01 Halloween Parade
化け物じみた外見を恥じて、引きこもっているジャック。そんなジャックにも、クリスマスの精霊ローズは親しげに話しかけてくれる。可愛い彼女に憧れてはいるけど、同時に羨んでしまう自分も嫌だ…。
…万聖節の前夜、カボチャ頭のカカシに悪霊や精霊が宿り、民家へと歩き出す。家々の戸口に立ち、子供に似せた声で、住人に話し掛けるのだ。
『お菓子をちょうだい。くれなきゃ、いたずらするよ!』
聖者へのお供えのお菓子を渡さないと、ジャック・オー・ランターンの、長い爪の餌食となってしまう…
ぼくの名前はジャック。頭はカボチャ、ボロボロの服の下には、長い爪が隠れている。勿論それは脅しで、実際にはぼくは、誰も傷つけたりはしないけれど。
「神様にもらったのが、人を傷つけるための爪だけなんて…」
「そんなことないわ。ジャックは子供たちの人気者よ」
「…きみが羨ましいよ。そんなに可愛らしくて、皆に愛される。ぼくはこんなに気味が悪くて、頭はからっぽ。何のとりえもないんだ。ほら…、頭を叩くと、虚ろな音がする」
ハロウィンを控えたある夜。ぼくは、クリスマスローズと話をしていた。彼女はその名の通りクリスマスの精霊で、優しい心と美しい少女の姿を持っている。誰にでも気さくに話しかけてくれる子で、ぼくは、彼女に憧れていた。だけどぼくなんか、ぼくなんかに…、その気持ちを表す資格は、ないんだ…。
こつこつと自虐的に頭を叩いたぼくの手を、ローズが押さえ、首を振って止めさせた。
「クリスマスを祝ってくれない人もいるのよ。メリークリスマスと声をかけても、耳に入らない人たちが」
「うーんと。お話の、クリスマスキャロルに出てくる、守銭奴のような?」
「そうね、そんな人もいるわ」
彼女は少し悲しそうな顔をした。ふと、ぼくは疑問を口にする。
「もし…嫌でなければ…、教えてくれる?きみは昔、人間だったの?」
「…ええ、そうよ。お金があれば治るはずの病気で命を落とした、可哀想な子供。両親はお医者に診せるお金がなくて、返せる当てもなかったから、誰も、貸してはくれなかったの」
「ごめん…」
「ううん。決まっていたことだから。でもね、家族じゅうに愛されて、短かったけど幸せな生涯だった。たくさんのきょうだいの一番下で、誰もが私のことを好きだったの。お別れするのは、とても悲しかったわ」
クリスマスの夜に亡くなった女の子は、精霊に生まれ変わり、世の人に祝福を告げて回ることになった。微笑みも、朗らかな声も伝わって、皆が楽しくクリスマスを迎えられる。
「何の罪もないのに命を落とした、無垢な子供だからな…。ぼくなんか、元が化け物だ」
「ジャックは、化け物じゃないわ」
「ありがとう。きみは本当に、優しいんだね」
羨望に溢れ、ひねくれた自分の心が嫌になり、ぼくは話を打ち切った。
「ジャック…」
語尾を少し上げる癖の声を後に、ぼくは振り向きもせず走って、畑のそばの小さな家に帰る。家なんて、立派なものじゃない。ただの掘っ建て小屋、かかしの住まいだもの。家具もなく、ただ、隅っこにうずくまるだけ。
…コン、コン…
夜遅くに、誰かがドアを叩いた。
「誰?」
ドアを叩いて呼ぶのは、ぼくの仕事だ。そんなぼくのところに、いったい誰だろう?
