表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/54

第31話「崩壊の序曲」

《……施設完全崩壊まで、あと10分!》


 無機質なカウントダウンが、崩れゆく施設に響き渡る。

 俺は気を失った銀髪の少女を肩に担いだ。瓦礫が降り注ぐ中を、ただひたすらに出口へと駆け抜ける。壁は剥がれ落ちて、天井の照明が火花を散らしながら次々と落下する。俺たちが通ってきた道は、もはや存在しなかった。


『ティア!脱出ルートは!?』


 俺の焦りを帯びた問いかけに、返ってきたのは絶望的なノイズだった。


《……ザ……ジジッ……エラー!》

《施設構造データ……損傷!》

《……ルート算出……不能!》


 EMPグレネードの余波と施設の物理的な崩壊。その二重のダメージが、ティアのシステムさえも蝕んでいる。頼れるのは、俺自身の戦場で培った勘だけだ。


 俺は右へと続く分岐路へ、躊躇なく飛び込んだ。こっちの方が、新鮮な空気の流れを微かに感じる。出口は近いはずだ。


 だが、その選択は間違いだったのかもしれない。

 行き着いた先は、あの円形の広間だった。俺がセンチネルと、最初に交戦した場所だ。


 そして、そこには地獄が広がっていた。


「ギギギギギギッ!」


 赤い非常灯の光に照らされ、数体のセンチネルが狂ったように動き回る。自爆シークエンスが、奴らの制御システムを破壊したらしい。敵も味方も区別なく、目に入るもの全てを破壊し尽くしている。仲間だったはずのセンチネル同士がエネルギー弾を撃ち合い、その白い装甲を互いに溶解させていた。


『……最悪だ』


 俺は舌打ちをした。この狂気のダンスフロアを、突っ切らなければ出口にはたどり着けない。


 一体のセンチネルが、俺の存在に気づく。その単眼の赤いセンサーが、俺を捉えた。腕部が変形し、青白いエネルギーが収束していく。


 だが、奴が発射するよりも早く。

 俺は肩に担いだ少女を抱え直し、左手一本でP90を構えた。そして、トリガーを引き絞る。


ダダダダダダダッ!


 弾丸の嵐が、センチネルの足元へと叩き込まれる。狙いは破壊ではない。牽制だ。


 センチネルがバランスを崩してよろめいたその隙に、俺はその脇を駆け抜けた。背後で、エネルギー弾が壁を抉る甲高い音が響く。


 だが、一体抜けても次がいる。

 別のセンチネルが、俺の進路上に立ち塞がった。


(このままでは蜂の巣にされる)


 その覚悟を決めた、瞬間だった。


 俺の肩でぐったりとしていたはずの少女の体が、ぴくりと震えた。

 そして彼女の閉ざされた瞼の奥から、淡い金色の光が漏れ出す。


 次の瞬間。

 俺に襲いかかろうとしていたセンチネルの動きが、ぴたりと止まった。そして、まるで見えない糸に操られるかのように、その砲口を別のセンチネルへと向けた。


(……!?)


 何が起こった?

 センチネルたちは、互いに撃ち合いを始めた。まるで、同士討ちをしているかのようだ。

 いや違う。させられている。この少女の、無意識の念動力によって。


『……寝てても厄介な力を持ってるな、こいつは』


 俺は、その千載一遇の好機を見逃さなかった。

 センチネルたちが同士討ちで動きを止めている隙に、広間を一気に駆け抜ける。


 出口である巨大な回廊へ、たどり着いた。

 だが、安堵したのも束の間だった。


ゴゴゴゴゴゴ……!


 凄まじい地響きと共に、俺の目の前で天井が崩落し始めた。巨大な金属の塊が、次々と落下してくる。道が塞がれる。


『……くそっ!間に合わねぇか!』


 諦めかけた、その時。


《……シン!》


 ティアのクリアな声が、脳内に響いた。どうやら、システムが復旧したらしい。


《……左!壁の亀裂へ!》


 俺は言われるがままに、左の壁へと目を向けた。そこには崩落の衝撃で生まれたであろう、人間一人がギリギリ通れるほどの亀裂が入っている。


 俺は、その亀裂へ躊躇なく体を滑り込ませた。そこは施設の配管やケーブルが、無数に張り巡らされた壁の内部だった。正規のルートではない。だが、今はそんなことを言っていられる状況ではなかった。


 俺はパイプを足場に、ケーブルを命綱にしてひたすらに上を目指した。背後では、施設が断末魔の叫びを上げている。


 やがて、俺は光を見た。

 頭上から差し込む月明かり。出口だ。


 俺は最後の力を振り絞り、地上へと這い出した。そこは、山頂に近い岩場だった。

 俺が外へ出た、その直後。


ズウウウウウウウウウンッ!!


 山全体が揺れた。

 俺が出てきた亀裂が、内側からの爆発によって完全に崩落し塞がる。そして、俺たちが中に入ってきたあの巨大な黒い門も、跡形もなく山の一部と化していた。

 古代遺跡は、その秘密を再び永遠の沈黙の中に封じ込めたのだ。


『……終わった……のか?』


 俺は荒い息を整えながら、呟いた。

 肩に担いでいた少女を、ゆっくりと地面に下ろす。彼女はまだ意識を取り戻さない。だが、その寝顔は施設の中にいた時よりも、どこか安らかに見えた。


《……シン。……私たち……生きているのですね》


 ティアのか細い声。その声は、どこか震えていた。


『ああ。お前と、そいつのおかげでな』


 俺は夜空を見上げた。

 満天の星空。ゼノアの街の灯りは、ここからでは見えない。俺たちは完全に孤立した。


 だが、不思議と絶望はなかった。

 むしろ達成感と、これから始まる何かへの予感が俺の心をを満たしていた。


 俺は近くにあった小さな洞窟へ、少女を運んだ。

 焚き火を起こし、冷えた体を温める。


『ティア。こいつをスキャンしろ。何か分かるか?』


《……了解。……ですがシン。……怖いです。もし彼女が本当に、私と同じだとしたら……。私は……》


『……いいからやれ』


 俺の静かな命令。

 ティアはしばらく沈黙していたが、やがて意を決したように答えた。


《……はい。マスター》


 俺の視界に、少女のバイタルサインとエネルギーパターンの解析データが表示される。

 それは驚くほど、ティアのそれと酷似していた。だが、決定的に違う点が一つ。少女のエネルギーはひどく不安定で、まるで嵐の前の海のようだった。


 俺がその解析データを見つめていた、その時。

 焚き火の光に照らされた少女の銀色の睫毛が、ふるりと震えた。そしてゆっくりと、その金色の瞳が開かれていく。


 その瞳には、もう虚無の色はなかった。

 あるのはただ深い森の湖のような、静かな困惑。そして怯え。


 少女は目の前にいる俺の姿を認めると、か細い唇を震わせた。

 そして掠れた声で、呟いた。


「……だれ……?」


 それは彼女が初めて、自らの意思で発した言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