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第一回

この小説は私がよく遊びに行かせていただいていた新世界の街、そして、通天小町を主な舞台としたサスペンス小説です。

どうぞご覧ください。

ラジウム温泉の湯煙と、刑事の耳


 


 2026年、1月5日。正月休みの浮かれた空気は、新世界の街並みにおいて、少しずつ生活の匂いへと溶け始めていた。


 通天閣の真下を抜けると、昭和の記憶をそのまま固めたような極彩色の看板がひしめき合っている。その路地裏に佇む新世界ラジウム温泉の暖簾を、浪速署の刑事・工藤はくぐった。


 元400m走の選手だった176cmの体躯は、40代を迎えてもなお引き締まっている。脱衣所で衣類を脱ぎ、馴染みの客たちと軽く会釈を交わす。ここは工藤にとって、単なる銭湯ではない。新世界という巨大な「生き物」の、最も微細な心音を聴くための場所だった。


「工藤さん、今年もよろしゅう。正月は署の方、暇やったんか?」


 湯船の縁に腰掛けた地元の古株が、真っ白な湯気の中で笑った。


「ええ、おかげさんで。スリの一人も出ん静かな正月でしたわ」


 工藤は、電気風呂の刺激に身を委ねながら、周囲の会話に耳を遊ばせた。昨日の競馬の結果、串カツ屋の仕入れの質、そして最近見かけるようになった「新参者」の噂。刑事の耳は、世間話の中から無意識に情報の欠片を拾い上げる。


 湯上がり。工藤は番台を通り過ぎ、冷えた冬の空気を吸い込んだ。身体の芯に残る熱を冷ますように歩くと、ジャンジャン横丁の入口にあるスギドラッグの明るい照明が目に留まる。


「……目薬、切らしとったな」


 店内に入り、慣れた手付きで清涼感の強い一瓶を手に取る。レジを済ませ、店を出たところで、スマホの通知が振動した。後輩の立花からだ。


『工藤さん、お疲れ様です。明朝のパトロール、予定通り9時に通天閣下で合流します。唇、薬塗って落ち着きました』


 工藤は小さく口角を上げた。元110mハードルの選手である立花は、その真面目すぎる性格ゆえ、ストレスがかかるとすぐに口元を荒らす。彼女のその繊細さと、自分の無骨さ。このバディには、新世界の雑多な空気がよく似合っている。


 工藤は目薬を差し、視界をクリアにした。


 視界の端、通天閣の足元にある路地裏に、桃色のタイル張りの建物が見える。「通天小町」。看板は灯っているが、そこから出てくる者も入る者も見当たらない。


 工藤にとって、そこはまだ「中がどうなっているか知らない」異質な要塞に過ぎなかった。明日、その扉の向こうで何が起きているかを知ることになるとは、この時の工藤はまだ微塵も思っていなかった。








バディの肖像と、静かな予感




 翌朝、午前9時。新世界の象徴である通天閣の真下には、元110mハードル選手の立花が背筋を伸ばして立っていた。


 地味な私服警官としての装いだが、アスリート特有の重心の安定感は隠せない。彼女の口元を見ると、昨夜のメール通り、小さなヘルペスの跡が薄くなっていた。


「おはよう、立花。体調はどうや」


「おはようございます、工藤さん。バッチリです。正月明けの鈍った身体を、パトロールで叩き直します」


 工藤は、彼女の生真面目な回答に苦笑しながら歩き出した。二人の歩調は、かつての競技生活で培われたリズムなのか、雑踏の中でも乱れることがない。


 パトロールの順路は、まずやまと屋の前の通りを抜ける。朝から仕込みの香りが漂うこの店は、寿司だけでなく一品料理も好みの店。工藤は、ここの巻きバッテラが大好物で、非番の日によく土産として持ち帰る。


「……ん?」


 店先のショーケースを通り過ぎようとした瞬間、工藤の「刑事の耳」が微かな不協和音を捉えた。


 店から出てきた一人の男と、すれ違ったのだ。


 上質なコートを羽織り、一見すればどこにでもいる観光客だ。しかし、その男には、新世界の街並みが持つ「生活の重み」が全く感じられない。周囲の色彩から切り取られたかのように、そこだけ空気が冷たく、刺々しい。


