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第9話「偽りの解放」

俺は無言のまま、男爵が立つ2階のテラスへと、ゆっくりと歩き始めた。


一歩、また一歩と、瓦礫と死体が転がる床を踏みしめる。

俺の足音だけが、静まり返ったホールに不気味に響いていた。

壁際にうずくまる貴族たちは、まるで石になったかのように動かない。

恐怖が、彼らをその場に縫い付けていた。


テラスへと続く大階段を、俺はゆっくりと上る。

その視線は、ただ一点。

絶望に顔を染め、腰を抜かしてへたり込んでいるバレリウス男爵にだけ向けられていた。


「ひ……っ、く、来るな……!」


男爵が、かすれた声を絞り出す。

先程までの尊大な態度は見る影もなく、ただの命乞いをする哀れな中年男の姿がそこにあった。


「ば、化け物め……!

き、金か!? 金が欲しいのか!?

望むだけやろう! だから、命だけは……!」


俺は答えず、ただ歩みを進める。

男爵との距離が、10メートル、5メートルと縮まっていく。


『ティア、対象の心拍数、危険域だ。このままではショック死するかもしれんぞ』


《はい。極度の恐怖による、重度のストレス反応を検知。

ですが、尋問には好都合です。虚偽を述べる精神的余裕はないでしょう》


やがて、俺は男爵の目の前で足を止めた。

見下ろす俺のフードの奥の瞳を、男爵は恐怖に見開いている。


「……さて、男爵」


俺は静かに口を開いた。


「いくつか、聞きたいことがある」


「な、なんだ……なんでも話す! だから……!」


「子爵アルフォンスは、どこにいる?」


俺の単刀直入な問いに、男爵の顔がさらに青ざめる。

だが、俺の無感情な視線に射抜かれ、観念したように白状し始めた。


「……っ、奴隷市場だ……!

街の南にある、奴隷市場の……地下牢に……!」

「あ、あれは私の独断ではない! ”ジューミ商会”のバルトロメオが……!」


「言い訳は聞いちゃいない」


俺は冷たく遮る。


「次の質問だ。お前たちの悪事に関する証拠は、どこにある?

倉庫で見つけた帳簿だけじゃないはずだ。もっと決定的なものが、どこかにあるはずだ」


「そ、それは……この屋敷の、私の書斎の隠し金庫に……!

商会との金のやり取り、衛兵への賄賂の記録、奴隷の売買リスト……その全てが……!」


『ティア、今の証言を記録。後で回収する』


《了解。書斎の位置を特定。金庫の解錠準備を整えます》


俺は、震える男爵の胸倉を掴み、無理やり引きずり起こした。

小太りな体が、情けなく震えている。


「き、貴様……! 私を殺す気か……!?」

「や、めろ……! 私は貴族だぞ! 私を殺せば、この国が黙っていないぞ!」


「国?」


俺は鼻で笑った。


「面白いことを言う。

お前は、俺を召喚したあの王国の息がかかった貴族なんだろう?

その国は、俺を”無能”と断じ、殺そうとした。

そんな国が、今さら俺にとって何の脅威になる?」


男爵の脳裏に、王都からの報告が蘇る。王を殺し、騎士団を壊滅させて逃亡したという、”スキルなし”の召喚者。目の前のこの男が、まさか──。


「そ、それは……」


男爵が言葉に詰まる。

俺は懐に手をやりM9を生成すると、その冷たい銃口を男爵の眉間に押し当てた。

ひ、と短い悲鳴が男爵の喉から漏れる。


「……最後に一つだけ、教えてやろう」


俺は、感情を排した声で告げる。


「俺は、お前たちの悪事を裁こうなんて、一ミリも思っていない。

正義の味方でも、誰かの復讐者でもない。

ただ、俺の目的の邪魔になった。

お前は、ただそれだけの理由で死ぬんだ」


「ま、待っ……」


パンッ!


