地球のどこかで起きたかもしれないSF(すこしふしぎな)×SS(ショートショート)集
史上最短の決戦
その戦いは史上最短で決着がつくはずだった。
二つの潜水艦が、太陽の光さえも届かない海の奥深くで、互いに向き合ったまま沈黙していた。一寸先も見えない完全な暗闇のなか、双方とも微動だにしない。その様子はまるで静かに獲物が動くのを虎視眈々と狙う老練の狩人を思わせたが、一変して内部は今にもはち切れそうなほどの緊張感に満ち満ちていた。
「えぇい、まだ決着をつけられないのか!」
立派な口ひげを蓄えた艦長が、相手の船に音を拾われないよう、囁き声になりながら苛立たし気に唸る。その目は、発令所の壁の上の方に設置された巨大なディスプレイを憎々し気に睨みつけていた。ディスプレイ内には、自艦と敵艦の位置が精緻に形作られており、先ほどから目にもとまらぬ速さで位置が変わったり、様々な弾道が引かれたり消えたり、画面左上に表示されたパーセンテージが激しく上下を続けており、画面内の様子が目まぐるしく変わっていく。
「すみません、艦長。まだ『サーモクライン』の算出結果が出ておらず...」
艦長のすぐそばに座った副長が、宥めるような口調で囁き返す。サーモクラインとは、いま目の前の画面でシミュレートを続けている高性能AIのことである。我が国が誇る最高の科学者たちが結集して生み出されたもので、どんな戦況に居ても即座に海水の流れや音の方向を計算し、敵の回避行動予測やインターセプト・コースをはじき出して、必ず最短で勝利を収めるシミュレート結果を提示するという高性能AIだ。
「それが、敵艦にも同じようなAIが搭載されているようでして。こちらのAIが予測したものを更に向こうが予測し、その予測されたものをこちらが計算し直してシミュレートするも、相手も同じように予測し直してシミュレートする・・・の繰り返しでなかなか結果が出ません」
「うぅむ」
大柄な体格の艦長は、口ひげを指ですかすように撫でつけながら唸った。鉄の板で囲われた船内は高度なシミュレートを繰り広げるAIが絶え間なく排出する熱のせいで蒸し風呂のように暑く、結露した水滴が天井からボタボタと落ちてくる。作戦海域で互いの船を発見し、膠着状態が始まってから二時間。この暑さが続けば、船内でうつ熱による死者が出るのも時間の問題だ。相手の船のなかも限界が近いに違いない。
「科学者どもが『どんな戦況でも最速で勝利を収められる高性能AIだ』と、自信満々に言っていたのに、このざまはなんだ」
発令所に集まった高官たちが、高温多湿な船室内に閉じ込められたまま戦況が変わらない現状への苛立ちでいきり立っていると、そこへ雑用係の青年が入ってきた。格安で雇われた民間人で、いまいち頭が足りない部分があるが、いつでも明るく振舞う人柄で、船内のみんなから可愛がられていた。
青年はいつも通り、発令所内の掃除に来たのだろう。額からとめどなく流れる汗を拭いながら、音を出さないように口をすぼめて呼吸を抑えつつ、ボロ布を手にあちらこちらを拭いていく。掃除を続ける彼の目が、やがてガラスケースで覆われた一つのボタンに注がれた。真っ赤に塗られたボタンの真ん中には『注意!上官の指示があるまで押さないこと』と書かれており、彼の好奇心を強く惹きつける。この青年は幼いころから、周囲の人に止められることほどやりたくなってしまい、叱られてきたのだった。それでも、身体の内側から突き動かす強い衝動を抑えられなかった。
青年はガラスケースを開けると、
「えい」
と思い切って、そのボタンを押した。その瞬間、船首に並んだ8門の発射管から魚雷が発射され、相手の潜水艦へまっすぐに飛んでいく。前方の遠くから『シュボォォンッ!』という高圧空気の重低音が響き、船体がかすかに震えたかと思うと、敵艦が粉々に砕け散っていった。
『敵艦が沈みました』
AIの無感情な音声とともに無機質なディスプレイに、淡々と作戦完了の四文字が躍る。両国が誇る最高のAIたちによる高度な頭脳戦を制したのは、突拍子もない人間の行動だった。
決戦は、AIのシミュレートが始まってから二時間。
―――青年が船室に来てから、3分で終わった。




