プロローグ
ある銀行の頭取の自宅で殺人事件が発生した。
被害者は真部 明日香。頭取の奥方である。
死因は首を絞められたことによる窒息死。
発見時、被害者は天井から吊るされており、部屋の扉は内側からかんぬきがかけられていた。
窓は開いており、バルコニーに出ることが可能な状態だった。
現場の部屋は二階にあり、バルコニーから飛び降りることは可能だが、事件時は雨が上がったばかりで地面は抜かるんでおり、何者かが逃げた痕跡となるような足跡はなかったため、臨場していた警察は自殺と判断して引き上げようとしていた。
「妻は……妻はなんで自殺なんか……」
リビングにいた真部頭取が、埼玉県警察本部から臨場した捜査一課の朝霧 光警部の判断を聞いて項垂れた。
「それでは真部さん、我々はこれで引き上げますね」
「はい。……」
警察が玄関へ歩き始める。
「待ってください、朝霧警部!」
と、彼らを引き止めるのは、端正な顔立ちをしたセーラー服姿の女子高校生だった。
「誰だ君は?」
頭取が女子高校生を見て疑問符を浮かべる。
「さ、坂上くん!」
坂上 恭子。高校一年生だ。
「この事件は終わっていませんよ」
「終わっていないってどう言うことだね?」
「真相がわかったんですよ、朝霧警部」
「待ちたまえ。今回の事件はどう見ても自殺だ。君の出る幕ではないぞ?」
「ま……私の推理を聞いてください。この事件の真犯人が、殺人の証拠を消し去ってしまう前に」
「さ、殺人!?」
驚いて目を見開く頭取。
「だ、誰なんだ? 妻を殺害した犯人は?」
「とぼけないでくださいよ、真部さん」
「……?」
「真部さん、犯人はあなたじゃないですか」
「待ってくれ。部屋には内側からかんぬきがかかっていたんだぞ。それに、バルコニーから飛び降りた痕跡もない。どうやって部屋から脱出したというんだ?」
「真部さん、この屋敷はあなたが設計したんでしたね?」
「そうだが?」
「あなたはこの屋敷の特殊な構造を利用してバルコニーから逃走したんです。外壁の連続する装飾、立体的なレリーフ、段差や張り出しに柱。この人が通ることを想定した脱出ルートを使ってね」
朝霧は黙っていた。
納得するわけでも、否定する様子でもない。
「そんなバカな話があるか。第一、私が妻を殺す動機がない」
真部頭取の反論に恭子は訊ねる。
「動機はありますよ。真部さん、あなた銀行の女性行員と不倫をしていますよね?」
「え?」
「実はこの事件が起きる前、あなたの娘である姫花さんから依頼を受けていたんです。『あなたが被害者である明日香さんを差し置いて、他の女性と仲良く手を繋いで歩いているのを目撃したから調べてほしい』と」
「なん……だと?」
「あなたは不倫相手と付き合うのに、奥さんが邪魔になったから殺害した。違いますか?」
「……………………」
「真部さん?」
と、朝霧。
「君の推理通りだよ。私は部下の女性と不倫をしていた。いずれは結婚したいと思っていた。だけど、妻は離婚してくれなかったんだ。だったらいっそのこと、消してしまえばいいと思って……」
警察が真部頭取を連行する。
「坂上くん、名推理だよ。君のおかげで犯人を取り逃さずに済んだ。どうもありがとう」
と、朝霧警部は感謝しながら屋敷を出ていった。
恭子は姫花のいる寝室へと移動する。
「ああ、恭子」
姫花はベッドに座ってこちらを見ている。
「やっぱり、お父さんなんだよね? お母さん殺したの?」
「気づいてたの?」
「うん、薄々ね」
「これからどうするの?」
「たぶん、隣町のおばさんと暮らすことになるかもしれないわ」
「そっか。高校はどうする?」
「隣町から通う」
「そうなんだ」
「ありがとうね、恭子」
「え?」
「お父さん、本当のお父さんじゃないんだ。だからかな、私お父さんに暴力振るわれてたの。でも、あなたのお陰でその恐怖もなくなった」
「お母さんがいなくなってショックかもしれないけど、気をしっかり持つんだよ」
「うん」
「それじゃ、私は帰るよ。戸締りしっかりしとくのよ」
恭子はそう言って屋敷を後にするのだった。




