願わくば勇者の糧とならんことを
最近の「勇者」は、いかがお過ごしでしょうか?
そこの君、私の覚悟を聞いてくれないだろうか?
私は神からお告げを受けたんだ。彼は尊大な態度で長々と口上を宣っていたけれど、正直何も覚えてない。なんたってこんなこと言われたんだから。
「お前には、勇者を教え導く使命を与える。もしもその使命を全うできなければ、この世界は瞬く間に破滅し、魔族が跳梁跋扈する地獄絵図へと変貌するだろう。」
私は思ったね。こんな平民の中の平民が、何を教え導くのかと。私に教えられることは、向かいのパン屋にある数量限定「爆発クロワッサン」が店頭に並ぶタイミングと、隣の男が夜な夜な色街に出かけてるっていう些細なスキャンダルくらいだ。
だが、勇者に何を教えるかなんて指定されていた訳じゃないからさ、とりあえず「爆発クロワッサン」については教えに行って、アリバイくらい作っとこうと思った訳だよ。でも、肝心な勇者が誰かも分からないからさ、とりあえずその日は仕事に行って帰って寝たんだよね。
神託を受けてから、数日が経ち、王が緊急勅令を発布した。曰く、勇者が誕生し、最大限のおもてなしをしなきゃいけないからって、緊急増税を行うらしい。王は増税が大好きだ。
一時の利益だけに囚われて、この国の存続なんて微塵も考えていないんじゃないかなと思う。エリートたちは、この国で王に仕えようと血反吐を吐きながら努力しているけれども、彼らの視点には常に下からの目線が抜けている。まあ、他愛もない愚痴だよ。
勅令があった夜、隣の部屋のドアを荒々しく閉じる音が聞こえた。またあの男かと思ったが、ふと魔が刺したというのかな、ちょっとつけてみようと思った訳だ。
私は闇魔法を少し使えるからね、音と気配を遮断する魔法を自分に使って、こっそりついていった。石畳の大通りをずんずん進んでいき、ちょうど最近人気のスイーツ店を過ぎたあたりで左に曲がる。
そこから、土の匂いがする裏路地を右に曲がって左に曲がってとスルスル進んで行った。迷いのない足取りに、こいつ慣れてんなと思ったよ。だが、色街に行くにしては、非常に複雑な道順だった。
なんでかなと思った矢先、男は急に立ち止まり、そこでフードを被った胡散臭い人物と出会った。
いや、まずいと思ったね。だってさ、確実に闇の取引だよ。香水の匂いをこれでもかってくらいつけて、いつも朝方仕事で家を出る時、私の鼻をひん曲げてくれるからさ、絶対色街に行ってるんだって思ってた。 でね、折角だから盗み聞きでもしようとこっそり近付いたんだけど、それが人生で4番目くらいの間違いだった。
「まったく、王様にも困ったものですね。やつらと交流を持った挙句に、今度は勇者増税などと。勇者はいないのに、どうやって国民に説明するのですか?」
心臓が比喩抜きで跳ねたよ。勇者がいないってどういうことだよってね。
しかも私は神託まで受けてるんだ。絶対、勇者はいるんだって思ってたばっかりに、頭をガツンとぶん殴られた気がした。現実が受け入れられず、世界が霞む中で、フードの人物が言う。
「勇者が魔族にやられた、投入した金が足りなかったから、さらに増税だって言う計画だよ。それにやつらに国民を適度に襲わせて、恐怖心を煽るらしい。そうすれば、国民は嫌でも増税を受け入れざるを得ない。いやはや、恐れ入ったね。」
私の世界は音を立てて崩れた気がした。今まで信頼していたものが全て崩れさり、現実がその中で私を射抜いてくる。
魔法を解かなかったのは奇跡だったと思う。魔力制御には少し自信があったからさ、昏睡状態でも数分もつくらいには、体が覚えてるんだ。
フードの人物は続けて、活動は順調か?と男に聞いた。男は顎を摩りながら、答えた。声色はどこか嗜虐的だったように思う。
「ええ、完璧です。ここら一帯の有力者は全て、私の手中に収めました。彼らは私たちの言葉に疑問を抱くことはない。王に対して絶対的な信頼を抱かせることに成功しています。王から自決せよと宣告されれば、その場で首を掻っ切るほどには。まあ、多少の役得として、私の要求も色々と呑んでもらいましたが。」
「ふむ、うまく行っているなら良い。今後とも励め。しかし、洗脳魔法というのは恐ろしいものだな。」
洗脳魔法、それは音を自由自在に操り、言葉によって対象の心理に働きかける魔法で禁忌とされているはずでは…?
