第96話 ボーナス屋、観戦している
――ファリアス帝国 帝都タラ 平民区――
その日の朝、帝都の住民の目を覚ましたのは彼らがこの十数年間聞き慣れたイラッとくる笑い声だった。
「ハハハハハ!!皆の者、続け~~~!!」
「「「お、おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
大勢の兵を引き連れて帝都の街を駆け抜けるバカ皇子。
その光景を見た帝都住民の大半は同じことを呟いた。
「チッ!あの世から追い返されたか。」
帝都住民達(正確にはその中でも平民層)はあっさりとバカ皇子の生還を受け入れた。
バカ皇子を彼が小さい頃から知っている住民達は、彼が最近噂になっている偽物ではなく本物だと一目で見抜いていた。
逆に貴族層の連中は大パニックだった。
「で、殿下の亡霊だぁぁぁぁ!!!」
「例の偽物だ!殺せぇぇぇぇ!!」
「ママ~、バカがいる~!」
「シッ!目を合わせちゃいけませんわ!」
「宮殿!!急いで宮殿に報告しろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「奴らを通すなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
貴族層の中でもクーデターで浮かれていた反皇帝派は特に動揺が激しかった。
彼らの大半はバカ皇子を始めとした皇子皇女の多くは戦死したり暗殺されたと本気で信じており、中には偽者が蔓延っているという話も本気で信じている者もいた。
そこに現れた死んだはずのバカ皇子、そしてバカ皇子に従う多くの騎士や兵、それが何を意味するのか
すぐに理解できるものはほとんどいなかった。
「皇帝派の襲撃だ!!宮殿に行かせるな!!」
「「おおおおおお!!」」
それでも少しは対応できる者は即座にバカ皇子の撃退に動いた。
「ハハハハ!!《ヒートゲイルスラッシュ》!!」
「「「グワァァァァァァァァァァァァ!!!」」」
だが、バカ皇子の熱風を纏った剣撃に一掃されてしまう。
その後も炎や雷など、行く手を阻む者を派手に片付けていき、帝都の一角からは兵士の悲鳴とバカ皇子の笑い声が響き渡った。
なお、バカ皇子の舞台の面々は羞恥心から半ば自棄に近い心境だった。
「ハハハハハ!!我が名はファリアス帝国第一皇子ヴィルヘルム=O=ファリアス!!逆賊どもを制圧しに来たぞ!!」
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――帝都タラ 帝国軍臨時指令本部――
一方、宮殿及び上級貴族街を警備する帝国兵が集まっている場所でも変化は起きていた。
宮殿の制圧した反皇帝派勢力は未だに発見に至らない現皇帝に警戒し、宮殿を中心とした一帯を騎士団や帝国軍で厳重に守りを固めていた。
その守りの外側を担当していたのが帝国軍、反皇帝派の貴族達からたっぷり賄賂を貰った将軍や各部隊の隊長達とその部下である兵士達が大勢集まっていた。
「て、敵襲―――――――!!!」
監視兵の声とともに兵達の間に緊張が走った。
直後、1人男が現れ、周囲の屋敷よりも高く跳び、地上にいる兵士達に魔法を放った。
「――――《エクスプロージョン》!!」
その一撃で200人が吹っ飛んだ。
突然の出来事に兵士達は勿論、指揮官達もすぐに何が起きたのか理解できなかった。
そして、魔法を放った男は空中で静止し、美しい刀身の剣を掲げながら大声で叫んだ。
「俺はファリアス帝国第六皇子ヴィクトール=R=ファリアス!!これより、帝都を乗っ取った逆賊達の制圧に入る!戦う意思の無い者はすぐに武器を捨ててこの場より去れ!犯行の意志のある者は敵と判断する!!10数える間に選べ!!」
ヴィクトールの声は広い範囲に響き渡り、驚いた住民達が窓を開けて彼の姿を目にした。
その効果は凄まじく、ヴィクトールの人望の厚さを表していた。
「キャア~~~!!ヴィクトール様~~~!!」
「何!?殿下は戦死したのではないのか!?」
「うわあ、かっこいい~~~!!」
「殿下ァァァ!!バカ者どもを消し炭にするのじゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「私の皇子様~~~結婚して~~~~♡♡♡」
街中がヴィクトールに対するの熱い声援に包まれ、反皇帝派の兵士達に動揺が走る。
特にヴィクトールの能力の高さを実戦で目にした事のある兵士達は、自分達がどれだけ不利な状況に陥っているのかよく理解していた。
ヴィクトールは現皇帝の子供の中でも戦闘力、特に魔法の才に秀でており、16歳の若さにも拘らず多くの戦果を上げていた。
それは竜種の単独討伐だったり、盗賊団に乗っ取られた町の解放だったりと、普通の騎士や兵士にとっては別格の存在だった。
その別格の存在を前にし、兵士の中には恐怖して武器を捨てる者がポツポツ現れ始めていた。
だがそれ以上に、指揮官達に怒声を吐きながら武器を捨てる者の姿が沢山あった。
「そ、そんな・・・!!」
「第六皇子は戦死したんじゃなかったのか!?」
「あ、俺抜ける!!」
「俺も!」
「おい!勝手に動くな!!」
「冗談じゃない!ヴィクトール様の相手なんかできるか!!話が違う!!」
「そうだ!大体、俺達は皇帝と第一皇子が殿下達を他国に売って殺したから仇を討つって聞いたから・・・・!!騙しやがったな!!」
ヴィクトールが10を数え終える頃には全体の4割の兵士達が武器を捨てて去っていた。
予想外の事態に指揮官達は唖然となるが、すぐにそれどころではなくなる。
「――――残った者は宣告通り敵として排除する!!行け!!」