 男は工藤たちに視線を向けることもなく、スマホを弄りながら足早に路地へと消えていった。


「工藤さん、今の男……」


 立花も同じ違和感を覚えたらしい。彼女のハードル走で培われた動体視力が、男の顔に刻まれた「獲物を探すような冷淡な眼差し」を捉えていた。


「ああ、新参者やな。この街を楽しむ風でもないし、かといって住人でもない。……嫌な空気や」


 その男――後に竹内と知る人物が向かった先は、昨日工藤が湯上がりに眺めた桃色の要塞、「通天小町」の向だった。


 二人はそのままパトロールを続けた。新世界の空気を汚すような異質の存在に、微かな不快感を覚えながら。


 だが、その不快感が、数時間後には「取り返しのつかない悲劇」の予兆であったことを知ることになる。


「工藤さん、今日は少し空気が乾燥していますね」


「そうやな。目薬、もう一回差しとくか」


 工藤はポケットから目薬を取り出した。視界を潤し、再び街を凝視する。


 新世界の午前は、まだ平穏を保っていた。








桃色の要塞、通天小町




 新世界の賑やかな表通りから一本、二本と路地を入ると、陽光が届きにくい影の領域に辿り着く。そこには、観光客がSNSに上げる華やかな世界とは別の時間が流れていた。


 工藤と立花は、足音を忍ばせるようにその境界線を歩く。目の前に現れたのは、何度も増築されて形造られた淡い桃色のタイルが敷き詰められた三階建ての建物だ。看板には、丸みを帯びたフォントで「通天小町」とある。


「……いつ見ても、ここだけは浮いていますね」


 立花が小声で呟いた。


「そうやな。ホテルでもあり、サロンでもある。だが、誰もその奥を語ろうとせん」


 工藤は、建物の外壁を這う複雑な配管や、不自然に配置された換気窓を観察した。通天小町は、通常のホテルエリアの他に、会員制に近い「VIPエリア」、そして迷路のような「アネックス(別館)」が繋ぎ合わされた、奇妙な構造をしている。


「刑事になってから長いが、ここはガサ入れの対象になったこともない。トラブルが起きても、この壁の中で完結してしまうんやろうな」


 工藤の言葉通り、通天小町は新世界における一つの「治外法権」だった。警察を呼ぶのではなく、この街の自浄作用、あるいは絶対的な秘匿ルールによって守られている。


 受付には常に、30代から50代の男性従業員が交代で座っているが、彼らは訪れる客の顔をまともに見ない。名前を訊くことも、素性を探ることもない。ただ「一人の客」として料金を受け取り、鍵を渡す。


 その徹底した無関心が、ある種の人々にとっては唯一無二の安息地セーフヘイブンとなっているのだ。


「中にはダーツや自販機がある談話室や、パウダールームまであるらしいですよ」


 立花が、聞きかじった情報を口にする。


「パウダールームか……。男として入り、別の自分になって出ていく。ここはそういう『魔法』のための箱なんやろう」


 二人は通天小町の正面入口を通り過ぎた。自動ドアのガラス越しに、奥へと続く廊下の静寂が微かに見えた。そこには、外の喧騒を完全に拒絶する「沈黙の掟」が支配している。


 先ほどすれ違った、冷たい空気の男――竹内も、今頃はこの桃色の壁の向こうに潜んでいるのだろうか。


 工藤は、目薬を差し終えたばかりの瞳を細めた。新世界の太陽は眩しいが、この路地の冷気だけは、どうしても拭い去ることができなかった。








増田理容店と、鏡の中の視線





 通天小町のすぐ近く、路地の角に古びたサインポールが回る店がある。「増田理容店」。


 ここは、新世界の男たちの身だしなみだけでなく、情報の集積地としての役割も担っている。工藤も、現場の合間に時折ここで顔を剃ってもらう。


「工藤さん、今日は立花さんも一緒か。仲がええこっちゃ」


 店主の増田が、蒸しタオルの山を抱えながら気さくに声をかけてきた。


「見回りや。増田さん、最近この辺で変わったことはないか?」


「変わったことなぁ……。ああ、昨日あたりからや、見たことないシュッとした男がこの路地をうろついとるわ。さっきも通天小町の方へ入っていった。観光客には見えんかったなぁ」


