第8話「鉄の番犬」
静まり返った宴会場に、俺の冷たい声が響いた。
「さて、パーティの続きをしようか。男爵」
HK416の銃口は、2階のテラスで恐怖に顔を引きつらせるバレリウス男爵に、寸分の狂いもなく向けられている。
床には、俺が撃ち倒した”黒鉄の鷲”の私兵たちが転がり、豪華だったはずのパーティ会場は、硝煙と血の匂いが立ち込める凄惨な戦場へと成り果てていた。
着飾った貴族たちは、壁際にうずくまり、あるいはテーブルの下に隠れ、息を殺してこの異常事態を見守っている。
男爵は、わなわなと震える唇で、かろうじて言葉を絞り出した。
「き、貴様……一体、何者だ……!」
「ただの盗人ふぜいが、私のパーティを……私の騎士団を……!」
「盗人?」
俺は肩をすくめる。
「人聞きの悪いことを言うな。俺はただ、お前たちが仕掛けた罠に、ご丁寧に顔を出してやっただけだ」
「それとも、何か? 招待客をもてなすのが、お前のやり方か?」
「ふ、ふざけるな……!」
男爵は恐怖と屈辱に顔を歪ませ、テラスの手すりを掴んで叫んだ。
「思い上がるなよ、下郎が! 私を誰だと思っている!
このリグランの影の支配者、バレリウス男爵だぞ!」
「貴様のような虫けら一匹、この場で捻り潰してくれるわ!」
負け犬の遠吠え。
だが、その目にはまだ、絶望だけではない、何か別の色が宿っていた。
切り札が、まだ残っているという自信の色だ。
『ティア、男爵のバイタルと魔力反応をスキャンしろ』
《了解。対象の心拍数、急上昇中。アドレナリンの分泌を検知。
同時に、右手の指輪から微弱な魔力信号の発信を確認。
何らかの魔道具を起動させるトリガーの可能性が高いです》
(やはり、何かあるか)
男爵は、震える手で右手の指輪を握りしめると、狂気の笑みを浮かべた。
「そうだ……貴様のような得体の知れない化け物には、”あれ”を見せてやる……!」
「我が家に代々伝わる、古代文明の遺産……最強の番犬の力をな!」
男爵が指輪を強く捻り、何事かを叫ぶ。
「目覚めよ、”レガシー”! 我が敵を喰らい尽くせ!」
その瞬間、屋敷全体が地響きを立てて揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴ……!
会場の中央、大理石でできた床の一部が、音を立てて沈み込んでいく。
円形の巨大な穴が開き、その奥から、眩いほどの魔力の光が溢れ出した。
「な、なんだ!?」
「床が……!」
貴族たちの悲鳴が響く中、穴の底から巨大な影がせり上がってくる。
それは、鋼鉄の人形だった。
いや、人形などという生易しいものではない。
全長は3メートルを超える、重厚な鎧を纏った巨兵。
その全身は、俺が森で発見した古代兵器の破片と同じ、鈍い光を放つ未知の合金で覆われている。
関節部からは青白い魔力の光が漏れ、頭部のない代わりに、モノアイのような赤い宝石が、不気味に明滅していた。
古代遺跡から発掘された、自律戦闘兵器。
魔導ゴーレム。
『ティア、あれが奴の切り札か』
《……間違いないでしょう。
対象の名称は不明ですが、構造パターンから、古代文明期に製造された対軍用殲滅兵器と推定されます。
現在、外部からの魔力供給を受け、再起動シーケンスに移行中》
ゴーレムは、ゆっくりと立ち上がると、赤いモノアイを俺に向けた。
その全身から、圧倒的な威圧感が放たれる。
それは、ただの鉄の塊ではない。
数多の戦場を生き延び、敵を殲滅するためだけに作られた、純粋な殺戮機械のオーラだった。
「ひ、ひはははは! どうだ、化け物め!」
男爵は、ゴーレムの背後に隠れながら、勝ち誇ったように叫ぶ。
「それが我が家の守護神、”レガシー”よ!
その装甲は、どんな魔法も剣も通さん!
そして、その一撃は竜すらも屠るという!」
「後悔するがいい! 私に逆らったことを、あの世でな!」
俺は男爵の狂喜の声を無視し、HK416をゴーレムへと向ける。
『ティア、分析を続けろ。弱点を探せ』
《了解。スキャンを開始します》
ゴーレムが、重い足音を立てて、こちらへ向かってくる。
その動きは鈍重に見えるが、一歩一歩が床を砕き、凄まじい質量を感じさせた。
俺はまず、様子見に数発、徹甲弾を撃ち込んでみる。
ダダダンッ!
銃弾はゴーレムの胸部に着弾し、甲高い金属音を立てて弾かれた。
分厚い装甲には、傷一つついていない。
『……硬いな』
《はい。装甲材質は、既知のいかなる金属よりも高い硬度と密度を持っています。
現在の兵装では、物理的な貫通は不可能です》
次の瞬間、ゴーレムの全身が淡い光の膜に包まれた。
『……なんだ、この膜は』
《魔力障壁です。高密度の魔力で構成された防御フィールドを展開中。
物理攻撃、及び魔法攻撃を大幅に減衰させます。
並の攻撃では、この障壁にすらダメージを与えられないでしょう》
「無駄だ、無駄だぁ!」
男爵の甲高い嘲笑が響く。
「その鉄の棒では、レガシーに傷一つつけられんわ!」
ゴーレムは、ゆっくりと右腕を振り上げた。
その拳が、近くにあった大理石の柱を薙ぎ払う。
ゴッ!
