Wings2 イネキス
「あのぅ…大、丈夫…ですか?」
声が聞こえ、目を覚ます。
辺り一面の、草むら。
そして、目の前に居るのは、幼い顔をした少女。
多分、15、6歳位だろうか。
「おーぃ」
僕が動かないのを不思議に思い、再び声をかけてくる。
「あ、あぁ、悪い。大丈夫だ」
「あ、あの、すみません。変なこと口にして…」
「そんな事は構わないが、一つ、聞きたい事が有る」
「はぁ、何でしょう」
何かを期待するような、きらきらした目を持つその少女は、本当に幼く見える。
可愛らしい、とでも言うのだろうか。
まぁ、まだ成人しても居ない僕が言うのは可笑しい気もするが。
「ここは一体、何処なんだ?」
「え?ここに来るの、初めてですか?」
「あ、あぁ」
「ここはイネキスです」
「イネキス…?」
「はい。余分なものは無い、という、この国の言葉です。
ですから、皆が必要である、という意味で付けられた国名です」
「なるほど。それで、イネキスと」
僕が納得して頷くと、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。
そう。彼女自身がこの国に誇りを持っているかのように…。
「ところで、名前はなんという?」
「あ、すみません。自己紹介もまだで…」
「いや。名前がちょっと気になったものでね。
僕はヒルドという」
「わ、私は、朱美といいます。私も先日こちらへ着たばかりでして…」
「そうか。天使のように可愛らしい名をしている。その真っ白な翼も素晴らしい」
彼女は顔を真っ赤にしながら、背中に生えた大きな翼を小さく畳んだ。
「ところで、ここはどんな所か分かるか?」
「いえ、まだあまり…。実は私、地球という惑星いたんです。
それで、翼が欲しいと毎晩近所の神社で願っていました」
「では、その翼は…?」
「これは、つい最近この国の案内人の方が私を迎えにいらした時に魔法か何かで生やされたものです。ですから、はじめから生えていた訳ではございません」
この国には、毎年一人ずつ何処かの世界から誰かが連れてこられる。
そう、皆、翼を欲しがる者たちが…。
僕も、その一人だから良く分かる。
「君は何だか天然みたいだけど、それは生まれつきなのか?」
「……」
俯いて彼女は黙り込む。
何か、悪い事でも聞いてしまったのだろうか。
少しの沈黙の後、ゆっくりと朱美は口を開いた。
「それが…分からないんです。
ここへ来る前の事、ここへ連れて来た人の事。
ただ覚えてるのは、私が地球から誰かによって連れて来られたということだけで…。
理由は皆同じなので分かってるんですが」
小さく笑う彼女の顔は、何処か寂しそうで、何処か苦しそうだった。
僕も、ここへ来る前の事は覚えていない。
何をやっていたかも分からない。
覚えているのは、翼を欲しがっていた事、その所為で誰かに連れてこられた事だけ。
きっと、連れて来られた者たちは、皆同じ状況なのだろう。
だから、性格も変わってしまっているのかもしれない。
「朱美、帰るわよ。何やってるの?」
少しはなれた所から声が聞こえた。
澄んだ、大人びた女性の声。
「カイナ姉ちゃん。分かった。今行く!」
「君のお姉さんか?あの人は」
「えぇ。もちろん本当のじゃないけど…」
「朱美?」
まだ来ない妹を心配し、もう一度声をかけて来るカイナ。
「じゃ、じゃぁね。ヒルドさん、これから頑張ってね!」
「あ、おい…」
急いで姉の元へ駆けて行く朱美。
僕の声なんて、もう聞こえるわけも無かった。
これからの僕の人生を、示されているようだった……。