表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

第7話「宴の招待状」

翌朝、リグランの街は静かな混乱に包まれていた。


俺が安宿の窓から見下ろす通りは、いつもより人通りが少なく、行き交う人々は皆、ひそひそと何かを囁き合っている。

衛兵たちが慌ただしく走り回り、南地区の方角がやけに騒がしい。

昨夜の”掃除”の結果だろう。


「……」


俺は窓から離れ、部屋の隅の椅子に再び腰を下ろす。

ベッドの上では、エリーナが毛布にくるまり、不安そうな顔でこちらを見ていた。

昨夜、俺が血の匂いも硝煙の匂いもさせずに戻ってきたことに、彼女は少しだけ安堵し、そして同時に得体の知れない恐怖を深めたようだった。


(まあ、当然か)


普通の人間なら、昨夜のような状況で単身敵地に乗り込み、無傷で帰ってくることなどあり得ない。

彼女の中で、俺という存在が「人間」のカテゴリーから外れ始めているのだろう。

好都合だ。余計な情を持たれるより、よほどいい。


『ティア、昨夜スキャンした帳簿データの解析結果を報告しろ』


俺は脳内でティアに指示を出す。


《了解。データ解析は98%完了しています。

奴隷売買の取引記録から、”ジューミ商会”が過去一年間で少なくとも50名以上を商品として扱っていることを確認。

その大半が、商会に逆らった商人や、借金を返せなかった市民、そして近隣の村から攫われてきた者たちです》


俺の視界に、犠牲者たちのリストが淡々と表示される。

名前、年齢、種族、そして売却先。


《特筆すべきは、高価値と判断された”商品”──特に若い女性や、特殊な技能を持つ者は、すべて”バレリウス男爵邸”へ送られています。

エリーナ嬢の父、子爵アルフォンスの名は、このリストにはまだ見当たりません》


『そうか。なら、子爵はまだ生きている可能性が高いな。男爵邸か、あるいは別の場所に監禁されているか』


《その可能性は高いと判断します。

子爵は高位貴族です。奴隷として売るよりも、身代金や政治的な取引の材料として生かしておく方が、彼らにとって有益です》


(なるほどな)


全てが繋がっていく。

この街の腐敗の地図は、完成しつつあった。


その時、宿の外がにわかに騒がしくなった。

衛兵の鎧が擦れる音と、何かを触れ回るような声が聞こえる。


『ティア、外の音声を拾え。何が起きている?』


《了解。音声解析中……完了。

衛兵が、各宿や民家に通達を出しています。

内容は「昨夜、”ジューミ商会”の倉庫を襲った凶悪犯が逃走中。銀髪の少女を連れた、フード姿の不審な男を見かけたら、すぐに通報せよ」とのことです》


俺は思わず、口の端を吊り上げた。


(なるほど、罠か)