乾いた銃声が、男爵の命乞いを断ち切った。

眉間を撃ち抜かれ、男爵はその場に崩れ落ちる。

二度と動くことはない。


俺は死体から手を離し、銃をポーチに戻す。

そして、テラスから眼下の貴族たちを見下ろした。

彼らは、目の前で起きた惨劇に、声も出せずに震えている。


俺は彼らに一瞥もくれず、屋敷を後にした。

後のことは、どうでもいい。

俺の次の目的地は、決まった。



屋敷を出て、再びリグランの夜の闇に紛れる。

エリーナが待つ宿へは戻らず、俺はそのまま南地区へと足を向けた。


『ティア、奴隷市場の構造データを表示しろ』


《了解。街の公的な設計図と、これまでの偵察ドローンによるスキャンデータを統合します》

《奴隷市場の三次元マップを構築しました》


俺の視界に、ワイヤーフレームで描かれた巨大な建物が表示される。

地上2階、地下1階。

石と木でできた、要塞のような建物だ。


《地上部は、商品の展示及びオークション会場です》

《地下が、奴隷を保管する牢獄エリアとなっています》

《外部の警備は、正面ゲートに4名、裏口に2名》

《壁の上にも、巡回する見張りが複数名確認できます》


『内部の警備は?』


《赤外線スキャンで、内部に少なくとも30名以上の生体反応を確認しました》

《その大半が武装しています》

《”ジューミ商会”の私兵や、市場専属の用心棒でしょう》


『数だけは多いな。だが、所詮はチンピラの寄せ集めだ』


《はい。ですが、地下牢には子爵という”人質”がいます》

《潜入し、子爵を確保してからの脱出が最も安全なプランかと》


ティアの提案は、合理的だ。

だが、俺は首を横に振った。


『いや、潜入はしない』


《……シン?》


ティアの声に、わずかな疑問の色が混じる。


『面倒だ。それに、もう隠れる必要もない』


バレリウス男爵を殺した時点で、俺はこの街の秩序を完全に破壊した。

今さら、こそこそと隠密行動を続ける意味はない。


『正面から行く。抵抗する者は、全て排除する』


《……! リスクが高い判断です》

《敵の戦力が未知数である以上、正面からの攻撃は、我々の情報を過度に開示することになります》


『構わん。これは、ただの襲撃じゃない。”殲滅”だ』


俺は足を止める。

目の前には、奴隷市場の巨大な建物が、闇の中に黒々とそびえ立っていた。

鉄格子のはまった窓からは、明かり一つ漏れていない。

だが、この中に、多くの絶望が囚われている。


俺は、彼らを解放するために来たわけじゃない。

俺の”ツール”であるエリーナ。彼女からさらに情報を引き出すために、彼女の父親という”キーアイテム”を回収しに来ただけだ。

その過程で、他の奴隷が解放されるのは、単なる結果論に過ぎない。


だが、この胸の奥で、冷たい怒りのようなものが燻っているのも、事実だった。

人の尊厳を踏みにじり、商品として扱う外道ども。

現代の戦場でも、そんな連中を何人も見てきた。

そして、その度に、俺は容赦なく引き金を引いてきた。


『ティア、兵装を変更する。

HK416では、室内戦では取り回しが悪い。

ショットガンを生成しろ。Benelli M4だ』


《了解。近接戦闘(CQC)における、最適兵装です》

《弾種は、散弾とスラグ弾を切り替え可能にします》


俺はTACT-PACKに手を当て、兵装が再構築されていくのを待つ。

数秒後、俺の手には、黒く、無骨なセミオートマチック・ショットガンが握られていた。

近距離における、圧倒的な制圧兵器。

これから始まる”掃除”には、おあつらえ向きだ。


俺はショットガンを肩に担ぎ、奴隷市場の正面ゲートへと、堂々と歩いていった。



「おい、止まれ! 何者だ!」


ゲートを守っていた見張りの男たちが、俺の姿に気づき、慌てて剣を抜く。

俺は答えず、ただ歩みを進める。


「止まれと言っているのが聞こえんのか!」


男の一人が、警告のために剣を振り上げた。

それが、命取りだった。


俺はショットガンを腰だめで構え、引き金を引いた。


ズドンッ!!!


M9やHK416とは比較にならない、腹に響く重低音。

圧縮された散弾が、扇状に広がり、見張り4人をまとめて吹き飛ばした。

鎧など意味をなさず、肉が裂け、骨が砕ける。

男たちは、悲鳴を上げる間もなく、血塗れの肉塊となって地面に転がった。


《正面ゲート、突破》


俺は、破壊された鉄の扉を蹴破り、建物の中へと侵入する。

中は、薄暗いエントランスホールだった。

俺の侵入に気づいた用心棒たちが、奥の通路から次々と姿を現す。


「て、敵襲だ!」

「馬鹿な、ゲートの連中はどうした!?」

「殺せ! あの男を殺せ!」


10人、20人と、剣や斧を構えた男たちが、雄叫びを上げて殺到してくる。

狭い通路に、密集した敵。

ショットガンにとっては、最高の的だ。


ズドン! ズドン! ズドン!


