表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/54

第49話「女王への道」

 ギルドの奥にある作戦室。

 埃っぽい空気にランプの頼りない光が揺れている。中央の大きなテーブルには、オルグ周辺の使い古された羊皮紙の地図が広げられていた。


「……ここが奴らの巣の入り口だ」


 ギデオンが地図の一点を指差す。だがその先は空白だった。


「問題はこの先だ。俺たちの情報じゃここまでが限界だ……」


 彼の悔しげな声。

 俺は何も言わずにテーブルに広げられていた、新しい羊皮紙の上に作戦計画を描き始めた。


 数分後。

 羊皮紙の上には、俺が記憶だけを頼りに描き上げた、完璧な巣の構造図が広がっていた。


「……嘘だろ……」


 カイルが、絶句する。


「さっき、酒場のテーブルに、一度、刻んだだけのやつと、寸分違わねぇ……」


 俺が描いていたのは、先ほど酒場のテーブルに刻んだものと寸分違わぬ完璧な巣の構造図だったからだ。

 その人間離れした光景にクリムゾン・ホークの三人は、言葉を失っていた。


「……記憶しているのか。……この複雑な構造図を全て……?」


 ギデオンが、信じられないものを見る目で俺を見つめる。

 神官のリアは、小さく十字を切っていた。


「あんた、一体何者なんだ……?」


 カイルの問い。

 だが、俺は答えなかった。


「作戦を詰めるぞ。時間がない」


 俺の言葉に、ギデオンは一度だけ悔しそうに顔を歪めた。だがすぐにリーダーとしての顔つきに戻り、深く頷いた。


「……分かった。あんたの言う通りだ」

「この地図が正確だとして、問題は二つ。無数にある罠と、敵の巡回部隊だ」


 彼は俺が刻んだ地図の一点を指差した。


「この広い通路。俺たちの仲間、レオがやられた場所だ。天井から、粘液に塗れた兵隊アリが、音もなく、無数に降り注いできた」


「俺の斥候スキルでも、全く感知できなかった。奴らは気配を完全に消している」


 カイルが、苦々しげに付け加える。


『ティア。情報を更新しろ』


《了解。対象の証言に基づき、マップ内の危険区域を再設定します》


 俺の視界に映る地図に、赤い警告マーカーが、いくつも追加されていく。


「……この通路もだ。床一面が落とし穴になっている。俺はリアの浮遊魔法がなければ、死んでいた」


 ギデオンが次々と、彼らの”経験”を俺の”地図”へと上書きしていく。

 それはまさに技術と経験の融合だった。


 数十分後。

 俺たちは完璧な侵攻ルートを完成させていた。


「……よし。これなら、いける」


 ギデオンの目に再び光が宿る。


「作戦は三時間後。夜明け前の、最も闇が深い時間だ。……いいな?」


 全員が無言で頷いた。



 三時間後、夜明け前の薄闇の中。

 俺たちは、ドレッドアントの巣の入り口に立っていた。巨大な岩の裂け目のようなその穴は、不気味な顎のように口を開け、生暖かい、土と腐臭の混じった空気を吐き出している。


「……行くぞ」


 ギデオンの低い声を合図に、俺たちは巣の中へと足を踏み入れた。

 ひんやりとした湿った空気。

 カサカサという、無数の何かが蠢く音。


『ティア。敵の配置をリアルタイムで更新しろ』


《了解。半径100メートル以内の全ての敵性存在をマーキングします》


 俺の視界に、赤い光点がいくつも灯る。

 通路の曲がり角の先。

 天井の窪み。

 奴らはあらゆる場所に潜んでいた。


「……待て」


 ギデオンが、俺の前に腕を突き出す。


「この先だ。レオが、やられた……」


 彼の声が震えている。

 俺の視界には天井に張り付く十数体の赤い光点が映っていた。


『ティア。MP5SD6』


《了解》


 俺の手に、サプレッサーが装着された特殊部隊仕様の短機関銃が生成される。

 俺は音もなく壁の影から銃口だけを覗かせた。そしてティアが示す赤い光点へと狙いを定める。


プシュッ、プシュッ、プシュッ。


 圧縮された空気の破裂音。

 亜音速弾が闇の中へと吸い込まれていく。

 次の瞬間、天井から、くぐもった断末魔と共に、巨大な兵隊アリが、ボトボトと落ちてきた。


「……なっ!?」


 ギデオンたちが、息を呑む。

 俺は何も言わず、先へと進んだ。

 床には眉間を正確に撃ち抜かれた、兵隊アリの死骸が転がっていた。


「……嘘だろ……」


 カイルが呆然と呟いた。


「……音も、光も、なかったぞ……。……これが、あんたの……」


「先を急ぐぞ」


 俺は彼らの驚愕を無視し、ティアが示すルートを進んでいく。

 ギデオンの案内と、ティアの索敵。

 俺たちは敵の主戦力を巧みに避けながら、巣の深部へと潜っていく。


 やがて、俺たちは一つの巨大な空洞へとたどり着いた。

 ドーム状の天井。

 その中央には、女王アリが産卵したであろう、おびただしい数の卵が山のように積まれている。


《シン。この奥です》


 ティアの声。

 その育成室のさらに奥。

 そこから、ひときわ巨大なエネルギー反応を感じた。

 ドレッドアント・クイーン。


 だが、その育成室は無防備ではなかった。

 壁や天井に、びっしりと張り付くようにして、数百、いや千は下らないであろう兵隊アリたちが、眠りについていた。


「……なんて数だ……」


 ギデオンが息を呑む。

 一歩でも足を踏み入れれば、一瞬で目を覚まし、俺たちは文字通り蟻の餌食となるだろう。


『ティア。どうする』


《……提案します、シン》


 ティアの声が、いつもより少しだけ楽しそうに響いた。


《……派手にいきましょう》


 俺の口元に獰猛な笑みが浮かんだ。

 俺はMP5を消し、代わりに”それ”を生成する。

 AT4、対戦車ロケット。


「……おい、あんた、まさか……」


 ギデオンの制止の声。

 それを俺は無視した。


「――全員、伏せろ」


 俺はAT4を肩に担ぎ、育成室の天井、その一点へと照準を合わせた。

 そしてトリガーを引く。


 轟音と共にロケット弾が射出された。

 それは女王ではなく、この巨大な空洞の構造的な弱点。

 ティアが割り出した唯一の”急所”。


 次の瞬間。

 凄まじい地響きと共に育成室の天井が崩落し始めた。

 眠っていた兵隊アリたちが、何が起こったのかも分からないまま、次々と巨大な岩盤の下敷きになっていく。


 俺たちはその地獄絵図を背に、女王がいるであろう最深部へと駆け出した。

 本当の戦いは、ここからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