第39話「星を撃つ者」
アストラル・ウォッチャーの赤い単眼から放たれた熱線が、俺たちの足元を薙ぎ払った。
俺はルナを抱えたまま間一髪で後方へと跳躍する。轟音と共に、さっきまで俺たちが立っていた黒い金属の床がバターのように融解していく。とんでもない熱量だ。まともに食らえば、一瞬で蒸発させられるだろう。
「きゃっ……!」
腕の中でルナが小さく悲鳴を上げる。
俺は彼女を降ろし、背後へと押しやった。
「下がってろ。絶対に前に出るな」
「……うん」
ルナはこくりと頷くと、俺から数歩離れた場所で不安げにこちらを見つめている。
俺はAA-12を構え直し、巨大な機械の化け物と対峙した。
『ティア!敵の分析を急げ!』
《了解!現在、対象のエネルギーパターンと装甲材質を解析中!》
【……小賢シイ……】
アストラル・ウォッチャーの感情のない声が脳内に響く。
次の瞬間、本体から伸びる無数の触手がまるで生き物のようにしなった。そして、俺に襲いかかってきた!
俺は地面を転がり、それを回避する。
触手が床を叩き、巨大なクレーターを作った。一撃があまりにも重い。
『くそっ!』
俺は体勢を立て直すと、反撃のためにAA-12のトリガーを引き絞った。
ズガガガガガガガガッ!!
散弾の嵐が触手の一本を叩く。
だが。
キンキンキンッ!
甲高い音を立てて、全ての弾丸が弾かれた。
ショットガンの散弾では、奴の装甲を貫くことすらできない。
《シン、駄目です!対象の装甲は未知の多層式エネルギー装甲です!物理攻撃に対する耐性が、極めて高い!》
『ならどうする!?弱点はないのか!』
《……まだ分かりません!ですが何かあるはずです!あの巨体を維持するには莫大なエネルギーが必要です。必ずどこかに排熱口か、エネルギーコアといった弱点が……!》
ティアが叫ぶ。
その間にもアストラル・ウォッチャーの攻撃は止まらない。
熱線が薙ぎ払うように、何度も俺を襲う。
俺は巨大な円形の足場を縦横無尽に駆け回り、それを回避し続けた。
(このままじゃジリ貧だ……!)
ティアが弱点を見つけ出すまで、俺が時間を稼がなければならない。
だがどうやって?こちらの攻撃は一切通じない。
【……逃ゲ回ルノミカ、矮小ナル者ヨ……】
アストラル・ウォッcherが俺を嘲笑うかのように呟いた。
そしてその巨大な赤い単眼が、再び強い光を放ち始める。
次の一撃。これまでで最大出力の熱線が来る。
《シン!回避不能です!》
ティアの絶望的な警告。
俺の視界に表示される回避ルートはどこにもない。
熱線はこの足場全体を焼き尽くすつもりだ。
その時だった。
「――いやっ!」
俺の背後でルナの悲鳴が響いた。
そして俺の目の前に、金色の光の壁が出現する。
念動力の障壁。ルナが最後の力を振り絞り、俺を守ろうとしている。
轟音。
熱線が障壁に激突し、凄まじいエネルギーが拮抗する。
障壁がみしみしと悲鳴を上げていた。
「……う……ああ……っ!」
ルナの苦悶の声。彼女の鼻から血が流れている。
無理もない。こんな神の御業のような攻撃を、彼女一人の力で防ぎきれるはずがない。
だが彼女が作ってくれたこの数秒。
それが俺たちにとって唯一の勝機だった。
《……!シン!今です!》
《対象が最大出力の攻撃を行う際、あの赤い単眼の中心部……エネルギーコアが、一瞬だけ無防備になります!》
《……ですがその時間は、わずか0.5秒!》
0.5秒。
その一瞬の隙を突くしかない。
だがAA-12では駄目だ。
あの距離で、あの小さな的を正確に撃ち抜くには、それ相応の武器が必要だ。
『ティア!ライブラリにある最大最強の狙撃銃を!』
《了解!推奨します!TACTICAL-BUILD、起動!》
《対物ライフル、バレットM82!》
俺の手にAA-12が消え、代わりに人の背丈ほどもある巨大なライフルの塊が生成された。
それはもはや銃というよりも、”砲”と呼ぶべき代物だった。
対戦車ライフルとしても運用される怪物。
俺はそのあまりにも重い銃身を、床に伏せて構えた。
スコープを覗き込む。
レンズがアストラル・ウォッチャーの巨大な単眼を捉えた。
熱線と念動力の障壁が激しく火花を散らしている。
そしてその中心部。ティアが言う通り、赤い光の奥でさらに輝く小さなコアが見えた。
『ティア!弾道を計算しろ!』
《了解!距離650メートル!重力異常による空間の歪みを補正!》
《……計算完了!》
俺はスコープの十字線を、ティアが示す一点に合わせた。
そしてゆっくりと息を吐き出す。
ルナの障壁が砕け散るのが分かった。
彼女が力尽きて倒れ込む気配。
熱線が俺たちを飲み込もうと迫ってくる。
(もう時間がない)
俺はトリガーに指をかけた。
「――喰らい尽くせ」
俺は引き金を引いた。
タァァァァァァァァァンッ!!
肩を脱臼させるほどの凄まじい反動。
放たれた12.7x99mm弾、通称50口径BMG弾が音速を超えて空間を切り裂いた。
それはもはや弾丸ではない。
必中の光の槍。
スコープの中で、アストラル・ウォッチャーの赤い単眼の中心に小さな風穴が開いたのが見えた。
俺の弾丸が0.5秒の壁を破り、その心臓を正確に撃ち抜いたのだ。
【……ナ……ニ……?】
アストラル・ウォッチャーの困惑した声。
次の瞬間、その巨大な単眼に蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
そして内側から青白い光が溢れ出す。
【……ソンナ……馬鹿ナ……コノワタシガ……コノヨウナ原始的ナ武力ニ……】
断末魔の叫び。
やがてアストラル・ウォッチャーの巨体は、凄まじい閃光と共に大爆発を起こした。
衝撃波が塔全体を揺るがす。
俺は気を失って倒れているルナの体を抱きかかえ、その爆風から身を守った。
数分後。
爆風が収まり静寂が戻った時。
そこにはもう巨大な機械の化け物の姿はなかった。
ただ黒い金属の床に、巨大なクレーターが空いているだけ。
『……終わった……のか……』
俺は荒い息を整えながら呟いた。
腕の中でルナが小さく身じろぎする。
俺たちが立ち上がったその時、クレーターの中心で何かが静かに光を放っているのに気づいた。
それはアストラル・ウォッチャーの残骸。
エネルギーコアがあった場所。
俺はルナをそこに残し、一人でクレーターへと近づいていった。
光の正体は一つの小さな、水晶のような物体だった。
そしてその水晶の中には。
『……これは……』
一枚の金属プレートが封じ込められていた。
そこには俺が読めない古代の文字が、びっしりと刻まれている。
《……シン!それは……!》
ティアの驚愕した声。
《……ティアの拡張モジュール……!そして新たな遺跡の座標データです!》
俺たちの戦いはまだ終わってはいなかった。
それは次なる戦いの始まりを告げる、道標だったのだ。




