルヘルム殿下から「戻ってきて!」との書状が……」
「火に放り込んでください。」
元上司からの手紙を無視し、彼の領地改革は始まった。
前領主が搾取し横領した税金は彼の全財産を売るなどして既に集まっており、分割されたそれぞれの領地の新領主に既に届けられている。
新領主達は着任前に宰相から受けたアドバイスを元に全額を領民達には戻すよりも、領内の発展に使用する事にした。
「領民は現時点で561人、全員の住民記録も作成しないといけないですね。」
彼は最初に行ったのは領地全体の基本情報の収集、領地の面積や住民の数、生産されている物等の調査だった。
そこは士郎からのボーナス交換で入手した能力、《抜け目無き調査士》によりほんの数秒で調べる事が出来た。
《抜け目無き調査士》は士郎の持つ《摩訶不思議な情報屋》の劣化版で、士郎のようにこの世界全体を調べたりはできないが、調べた情報は紙や羊皮紙に印刷ができるという便利な機能があった。
その為、領民達の住民票もほぼ自動で作成する事が出来た。
「これを全部整理して保管しておいてください。」
「は、はい!(この人、何者!?)」
新領主の補佐官は、自分の主人の規格外な能力に驚きながらも言われた通りの仕事をしていった。
尚、彼の仕事の補佐をしている者達は最低限の学力のある地方貴族の末子などがほとんどだった。
最初は平民出身の新興貴族である彼に対して良い感情を抱いていなかった者達だが、実家では仕事も居場所も無いに等しいので大人しく従っている。
何より、皇帝陛下から直々に勲章を賜っており、第一皇子を始めとした多くの皇族や、他国の王族ともコネがある主人を敵に回したら破滅は避けられないと気付いているからだ。
しかし、職務開始からほんの数日で、彼らは自分達の主人が只の“成り上がり”ではないと気付かされることになった。
「領主様!村にはぐれ竜が出ました!」
山の麓にある村には偶に山の奥から魔獣が下りてくる。
普段なら冒険者や領主の私設軍などが退治するが、今回出てきたのは中位級のドラゴンだった。
地元では出会ったら確実に死人が出ると言われる「鋼樹の暴れ竜」だった。
領地の危機、彼以外の誰もがそう思った。
「《スペース・スラスティング》!!」
『ギョッ!?』
瞬殺だった。
ドラゴンは頭を貫かれて死んだ。
「よし!」
(((えええええええ!?)))
彼以外の全員が驚いた。
ドラゴンを瞬殺できる者など、彼らは知らないのだから当然ではあるが。
「兄ちゃん!川の方におっきい魔獣が出た!」
「今行くよ!」
彼は地元で無双しまくった。
魔獣は瞬殺、盗賊も潰しまくり領内は平和になった。
「ん?これは……」
ある日、彼は領内を流れる川の近くで“それ”を見つけた。
川のすぐそばの沼地に生えた“それ”は、一見すれば麦のようにも見えた。
気になった彼はすぐに鑑定してみた。
【ファリアス稲】
【分類】植物
【用途】実は食用、それ以外は飼料
【詳細】ファリアス帝国に自生するイネ科の植物。
穂先にある実は米であり、食べる事ができる。
実付きが良いが、その分、野鳥に狙われやすく乾燥や高温にも弱い。
だが、寒さには強い。
「!!」
彼に衝撃が走った!
そして、あの戦いの後に食べたカレーの記憶が鮮明に蘇った。
「これを生産しよう!」
彼は迷うことなく稲を収穫していった。
そして数日前にボーナス交換で手に入れた《農業の秘技》を使い、半日で大量の米を生産した。
しっかりと精米もし、早速部下や家族を含めた領民達に試食してもらった。
「「「うまい!!」」」
大好評だった。
初めてカレーを食べた時に炊き出しの手伝いをしていた彼は米の炊き方を知っていたので、それなりに美味しく炊けた。
「よし!これを村で作るぞ!」
「「「賛成!」」」
こうして、彼の領地は帝国最大の稲作地帯へとなる第一歩を踏んだのだった。
そしてその後、帝国に大きく貢献した彼はどんどん出世していく事になるのだが、それはまた別の話。
「ハッハッハ!心配で様子を見に来たぞ!」
「仕事してください!」
尚、偶に寂しがり屋の第一皇子が遊びにきたりしたのは余談である。
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――部下Bの場合――
部下Bは帝国の最南端の地域の出身だった。
帝国内で最も温暖で雪が降ったことのない地域の漁村で育った彼は、成人すると歳の近い兄と一緒に都会に出て兵士になった。
そして色々な経緯で帝都に転勤になり、気付けば第一皇子の一兵士になっていた。
そんな彼は今、故郷を治めていた貴族の失脚と同時に貴族になり、故郷の村とその周辺の未開の土地を与えられた。
