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第3話「街へ、静かに入るつもりだった」

森を抜けると、不意に視界が開けた。


木々の密度が薄れ、踏み固められた土の道が見えてくる。

街道だ。


何日歩いたか、正確な感覚はない。

だが、ようやく人の文明圏に近づいていることを、空気の変化が告げていた。


『ティア、周囲をスキャンしろ。何か情報を拾えるか』


《了解。広域スキャンを開始します》


脳内の相棒に指示を出すと、すぐに視界の隅に半透明のウィンドウが展開された。

ドローンからの映像と、周辺の魔力分布図がリアルタイムで更新されていく。


《街道の先に、人口約五千人規模の城壁都市を確認。名称”リグラン”》

《主要施設として、”冒険者ギルド”、”商業ギルド”の存在を確認》

《現在、王都からの通達により、街道の検問が強化されている模様です》


(検問、か。面倒だな)


俺は自分の姿を見下ろす。


王城から逃げ出した時の粗末な服は、森での活動でさらに薄汚れ、ところどころが擦り切れていた。

これでは怪しんでくれと言っているようなものだ。


「この格好じゃまずいな。森仕様じゃ目立つ」


《周囲の観察結果に基づき、現地旅人に適した装備の生成を提案します。承認しますか?》


「許可する」


《TACTICAL-BUILD、起動。旅人向け偽装装備を構築します》


俺の身体を、淡い光の粒子が包み込む。

既存の服が分子レベルで分解され、新たな構造へと再構築されていく。


数秒後、光が収まった時、俺の服装はすっかり様変わりしていた。


丈夫そうな革のブーツに、動きやすい麻のズボン。

上にはフードのついた、使い古した感じのローブ。

腰には、M9を隠すための革ベルトとポーチ。

完璧な”しがない旅人”の姿だった。


俺は生成されたローブのフードを深く被り、軽く表情を歪める。


「……この程度でいい。むしろ都合がいいな、なめられる」


警戒されるより、侮られる方が動きやすい。

俺は静かに息を吐き、リグランへと続く街道を歩き始めた。



街道を歩き始めて一時間ほど経った頃だろうか。


道の両脇が岩場になっている、見通しの悪いカーブに差し掛かった。

戦場なら、絶好の待ち伏せポイントだ。


案の定、だった。


「止まれ、旅人! そこまでだ!」


岩陰から、十数人の男たちが姿を現す。

錆びた剣や斧を手にし、下卑た笑みを浮かべていた。

典型的な盗賊だ。


その中の一人、リーダー格らしい大男が前に出る。

彼の隣には、牙を剥く巨大な熊のような魔物が控えていた。

魔物使いか。


「へへへ、運が悪かったな、アンタ。ここを通りたきゃ、有り金全部と、その荷物を置いていきな」


盗賊たちは、俺が一人であること、そして貧相な旅人であることを見て、完全に油断しきっていた。


俺は立ち止まり、フードの奥で静かに口を開く。


「そっちがそう言うなら……試してみるか?」


「あぁ? 何をごちゃごちゃと……」


リーダーが言い終わる前に、俺は動いていた。


《戦闘モードに移行。敵対勢力、人間14、魔物1。武装レベル、低。脅威度判定、Dマイナス》

《戦術プランを提案。脅威の完全排除を推奨します》


『了解だ』


腰のポーチからM9を引き抜く。

その動きは、盗賊たちの目には捉えられなかっただろう。


まず、閃光弾を足元に投擲。


パァンッ!


強烈な光と音に、盗賊たちが目を覆ってうめく。

「ぐあっ! な、なんだ!?」


その隙を逃さない。

ティアの支援により、視界には敵の位置を示すマーカーと、最適化された射線が表示されていた。

俺は、躊躇なく引き金を引いた。


パンッ! パンッ! パンッ!


