第185話 ロルフ、勝手に先を急ぐ
――エオカイド遺跡 地下19階――
ロルフは平静を失っていた。
一応は平静さを他所追手がいたつもりだったが、今回の敵が自分の実の祖父だと知って以降、内心は動揺しっぱなしだった。
無理もない。
顔も知らない、死んだ母親から話でしか聞いたことのない祖父が自分達の敵側にいるのだから。
幼い頃は母親の言葉を純粋に信じ、父親と同じくらい会えるのを楽しみにしていた祖父。
母親が死んで以降は生きていることすら諦めていた祖父が実は生きており、この世界を脅かす“悪”として暗躍しているのだから。
「祖父ちゃんも殴りとばしてやる!」
『ゴケ?(は?)』
父親と同様に祖父も殴り飛ばす。
平静さを失ってもロルフの思考は意外と単純だった。
そんなロルフの前に、遺跡の守護獣が立ちはだかった。
『――――――。』
「な、何だ…!?」
突如、神々しい金色の光を放ちながら、1体の牡鹿がロルフとクリスピーの前に現れた。
大きさは普通の牡鹿の4倍近く、全身からは金色の光と共に他の遺跡の魔獣とは一線を画す強い魔力が漏れ出していた。
ロルフは《大鑑定》で相手の情報を確認する。
【黄金に輝く豊穣の大地 ♂】
【分類】神の眷属
【属性】光 土 木
【ランク】S+
【用途】――
【詳細】エオカイド遺跡を守護する5体の守護獣の内の1体であり、最高神ダグザの眷属。
大地と豊穣の力を持ち、死した大地に緑を芽吹かせることができ、神代では飢饉に苦しむ村に現れて人々を救っていた。
その角は大地に属するあらゆる物質を切り裂く事ができ、その蹄は鋼さえも踏み砕く。
そして彼の操る大地の力は、何人たりともその身に近付けはしない。
シロウの《勇者之大鑑定》と性能が異なるせいか、情報量も少なく弱点も書かれていなかった。
だが、見た目からも強敵なのは十分に伝わってきた。
「何だ…こいつも、魔獣か…!?」
『ゴ、ゴケェ…。(ヤ、ヤバそう…。)』
ロルフは剣を構えるが、今まで退治してきた魔獣とは明らかに異質な相手に若干ビビっていた。
『――――排除。』
守護獣から無機質な声が発せられた直後、守護獣の角から数十本のビームが発射された。
「わわっ!!」
『ゴケケ!!(ヒィィ!!)』
ビームの嵐だった。
ビームは壁や床を簡単に貫通していき、一発でも当たれば即死は免れそうになかった。
「クソッ!《グラビティ》!」
ロルフは重力で攻撃する。
だが、守護獣には効果が無かった。
守護獣は《土属性無効化》を持っていたのだ。
「効かない!?なら、《爆発》!!」
『ゴケ!(イケ!)』
ロルフとクリスピーは同時に《爆発》を放った。
今度は効果があった。
だが、ダメージは少ないようだ。
『……。』
守護獣はビームを止め、頭を下げて角をロルフ達に向けた。
そして次の瞬間、音速に達する速度で突進してきた。
『ゴケッ!!』
間一髪!
クリスピーは瞬時に反応して横に避け、直撃を避けた。
守護獣は壁に激突し、守護獣の角は砂に突き刺さるように壁に突き刺さった。
『――――。』
『ゴッ!?』
回避した直後、守護獣の眼はロルフ達を捉え、その鋼さえも砕く蹄がクリスピーに襲い掛かった。
「危ね…!!」
ロルフは反射的に《火の壁》や《反射》等を同時に出して防御した。
『――――!』
守護獣の蹄がロルフの魔法に接触した瞬間、ロルフと守護獣の間に爆発が起きた。
守護獣は全身を炎に焼かれながら吹っ飛び、床を転がった。
偶然か必然か、ロルフが咄嗟に出した複数の魔法は融合し、《爆炎の反射壁》になったのだ。
「…奇跡?」
『ゴケ?(さあ?)』
とうの本人は理解していなかったが。
『――排除!排除!排除!』
起き上がった守護獣は狂ったように暴れ出した。
ジタバタと地面を蹄で叩き、階層全体が揺れに襲われる。
『排除!排除!排除!排除!』
そして次々に《攻撃魔法》を放ち始めた。
その全てが中級以上、大型ドラゴンも余裕で通れるほど広かった通路は守護獣の魔法の光により黄金色一色に染まり、ロルフ達に破壊力を持った光が襲い掛かった。
だが、それが逆に好機となった。
「――――光を喰らえ!!」
ロルフは握っていた『黄昏に煌めく聖剣』を前に突き出した。
すると、守護獣が手当たり次第に放った魔法がロルフの『黄昏に煌めく聖剣』に吸収されていった。
これはシロウの能力の1つを元ネタに聖剣の製作者チームが聖剣に組み込んだ機能の1つで、「使用者と同じ属性の魔力・魔法を吸収する」というものだった。
守護獣の属性は“光”、“土”、“木”の3つ、どれもロルフが持つ属性だった。
尚、最初のビームを吸収しなかったのは、多方向から襲い掛かってくるビームに対応できなかったからである。
「吸収完了!いくぞ、クリスピー!」
『ゴ、ゴケ!(お、おう!)』
全ての魔法を吸収し尽くし、ロルフは大技の構えに入った。
クリスピーも必殺技の準備に入った。
『――――排除…!排除…!』