「ジャック…?」
女の子の声で、語尾が少し上がっている。まさか?慌ててドアを開けると、そこには。
大きなトンガリ帽子をかぶり、長いスカートをはいて、手には小さなカボチャをくりぬいたランタンを持った女の子が…、クリスマスの精霊ローズが立っていた。
「ハロウィンの仮装をしてきたわ。街に連れて行って?」
「…」
「私じゃ、だめ?」
「いや…、まさか…。でも、まだ、早いよ」
やっとのことで、そう言った。
「うふふふ。じゃあ、練習で」
「うん…」
ぼくは彼女と一緒に、夜の街に出て行く。
「暗くて怖いわ。手を繋ぎましょう?」
「う、うん」
万が一にも、ローズの手を傷つけないようにしなきゃ。ぼくはうんと指を広げて、爪が当たらないように気をつけた。
「あれ?ジャック・オー・ランタンだ!」
「ちびっ子の魔女もいるぞ」
「何だよ、まだ早いじゃないか!」
子供たちに見つかり、周りを囲まれた。ど、どうしよう…。
「うふふふ。いいじゃない、早くっても」
彼女は平気で、言い返す。
「そうだな。よーし、カボチャをもってこなくちゃ!」
皆はそう言って、家へと走っていく。そしてすぐに、また戻ってきた。カボチャをかぶっている子もいるし、お化けの仮装をしてる子もいる。
「一緒に行こうよ!」
「君のカボチャ、上手だね。取って見せて?」
一人の子供に言われて、ぼくは後ずさる。カボチャの中には何もない。自分から見せようとは思わないが、もしも無理に取られたら…、この子たちはきっと、泣きながら逃げていってしまう…。
「かぶったら、取れなくなっちゃったの」
ローズが、横から助け舟を出してくれた。
「へえ?」
「あはははは…おっかしい…」
「別に、ずっとかぶってたっていいよね」
「そうだね。だって元々、カボチャのお化けだもん」
「うんうん。でも、怖くないんだ」
「ジャックは、ぼくたちの友達だから」
子供たちの言葉に、ぼくは耳を疑った。
「…友達、なの?」
「そうだよ。一緒にお菓子をもらいに回るのさ」
「だって、カボチャのお化けじゃないか」
しつこく食い下がったら、逆に呆れられる。
「何言ってんだよ。自分だって、ジャックのこと好きだから、そんな格好してるんだろ?」
「え…あ、うん…」
ぼくこそがジャック本人だとも言えずに、ぼくはあいまいに返事をした。隣でローズが、くすくすと笑っている。
「えっと。ありがとう…」
「変な子だな。まあいいや。さあ、一緒に行こう!」
ぼくらはそのまま、街を走り回った。出会った大人は首を傾げ、気の早い子供たちだと笑っていた。
「ああ、面白かった…」
「ハロウィンになったら、またおいでね?もっと上手なカボチャを作って置こうっと」
「そうだよ。今日は急いだから、ぼくたちのカボチャは下手くそだったけど」
「負け惜しみ、言ってらあ…」
子供たちが口々に言う。
「うん…」
ぼくが口ごもると、ローズが朗らかに答えた。
「仲間に入れてくれてありがとう、また、来るわね」
「うん、待ってるからね!」
子供たちの声に送られ、ぼくらは街外れへと歩いた。もしもずっと見送られていたら、二人の姿が闇に溶け込む様子が見えただろう…。
「ジャック、今日はありがとう。楽しかったわ」
「何を言うんだ。お礼を言うのは、ぼくの方だよ」
「ううん。ジャックがいるから、皆が仲間に入れてくれたのよ。ねえ、明日は、別の街へ行きましょうか」
「え…」
「嫌?」
「とんでもない」
「ジャックと友達で、良かったわ」
「友達…」
確かにいま、そう言ってくれた…。
「本当に、そう思ってくれるの?」
「もちろんよ、ジャックが嫌でなければ」
「まさか」
「うふふふ…。ねえ、ジャック…。ハロウィンが終わっても、12月になったら、私と一緒にまた街に行きましょう?今度は、クリスマスキャロルを歌うのよ」
「うん」
ぼくはもう、羨望の目で彼女を見ることはなかった。仲良く手を繋いであちこちの街に出かけ、たくさんの子供たちとハロウィンを楽しんで、そして、クリスマスを夢みた。同じ街に、何度もは行けなかったけれど。
ジャック・オー・ランターンとちびっ子魔女の話は、子供たちの間で噂になる。
どこからかやってきて、いつの間にか闇に消えてしまう。もしかして、本物なのかも知れない。でも、それはそれで、楽しいよね!