俺たちの人相書きが出回るには、あまりにも早すぎる。

昨夜の現場に、生き残りは一人もいないはずだ。

つまり、これは俺たちを特定しての指名手配ではない。

エリーナが攫われたという事実と、倉庫の襲撃を結びつけ、俺たちを”犯人”に仕立て上げ、街中を捜索させるための口実だ。


エリーナが、血の気の引いた顔で俺を見る。

彼女にも、外の声が聞こえたのだろう。


「わ、私たちのことが……! どうして……!」


「落ち着け。これは罠だ」


俺は冷静に告げる。


「敵はこちらの顔も、正確な人数もわかっていない。

だが、”子爵の娘を助けた何者か”がいることは察しがついている。

だから、こうして街中に網を張り、俺たちを炙り出そうとしているんだ」


『ティア、この通達の発信源は?』


《衛兵詰所ですが、指示を出しているのは昨夜から臨時の指揮官として着任した、バレリウス男爵家の騎士隊長です》


『ご苦労なことだ』


敵の動きは早い。

だが、その動きもまた、俺にとっては情報でしかない。


「ど、どうするのですか……! このままでは、街中が敵に……!」


パニックに陥るエリーナを尻目に、俺はティアに次の指示を出していた。


『ティア、敵の次の手を予測しろ』


《はい。現在、敵は街の各所に検問を設置し、ローラー作戦を展開中。

このまま我々が潜伏を続けた場合、数時間以内にこの宿も捜索対象となります。

敵の目的は、我々を追い詰め、特定の場所へ誘導することにあると推測されます》


『誘導先は?』


《……解析中。

街の噂、貴族の動向、衛兵の配置パターンを統合……。

今夜、バレリウス男爵の別邸で、近隣の有力者を集めたパーティが開催されるという情報をキャッチしました。

表向きは懇親会ですが、裏では”ジューミ商会”亡き後の、街の利権を分配するための会合でしょう》


俺の視界に、豪華絢爛な男爵邸のイメージ図が表示される。


《このパーティに乗じて、我々をおびき寄せる可能性が最も高い。

エリーナ嬢を保護しているという正義感、あるいは貴族の悪事を暴こうとする使命感。

そういった感情を利用し、敵の本拠地である男爵邸へ我々を誘い込む。

それが、敵が描いているシナリオかと》


「……なるほどな」


俺は立ち上がり、窓の外に改めて視線をやる。

衛兵たちの動きが、まるで巨大な網のように、じわじわとこの安宿へと迫ってくるのがわかった。


「まんまと誘いに乗ってやるか」


俺の呟きに、エリーナが驚愕の顔を向ける。


「な、何を言っているのですか!? 罠だとわかっているのに……!」


「ああ、罠だ。だが、最高の”招待状”でもある」


俺はフードの奥で、静かに笑った。


「敵の本拠地の場所も、連中が集まる時間も、ご丁寧に教えてくれているんだ。

これほど効率のいい話はない。

蛇の尻尾を叩き潰したら、次は頭を叩き潰す。当然だろう?」


俺の言葉に、エリーナは絶句している。

彼女には、俺の思考が理解できないのだろう。

恐怖も、焦りも、俺の中にはない。

ただ、目の前に提示された最適解を、淡々と実行するだけだ。


『ティア、パーティの開始時刻と、男爵邸の警備プランを入手しろ』


《すでに完了しています。

パーティは日没後。警備は男爵の私兵団”黒鉄の鷲”が担当。

総員50名。全員が魔法強化された鋼鉄の鎧を装備。

街の衛兵とは比較にならない、精鋭部隊です》


『上等だ。武器を生成する。

HK416。弾薬は徹甲弾をメインに、いくつかバリエーションを揃えておけ』


《了解。アサルトライフル”HK416”の構築準備に入ります。

多数の装甲兵を相手にするには、M9では威力不足です。最適な判断です》


俺はTACT-PACKに手をやり、内部で兵装が構築されていく感触を確かめる。

エリーナは、ただ震えながら、俺の様子を見守っていた。



陽が落ち、街が紫色の夕闇に包まれる頃。

俺はエリーナと共に、安宿の裏口から音もなく抜け出していた。

ティアのリアルタイム情報により、衛兵の巡回ルートの僅かな隙間を縫って、俺たちは貴族街へと向かう。


バレリウス男爵の別邸は、他の屋敷とは比較にならないほど巨大で、そして悪趣味だった。

高い塀に囲まれ、庭にはけばけばしい魔力灯が煌々と輝いている。

中からは、楽しげな音楽と、貴族たちの甲高い笑い声が漏れ聞こえてきた。


『ティア、潜入ルートは?』


《正面から堂々と。それが最も敵の意表を突くことができます》


『……面白い。採用だ』


俺はローブのフードを深く被り直し、エリーナの手を引いて、パーティの招待客を装い正門へと向かう。

門番が俺たちの貧相な身なりを見て、訝しげな顔で槍を交差させた。


「待て、お前たち。招待状は持っているのか?」


「ああ、持っている」


俺はそう言うと、懐から金貨を数枚掴み、門番の手に握らせた。

門番は一瞬驚いたが、すぐに金の重みを確かめると、下卑た笑みを浮かべて槍を引いた。

金が全てのこの街では、金こそが最高の招待状だ。


屋敷の中は、着飾った男女で溢れかえっていた。

誰もが、俺たちの場違いな姿に好奇と侮蔑の視線を向けてくる。

俺はそんな視線を意にも介さず、会場の隅にある柱の影に身を寄せた。


『ティア、ターゲットの位置は?』


《会場2階のテラス席。バレリウス男爵です。

現在、数名の商人と談笑中。周囲に私兵が10名待機》


俺は視線を2階へ向ける。

そこに、肥え太った中年男が、ワイングラスを片手にふんぞり返っているのが見えた。

あれが、バレリウス男爵か。


その男爵が、ふと、こちらの存在に気づいたようだった。

隣に立つ騎士隊長に何かを耳打ちすると、騎士隊長はニヤリと笑い、私兵たちに合図を送る。

ゆっくりと、しかし確実に、俺たちを包囲する陣形が組まれていく。


(……ようやくお出ましか)