しかし、洗脳魔法ってもっと怪しげなやつが使うものとばかり思ってたね。あんな何処にでもいそうな男が使うとは。
その後も何か話していたけれど、魔力をかなり使ってしまったから、制御が乱ればれる前に撤退したよ。 いやはや、中々衝撃的な内容だったでしょ?君たちは字だけを追ってるから、この時の私の衝撃があまり伝わらないだろうな。
そうだね、例えるなら、実は人間よりもゴブリンの方が貞操観念があるって知った時くらいの衝撃だね。
どうやって家に帰ったかなんて覚えていなかったよ。頭の中では、国と魔族が結託して、壮大なマッチポンプを行おうとしていることに対する混乱と、支援すべき勇者の不存在の衝撃、ただの隣人が真っ黒な工作員であった事実がグルグルと回っていたからね。
気付けば、家のトイレに顔を突っ込んで、胃の中のものを全て出し切っていた。いや、人間って胃の中が空っぽでもお構いなしだね。空室なのに中の人を全て押し出そうとするみたいで、なんだか滑稽だなとか思った。
当然、その夜は眠ることができなかった。強大すぎる敵と私しか現状を知り、変えられるものがいないという事実は、私を絶望に叩き落とすのには十分すぎて、あと10人くらいは一緒に落ちて欲しいくらいだったよ。
空が晴れて、そしてまた夜が訪れ、そしてまた光が差し、だけれども私の心の中は闇が支配していた。
たかが、平々凡々の一般市民が、何をすればいいのか分からなかった。もちろん仕事に手はつかず欠勤を繰り返し、「爆発クロワッサン」を買いに行く元気すらもなかった。
この私が、あのクロワッサンを買いにいけないんだよ。それこそ、王国が滅びるなんてことがない限り、あり得ないことだった。
窓の外には、屈託のない笑顔で遊んでいる子どもたち、汗を拭いよく通る声で客を呼び込んでいる若い男、木陰で和かに井戸端会議をしているご婦人たち。そこには、日常があった。
当たり前で、意識しなければ滑り落ちていってしまうような、そんな営みが目の前にあった。彼らに全部ぶちまけてしまいたかったよ。
でも、そんなことしたら全員始末されて終わりだと思った。私はみんなと心中したいなんて破滅的な思想にまだ染まっていなかったから、私のこの王国よりも大きな理性で、それをなんとか抑え込んでいたのさ。
考えて、考え抜いた結果、一つのすてきな作戦を思いついた。作戦といっても、10回連続でじゃんけんに勝ってはじめて成功するかも?という代物だった。
でもさ、ただの一般市民がじゃんけんに10回勝つだけで、世界を救える可能性があるって考えたら、やってみる価値しかないよね。
男の尾行は続けていて、次の日には、「ビッグイベント」があるって話を聞いていた。内容はあまり聞いてないけど、大体ロクデモナイことだよね、それ。
作戦を思いついてからは、ちょっとだけ心に光が差した感じがして、久しぶりにクロワッサンを買いにいけたよ。
ちなみに、ここだけの話なんだけど、向かいのパン屋の煙突から出てくる煙には規則性がある。大体、30分くらい煙が出ていたら、そのクロワッサンが店頭に並ぶ。注意しないといけないのは、実は食パンは15分くらいなんだけど、増産する日は2回焼くから、30分間煙が出続けることになるんだ。
ポイントは、15分の切れ目に若干煙の出方が弱まるから、そこで判断することかな。
勇者に教えられなくなっちゃったからさ、君にだけは教えておこう。他のみんなには内緒だからね。
クロワッサンを無事購入できたので、最後の晩餐だと思ってひと齧りする。塩味と甘味の加減がちょうど良く、サクッという食感がたまらない。
きっと、私にこんな理不尽な役目を押し付けた神が、気の毒に思って私に与えてくれた天上の食べ物だろう。あのパン屋の経営者は、天使とその眷属がやっているに違いない。
さて、作戦を説明しておこう。ここまで私の気持ちや食レポだけで退屈してただろう?
