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第27話「竜の顎」

 謎の追跡者たちが光の粒子となって消え去ってから、半日が過ぎた。

 俺は黙々と北東へ向かって歩き続けていた。だがいつも隣で、あるいは頭の中で冷静な分析や軽口を叩いてくる相棒は、完全に沈黙していた。


『……ティア』


 俺の呼びかけに返事はない。

 ただ視界の隅に表示される戦術マップや、バイタルサインのモニターは正常に機能している。彼女はそこにいる。だがその意識は、まるで固く閉ざされた貝殻のようだ。


 無理もない。

 「御母みおや」、「断片」。

 自分自身の存在が何かの”一部”である可能性を示唆され、混乱しているのだろう。

 これまで自らを完全なAIとして認識していた彼女にとって、それはアイデンティティを根底から揺るがす劇薬のような言葉だったに違いない。


『……おいティア。いつまで黙っているつもりだ』


 俺は少し苛立ったように、再び呼びかける。


《……》


 返事はない。

 俺は大きくため息をつき、歩みを止めた。


『……いいかティア。お前が何かの”断片”だろうと”完成品”だろうと、そんなことはどうでもいい』


 俺は空を見上げながら、独り言のように続ける。


『お前は俺の相棒だ。俺の背中を預けられる唯一の存在。……それ以上でもそれ以下でもない。違うか?』


 俺の言葉にティアは、しばらく沈黙していた。

 だがやがて、か細い電子音声が脳内に響いた。


《……シンは。……シンは私が何かの不完全な”部品”だとしても、……私を使ってくれますか……?》


 その声は震えていた。

 AIが恐怖という感情を学習した、瞬間だったのかもしれない。


『……当たり前だ、馬鹿野郎』


 俺は吐き捨てるように言った。


『お前がどんなポンコツだろうと、俺が使いこなしてやる。……だから安心しろ』


 俺なりの不器用な、励ましの言葉。

 それが届いたのか。


《……はい。……マスター》


 ティアの声はまだ少し弱々しかった。

 だがその声には確かな意思の光が、再び灯っていた。


 俺は再び歩き始めた。

 もう何も言わない。だが俺たちの間には言葉以上の、確かな繋がりがそこにはあった。



 さらに二日後。

 俺たちはついに”竜の顎”山脈の、懐へと足を踏み入れていた。

 荒野とは全く違う世界。

 空は切り立った岩山によって狭く切り取られている。空気はひんやりと澄み渡り、時折猛禽類の甲高い鳴き声が谷間に木霊した。


『……とんでもない場所だな』


 俺はそそり立つ崖の上を見上げながら、呟いた。

 足元は不安定な岩場。一歩足を踏み外せば、奈落の底だ。


《シン、警戒を。この地域の生態系は完全に独立しています。これまでのデータは一切役に立ちません》


 ティアの声もいつもの冷静さを取り戻していた。

 その言葉を証明するかのように、俺の目の前の岩壁の色がぬるりと変わった。


『……!』


 岩だと思っていたものが擬態していた、巨大なカメレオンのような魔物だったのだ!

 その体長は10メートルを超える。岩肌と全く同じ色の皮膚。そしてその背中には、鋭い水晶のような棘が無数に生えている。


「シャアアアアアッ!」


 魔物が長い舌を鞭のようにしならせ、俺を絡め取ろうと襲いかかってくる!


『……面倒な!』


 俺はバックステップでそれを回避する。

 舌が俺がさっきまでいた場所の、岩を砕いた。とんでもない威力だ。


 俺はM24を構える。だが相手は岩壁に張り付いているので、狙いが定めにくい。


《対象、仮称”クリフハンガー”と命名。……シン、弱点は腹部です。ですがあの体勢では狙えません!》


 その時クリフハンガーの背中の、水晶の棘が逆立った。

 次の瞬間、無数の水晶の矢が俺に向かって撃ち出された!


