第168話 某冒険者パーティ、ファル村に来る
――ムリアス公国 首都リュミエール――
それは士郎が日本に帰る前日のことだった。
「――――此度は私の命を救ってもらい、大変感謝する。」
「勿体無いお言葉です。大公陛下。」
ダーナ大陸四大国の1つ、ムリアス公国の首都にあるリュミエール大公城の大公執務室にて、現大公ルイ=A=ムリアスは命の恩人である冒険者一行に感謝の言葉を贈っていた。
本来ならば公の場で一行を称え、勲章を含めた褒賞を与えるべきだったが、現在のムリアス公国の状況と、恩人である冒険者の身元などの事情から、公国としてはこのような非公式の場で感謝を伝えるしかなかったのだ。
「知っての通り、公国は愚息が行った愚行等が原因で現在混乱していている。そのせいで、貴殿らには満足な礼ができずに誠に申し訳ない。」
「いえ、私達は御礼など……」
「だがせめてもの例として、私の名を記した書状と、旅の足として駿馬を全員分用意しよう。それと金貨を1人につき10枚……」
「「そ、そんなに貰えません!!」」
可能な限りの謝礼を支払おうとする大公に対し、ほとんどが生粋の平民出身者である冒険者達はビビって遠慮するのだった。
だが大公も中々退かず、結局押し負けた冒険者達は大公から多額の謝礼を受け取る事となったのだった。
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事の始まりは数日前、ファリアス帝国とフィンジアス帝国で発生したクーデター事件が鎮圧された翌日、ゴリアス国で数ヶ月前から行方不明だった先代国王夫妻が無事に保護されたのとほぼ同時刻の出来事だった。
ムリアス公国の南東部の外れ、ファリアス帝国との国境に近く位置するラック村で魔獣の討伐を行っていた彼女達冒険者一行は多少の傷を負いながらも、依頼された魔獣の討伐を終えて村に戻って来たばかりのことだった。
すっかり日か沈み、家屋の窓から漏れる灯りと空に浮かび月明かりを頼りに村の中を歩いていた一行は、村長に依頼達成の報告をしてから少し遅めの夕食をとろうと考えていた。
そんな時、何処からともなくその声は聞こえてきた。
――――……ううぅ……ぅぉぉ……
『聞こえた?』
『ああ、男の呻き声みたいだな?』
『あの小屋から聞こえてくるぞ?』
その声は、村の中にある無人の小屋の方から聞こえてきた。
冒険者の勘が働いたのか、彼らは小屋の持ち主の許可も取らずに中に誰もいない小屋の中を調べ、その呻き声が地面の下から聞こえてくることに気付き小屋の床を徹底的に調べ始めた。
『おい!ここに隠し扉があるぞ!地下に下りる階段がある!』
『誰かが監禁されてるのか!?』
『誰か急いで村長に報せてきて!!』
そして彼らの1人が村長を呼びに行き、連れてこられた村長は小屋の中に会った地下室の存在に驚きながらも、冒険者達と一緒に地下に下りて行き、そこの奥にあった牢屋に閉じ込められていた人物を見て目が飛び出しそうになった。
『―――――ルイ坊……!?じゃなくて、大公陛下!!??』
『『『!!??』』』
牢屋に監禁されていたのはこの国の君主、大公その人だった。
それからのラック村はハチの巣を突いたかのような大パニックだった。
随分と痩せ細った大公を村長の家まで運び、少し酒の入っていた村の薬師の婆さんが大公の治療を行い、村長の息子は慌てて馬を走らせて騎士団がいる村から一番近い町へと向かった。
そしてその翌日、ラック村を文字通り激震が襲った。
――――ドドーーーン!!