まずは、魔法の話からかな。私の闇魔法は全てを拒絶し反発させる。気配を遮断することができるのは、この性質を自分に纏わせるからなんだ。
そして、音に特化した魔法と組み合わせれば、音を反発させて、より遠くまでその音を届けることが理論上可能と考えたわけだ。これを用いて、私の声を王国全土に届けて、今の状況を知らせる。
さて、この作戦の懸念点は大きく2つ。
1つ目は、そもそも私が音に特化した魔法、もっと言えば風魔法を使えない点が問題だ。そして現状、これに特化した魔法を使える人物は一人しかいない。
そう、隣人の男だね。絶対に協力してくれないという点に目を瞑れば、完璧な計画だろう。ではどうやって協力を取り付けるのかについては、今後のお楽しみということで。
2つ目は、国民が計画を知った場合、国民全員始末されてしまうのではないかという点だ。
しかしこれは、よく考えてみると問題ないと思うようになった。というのもね、王様側は、できる限り国民から税を取りたいし、国がなくなっては王という地位がもはや無意味なものになるからさ、おそらく噂をかき消す方向にいくと思うんだ。
そして魔族側としてもすぐに国民全員を襲うインセンティブが小さい。彼らが国と手を組んでいる理由は、人間養殖場を作りたいからだと思うんだよね。
定期的に、人間を補給できる場所を作って、この国を拠点に世界を侵攻しようという意図があるのだろう。
だから、国が動いているうちは、魔族側も静観するしかないんじゃないかな?まあ、魔族の理屈なんて、私が推し量れるものではないと思うけれど、そうじゃないと国と組むメリットないよね。
全くの見当違いでも、国民全員が餌として永遠に搾取されると考えたら、まあ仕方がないんじゃない?
ビッグイベントは、次の日に予定通り行われた。王からの緊急声明によって、勇者の死が伝えられた。そして、すぐに魔族たちがこの国を襲いにやってくるとのことだ。
まあ、全て知っている身からすると、茶番でしかない。ここが一つ賭けのポイントで、襲来してくる魔族がどれほどの強さなのか、そしてどのくらいの数いるのか問題だね。
まずはこの蹂躙劇で、私がある程度のインパクトを与え、隣人の男に目を付けられる必要がある。魔族の軍団にある程度の損害を与え撤退するのがこの作戦の1段階目だ。めっちゃハードだと思わない??
魔族御一行が殺到したのは夕暮れ時、私は家を飛び出した。隣人はまだ家にいるようだ。
おそらく、今から起こる惨劇を、窓から眺めるつもりだろう。ならば、私の勇姿をその目に焼き付けるんだなと思ったね。
魔族が数体、通りに降りてくる。彼らはあたりを見渡しながら、品定めでもしているかのようだった。そして、あろうことかパン屋の売り子の少女に目を付けたようだ。
泣いているのか、笑っているのか分からない声を漏らしながら、頬が張り裂けんばかりに口角を上げ、少女に向かっていく。少女はひどく怯えた様子だった。
そしてそこに、私が参上。かっこいいでしょ、歴史ってこんな感じで書かれてるんだよ。
魔族どもは反抗されると思っていなかったのか、少し面食らった顔をしつつも、じゃあお前を前菜にしてやるって感じで襲ってきた。
魔族はその名の通り、魔を司る種族で、魔法攻撃を得意としている。先頭の魔族が炎の魔法を詠唱し、魔法陣が浮き出ていた。詠唱は言語が違うから聞こえなかったけど、魔法陣を見れば大体どんな魔法かわかる。
詠唱を終えて撃ってきたので、私は闇魔法「検閲」を用いて対抗した。迫り来る炎の魔法を闇の魔法で黒く塗りつぶす。この程度の炎魔法は、基本中の基本だ。魔を制すものの傲慢な魔力操作によって繰り出された魔法を打ち消すのは、簡単なことだった。
一瞬で炎は霧散し、轟音は一瞬で静寂へと変わった。
先ほど攻撃を打った魔族は目を見開いて驚愕する。 あの間抜けヅラ、君たちに見せてあげたいよ。きっと、その顔だけで一日笑ってられる。
魔族たちは私を脅威とみなしたのか、水、炎、土と色とりどりな魔法をこちらに向けて打ってきた。しかし、その程度なら問題はない。
闇魔法「栞」を使用し、黒い紙切れのような魔法を前方にペタリと貼る。魔族の魔法はその紙切れに当たると全てその場に静止した。
一つ一つの魔法を見ると、魔力制御も構築もまるで素人だった。