エリーナが、緊張に息を呑むのがわかった。

俺は彼女にだけ聞こえるように、低く囁く。


「俺の背中から離れるな。何があってもだ」


やがて、騎士隊長に率いられた10名の私兵が、俺たちの前に立ち塞がった。

会場の音楽が止み、全ての視線が俺たちに集中する。


騎士隊長が、芝居がかった口調で言った。


「これはこれは、汚いネズミが紛れ込んだようだ。

子爵の娘を唆し、”ジューミ商会”の倉庫を襲った盗人というのは、お前のことか?」


舐めきった態度。

俺がただの旅人だと、本気で思っているらしい。


俺は答えず、ただ静かにローブの前を開いた。

そこには、TACT-PACKから伸びるスリングに吊るされた、黒一色の無骨なアサルトライフル、HK416が収まっていた。

この世界の人間が見たこともない、異質な”鉄の塊”。


騎士隊長が、一瞬だけ眉をひそめる。


「……なんだ、その奇妙な鉄の棒は。そんなもので、我々”黒鉄の鷲”に敵うとでも?」


「試してみるか?」


俺は、かつて盗賊に言ったのと同じセリフを、静かに繰り返した。

そして、HK416を構える。

金属の冷たい感触が、手に馴染んだ。


「笑わせるな! 全員、かかれ! 生け捕りだ!」


騎士隊長の号令と共に、私兵たちが一斉に剣を抜き、襲いかかってくる。

会場の貴族たちから、悲鳴が上がった。


だが、その悲鳴は、すぐに別の音にかき消されることになる。


『ティア、戦闘モード。目標、敵兵の無力化』


《了解。弾種、徹甲弾。フルオートを推奨》


俺は、引き金を引いた。


ダダダダダダダダッ!!


M9の乾いた音とは違う。

腹の底に響く、重く、暴力的な轟音。

毎分850発の速度で射出される徹甲弾が、私兵たちの魔法強化された鋼鉄の鎧を、まるで紙のように貫いていく。


「ぐあっ!?」

「な、なんだ、この威力は!?」

「鎧が……!?」


先頭にいた数名が、胸や腹から血飛沫を上げ、瞬時に沈黙する。

彼らの自慢の鎧は、何の意味もなさなかった。


俺は銃口を薙ぎ払うように動かし、弾丸の雨をばら撒く。

剣を振り上げる者、魔法の詠唱を始める者、その全ての動きが、俺の目には止まって見えた。

ティアの支援が、思考を加速させる。


一人、また一人と、黒鉄の鷲たちが崩れ落ちていく。

豪華なシャンデリアが砕け散り、高価なワインが血に染まる。

悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。

宴の会場は、一瞬にして地獄の戦場へと姿を変えた。


騎士隊長が、信じられないものを見る目で、俺と、俺の持つ銃を交互に見ている。


「ば、馬鹿な……! 我が騎士団が……こんな、鉄屑一つに……!」


『ティア、あの隊長を黙らせろ』


《了解。対象の右肩をマーキング。武装の破壊を推奨》


俺はフルオート射撃を止め、単発に切り替える。

そして、狙いを定め、引き金を引いた。


パンッ!


一発の銃弾が、騎士隊長の右肩の鎧を砕き、その下の腕を抉る。


「ぐあああああっ!!」


騎士隊長は剣を取り落とし、腕を押さえてその場に崩れ落ちた。


わずか数十秒。

精鋭のはずだった私兵団は、指揮官を含め、全員が戦闘不能になっていた。

残っているのは、2階のテラスで恐怖に顔を引きつらせる、バレリウス男爵ただ一人。


俺はHK416を構え直し、ゆっくりと男爵へと銃口を向ける。

静まり返った会場に、俺の冷たい声だけが響いた。


「さて、パーティの続きをしようか。男爵」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