『な、何だ!?』
『この世の終わりか!?』
村人達も冒険者達も慌てて外に飛び出すと、そこには巨大な赤い龍が立っていた。
そして片手には村長の息子が馬ごと握られていた。
村人の多くが腰を抜かす中、村長や一部の年寄りだけは一瞬だけ呆けながらも笑顔でその龍に挨拶をしていった。
『おお!!『焔の神龍』イグニス様!!』
『――――ん?お前、あの時の孤児の坊主か?随分と老けたな?』
『いえいえ、理想的に年を取っただけです!』
『『『喋った!?』』』
村長を始め、村の年寄り達は赤い龍ことイグニスとは面識があった。
そしてイグニスの背中から、2人の男が飛び降りてきた。
その人物達を見た冒険者の1人は、驚愕の声を上げた。
『せ、先代皇帝陛下!?それとまさか、伝説の英雄様!?』
『『『ええええええええええええええええ!!!???』』』
イグニスから飛び降りたのはファリアス帝国の先代皇帝レオンハルトと、帝国の英雄ロンだった。
その後の事を冒険者達はよく覚えていない。
気付いた時には村長や大公らと一緒にイグニスの背中に無理やり乗せられ、そのまま首都リュミエールに直行し、そこでちょっとした捕り物劇を経て彼女達はリュミエール大公城に客人として迎えられ、大公が回復するまでの間は最高の持て成しを受けたのだった。
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そして現在、何処からかもたらされた伝説級の霊薬により完全回復した大公は恩人である冒険者一向に感謝の言葉を述べ、今出せる限りの謝礼を渡したのだった。
1人を除き、冒険者達の大半は生まれて初めての持つ大金に手を震わせ、半ば意識が飛んだ状態で城内の厩に案内され、そこで人数分の駿馬を受け取った。
「大公の御命を救っていただき、誠に有難うございました!!」
「「「有難うございました!!」」」
ちょっと暑苦しい大公近衛騎士達に見送られながら、一行は大公城を出発した。
その直後、大公城に物凄い怒声が響き渡った。
「このバカ息子がああああああああああああ!!!!!」
「ヒィィィィィィィィィィィィィ!!!」
実はこの日、ファリアス帝国に捕まっていた大公の息子アレクシスが公国に強制送還された日でもあった。
その後、まるで若返ったように元気になった大公により、アレクシスを始めとする公国内の掃除が開始されたのだった。
「パパ許してえええええええええええええええええ!!!」
「駄目に決まっているだろおおおおおおおお!!!犠牲者がどれだけ出たと思っているううううう!!??」
跡取りだった息子とはいえ、容赦しない大公であった。
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――ファリアス帝国 ファル村――
リュミエールを出立してから3日目、冒険者一行は国境を越えてファリアス帝国に入り、そこから南に1000km以上も進んでファル村に来ていた。
本来なら1~2月かかる距離を彼らはたった3日で横断したのだ。
それもその筈、大公が彼女達に渡した駿馬は駿馬の中の駿馬で、馬型の魔獣の血を引く大公家専用の名馬で、平均時速が100kmを超える超速駿馬だったのだ。
しかも風圧などを防いでくれる鞍型の魔法具もセットで付いていたのだが、そのあまりにも現実離れしたスピードの前に何人かは途中で何度も気絶してしまい、その度に休憩を挟んだので少しだけ遅れてしまった。
「……何だ、この村は?」
ファル村に到着した直後、彼女は呆然としながら村全体を見渡した。
帝国南部の出身である彼女はファル村にも過去に訪れた事があった。
それは数年前、家出して冒険者になってから間もない頃、家に連れ戻そうとする追手から逃れる為に港町ヴァールから安馬を手に入れて北に向かっていた時の頃だった。
その時は帝国の何所にでもある農村だったはずのファル村、冒険者ギルドで聞いた情報では戦争で略奪に遭い、壊滅寸前だった筈だった。
「おお!随分と賑やかな村じゃないか?」
「ああ、帝国の南に来るのは初めてだが、美味そうな物が一杯売ってるじゃねえか?」
「見て!あっちに、誰でも入れる温泉があるみたいよ!」
「「温泉!?」」
ファル村は彼女の記憶とは大きくかけ離れた場所に様変わりしていた。
前に来た時は宿も酒場もなかったのが、今では3件以上も宿がある上に近くには無料で入れる温泉、さらには最近できたばかりらしい小奇麗な酒場もできていた。
しかも別の場所では建設中の冒険者ギルドがあり、村には見た限りでも50人以上の冒険者が出歩く姿があった。
「この数年で、一体何があったのよ・・・!?」
「おいユリア!さっさと宿を取りに行くぞ!」
「あ、待って!」
混乱する彼女―――ユリア=S=フェルスは慌てて先に行った仲間達の下へと走っていった。
そして彼女の驚愕はこれだけでは終わらなかった。
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「気持ちいい~~♪」
「癒される~~~♪」
ファル村名物ファル温泉『勇者の湯』、勇者が地面を掘って湧いたと書かれた看板が立てられている湯船の中で、ユリアは女仲間のファニーと旅の疲れを癒していた。
パーティを組んでから早3年、ゴリアスの温泉町で1度浸かったくらいで普段は水浴びだけの暮らしだった彼女達にとって、この温泉は極楽そのものだった。
「私、ここに住みた~い♪」
「引退するの?」
「ん~~~、迷うな~~!」
あまりの心地よさに、本気でここに家族ごと移住しようかと考えるファニーだった。
そこに、男湯から2人に声がかかってきた。
「お~い!ユリアもファニーもいるか~?」
「ギャハハハ!今そっちに行く・・・ギャッ!?」
「ぐわあっ!!??」
「し、痺れ……た……!」
悪ノリして女湯を覗こうとしたらしい4人の仲間は、突然悲鳴を上げてボチャンと湯船に沈んだ。
「………」
「あ!看板に『注意!敷居の向こうを覗こうとした場合、即痛い目に遭います!』だって!」
「いっそ、あの世の手前まで行けばいい」
なんて言っていると、脱衣所から他の入浴客達が入ってきた。
「あら?もしかして、貴方はフェルス元子爵のところの?」
「あら、本当ですわ!」
「皇妃様!!」
「え!?」
入ってきたのはバカ皇帝の嫁軍団だった。
言い忘れたがユリアは貴族の生まれである。
帝国南部を治める貴族家の1つであるフェルス子爵家の正妻の娘として生まれたユリアだが、生まれつき魔法の才が無かったことや家庭問題が原因で実家を飛び出し、冒険者になって現在に至る訳である。
そして貴族だった為、皇族や上級貴族の顔はそれなりに覚えていた。
(どうして皇妃様達がここに!?)