 増田がハサミを動かしながら、鏡の向こうを指差す。その鏡には、路地を通り過ぎる人々の影が絶えず映り込んでいる。


 その時、鏡の端に一瞬だけ、華やかな色彩が過った。


 目を引くような美しい立ち居振る舞いの人物。女装子――レイナ(覚)だ。彼女は伏し目がちに、しかし急ぎ足で通天小町へと吸い込まれていった。


 工藤は、その一瞬の残像に、言葉にできない「怯え」を感じ取った。


 鏡越しに、彼女は背後の気配を過剰に気にしていた。それは、新世界の住人が持つ警戒心とは違う。もっと個人的で、逃げ場のない何かに追いつめられた者の視線だ。


「……綺麗な人でしたね」


 店の外で待っていた立花が、通り過ぎた影を追って呟いた。


「ああ。だが、あの急ぎ方は普通やない。……立花、この辺りの空気が、さっきから少しずつ淀んできとる気がするわ」


 工藤は胸ポケットの警察手帳の重みを確認した。


 平和な正月の終わり。だが、増田理容店の鏡が映し出したのは、調和の取れた新世界の風景ではなく、今にも破綻しそうな危うい境界線だった。


 新参者の男・竹内と、鏡の中を逃げるように去ったレイナ。


 点と点が、まだ線にならないまま、新世界の午後は静かに過ぎていく。








スギドラッグの喧騒と、閉じる自動ドア




 陽が傾き始めると、新世界の色彩はより一層毒々しさを増していく。スギドラッグの入り口付近では、特売品の洗剤をカゴに入れる買い物客と、通天閣を背景に記念撮影をする観光客が入り乱れ、街はカオスな活気に包まれていた。


 パトロールの最後、工藤と立花は再びその店頭を通りがかった。


「工藤さん、結局あの男も、さっきの綺麗な方も、それっきりですね」


 立花が人混みをかき分けるように歩きながら言った。


「事件も事故も、起きんのが一番や。……そういえば立花、お前またヘルペス触っとるぞ。気になるなら塗り薬買い足しとけ」


「あ、つい……。大丈夫です、昨日の薬が効いてますから」


 立花は照れくさそうに手を下ろした。彼女のそんな仕草を見ていると、先ほど感じた「澱み」が気のせいであったかのような錯覚に陥る。


 二人はそのまま、細い路地へと足を進めた。


 目の前には、夕暮れの影に飲み込まれつつある通天小町。


 その時、建物の自動ドアが静かに開いた。


 中から出てきたのは、数分前に増田理容店の鏡越しに見たレイナではなかった。一人の男性従業員が、ゴミ袋を抱えて裏口へ回るのが見えただけだ。


 しかし、ドアが開いた瞬間に漏れ聞こえた、奇妙なまでの「静寂」。


 外の喧騒が嘘のように、その奥からは音一つ聞こえてこない。まるで厚い鉛の壁で守られているかのような、異様な無音の世界。


「……閉まりましたね」


 立花が呟く。


 自動ドアがカチリと音を立てて閉まると、再び路地には串カツの匂いと通行人の話し声が戻ってきた。


「さて、署に戻るか。立花、明日の朝は冷えるらしいぞ。しっかり着込んでこい」


「はい、工藤さんも。お疲れ様でした!」


 二人はそこで別れ、それぞれの帰路についた。


 新世界の夜が本格的に始まる。酒の匂い、笑い声、怒鳴り声。それらすべてが混ざり合い、いつも通りの夜が更けていく。


 だが、その夜、通天小町302号室の重い扉の向こうでは、新世界の誰一人として知ることのない「激昂」と、取り返しのつかない「衝突」が起きていた。


 防音の壁に遮られた、助けを呼ぶ声さえ届かない密室で。


 2026年1月5日、夜。


 「新参者」の竹内が最後に見た景色は、桃色のタイルの天井だった。








※この物語はフィクションです。


※95%AIで書かれています。

施設の描写など現実とはだいぶかけ離れた部分がありますが、どうぞお許しくださいませ。

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