彼らはきっと、膨大な魔力と天性の勘だけで魔法を使っているのだろうね。羨ましい限りだよ、本当に。
闇魔法「改稿」で、その魔法を添削していく。最適化された魔法を魔族に向かってそのままお返しすると、魔族たちは反応できずにもろに喰らって吹っ飛び、そのまま消滅した。
私大活躍、最強ってはしゃぎたかったけどね、それはどうやら無理らしい。彼らは低級魔族なのだと思う。
だってさ、やばい魔力をプンプンと匂わせる何かが、上空からこちらを見ていたんだから。私が倒した魔族たち、絶対あいつより格下だ。
先制攻撃されると、たまったものではないから、闇魔法「落丁」を用いた。私の気配を完全に消して、少女を抱いて裏路地へと一目散に逃げた。
距離をとって、息を潜めながら上空を視認すると、少し驚いた顔をした魔族がいた。2本の角が唸りをあげて、頂点を向いており、おでこには第3の目がついている。
確実にやばい魔族ですね。おそらく中級魔族、もしくは上級魔族かもしれない。
冷や汗が頬を伝うも、少女の不安を煽ってはならない。できる限りにこやかに少女を見て、家を指さして親御さんの下に帰りなさいと告げる。
裏路地には、パン屋がゴミを廃棄する裏口が存在し、そこから家に帰らせた。正直、家も危ないけどさ、外に逃げたらもっと危険だし、それに親御さんも元冒険者らしいので、娘一人なら守れるのではないかと思ったのよね。
さて、「落丁」は、相手に攻撃を与えることによって完成する。対象は当然あの激ヤバ魔族だ。
腕を組んですかしてやがったので、気配を遮断しつつ背後を取り、一気に魔力を解放した。闇は相手を拒絶し、反発し、この世界から落丁させるかの如く、その魔族を世界の彼方まで吹っ飛ばした。
という手応えがしただけで、5軒先くらいまで飛ばしたに過ぎなかった。まあ、そこそこ頑張った方だよね。魔族は感情が乏しいのか、少しだけ嗤ってこちらを向き直した。
かと思いきや、いつのまにか奴の手から光線のようなものが出て、私の右腹を抉った。右腹で火事が起こったかのような痛みにいつの間にか倒れ伏していた。
闇魔法で外に出る血液を押し留めてはいるものの、かなりの血が流れたし、何より痛くて頭が回らない。魔族は余裕な様子で、こちらを眺めていた。もちろん、ご満悦かのように嗤いながら。
この魔族を道連れにすることはできるだろう。闇魔法「全集」を用いて、私と周囲の魔力を全て吸収し解放すれば、あたりは黒く塗りつぶされ、私もあの魔族も消滅する。
しかし、ここで私が死ねば、真実は全て闇の中へと葬られる。私はここで死ぬことはできなかった。魔族が嗤いながら近づいてくる。もう使うしかないと思ったちょうどその時
どこかで世界が揺れた。光が爆ぜ、魔を滅する美しく、そして言わせて貰えば素人くさい魔力が、王国一帯に広がった。おそらく、スラム街の方からか。
魔族はその魔力をいち早く感知し、一瞬の隙ができた。すかさず闇魔法で私の存在を隠蔽し、通りから外れた狭い道へと逃げ込んだ。
魔族は私がいなくなって、おそらく私を始末するために探索魔法を使ったと思う。
だが、奴はおそらく攻撃系の魔法に特化しているのだろう。魔力制御に乱れがあった。
そんなちゃちな魔法では、私の隠蔽を看破することはできないんだよね。
しばらくして、奴はイライラ混じりに住宅を一軒破壊して、スラム街の方へと向かっていった。壊れた住宅は、多分スイーツ屋だ。
あそこ、平民をゴリゴリ差別する店主がいて、しかも周辺の飲食店を潰して回ってたからさ、そこだけはナイス魔族と思ったね。
私は油断せずに1時間ほど身を隠した後、わざと隠蔽を解いて家に帰った。窓から覗いている悪趣味なやつに堂々と姿を見せつけてやったんだ。
結局、スラム街の何かが魔族を倒しまくって、魔族は撤退したとのこと。あれがなかったら私確実に死んでたからね、私の日頃の行いが良すぎるのかもしれない。
激闘の夜、皆が寝静まった頃、隣人が窓から入ってきた。いやさ、来るかなと思って扉の鍵を開けといたんだけど、ご丁寧に窓を外からピッキングして入ってきた。
なんでドアからじゃなくて窓からなのかよく分からないが、おそらく彼の流儀なのだろう。私はしっかり狸寝入りをしている。
彼は洗脳魔法を私に使ってきた。それもかなり魔力を込めて強力にしたもので、私を廃人一歩手前にでもするのかという強さであった。おそらく、先の戦闘を見て脅威だと思ったんだろう。
