第176話 双子執事、過去を語る
今回は短めです。
~双子執事ハンス(バツイチ)&トマス(既婚)の説明~
「ご存じの通り、このミストラル王国はダーナ大陸で最も北に位置する“永遠の冬”と“富の眠る白き大地の国”でございます。」
「南部一帯を除き、国土の大半は一年中雪が降り続ける為、夏の神に嫌われた呪われた地と忌み嫌われていた時代がございました。」
「貧困が永年続き、王や貴族達は自分達の保身のみを考え、多くの民は飢えと寒さと獣の牙によって死んでいきました。」
「しかし今から150年前、滅びを待つだけだった王国の未来を案じた1組の姫と神官が立ち上がり、2年近い旅の末、この大地の下より巨万の富を見つけたのです。」
「姫と神官が旅の中で出会った『聖剣の王』より授かりし秘術により、白き大地の下に眠る宝石の大鉱脈が見つかったのです。」
「そして同時に授かった『冬麦』と『雪の果実』により、一年中冬の地域でも農業が行うことができ、王
国の民達は飢えから解放されていきました。」
「そして現在、ミストラル王国は大陸中に宝石を輸出する事により富を築き上げ、嘗ては大陸最弱と揶揄されてきた小国とは別物となりました。」
「ジェダイト公爵家も含め、国内の貴族の家名や都市名に宝石の名が多いのも、この出来事によるところが大きいのです。」
「ちなみに、四大国の君主一族が身に付けている宝飾品の多くはこの国で作られた物なのです。」
「ここ、公爵領でも多くの職人が工房を開いており、大陸中から大勢の商人が買い付けに訪れ、街は活気に溢れています。」
「ただし、貧富の格差という新たな問題を抱えておりますが。」
「次にこのジェダイト公爵家についてお話しましょう。」
「当家は爵位からもお察し頂けるように、王家と縁戚関係にある大貴族であります。」
「旦那様は、現在消息不明の現国王陛下の異母弟であり、公式上は王位継承権第二位でございます。」
「ロルフ様は公にはされていないので現時点では継承権はありませんが、正式に旦那様の御子息として認められた場合、第三位になります。」
「もっとも、王都が何者かによって陥落した現在、継承権が有効かは不明ですが。」
「少し話が逸れました。ジェダイト公爵家は表向きには王家に連なる名家ですが、実際は歴代国王の影武者、または予備を集めた道具箱としての役割が濃いのです。」
「大鉱脈が発見されて以降、歴代の王は常に他国から命を狙われ続け、暗殺された王も決して少なくはありませんでした。」
「その為、国王の影武者にもなり、緊急時は国王の代理、そして暗殺時にはすぐに王位を継承できる都合の良い王族を集められたのが、このジェダイト公爵家なのです。」
「旦那様もまた、母君が先王の妾だということから兄君である現王の予備として当家に養子として入ったのです。」
「そして幼い頃より兄を支えさせるのみの為の教育を受け続けてきました。執事風情が言うのは大変不遜ではありますが、自由や幸せとは言えない暮らしでございました。」
「しかし、神は決して若き日の旦那様を御見捨てにはされませんでした。ある日、旦那様はロルフ様の母君と運命的に出会ったのです。」
「それは風のない雪の日の出会いでした。」
「その年は例年よりも雪が少なく、その為か、王国に出入りする商隊もいつもより多い年でもありました。」
「その日、まだ今の皆様よりも若かった旦那様は経済の勉強の為も兼ね、街に視察に訪れていました。」
「そこで起きた商隊の原因不明の事故、場所の1つが突如として爆発し、多くの商人や護衛にあたっていた冒険者が負傷する中、その中に身元不明の1組の母娘が倒れていました。」
「服装から国外から来たのだと思われた母娘は、事故のショックで記憶が混乱していたのでしょう。自分たちがいる場所が何処なのかすら忘れていました。」
「その場にいた旦那様は2人を不憫に思い、屋敷で使用人として住まわせました。」