俺は一歩も引かず、ただ引き金を絞り続ける。

一発撃ち出すごとに、前方の数人がまとめて吹き飛ぶ。

腕が千切れ、足がもげ、頭が砕ける。

悲鳴と怒号、そしてショットガンの轟音が、ホールに響き渡った。


先頭の連中が肉の壁となり、後続の動きを阻害する。

だが、俺の攻撃は止まらない。

散弾が、肉の壁ごと、その後ろの敵を打ち砕いていく。


《弾倉、エンプティ


引き金を絞り切った指先に、空の薬室が叩く、わずかで無力な感触が伝わる。

普通の戦場なら、それは致命的な隙。


だが、その思考が脳をよぎるより早く、銃を握る掌に、微かな”熱”が走った。

物理的な弾倉交換ではない。

TACT-PACKに貯蔵された魔素が、銃の内部で直接、弾丸へと再構築される。

質量が、再び銃に戻ってくる感覚。


《装填完了》


ティアの報告は、もはや確認作業でしかない。

俺は、途切れることのない射撃姿勢のまま、再び引き金を引いた。

轟音が、再びホールに響き渡る。


「ひ、ひぃぃ! なんだこいつは!?」

「化け物だ……!」


生き残った数人が、恐怖に顔を引きつらせ、逃げ出そうとする。

だが、無駄だ。


『ティア、弾種変更。スラグ弾』


《了解。単体目標への貫通力を最大化します》


俺は逃げる男たちの背中を、正確に狙い撃つ。

一発の巨大な鉛の塊であるスラグ弾が、鎧ごと彼らの体を貫通し、壁に巨大な血の華を咲かせた。


数分後。

エントランスホールには、俺以外に立っている者はいなかった。

床は血の海と化し、肉片と臓物が散乱している。

硝煙の匂いが、鼻を麻痺させた。


『ティア、地下へのルートは?』


《ホール奥の階段です》

《現在、地下から複数の武装した生体反応が接近中》


俺はショットガンを構え直し、階段へと向かう。

階段を駆け上がってきた用心棒たちと、鉢合わせになる。


彼らは、階下の惨状を見て、一瞬だけ動きを止めた。

その一瞬が、彼らの命運を分けた。


ズドン!


階段という狭い空間で放たれた散弾が、先頭の男をミンチに変え、その後ろの数人を巻き込んで吹き飛ばす。

俺は、死体の転がる階段を、踏みつけるようにして下りていった。


地下は、地上とは比較にならないほど、空気が淀んでいた。

汗、汚物、そして絶望が混じり合った、吐き気を催すような悪臭。

鉄格子の嵌められた牢が、通路の両脇にずらりと並んでいる。

牢の中には、様々な人種、様々な年齢の男女が、家畜のように詰め込まれていた。

彼らは、虚ろな目で、突然現れた俺を、そして俺が引き起こした虐殺を、ただ静かに見つめていた。


「……てめぇ、何者だ」


通路の奥から、ひときわ体格のいい、大斧を担いだ男が現れた。

この地下牢の、責任者だろう。

彼の背後には、10名ほどの屈強な部下たちが控えている。


「商会に喧嘩を売るとは、いい度胸じゃねぇか。

だが、ここまでだ。てめぇはここで、肉塊になるんだよ!」


男が雄叫びを上げ、大斧を振りかぶって突進してくる。


『ティア、目標の弱点は?』


《全身が筋肉の鎧です》

《ですが、関節部は比較的脆弱です》

《両膝の破壊を推奨します》


俺は突進を冷静に見極め、その足元へとショットガンを放った。


ズドン! ズドン!


二発の散弾が、大男の両膝を同時に砕く。


「ぎゃあああああっ!?」


巨体がバランスを崩し、無様に転倒する。

俺は、倒れた男の頭を踏みつけ、その口の中にショットガンの銃口をねじ込んだ。


「子爵アルフォンスは、どの牢だ?」


「……っ、う、うるせぇ……殺せ……!」


(時間の無駄だ)


俺は躊躇なく、引き金を引いた。

男の頭部が、内側から破裂する。


残りの部下たちが、恐怖に凍り付いていた。

俺は、彼らに銃口を向け、静かに告げる。


「案内しろ。さもなくば、全員死ぬ」


数秒の沈黙の後、一人の男が震える指で、通路の最も奥にある、一際頑丈な牢を指さした。


俺はショットガンで、その牢の錠前を吹き飛ばす。

中には、鎖で壁に繋がれた、一人の痩せこけた中年男性がいた。

上等だったはずの服はボロボロになり、その顔には深い疲労の色が刻まれている。

だが、その瞳の奥には、まだ気高さの光が残っていた。


「……君は……?」


男が、かすれた声で問いかける。


『ティア、バイタルチェック』


《対象、子爵アルフォンス・フォン・リグランと断定しました》

《長期の監禁による衰弱が見られますが、生命に別状はありません》


『よし』


俺はコンバットナイフで、子爵の鎖を断ち切る。

そして、他の牢の錠前も、次々とショットガンで破壊していった。


「……行け」


俺は、牢から出てきた奴隷たちに、短く告げる。


「地上には、もう誰もいない。街へ戻るなり、どこへ逃げるなり、好きにしろ」


彼らは、まだ状況が信じられないといった顔で、おそるおそる地上へと向かっていく。

子爵も、他の奴隷に肩を借りながら、俺に深々と頭を下げて、階段を上っていった。


全ての奴隷が解放されたのを確認し、俺も地下牢を後にする。


『ティア。男爵の屋敷から回収した証拠と、倉庫の裏帳簿、そしてこの奴隷市場の存在。

全ての情報を一つのデータにまとめ、衛兵詰所に匿名で送れ』


《了解。データパッケージを作成します》

《街のゴロツキを一人捕縛し、”配達人”として利用します》


『それでいい』


街の混乱は、子爵とエリーナに丸投げすればいい。

俺の仕事は、ここで終わりだ。

俺はショットガンを粒子へと還元させ、夜の闇へと再び姿を消した。


遠くで、衛兵の角笛の音が聞こえ始めた。

偽りの解放劇の、幕開けだ。

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