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第35話「炎の答え」

 長い夜が明けた。

 洞窟の外で猛威を振るっていた吹雪は、まるで嘘のように止んでいる。静寂が戻った山脈に朝日が差し込んだ。降り積もったばかりの新雪をきらきらと輝かせている。


 俺は腕の中で眠るルナを起こさないように、ゆっくりと身を起こした。体中が凍てつくような寒さで強張っている。だが不思議と悪くない目覚めだった。背中に感じていた小さな温もりが、まだそこに残っているかのようだ。


 ルナは俺のコンバットジャケットにくるまったまま、穏やかな寝息を立てていた。その顔色は昨日よりも、幾分か良くなっているように見える。


 俺は静かに洞窟を出て、周囲の警戒にあたった。

 雪に覆われた世界は美しく、そして危険だった。全ての痕跡が雪の下に隠されている。どこに敵が潜んでいるか分からない。


『ティア。状況は?』


《おはようございます、シン》


 ティアの声はいつも通りの冷静なものだった。だがその声色には、どこか人間的な温かみが混じっているような気がした。


《昨夜の異常気象は、完全に収束しました。ですがシン。これは自然現象ではありません》


『……どういうことだ?』


《この地域の魔力パターンを継続して観測した結果、断定しました。昨夜の吹雪は極めて高度な、広域環境魔法によるものです。おそらくは、この山脈に何者かが張った防衛システムの一部でしょう》


 防衛システム。

 つまりこの山脈そのものが、侵入者を拒む巨大な罠だというのか。


《はい。そしてその”番人”が、目覚めたようです》


 ティアの警告と同時だった。

 俺の目の前の雪原が盛り上がった。

 そしてその中から、何かが姿を現す。


 それは氷でできた人型の巨人だった。

 体長は3メートルを超える。その体は半透明の青白い氷で構成され、中心部には淡い光を放つ核のようなものが見えた。

 雪の中から一体、また一体と氷の巨人が次々と生まれてくる。

 その数、およそ10体。


《対象との初接触!仮称”フロストゴーレム”と命名!》


『……歓迎ご苦労なこった』


 俺はHK416を生成し、最も近くにいた一体の頭部を狙う。

 そしてトリガーを引いた。


ダダダダッ!


 放たれた徹甲弾が、フロストゴーレムの頭部に吸い込まれていく。

 だが。


ガガガガッ!


 弾丸は分厚い氷の装甲に阻まれ、砕け散った。

 ゴーレムはよろめきはしたが、致命傷にはほど遠い。

 それどころか弾痕が刻まれた頭部が、周囲の冷気を取り込みみるみるうちに再生していくではないか!


『……再生能力持ちか!厄介だな!』


 フロストゴーレムたちが一斉に、こちらへ歩みを進めてくる。

 その動きは鈍重だが、一歩ごとに大地が震えた。


『ティア!奴らの弱点は!?』


《解析中!……シン、駄目です!彼らの体は特殊な魔力で編まれた氷の結晶体です!運動エネルギーによる物理攻撃は、そのほとんどが衝撃を吸収、分散されてしまいます!》


 つまり銃弾は効かない、と。


『ならどうする!?』


《発想の転換が必要です。……シン、彼らの弱点は”熱”です》


『熱?』


《はい。彼らの体を構成する魔力結晶は、急激な温度変化に極めて脆弱です。……つまり圧倒的な熱量で、その体を強制的に融解させるのです》


 圧倒的な熱量。

 その言葉に俺の脳裏に一つの答えが浮かんだ。

 戦場で最も恐れられ、最も忌み嫌われた原始的な兵器。


『……火炎放射器か』


《その通りです!TACTICAL-BUILD、起動!M2火炎放射器を推奨します!》


 俺の手にHK416が消え、代わりに長いノズルを持つ無骨な鉄の塊が生成された。

 背中には燃料タンクが二本装着される。

 第二次世界大戦の遺物。だがその威力は今もなお現役だ。


 俺は火炎放射器のトリガーを握りしめた。

 そして迫り来る氷の巨人たちへ、そのノズルを向ける。


「――燃え尽きろ」


 俺はトリガーを引き絞った。


ゴオオオオオオオオッ!!


 ノズルから灼熱の炎の奔流が解き放たれる。

 それはまるで怒れる竜の息吹。

 炎が先頭を歩いていた、一体のフロストゴーレムを飲み込んだ。


「ギ……ィ……ィ……!?」


 断末魔の叫び。

 それは悲鳴というよりも、熱せられた氷が軋む断末魔の音だった。

 ゴーレムの青白い体が一瞬にしてオレンジ色に染まり、凄まじい勢いで融解していく。

 数秒後。

 そこには巨大な水蒸気の柱と、地面にできた大きな水たまりだけが残されていた。


『……効果は絶大だな』


 残りのゴーレムたちが仲間の唐突な消滅に戸惑っている。

 俺はその隙を見逃さなかった。


 俺は炎の奔流を薙ぎ払うように、左右に振るった。

 炎の壁が雪原を焼き尽くしていく。

 ゴーレムたちは逃げる間もなく、次々と炎に飲み込まれていった。


ジュウウウウウッ!


 肉の焼ける音とは違う、氷が蒸発する不快な音。

 そして辺り一面に立ち込める濃密な水蒸気。

 視界が白く染まっていく。


 その時、洞窟の中から小さな悲鳴が聞こえた。

 ルナだ。

 俺はハッとして振り返る。一体のゴーレムが水蒸気に紛れて、洞窟へと迫っていたのだ。


『……しまっ……!』


 今から戻っても間に合わない。

 絶望が脳裏をよぎった、その時。


 洞窟の入り口で金色の光が爆ぜた。

 ルナが放った念動力の障壁。

 ゴーレムの巨大な拳が障壁に叩きつけられ、甲高い音を立てて砕け散る。


「……はぁ……はぁ……!」


 ルナが肩で息をしている。

 彼女が稼いでくれた数秒。それで十分だった。


 俺は火炎放射器のノズルを、洞窟へと迫るゴーレムの背中へと向けた。

 そして最後の炎を解き放つ。


 灼熱の炎が氷の巨人を背後から飲み込んだ。

 断末魔の叫びを上げる間もなく、ゴーレムは水蒸気と化して消え去った。


 雪原に再び静寂が戻る。

 残されたのはいくつもの巨大な水たまりと、立ち上る湯気だけ。


 俺は火炎放射器を消し、洞窟へと駆け寄った。

 ルナが入り口でへたり込んでいる。


「……大丈夫か」


 俺の問いかけに彼女は小さく頷いた。

 そして俺の顔をじっと見つめる。

 その金色の瞳には恐怖と、そしてそれ以上の何かが宿っていた。

 それは畏敬か、あるいは……。


 俺は彼女に手を差し伸べた。

 ルナは今度は躊躇うことなく、その手を取った。


 俺たちが立ち上がったその時、ティアが警告を発した。


《……シン。……ゴーレムが融解した地面を、見てください》


 俺は水たまりができた地面へと目をやった。

 雪と氷が溶けたその下。

 そこから何か人工的な、金属の構造物が姿を現していた。

 それは俺たちが脱出してきた、古代遺跡の壁と同じ滑らかな黒い金属でできていた。


『……なんだ、これは……』


 この山脈はただの岩山ではなかった。

 その内部に何か巨大な”何か”が眠っている。

 俺たちの本当の目的地は、まだこの先にあるらしい。

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