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第53話「鋼鉄の暴風」

 俺はトリガーを引き絞った。


 それは、あまりにも場違いな軽い発射音だった。


ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ!


 だが次の瞬間。

 蟻の津波のど真ん中で、六つの太陽が生まれた。


ドッゴォォォォォォォンッ!!


 腹の底まで響き渡る連続した大爆発。

 地面が揺れ壁が震える。冒険者たちが立っていられないほどの衝撃波が、戦場を吹き荒れる。

 巨大なドレッドアントたちが爆風で木の葉のように吹き飛ばされ、灼熱の炎にその甲殻を融解させていく。

 城門の前が一瞬にして灼熱地獄へと変わった。


「……な……なんだ、あれは……」


 壁の上の冒険者たちが呆然と呟く。


「魔法か?いや詠唱がない……!」


 俺は空になったシリンダーを回転させ、次弾を装填する。

 そして再び引き金を引いた。


ドッゴォォォォォォォンッ!!


 第二射、第三射。

 絶え間なく叩き込まれる榴弾の雨。

 城門から流れ込んでいた蟻の津波は、その勢いを完全に止められていた。


『ティア。敵の前衛は崩壊した。だが後続が途切れない』


《はい。このままでは弾薬の消耗が激しいです。……シン、提案します》


 ティアの声が俺の脳内に響く。


《――残敵の掃討には、圧倒的な弾幕が必要です》


 俺はグレネードランチャーを虚空に消した。

 そして代わりに”それ”を生成する。

 さらに巨大で禍々しい、六本の銃身を持つ鉄の塊。

 携行型ガトリング砲、M134ミニガン。


「……おい、なんだ、あの絡繰は……」


 壁の上でカイルが息を呑む。

 俺はその鉄塊を大地に固定するように構えた。

 そしてトリガーを握る。


 ――ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン。


 不気味なモーターの回転音。

 六本の銃身が加速していく。

 次の瞬間、世界は一つの音に塗り潰された。


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!


 それはもはや銃声ではなかった。

 鋼鉄の暴風。

 弾丸の津波。

 俺の手元から放たれる曳光弾が、レーザービームのような光の帯となって蟻の群れに突き刺さる。

 巨大な兵隊アリの硬い甲殻が、まるで紙屑のように引き裂かれていく。そして体液を撒き散らしながら肉片へと変わっていく。

 地面は蟻の死骸で、瞬く間に黒く塗り潰されていった。


「……ひっ……」


 壁の上で若い冒険者の一人が、小さな悲鳴を上げた。

 歴戦の猛者であるギルドマスターのオルベックでさえ言葉を失い、そのありえない光景を見つめていた。

 あれは戦いなどではない。

 ただの”蹂躙”。

 たった一人の人間が、数万の軍勢を一方的に”殺戮”しているのだ。



 その頃、街を見下ろす丘の上では――。


「……嘘だろ……」


 カイルが呆然と呟いていた。

 彼らの目に見えているのは、遠く離れた街の城門で閃光と爆発が嵐のように吹き荒れている光景だった。

 腹の底まで響く雷鳴のような轟音が、遅れてここまで届く。


「……リア。あれは魔法か……?」


 ギデオンの問いにリアは、ただ首を横に振ることしかできなかった。


「……分かりません。……あんな詠唱も魔法陣もなしに、あれほどの破壊を連続で……。……あれは人間のなせる業では、ありません……」


 彼らの目には黒い津波が光の帯によって、一方的に削り取られていく神話のような光景が広がっていた。


「……戦いじゃない……」


 ギデオンが震える声で呟く。


「あれは、ただの”掃除”だ……」



 数分後。

 凄まじい発射音がぴたりと止んだ。

 城門からなだれ込んでいた蟻の津波は、完全に消滅していた。

 後にはおびただしい数の蟻の死骸と、薬莢の小さな山だけが残されている。

 統率を失った本隊は恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように砂漠の奥へと退いていった。


 街は救われた。

 たった一人の謎の男によって。


 俺は静かにミニガンを消す。

 そして誰にも何も言わず、その場を去ろうとした。

 その時だった。


「――待ってくれ!」


 壁の上から声が飛んだ。

 オルベックだった。


「……あんた、一体、何者なんだ……?」


 俺は答えなかった。

 ただ一度だけ壁の上を見上げる。

 そしてフードの奥で静かに告げた。


「……ただの、通りすがりだ」


 それだけを残し、俺は街の喧騒の中へと消えていった。

 壁の上の生存者たちが、呆然とその光景を見つめている。

 そこでゼノアから来たという一人の商人が、震える声で呟いた。


「……まさか……。あの噂は、本当だったのか……」

「雷鳴を操り鉄の鎧を紙屑のように貫く、災厄の化身……」

「……街では、こう呼ばれていた……」


「――”幻影ファントム”と」

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