「畏まらなくててもよろしくてよ?ここは身分とは無縁の湯の楽園、私達は楽園に浸かりに来た女同士ですのよ」
「そうそう、楽にしていいのよ?」
「「は、はい!!」」
とはいえ、大勢の皇妃を前にしてしまうと緊張してしまうのが人情である。
そんな彼女達の心情など露知らず、皇妃達は彼女達に色々と世間話をしていった。
「―――え!実家がお取り潰しに!?」
ユリアはここで初めて、自分の実家が爵位と領地を剥奪されていた事を知った。
禁忌である悪魔契約に手を出し、その代償として領地と領民を滅亡寸前まで追い詰めたのが発覚し、その他にもクーデター派の貴族達とも通じていたなど、当代の過去の罪が芋蔓式に発覚していき、子爵夫妻はお縄にかかったとのことだ。
「そんな事が・・・・」
ユリアは帰る家が無くなった事よりも、両親の暴走と末路にショックを受けたのだった。
ちなみに、幸か不幸か半ば勘当同然だったお陰でユリアは裁きの対象にはならなかったらしい。
「やっぱり、冒険者は身も心も磨くのに最高かもしれませんわ」
「ですわね。お義父様やお義母様の実例もありますしね」
その後、話は皇子達全員を冒険者にするとかという話になったが、ユリア達は話についていけなかった。
ちなみに、ユリア達はこの日の裸の付き合いがきっかけで強いコネができた訳だが、それは本編とはあまり関係の無い話である。
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「揚げたてのコロッケだよ!美味しいよう!」
「甘いシュークリームはいかがかい?」
「酒の友に、竜種の唐揚げはいかがかね?」
「「「竜種!?」」」
風呂からあがった後、ユリア達は村の散策をしていた。
気のせいか、村に到着した時よりも人出が多く、最早村というより町の賑やかさだった。
そして何故か貴族も多く混ざっており、ユリア達の見た事のない食べ物を売っている屋台に集まっていた。
(え!あそこにいるのは、まさか皇子殿下!?あっちは王国の第二王子殿下!?何なの、この村は一体何なの!?)
人混みの中には最近貞操を失った某皇子や、悪党にカモにされた某王子の姿もあった。
何故か、その表情は暗く、誰も彼らに気付いていないようだった。
一方、仲間達の方は食べ物以外の事に目を奪われていた。
「おい見ろよ!武器屋でミスリルの武器が安いぞ!しかも、町で売ってるのよりも立派なのが!!」
「嘘!?これ、竜種の素材で作った防具!?」
「うおおお!どれもこれも相場より安い!!」
村独自のルートで大量に手に入った素材によって造られた武器や防具に冒険者の彼らの目は子供のように輝いていた。
特にミスリルやドラゴンの素材は、最近は腐るほど手に入るのでファル村やヴァールの職人達も半ば趣味全開の作品を造り、そのせいか相場よりも価格が安い品も結構あった。
臨時収入のあった彼らは、夢の高級武器を思い切って購入するのだった。
余談だが、彼らが購入した武器や防具は《鍛冶神ゴヴニュの加護》を持つ見習い鍛冶師や、勇者のチートをふんだんに使われた進化する装備品で、本来は非売品なのがウッカリ店頭に出てしまったのだ。
進化したばかりの自分の能力の実験台となったこれらの装備品には装備品そのものの進化機能の他に、最初の持ち主に自動的に“ボーナス交換”が行われる仕掛けが施されていた。
そんな事を知らずに笑顔で購入する彼らだったが、1ヶ月後、彼らは自分達が手に入れた武器のチートぶりに気付く事になる。
そしてこの時点ではBランクの冒険者パーティーだった彼女達は1ヶ月後にはAランクになり、さらにその後もSランクに上り詰めていくことになるのだが、それはまた別の話である。
フェルス(元)子爵の娘登場です。
フェルス子爵家って誰?と思っている人は「第76話 フェルス子爵家、墓穴に落ち始める」を読んでください。
本当はこの後も続く予定でしたが、思ってたよりも長くなってしまったので今回はここまでにしておきます。
さて、次回の更新、つまり明日から「聖国編」が開始します。
お楽しみにしていてください。