第43話「星屑の狙撃手」
天測の塔から脱出して二日が過ぎた。
俺たちは山脈の麓にある、風化した岩に囲まれた小さな窪地で休息を取っていた。ここは外界から身を隠すには、うってつけの場所だ。
俺は焚き火の番をしながら、静かに眠るルナの寝顔を眺めていた。そして自身の肩と胸に手を触れる。ロックリザードの甲殻を融合させた、即席の追加装甲だ。
『ティア。装備の損傷状況を報告しろ』
俺の呼びかけに、脳内に声が響く。
それはもう、無機質な電子音声ではなかった。
《はい、マスター。コンバットスーツの自己修復機能は87%完了。ですが……》
滑らかで、人間らしい少女の声。
拡張モジュールを吸収した、新しいティアの声だ。
《ロックリザードの甲殻に、複数のマイクロクラック(微細な亀裂)を検出しました。塔での戦闘、特にアストラル・ウォッチャーの重力制御による負荷が原因です。このままでは次の戦闘で、装甲が剥離する可能性があります》
『……そうか。やはり、ただ貼り付けただけじゃ、その程度か』
俺はため息をついた。
この世界の素材は、確かに強力だ。だが、それを活かしきるための、根本的な技術が、俺たちにはまだ足りていない。
《お気に召しませんでしたか?でしたら以前の無機質な音声に戻しますが……少し、寂しい、ですね》
AIが、寂しい、だと?
俺は思わず、鼻で笑ってしまった。
「いや、いい。そのままでいい。……それより、何か手はあるのか?このままじゃ、次の遺跡の攻略は、骨が折れるぞ」
《はい。その件について、ご提案があります。……例の金属の分析が、完了しました》
ティアの声が、興奮にわずかに上ずる。
俺の視界に、一つの金属の解析データが表示された。
《素材名”アストラル・オリハルコン”。この金属はエネルギーを吸収し、増幅させる特性を持っています!》
『……増幅?』
《はい!これまでの融合は、甲殻をあなたのスーツに”付与”するなど、外部装甲としての追加に過ぎませんでした》
《ですがこのアストラル・オリハルコンと、進化した私の演算能力があれば、兵器そのものの分子構造を書き換え、新たな”特性”を与えることが可能です!》
(外付けの装甲とは訳が違う。武器そのものを、変質させるだと……?ライラが聞いたら、卒倒するだろうな)
《シン。次の目的地は広大な砂漠地帯です。遮蔽物の少ないあの環境では、遠距離からの先制攻撃が、これまで以上に重要になります》
《そこで、提案があります。狙撃銃M24 SWSをベースに、このアストラル・オリハルコンを融合させ、新たな兵器を開発しませんか?》
ティアからの、初めて聞く、積極的な提案。
俺は立ち上がった。
『面白い。だが、ただ融合させるだけじゃ意味がない。どんな”特性”を付与できる?』
《アストラル・オリハルコンのエネルギー増幅特性を利用すれば、理論上は可能です。……撃ち出した弾丸の周囲の空間に、あなたの意思を反映させた微弱な重力場を発生させ、弾道を強制的に変化させる……》
『……つまり、撃った後から、弾を曲げられると?』
《はい。……魔法のような、必中の狙撃です》
俺は言葉を失った。
必中の狙撃。そんなものがあって、たまるか。
それはもはや兵器ではない。神の領域だ。
『……できるのか?本当に、そんな芸当が』
《できます。私の設計と、あなたの制御能力があれば》
ティアの、自信に満ちた声。
俺は、覚悟を決めた。
『……分かった。やろう』
俺はTACTICAL-BUILDで、M24スナイパーライフルを生成した。
そしてポーチから、「マテリアル・アナライザー」と、アストラル・オリハルコンの破片を取り出す。
『ティア。手順を指示しろ』
《はい。まずアナライザーで両方の構造データをスキャンし、私が最適な融合パターンを設計します》
俺はアナライザーを起動させた。
装置から淡い光が放たれ、二つの物体をゆっくりとスキャンしていく。
《……スキャン完了。……設計パターン、構築完了です》
《シン、ここからはあなたの力が必要です。オリハルコンは極めて不安定なエネルギー構造をしています。私が物質の再構成を行う間、あなたは精神力でそのエネルギーの奔流を制御し、暴走を抑え込んでください》
『分かっている。執刀医は俺だ。お前は最高のメスになれ』
《了解、マスター》
俺は地面にあぐらをかき、M24を膝の上に置いた。
そして目を閉じ、精神を研ぎ澄ませる。
アナライザーが再び光を放った。
オリハルコンの破片がふわりと宙に浮き上がる。
そして熱せられた水銀のように、その形を変え始めた。
(……来い……!)
俺はその液状化した金属の流れを、意識の力でコントロールする。
ゆっくりと慎重に。一滴たりとも無駄にしないように。
ティアの設計通り、M24の銃身とスコープへと、正確に流し込んでいく。
液状のオリハルコンがM24の銃身に触れた。
ジュッと音がする。だが銃が溶けるわけではない。
二つの金属が分子レベルで結合していく。
M24の黒い銃身に、まるで星屑を散りばめたかのような銀色の美しい紋様が浮かび上がっていく。
それはまるで生き物のようだ。
銃が新たな命を得て、呼吸を始めたかのようだった。
数分後。
全てのオリハルコンがM24と完全に融合した。
俺の目の前にあるのはもはや、俺が知るM24ではなかった。
より洗練され、より禍々しい未知の兵器。
《……ハイブリッド・カスタマイズ、完了しました》
ティアの達成感に満ちた声が響く。
《新兵装、M24 SWS Custom。……コードネームは”スターダスト・スナイパー”と命名します》
俺は生まれ変わった相棒を静かに手に取った。
その冷たい感触が俺に告げている。
俺たちの旅が、新たな次元へと突入したのだと。
俺は南の空を見据えた。
灼熱の砂漠。
そこに何が待っていようとも、今の俺たちなら乗り越えられる。
新たな力を手に、俺たちの次なる戦いが始まろうとしていた。