「「――――母親の名はアリアドナ、娘の名はアリシアという名でした。」」
「お2人が屋敷で働くようになってから1ヶ月、屋敷の中は以前とは見違えるほど明るくなりました。」
「旦那様もアリシア様が傍にいるようになって以降、随分と明るくなり、勉学も楽しむ様になり日々逞しくなっていきました。」
「アリシア様もまた、屋敷に来て一月も経たない間に読み書きを覚え、一年も経つ頃には大陸の歴史や地理、経済、法等も貴族に引けを取らないほど習得していました。」
「特に魔法学においては並外れた才能を発揮し、旦那様の専属メイドとしてだけではなく護衛役としての役割も任せられるようになりました。」
「そして月日が経ち、旦那様とアリシア様の間には恋が芽生えていました。ですが、お2人の間には大きな壁が立ちはだかったのです。」
「今から16年前、旦那様の父君である先王陛下が当時王太子であった旦那様の兄君に王位を継承し、王国の体制に変化の波が立ち始めました。そして、新国王となられた兄君の命により、旦那様は王国と同盟国であるアナム国の王女と婚約を結ばれる事となったのです。」
「婚約相手である当時のアナム国の第三王女は、美しく聡明な方ではありましたが、旦那様の心を射とめるほどの魅力は持ち合わせていませんでした。」
「というより、旦那様は生理的に拒絶していた節がありました。」
「私も個人的に嫌でした。」
「旦那様とアリシア様の愛は止まりませんでした。」
「旦那様は陛下や婚約者の目から隠れながら交際を続けた末、アリシア様との間に男児がお生まれになりました。それがロルフ様です。」
「アリシア様の母君であるアリアドナ様は勿論のこと、私達を始めとする使用人一同もロルフ様の誕生を祝福しました。」
「しかし、ロルフ様の存在は公にはできません。アリシア様は屋敷を出て、町の一軒家でロルフ様を育てていきました。」
「旦那様も隙を見てはアリシア様とロルフ様の下へ行き、細やかながら幸せな時を過ごされていきました。」
「ですが、その幸せは永遠には続きませんでした。」
「ロルフ様が4歳の時の事です。陛下は旦那様に不審を抱き、また、表向きには正妻となられました王女も旦那様が御自分に隠し事をしている事に気付き始めたのです。」
「そしてロルフ様が5歳になられる2月ほど前になり、とうとう旦那様とアリシア様の関係が陛下に知られてしまったのです。」
「アナム国との関係を優先させた陛下は、旦那様にロルフ様を始末するように命じたのです。」
「さらには王国の暗部を動かし、ロルフ様を裏で始末しようともしました。」
「ですが、ロルフ様は魔法の天才であるアリシア様と王族である旦那様の血を引いているにも拘らず、何故か魔力が一般人程度しか持っていなかったために陛下が送った暗部に目を掻い潜る事が出来ました。」
「しかし陛下は暗部の他にも手を打ってきました。旦那様にそれ系の薬を盛り、アリシア様の目の前で王女・・・奥様とヤラせたのです。」
「そして奥様は身ごもり、それを知ったアリシア様はロルフ様を連れてジェイドの街を去っていきました。」
「住んでいた家には母親と旦那様へ宛てた手紙が残されていました。」
「手紙には、旦那様の身を案じた内容が書かれていたそうです。そして、母親への謝罪も。」
「旦那様はすぐにアリシア様の捜索を始めましたが見つからず、ギルドに依頼を出しても断片的な情報だけしか集まりませんでした。」
「そして3年前、ファリアス帝国に入ったとの情報を最後に、お二人の足取りは途絶えてしまいました。」
「時を同じくして、アリシア様がいなくなった後も屋敷で働き続けていたアリアドナ殿も「永眠病」という王国特有の病を患ってしまい、3年もの間、決して目覚めることなく眠り続けているです。」
「旦那様は私財を投じて治療を続けましたが、目覚めの兆しは一向に現れていません。」
「そんな中、今から3日前、旦那様はロルフ様と7年ぶりに再会したのです。」