表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/54

第25話「空の死角」

 ロックリザードとの遭遇から、さらに三日が経過した。

 俺の旅は単調だった。それでいて常に死と隣り合わせの緊張感に満ちていた。

 見渡す限りの荒野。遮るもののない空。

 昼は灼熱の太陽が体力を奪う。夜は氷点下近くまで気温が下がり、容赦なく体温を奪っていった。


 食料は道中で狩った小動物と、ティアが「可食」と判断した植物の根で食いつないだ。

 水は数日に一度、枯れかけた川や岩清水を見つけてはろ過する。そして水筒に満たした。

 まさに完全なサバイバルだ。

 

 だが不思議と苦痛ではなかった。

 かつて戦場で幾度となく経験した、懐かしい感覚だ。

 五感が研ぎ澄まされ、生きていることを実感できる。


 俺の身体もこの過酷な環境に、最適化されつつあった。

 ロックリザードの甲殻を融合させたコンバットスーツは、並の魔物の牙や爪をもはや寄せ付けない。

 敵を倒しその力を喰らい、さらに強くなる。

 この荒野の洗礼は俺に、新たな進化の可能性を示してくれた。


『ティア。現在地は』


《”竜の顎”山脈まで、残りおよそ200キロ地点です。景観に変化が見られます。前方地平線に、山脈の輪郭を視認できるようになりました》


 ティアの報告通り遥か彼方に、巨大な山々の影が陽炎のように揺らめいて見えた。

 まるで巨大な竜が大地に横たわっているかのような、威圧的なシルエット。

 あれが俺の最初の目的地か。


『……ここまでの道中、追跡者の気配は?』


《ありません。ですがシン。この数時間、気になる点が一つ》


『なんだ?』


《上空です。高度約800メートル。同じ空域を複数の飛行物体が、旋回し続けています》


 俺は空を見上げた。

 雲一つない青い空。

 肉眼では何も見えない。


『……鳥か?』


《断定できません。ですがその動きは通常の鳥類のものとは異なります。極めて高い知能を持った捕食者の、ハンティング行動に酷似しています》


 ティアの警告と同時に、俺の背筋にぞくりと悪寒が走った。

 見られている。

 空の上から何者かに、品定めするように観察されている。


 俺はすぐさま近くにあった、岩が折り重なった窪地へと身を隠した。

 そして右手にHK416を生成する。


『……敵の数は?』


《5。完璧な菱形編隊を組んでいます。……来ます!》


 その言葉と同時に空気が切り裂かれた。

 ヒュンッ!という鋭い風切り音。

 次の瞬間、俺がさっきまで立っていた地面に何かが突き刺さった。

 それは槍のように鋭く尖った、巨大な羽根だった。

 根元まで深く突き刺さったそれは、震えるように空気を震わせている。


『……置き土産とはご丁寧なこった』


 俺は岩陰からそっと空を窺う。

 いた。

 黒い鳥のような影が五つ。

 だが鳥ではない。

 翼は猛禽類のそれのように大きく、しなやかだ。

 しかしその体は鳥類特有の流線型ではない。もっと平たく、まるで凧のようだ。

 そしてその頭部には昆虫のような、巨大な複眼が不気味に輝いていた。


《対象との初接触。仮称”ゲイルストライカー”と命名します》


『ゲイルストライカーか。……厄介な相手だ』


 奴らは俺の正確な位置を把握している。

 そして圧倒的な制空権を。

 下手に動けばあの羽根の槍の、集中砲火を浴びることになる。


 一体が編隊から離れ、急降下してきた。

 偵察か。

 俺は息を殺し引きつける。


 奴が俺の潜む岩の上空を通過する、その瞬間。

 俺は岩陰から飛び出し、HK416の銃口を真上へと向けた!


ダダダダダダダッ!