そこは独特の生態系を育んでおり、他の地域では食べられない木の実などが採れた。
『ギャオオオオン!!』
「オラ!オラ!オラ!」
「くたばれ!!」
「《ライトニング》!!」
その未開の地で、彼は同僚の兵士達と狩りをしていた。
通称「チームバカ皇子」は、その功績により全員が勲章を授与されたが、平民出身で貴族になったのは一部だけだった。
それでも出世したり、希望の部隊に転属もできたりと優遇されたので不満を抱く者はいなかった。
第一皇子が泣いたのを除けば…。
そんな中、彼らは部下Bの家臣となる道を選んだ。
彼らの多くは孤児であり帰る故郷もない。
そこに部下Bが誘いをかけ、彼らはついて行ったのだ。
恋人も連れて…。
「今日も大量だな!」
「これで暫くは金に困らないな!」
大量の魔獣を狩った彼らは獲物を魔法で収納して村へと戻っていった。
この辺りの魔獣は粗方狩り尽くした為、明日からでも開発が始まる予定となっている。
最初は彼らの魔法で土地を開き、後は領民や新しい移住者達によって進められる事になっている。
全部彼らだけでやったら、仕事を失う人も出てくるからだ。
「なあ、この辺に生えてるのって食えそうじゃないか?」
「ホントか!?」
「お前が言うなら食えるんだろうな。」
彼らの1が《食の直感》を働かせ、周囲に食べられる植物があることを皆に知らせた。
彼らは辺りに自生している植物をて手当たり次第に鑑定していった。
【ダーナサトウキビ】
【分類】植物
【用途】砂糖の原料
【詳細】ダーナ大陸の南端で自生している植物。
糖分を多く含んでおり、上質な砂糖の原料になる。
ただし、気候の変化に敏感で、自生している地域以外では育ちにくい。
【サラマンダーペッパー】
【分類】植物
【用途】香辛料、薬の原料
【詳細】一年中温暖な地域に自生する唐辛子。
とにかく辛い。
実を1つ食べると本当に火を吹きそうになるほどの辛い。
冗談ではない辛さだが、肉類の腐敗防止にもなり、免疫力を高め、美肌の効果もある。
実1つだけで100人分の料理の味付けに使える。
名前はとあるドラゴンが食べた時の逸話が元になっている。
【グレートキングシナモン】
【分類】植物
【用途】香辛料、薬の原料
【詳細】ダーナ大陸の一部にしか自生していない幻の巨大シナモン。
樹皮を乾燥させると上品で心地よい香りと甘味を持つ香辛料になる。
また、薬としても利用でき、適量を服用すれば胃腸がすぐに元気になり、他の内臓の機能も回復する。
ただし、過剰摂取は禁物。
そこは宝の山だった。
彼らは迷わず収穫、後で専門家を呼んで村で生産することにした。
余談だが、この未開地の深奥には「究極の悪臭果実」と呼ばれる異世界ルーヴェルト最強の果物があるが、それにこの世界の住民達が触れるのはもうしばらく先の話である。
「今日は実に大量だったな!」
「金貨だと何枚になるんだ?」
「大金貨で数えた方がいいんじゃないか?」
「金銭感覚がおかしくなるな。」
彼らは温かい気持ちになりながら村に向かって川沿いを歩いていた。
村に変えれば新妻達が彼らを待っている。
勲章授与の後、酒場や娼館などでそれぞれ告白してそのまま結婚した最愛の女性達が。
彼らは今、幸せの絶頂の中にあったのだ。
「おい!川から何か流れてくるぞ?」
「「「何!?」」」
全員が一斉に川の方に振り向くと、上流の方から何かがドンブラコと流れてきた。
「…桃?なんだ、グレートピーチじゃないか。」
「「「デカ!!」」」
部下Bは、それがこの辺りに自生している「無駄に大きい桃」だと気付いた。
偶に上流から海に向かって流れてくるが、そのまま食うには果肉が硬すぎて子供に不人気な残念な果物だった。
「違う!桃の上に何かが乗っかってる!あれって人だろ!?しかも女!!」
そう、桃の上には人間が乗っていた。
服はボロボロ、その人物からは生気を感じられなかった。
彼らは急いでその人物を助け、何者かを《ステータス》で確認した。
【名前】日比谷 奈津美
【年齢】45 【種族】人間
【職業】弁護士 【クラス】異世界遭難女 大魔王の敵
【属性】メイン:火 サブ:風 水
【魔力】410/410
【状態】心身疲労(MAX) 空腹(大) 骨折 etc
【能力】――
【加護・補正】トラウマ詰め合わせ 遭難者 運が尽きた者 大魔王の敵
「……異世界人?」
「なあ、この名前、どっかで聞いた事ないか?思い出せねえけど…」
「さあ?」
その日、彼らは異世界人のオバサンを拾った。
チーム部下Bと異世界のオバサンの痛快ストーリー(?)が始まった瞬間だった。
桃に乗って流れてきたBBAは何者でしょうかww