「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」
ヴィクトールの合図と共に、彼の率いた兵達が攻撃を開始した。
対する反皇帝派の兵達も迎え撃つ。
4割近くの兵が抜けたとはいえ、それでも数の差では反皇帝派の方が上だった。
だが、その数の差は何の意味もないと誰もがすぐに知る事となる。
「グハッ!?何だ、コイツラは!?」
「つ、強すぎる!!」
ヴィクトールの率いた兵の中には、バカ皇子の取巻きや直属の騎士や兵もいた。
彼らの力は反皇帝派の兵達を圧倒し、相手の武器を斬ったり弾いたりなど、一方的に攻めていった。
「うおおおおお!!何だその為体は!?それでも帝国兵か!?」
「お前ら竜種の群と戦ったことあるのかくぉらぁぁぁぁぁ!?生死を毎日彷徨った事はあるのかぁぁぁぁぁ!!!」
「遅すぎる!!鬼村長に比べたら遅すぎるわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「その程度の力でクーデターなんか起こすんじゃねえぇぇ!!」
「質が低すぎるだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
一部、日頃の鬱憤を晴らしている者達もいたが・・・・。
それはいいとして、反皇帝派の主戦力は一方的に削られていった。
街にはヴィクトールの帰還と活躍に対する声援が響き続け、ちょっとしたお祭り状態へとなっていった。
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――帝都タラ スラム街――
「ヴィクトールのとこ、盛り上がってな~~~♪」
俺達は帝都各所で始まった戦闘を目の目に表示されている画面越しに見ていた。
「にしても、今更だけど凄いよなコレ?遠くで起きている事がこんな風に見たり聞いたりできるなんて想像したこともねえよ。」
「本当にスゴイですね~。」
俺の横ではヒューゴとアンナちゃんが目の前に表示されている映像に感心していた。
俺達は現在、帝都に外れにあるスラム街の某雑貨屋近くの広場で他の待機組の騎士や兵達と一緒に帝都各所の様子を観戦していた。
何でスポーツ観戦みたいな事ができているのか?
これは偏にエルナさんが某神様がくれた技術知識を使って製作した「撮影魔法具」や「放送魔法具」、そして「投映魔法具」、つまり魔法版のカメラとテレビのお蔭だ。
作戦実行部隊のメンバーが撮影魔法具で撮影した映像と音声を放送魔法具で帝都各所に送信し、俺達の元にもある投映魔法具が受信しているって訳だ。
「お兄ちゃん達、みんな強いなあ。」
「バカ兄貴も笑い声さえなければもっとマシに見えるんだけどな。無理か。」
「「「無理です(だ)!」」」
待機組の皆さん、口を揃えて否定した。
俺もそう思う。
「それはそうと、お前らが来る必要はあったのか?」
俺は横で映像を見ているアンナちゃんやヒューゴ達に話しかけた。
本来なら参加する予定が無かったが、アンナちゃんは俺の役に立ちたいから、ケビンは宮殿に捕らわれている兄弟を助けたいから、ヒューゴとジャンとロルフはケビンが心配だからという理由でついて来た。
けど、流石に危ないとロビンくん達に言われたので待機組でにいる。
まあ、本気で危ないと思っているなら力ずくで村に置いていってるだろうし、ロビンくん達もヒューゴ達を必要としてるんだろうな。
ちなみに、ここにはアンナちゃん達以外にも強い味方がいるんだけど、それは後のお楽しみだ。
「あ、500人位吹っ飛んだよ!」
「派手だな~!まだ1日しか鍛えてないんだろ?」
ヒューゴとケビンはヴィクトールの無双ぶりにちょっと興奮している。
画面の向こうでは爆音とともに吹っ飛ぶ敵兵の姿が滑稽に映っている。
以前のアイツならこの辺でガス欠になっているところだが、今は違う!
何故なら、ヴィクトールには俺が昨日ボーナスをあげたからだ!
勿論、他言しないように釘を刺した上でだ!
そしてすぐさま地下ダンジョンでレベル上げし、増えた魔力を存分に使いまくっているんだ。
今朝の時点でのヴィクトールのステータスは以下の通りだ。
【名前】『熱血爆槍』ヴィクトール=R=ファリアス
【年齢】16 【種族】人間
【職業】皇子(Lv23) 魔法使い(Lv30) 指揮官(Lv23) 【クラス】魔法系脳筋時々ヘタレ皇子(改)
【属性】メイン:光 火 土 サブ:風 水 雷 木 氷
【魔力】980,000/980,000
【状態】正常
【能力】攻撃魔法(Lv4) 防御魔法(Lv4) 補助魔法(Lv4) 特殊魔法(Lv4) 剣術(Lv2) 槍術(Lv2) 体術(Lv2) 鑑定
【加護・補正】魔法耐性(Lv3) 精神耐性(Lv1) 光属性耐性(Lv2) 火属性耐性(Lv2) 土属性耐性(Lv2) 毒耐性(Lv2) 麻痺耐性(Lv3) ガラスのハート 熱血パワー 超酒豪 戦女神ヴァハの加護 職業補正 職業レベル補正
【BP】70
主に適正レベルを上げたり魔法知識を得るのにポイントを使った。
それにしても流石魔法特化、レベルの上がり具合が凄すぎる。
まあ、勢い任せに最下層近くまで潜ってゴーレムドラゴンとかボスキャラっぽい敵を倒せばこうなるか?
「・・・そういえば、ロビンくんの方は大丈夫かな?」
俺はふと、テレビには映っていない場所で動いているロビンくんの事が気にかかった。
作戦通りなら、ロビンくんは今、お義父さんと対峙している頃だ。
バカ皇子とヴィクトール、どちらも残念な皇子ですが扱いはまるで違います。
主人公、折角出番が来たと思ったら、またしばらく出番が少なくなりそうです。