しかし、簡単に洗脳されるなんて二流もいいところだよ。私は即座に「栞」そして「改稿」を使用し、いい具合の洗脳を相手にお返しした。
男は反応する暇もなく魔法をくらい、その場にへたり込んだ。作戦の2段階目もクリアだね。音魔法に特化した最強の協力者ゲットだ。
さて、この男に作戦を伝えたところ、顔を真っ青にさせて絶対に止めろと言ってきた。人間ってこんなに顔が青くなるんだと、私は感心したね。
彼曰く、今日戦った魔族はまだ雑魚の部類だったらしく(雑魚の割にはめっちゃ強者っぽい振る舞いしてたけど、あれは魔族においての中二病みたいなものらしい)、それよりも数十倍強い魔族に狙われる危険があるらしい。それに、王国軍5万も私を亡き者にせんと全力で捜索してくると。
表では王国軍が、裏では強力な魔族が私の命を狙ってくるということだそうで、もし作戦を決行したら数日も生きてられないという。
さらに、王国側のプロパガンダによって、私は王国を混乱に陥れようとした犯罪人呼ばわりされ、国民は私の発言をほとんど信じないだろうから、ただの無駄死にだと。
それくらいわかってるさ。私は必ず無事ではいられないだろう。でも、この盤面をひっくり返せるのは私しかいない。
少しでも、この王国の人々が助かる道があるのなら、私は私を犠牲にしたとしても、そちらを取りたい。色々と考えてきたけどさ、やっぱり知ってしまった以上、どうにかできないと後悔が残るしね。
ちなみに、私が後悔したことの第一位は、昨日クロワッサンをもう一つ買っておかなかったこと。煙が立つのは、大体午後なんだよね。
なのに作戦決行は正午、もっとも闇魔法の反発力が強まる時間帯。王国の広場で、堂々とこの国の真実を話す。
私の姿が見えないと、信じてくれない人多そうだし、それに私はごく平凡な人間だけどさ、人生の大一番は目立ってなんぼでしょう?
朝、結局一睡もできず、私の隣では隣人の男が眠っている。かなり神経が太い男だ。私は今日の演説の原稿を作っていた。
やっぱり、人生で1番輝く時には最大限かっこつけたいじゃない?カッコ良過ぎて、遠い未来では、英雄なんて呼ばれちゃったりするかもね。
さてさて、最後の締めの部分を考えてみたからみんなに見せてあげよう。
拝啓、未来の勇者諸君
このどうしようもなく愚かで哀れで、それでいて救いようの無い世界に、どうか希望を与えてはくれないだろうか。私はあなたたちに何かを教えるほど、偉くもないし強くもない、ごく普通の人間だ。だけれども、どうか人の未来を、笑顔を、守って欲しい。願わくば勇者の糧とならんことを。
こんな感じのことを最期に言ったら、かっこいいと思わない?
もちろん、未来ではなんて言われてるか不安もある。狂人として数日後には忘れ去られるかもしれない。大罪人として未来永劫、恨まれるかもしれない。
だけどさ、私は私の意思で、この無謀で馬鹿げた計画を実行しようと思っている。神託なんてちょっとしたきっかけに過ぎない。
私はこの腐敗を、理不尽を見て、心底腹が立っただけなのさ。流石は神、見る目があるね。
ここまで、私の長い独り言に付き合ってくれてどうもありがとう。君たちの世界が、日常を日常として過ごせる世界でありますように。
じゃあね、行ってきます。
あぁ、やっぱり昨日もう一つ買っておくべきだったな。お供物は、クロワッサンでお願いね。
神の神託を忠実に守ったある一人の英雄により、7人の勇者が誕生し、世界は守られました。勇者たちは、英雄が生前好んで食べていたクロワッサンを「人間の勝利の象徴」に認定し、全世界へ普及させたとのことです。
おめでとうございます。今回は、人間側の勝利です。
<蛇足>
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
感想等いただけますと、大変嬉しいです!!
読みにくい等ありましたら、遠慮なく教えて下さい!
5年前に短編書いたなぁと思い、一人称で頑張って書いてみました。別視点でも書ければと思います。
様々な「勇者」像が語られる中で、貴方の心を動かす「勇者」に出会えましたか?
<改稿>
2026/5/24
改行等行いました。また、一部加筆しました。
2026/5/24/5:17
誤字報告ありがとうございました。修正させていただきました。