凄まじい破壊音と共に、柱が半ばから砕け散り、天井の一部が崩落してきた。
俺はバックステップで瓦礫を回避する。
直撃すれば、即死は免れないだろう。
『攻撃パターンは単純だが、一撃が重い。厄介な相手だ』
《スキャン継続……構造解析中……。
内部構造に、極めて高密度のエネルギー反応を検知。
動力源は、魔力変換炉と推定されます》
ゴーレムは、再び腕を振りかぶる。
俺は走りながら、HK416を連射し、その注意を引きつける。
弾丸が障壁に当たって、無力に霧散していく。
だが、それでいい。
必要なのは、ティアが解析を終えるまでの、わずかな時間稼ぎだ。
俺は柱から柱へと飛び移り、ゴーレムの攻撃を紙一重でかわし続ける。
ティアの予測支援がなければ、とっくに肉塊になっていただろう。
《……発見しました》
ついに、ティアの声が響いた。
《胸部中央の装甲の継ぎ目。その内部に、他の部位より300%以上高いエネルギー反応。
動力源兼制御装置、”魔力制御コア”です。
これが、この個体の唯一の弱点です》
俺の視界に、ゴーレムの胸部がズームアップされ、赤い円で示されたコアの位置が表示される。
直径は、わずか10センチほど。
しかも、分厚い装甲と、強力な魔力障壁の奥だ。
『コアか。だが、障壁が邪魔だ』
《はい。障壁を貫通するには、現在の兵装ではエネルギーが不足しています。
より高威力、高貫通能力を持つ兵装への換装を推奨します》
『何か手はあるか?』
《提案します。
以前、街道で殲滅した盗賊団が使役していた魔物”ゴルザ”。
あの個体から、高硬度の素材である”魔獣の牙”を回収済みです。
これを弾芯として使用し、以前森で発見した”古代兵器の破片”のデータから再現した魔力伝導合金で弾頭をコーティング。
これにより、魔力障壁を中和しつつ、物理的な破壊力を最大化する特殊弾頭の生成が可能です》
(あの時の素材が、ここで活きるか)
偶然の産物ではない。
ティアは、常に利用可能な全てのリソースを計算に入れている。
《この特殊弾頭を、最大効率で射出するため、対物ライフル”BREAK-HORN”の構築を提案します。
承認しますか?》
『許可する。すぐに生成しろ』
俺はゴーレムから距離を取り、巨大なテーブルの影に身を隠す。
ゴーレムは、俺を見失い、赤いモノアイをきょろきょろと動かしていた。
「どうした、レガシー! 早くあの虫けらを潰さんか!」
男爵が苛立ったように叫ぶ。
その声に反応し、ゴーレムは手当たり次第に周囲の破壊を始めた。
凄まじい破壊音が、ホールに響き渡る。
俺はTACT-PACKに手を当て、兵装の構築に意識を集中させた。
周囲の魔素が、俺の手に収束していく。
光の粒子が、巨大な銃の設計図を空中に描き出す。
それは、HK416とは比較にならないほど長大で、無骨なシルエットだった。
《対大型目標用狙撃銃、”BREAK-HORN”……構築完了》
数秒後、俺の手の中に、全長2メートル近い巨大なライフルが出現した。
それは、もはや銃というより、小型の大砲だ。
ずしりと重いその感触が、内包する圧倒的な破壊力を物語っていた。
俺はテーブルの影から飛び出し、”BREAK-HORN”を構える。
その巨大な銃身を、近くの瓦礫の上に固定し、スコープを覗き込んだ。
『ティア、目標をロックしろ』
《了解。対象、魔導ゴーレム。弱点、魔力制御コアを捕捉。
風速、湿度、周囲の魔力密度を計算……弾道予測、完了。
射線、確保しました》
スコープのレティクルが、ゴーレムの胸部で輝く赤い点に、寸分の狂いもなく重なる。
ゴーレムが、こちらに気づき、巨大な腕を振り上げた。
だが、遅い。
俺は、静かに引き金を引いた。
ゴォンッ!!!
それは、銃声というより、雷鳴だった。
凄まじい反動が肩を打ち、発射の衝撃波が周囲のガラスを粉々に砕く。
放たれた弾丸は、空気の壁を切り裂きながら、一直線にゴーレムへと突き進む。
弾丸が魔力障壁に接触した瞬間、障壁がガラスのように砕け散った。
魔獣の牙を核とした弾芯が、障壁の魔力を中和し、こじ開けたのだ。
そして、勢いを失うことなく、弾丸はゴーレムの胸部装甲に着弾。
古代の合金で作られた分厚い装甲を、まるでバターのように貫通し、その奥にある魔力制御コアを、完全に粉砕した。
「……な……?」
テラスの上の男爵が、呆然と声を漏らす。
ゴーレムの赤いモノアイが、急速に光を失っていく。
全身から漏れ出ていた魔力の光が、火花となって消えた。
そして、数秒の沈黙の後。
巨大な鉄の体は、その場に崩れ落ちるようにして、関節部からバラバラに砕け散った。
ガシャン、ガシャン、というけたたましい金属音を残して、最強の番犬は、ただの鉄屑の山と化した。
静寂が、再びホールを支配する。
生き残った貴族たちは、目の前の光景が信じられないといった顔で、口を開けたまま固まっていた。
俺は”BREAK-HORN”を粒子へと還元させながら、ゆっくりと立ち上がる。
そして、絶望に顔を染めるバレリウス男爵へと、再び視線を向けた。
今度こそ、もう切り札は残っていないだろう。
俺は無言のまま、男爵が立つ2階のテラスへと、ゆっくりと歩き始めた。