守護獣は口元に金色の光を集め始めた。
必殺の一閃を放とうとしている。
『ゴケ!』
クリスピーは光輝く無数の羽根を宙に放った。
無数の羽根はそれぞれ異なる色の輝きを放ちながら鋭い剣の形状に変形した。
「うおおおおおお!!」
ロルフは黄金色に輝く聖剣に渾身の力を込める。
帝都にいる間、ヒューゴ達と一緒にロン村長により濃密に鍛えられた剣技が放たれようとしていた。
だが同時に、ロルフの中の奥深くに封じられ続けていた、彼の本来の“力”の一端が漏れ始めていた。
『――――排除!!』
守護獣は黄金の破壊光線(?)を発射した。
「うおおおおお!!《黄昏光爆一閃》!!」
『ゴケゴケゴケェ!!(《聖鶏・虹羽剣乱舞》!!)』
ロルフの聖剣から黄金色の斬撃が放たれ、クリスピーは自身の羽根と魔法で生み出した数百にも及ぶ剣を一斉に放った。
斬撃は破壊光線と衝突、2秒ほど拮抗した後、破壊光線を切り裂きながらクリスピーの必殺技とほぼ同時に守護獣に直撃した。
『!!!!』
守護獣の声にならない悲鳴が響きわたる。
吸収した守護獣の魔力も込められた斬撃は守護獣の全身を覆う魔力の防御を素通りし、守護獣本体を直接切り裂いた。
そして全身に突き刺さっていく数百の剣、それは守護獣の体で最も高い硬度を誇る角に亀裂を入れていった。
「進めクリスピー!止めだ!」
『ゴケ!』
ロルフを乗せたクリスピーは守護獣に向かって走り出した。
同時にロルフは、自身とクリスピーに幾つもの《補助魔法》を掛けていった。
「終わりだ!!」
『――――!』
ロルフは守護獣の首を斬りおとした。
守護獣は断末魔を残す事も無く床に倒れ、その直後にその躯は光の粒子となって周囲に散っていった。
「ハァハァ…!やった…のか?」
『…ゴゥ、ゴケェ(…ああ、眠い。)』
「ん?何だ、これ?」
ロルフは守護獣の躯があった場所に何かが落ちていることに気付いた。
近づいてみると、そこにはサッカーボールくらいの大きさの黄金色の光沢をもつ1個の魔石(?)と、魔石と同じ色の指輪が6個、そして全体が藍色に統一された1本の短剣があった。
所謂、戦利品であった。
「何だろう?」
ロルフは不用心にも、うっかり短剣を拾ってしまった。
呪いとかが掛かっていたら、この時点でアウトだっただろう。
実際、この“藍色の短剣”には強力な呪い……魔法がかかっていた。
それは対象の精神を支配する魔法であり、守護獣はこの短剣により洗脳されていたのである。
しかもこの魔法、支配対象が死亡しても効果は消えず、次に触れた対象をも無差別に術者の支配下に置く非常に性質の悪い、この世界なら確実に禁忌指定になる《特殊魔法》であった。
「……只の短剣か?」
そんな事など微塵も知らずに短剣を拾ってしまったロルフだったが、何故か何も起きなかった。
それどころか、ロルフが触れたと同時に短剣にかかっていた魔法が込められていた魔力と共に消失していったのだ。
「……?」
『(-。-)zzZZ』
ロルフは気になったのか、今になって《大鑑定》で調べたが、表示された情報には《幻藍鋼の短剣》という、精神系魔法の効果を増強する効果があるだけの短剣としかなかった。
ロルフは知らないが、この短剣にかけられていた《支配魔法》は術者の魔力、または術者に近似した魔力に触れると簡単に解除されるようになっていた。
これは術者が万が一にも自分や味方に短剣の効果が及ばないようにする為に予め仕込んでいた安全策だったのだ。
まさか、その術者の直系が短剣に触れるとは知らずに。
さらに付け加えるなら、この短剣に込められた魔力はロルフに想定外の影響を与えることとなった。
ロルフの中には本人は勿論のこと、(日本に帰還した時点の)士郎すら気付く事の出来ない《封印魔法》が掛けられており、その魔法は特定の人物の魔力に触れる事でのみ解除されるようになっていた。
それはロルフを愛する人物が、彼が普通の人の中で平穏に生きてほしいという思いと、その特定の人物と出会うことができた時は、自分の生き方を選べるようにという思いからかけた魔法だった。
だが、その人もまさかロルフが運命の悪戯により想定外すぎる成長と人生を歩むことになるとは考えておらず、ロルフに掛けられていた封印は彼のチート化や成長により日に日に弱まっていき、最後は間接的に特定の人物の魔力に触れただけで完全に解けることとなってしまったのだ。
「あれ?なんか力が湧いてきてる……?」
もっとも、封印が解けた影響も今のロルフにとってはレベルアップの時の影響と大して変わらず、おかしいとは微塵も考えなかったのだった。
「「「ロルフゥゥゥゥゥ!!」」」
『『『ゴケゴケェ~!!(クリスピィィィ!!)』』』
「――――あ!」
そんな中、ロルフに置いて行かれた士郎達がようやく追い付いてきたのだった。
その後、ロルフは勝手な行動をした事で士郎達にミッチリと叱られたのは当然の話である。