乾いた銃声が連続し、実弾が盗賊たちの頭や胸を正確に撃ち抜いていく。


悲鳴を上げる間もなく、命を刈り取られた男たちが次々と血飛沫を上げて倒れ込む。


魔物使いが、恐慌状態で叫んだ。


「ゴ、”ゴルザ”! やっちまえ!」


熊の魔物”ゴルザ”が咆哮し、俺に向かって突進してくる。

だが、その動きはあまりにも直線的で、遅すぎた。


《対象の弱点、心臓部。射線、確保》


俺は冷静に照準を合わせ、引き金を引く。

銃弾は分厚い毛皮と筋肉を貫通し、その心臓を破壊した。


「グルォッ……!?」


巨体が勢いを失って地面に倒れ伏し、二度と動くことはなかった。


生き残った盗賊たちは、この世の終わりのような顔で逃げ出そうとする。


「ひぃっ! ば、化け物だぁ!」


だが、敵意を向けた相手を見逃すほど、俺はお人好しではない。

逃げる者たちの背中を、淡々と撃ち抜いていく。

それは作業だった。

脅威となる対象を、一つずつ排除していくだけの。


数分後。

街道には、動かなくなった死体と、血の匂いだけが満ちていた。


リーダー格だった男だけが、腹から血を流してかろうじて生きていた。

震える声で俺を見上げる。


「お、お前……人間かよ……」


俺はM9から立ち上る硝煙を吹き消し、静かに答えた。


「……ああ、たぶん、な」


パンッ。


最後の銃声が響き、街道は静寂を取り戻した。


『ティア、スキャンしろ』


《了解。対象の所持品をスキャンします》


汚れた金貨、そしてこの辺りの手書きの地図。


《本地の流通通貨”ゴルダ”の貨幣価値データを取得。解析完了。使用可能です》

《周辺地域の詳細な地理情報を更新しました》


俺は使えそうな金貨だけをTACT-PACKに放り込むと、転がる死体に一瞥もくれず、再び街道を歩き始めた。



リグランの城門は、想像していたよりも厳重だった。


屈強な鎧を着た門番が、出入りする人々を鋭い目つきで検めている。

街全体がピリピリとした空気に包まれているようだった。


(王殺しの影響が、こんな辺境の街にまで及んでいるのか)


「止まれ。身分証を提示しろ」


俺の番が来ると、門番の一人が無骨な声で言った。

俺はフードを少しだけ上げ、ティアが完璧に再現した現地語で、困ったように答える。


「すまない、旅の者でね。

身分証は持っていないんだ。

西の村から薬草を届けに来ただけなんだが」


門番は俺の貧相な身なりと、流暢な言葉を聞いて、少しだけ警戒を解いたようだった。

簡単な荷物検査の後、銀貨を数枚渡すと、あっさりと通してくれた。


街の中は、外の緊張感とは裏腹に活気に満ちていた。

様々な人種が行き交い、露店の威勢のいい声が響いている。


『ティア、この街で最も効率的に情報を集められる場所はどこだ?』


俺が脳内で問いかけると、即座に返答があった。


《現在までの聴覚情報、及び建造物の看板から得た言語情報を統合・解析》

《この都市”リグラン”において、公的でない情報、特に地域の脅威や裏社会に関する情報を扱う機関として”冒険者ギルド”が最適と判断します》


『冒険者ギルドか。傭兵の斡旋所みたいなものか』


《はい。機能的に酷似しています。》

《人の出入りが激しく、情報が集散するハブとして機能している可能性が高いです》


『よし、そこへ向かう』


俺は人混みに紛れながら、ティアがマップに表示した冒険者ギルドを目指した。


ギルドの中は、酒と汗の匂いが充満していた。


依頼掲示板の前には屈強な冒険者たちがたむろし、カウンターでは受付嬢が忙しなく対応している。


俺はカウンターの列に並び、順番を待った。


「こんにちは。ご依頼ですか? それとも登録でしょうか?」


栗色の髪をした、愛想のいい受付嬢が微笑みかける。


「いや、少し情報を聞きたいだけだ。

この辺りで、何か変わったことは起きていないか?

例えば、魔物が異常に増えたとか、誰か偉い人がいなくなったとか」


俺がそう言うと、受付嬢は少し表情を曇らせた。


「……旅の方ですか?

実は、最近このリグラン周辺では、魔物の活動が活発化しているんです。

それに、一月ほど前に、この街を治める子爵様が視察の途中、行方不明になるという事件も……」


なるほど。貴族の失踪か。

さらに、ギルド内の冒険者たちの会話に耳を澄ます。


「最近、奴隷市場が妙に羽振りがいいらしいぜ」

「ああ、質のいいのが流れてきてるって噂だ」


魔物の異常発生、貴族の失踪、そして奴隷市場の拡大。

一見、無関係に見える情報が、俺の頭の中で繋がっていく。


(……この街、何かが腐ってるな)


『ティア、今の情報を記録。

魔物の活発化、子爵の失踪、奴隷市場の拡大。この三つの事象に関連性はあるか?』


《現時点では情報不足です》

《ただし、有力者の不在と非合法活動の活発化には、一般的に強い相関関係が見られます》


『だろうな』


俺は受付嬢に礼を言うと、あえて冒険者登録はせず、ギルドを後にした。

身元が割れるような真似は、まだしたくない。



日が傾き、街が夕闇に染まり始める頃。

俺は宿を探すため、裏路地を歩いていた。


その時だった。


《警告。前方50メートル、路地裏にて不自然な動きの群体反応を検出》


ティアの冷静な声が、脳内に響く。


「……不自然な動き?」


《はい。調査対象、人間と思われる生体反応4、非生体反応1》

《行動パターンが、誘拐・拉致のそれに酷似しています》


視界の隅に、路地の向こう側の映像がワイヤーフレームで表示される。


大柄な男三人が、一人の少女らしき人物を無理やり袋のようなものに押し込めている。

非生体反応1、というのはその袋のことか。


(面倒事はごめんだ)


そう思う一方で、俺の足は自然とそちらへ向いていた。


「……調べるだけだ。今はな」


誰に言うでもなく呟き、俺は音もなく闇に溶け込む。

夕闇に染まるリグランの街で、新たな硝煙の匂いが、すぐそこまで迫っていた。

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