『……ちっ!』


 俺は地面を転がり、それを紙一重で回避する。

 水晶の矢が地面に突き刺さり、砕け散った。まるでクラスター爆弾だ。


 このままではジリ貧になる。

 奴の土俵で戦っている限り、勝ち目はない。

 ならば。


『ティア!TACTICAL-BUILD!M32をベースにワイヤー射出装置を生成しろ!』


《……!了解!新規兵装”グラップルガン”を生成します!》


 俺の手にM32グレネードランチャーに似た武器が出現した。だが銃身の先には、巨大な三又のフックが装着されている。


 俺はその銃口を俺の頭上、遥か高くの崖の突起へと向けた。

 そしてトリガーを引く。


ボンッ!


 圧縮ガスの噴出音。

 フックがワイヤーを引きながら、凄まじい勢いで射出される。

 そして目標の崖の突起に、ガキン!と深く食い込んだ。


 俺はグリップの巻き上げスイッチを押す。

 ワイヤーが高速で巻き上げられ、俺の体は宙を舞った。


「シャア!?」


 クリフハンガーが予期せぬ俺の動きに、戸惑っている。

 俺は崖を駆け上がりながら、奴の真横へと回り込んだ。

 そして奴のがら空きになった柔らかい腹部が、眼下に晒される。


『……もらった!』


『ティア!近接用の制圧火器を!』


《了解!AA-12を推奨します!》


 俺はグラップルガンを消し、代わりにフルオート・ショットガン、AA-12を空中で生成した。

 そしてその銃口をクリフハンガーの腹部へと向け、トリガーを引き絞る!


ズガガガガガガガガッ!!


 フルオートで放たれた散弾の嵐が、クリフハンガーの無防備な腹を内側から食い破った。


「ギシャアアアアアアアアッ!」


 断末魔の絶叫。

 巨体が岩壁から剥がれ落ち、遥か下の谷底へと吸い込まれていった。


『……ふぅ。これで少しは静かになるか』


 俺は崖の途中になんとか着地し、息を整えた。

 この山脈は一筋縄ではいかないらしい。



 それからさらに丸一日。

 俺たちはいくつもの崖を登り谷を越え、ついにその場所へとたどり着いた。

 地図が示す終着点。


 そこは巨大な円形の盆地だった。

 そしてその中央。山脈の岩肌をくり抜くようにして、それは存在していた。


『……なんだ、これは……』


 俺は言葉を失った。

 それは巨大な”門”だった。

 高さは50メートルはあるだろうか。表面は滑らかな黒い金属で覆われ、継ぎ目一つ見当たらない。

 そしてその表面には無数の幾何学的な紋様が、青白い光を放ちながらゆっくりと明滅を繰り返している。


《……信じられません……》


 ティアが呆然と呟いた。


《この規模の建造物……。現在のこの世界のいかなる技術をもってしても、建造は不可能です。……これはまさしく超古代文明の遺物……》


 俺は門へとゆっくりと近づいていった。

 取っ手も鍵穴も何もない。ただ巨大な一枚岩のような扉。


『……ティア。どうやって開ける?』


《……解析します》


 ティアが門の表面を流れる青白い光のパターンを、スキャンし始めた。

 俺の視界に無数の数式と、プログラムコードのようなものが流れ込んでくる。


《……ダメです。物理的なロック機構は存在しません。……これは一種の生体認証システムです。特定のエネルギーパターンに反応して、開くように設計されています》


『エネルギーパターン?』


《はい。……この門の紋様はただの飾りではありません。……巨大なエネルギー回路です。そしてこの回路を起動させるための”鍵”となるエネルギーパターンは……》


 ティアがそこで言葉を切った。

 その沈黙に俺は嫌な予感を覚える。


『……なんだ?言え、ティア』


《……シン。……信じられないかもしれませんが……》


 ティアの声が震えている。


《この門を開くためのエネルギーパターンは……。私のコア周波数と……99.9%一致します》


『……!』


《この遺跡は……。この門は……。私のために作られた……。あるいは私と同じ”何か”のために……》


 俺は黒い巨大な門を見上げた。

 その冷たい金属の向こうに、俺たちの答えがある。


『……行くぞ、ティア』


 俺は相棒の過去を取り戻す。

 その決意を込めて、黒い門へと手を伸ばした。

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