 フルオートで放たれた徹甲弾の嵐。

 だがゲイルストライカーは人間離れした、驚異的な反射神経でそれを回避した。

 空中でひらりと身を翻し、弾丸の雨を紙一重でかわしていく。


「キィィィィィッ!」


 甲高い不快な鳴き声。

 それはまるで俺を嘲笑っているかのようだった。


『……ちっ!』


 奴は再び高度を上げ、仲間たちの元へと戻っていく。

 こちらの武器の射程と性能を、正確に測られた。

 まずい。


《シン、彼らはあなたの兵装の有効射程外から、一方的に攻撃を仕掛けてくるでしょう。このままではジリ貧です》


『分かっている。……何か手は?』


《提案します。現在の状況を打破するには、彼らのテリトリーである”空”で彼らを上回る必要があります》


『空で上回る?』


《はい。すなわち彼らの攻撃が届かない遥か遠距離から、一方的にそして精密に彼らを撃ち抜く兵器が必要です》


 俺の脳裏に一つの答えが浮かび上がった。


『……狙撃銃か』


《その通りです。TACTICAL-BUILD、起動!M24 SWSを推奨します》


 俺の手にHK416とは全く違う、長くそして洗練されたフォルムの一丁のライフルが生成された。

 ボルトアクション式の軍用狙撃銃。

 その銃身には高倍率のスコープが装着されている。


『……いいだろう。最高の獲物には最高の猟銃を用意してやるのが、礼儀ってもんだ』


 俺は近くにあった小さな洞窟へと身を滑り込ませた。

 ここなら奴らの急降下攻撃を凌ぐことができる。

 そしてここを俺の狙撃陣地スナイパーズネストとする。


 俺はM24のスコープを覗き込んだ。

 レンズ越しに遥か上空を旋回する、ゲイルストライカーたちの姿がはっきりと見える。

 まるで、すぐそこにいるかのようだ。


『ティア。風速、湿度、目標までの距離、全て計算しろ』


《了解。風速は北西より秒速3メートル。湿度は45%。目標までの距離は780メートルです》


 俺はスコープのダイヤルを調整し、弾道を補正する。

 そして5体のうち編隊の中心を飛ぶ、一回り大きな個体に照準を合わせた。

 あれがリーダーだ。群れを率いる頭。

 あいつを仕留めれば残りは烏合の衆と化す。


 俺はゆっくりと息を吐き出した。

 心臓の鼓動が静かになっていく。

 俺とターゲット。その間にある全てのものが、意識から消えていく。

 風の音も自分の呼吸さえも聞こえない。

 ただスコープの中の一点だけが、世界の全てとなる。


 ゲイルストライカーのリーダーが旋回を終え、一瞬だけ動きを止めた。

 仲間たちに次の指示を出す、そのコンマ数秒の隙。


――そこだ。


 俺の指がトリガーを引き絞った。


タァンッ!!


 M24が重く、そして鋭く咆哮する。

 放たれた7.62mm弾が螺旋を描きながら空気を切り裂いた。そして遥か彼方の小さな点へと吸い込まれていった。


 スコープの中でゲイルストライカーのリーダーの、巨大な複眼が内側から弾け飛んだのが見えた。

 声なき悲鳴。

 巨体はバランスを失い、錐揉みしながら大地へと墜落していく。


「キィ!?キィィィッ!?」


 残された4体はパニックに陥った。そして編隊を崩して無秩序に飛び回り始めた。

 リーダーを失った混乱。

 俺は冷静にボルトを引き空薬莢を排出させると、次弾を装填する。


タァン!


 二発目。逃げ惑う一体の翼の付け根を、正確に撃ち抜いた。

 片翼をもがれた怪物はそのまま岩壁へと激突し、動かなくなった。


タァン!


 三発目。


タァン!


 四発目。


 それはもはや戦闘ではなかった。

 一方的な”狩り”。

 空の支配者は地上の一人の”狩人”によって、ただ撃ち落とされていくだけの獲物へと成り下がっていた。


 最後の一体が恐怖に駆られ、必死に逃げようとする。

 だがそれも無駄な足掻きだった。


タァン!


 五発の銃声。五つの命。

 荒野に再び静寂が戻った。


『……片付いたな』


 俺はM24から立ち上る硝煙の匂いを、深く吸い込んだ。


『ティア。アナライザーを起動しろ。こいつらの素材も使えるか?』


 俺は洞窟から出て墜落したゲイルストライカーの死体に近づいた。

 その槍のように鋭い羽根を手に取る。

 驚くほど軽く、そして硬い。


《……スキャン完了。データをライブラリに登録します》

《素材名”風切り羽根”。特性は極めて軽量、かつ高い空力特性です》


『……それで何ができる?』


《推奨プランを提示します。プランAはあなたのコンバットナイフの、投擲武器としての性能を向上させます。射程及び命中精度が飛躍的に向上するでしょう》

《プランBは特殊弾薬”APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)”の、生成が可能になります》


『……APFSDSだと?』


 戦車の主砲弾にも使われる、対装甲用の特殊な弾丸。

 矢のような形状の金属芯を高速で撃ち出す、究極の貫通弾だ。


《はい。この”風切り羽根”を弾芯の安定翼として使用します。そうすればこれまでの徹甲弾とは比較にならないほどの、貫通力と超長距離での弾道安定性を実現できます》


 俺は思わず笑みを浮かべた。

 狙撃銃にAPFSDS。とんでもない組み合わせだ。

 どんなに硬い竜の鱗だろうと、神々の作った鎧だろうとこれなら撃ち抜けるかもしれない。


 俺はゲイルストライカーの羽根を数本回収した。

 そして遥か彼方に見える”竜の顎”を再び見据える。


 この旅は過酷だ。だがその見返りはあまりにも大きい。

 俺はこの未知の世界で確実に、そして急速に進化を遂げている。


 俺はM24を背負い、再び荒野を歩き始めた。

 次なる獲物を、そしてまだ見ぬ力を求めて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