第20話「牙城への突入」
アークライト商会が沈黙してから、一夜が明けた。
あの後、俺は会頭であるバルタザールの執務室に”訪問”し、彼が横取りした魔導金属インゴットを全て”回収”。さらに、二度と余計な真似をしないように、というささやかな”お願い”をしておいた。
恐怖に歪んだ顔で、何度も頷いていたあの男が、俺に逆らうことはもうあるまい。
街の空気は、依然として張り詰めている。
『鉄の牙』の壊滅と、アークライト商会の突然の沈黙。
二つの巨大な組織を襲った厄災の噂は、尾ひれがついて街中を駆け巡り、人々を得体の知れない恐怖に陥れていた。
だが、俺のやることは変わらない。
全ての元凶、ゼノア鍛冶師ギルド。
奴らの牙城を、今から叩き潰す。
俺は、ギルド本部の前に立っていた。
そこは、商会本部のような華美な装飾はない。
だが、黒い鉄と石で築かれたその建物は、まるで要塞そのものだった。
分厚い壁、狭い窓。全てが、外部からの攻撃を想定して作られている。
『ティア。最終確認だ』
《はい。ゼノア鍛冶師ギルド本部。地上5階、地下3階。建物全体が、防御魔法を付与された特殊な合金で覆われています》
《現在、内部にはギルドに所属する職人、及び私兵、合わせて約100名が立てこもっている模様。彼らは、我々の次の標的が自分たちであると確信し、完全な臨戦態勢にあります》
『そうだろうな。俺が奴らの立場でも、そうする』
アークライト商会という”盾”を失った今、奴らに残された道は、その牙城に立てこもり、徹底抗戦することだけだ。
《シン、一つ懸念事項が》
『なんだ?』
《敵の装備です。彼らは、ただの兵士ではありません。自らが作り出した、最高傑作の武具で武装しています。中には、試作品と思われる、未知の機能を持った武器を装備している者も確認できます》
《特に、幹部クラスの職人たちが纏っている全身鎧は、昨夜の傭兵たちのものとは比較にならないほどの強度と、魔法耐性を有していると予測されます》
『なるほどな。……いいだろう』
俺は、静かに頷いた。
敵が強ければ、強いほど、燃える。
『TACTICAL-BUILD、起動。兵装を選べ、ティア』
《了解。敵の重装甲を考慮し、最適な兵装を推奨します》
俺の右手に、昨日とはまた違う、確かな重みが生まれる。
HK416よりも一回り大きく、より力強いシルエットを持つ、漆黒のアサルトライフル。
ベルギー、FN社が開発した、特殊部隊用戦闘ライフル、SCAR-H。
その大口径の銃口が、静かにギルド本部を見据えていた。
『……SCAR-Hか。7.62mm弾。いい選択だ』
《はい。5.56mm弾を使用するHK416に比べ、一発の威力、そして貫通力は、こちらが遥かに上です。彼らがプライドをかけて作り上げた”作品”を、その装甲ごと叩き潰します》
『職人たちのプライド、か。……結構なことだ』
俺は、SCAR-Hのコッキングハンドルを引き、初弾を薬室へと送り込んだ。
ガシャン、という重い金属音が、戦いの始まりを告げる。
俺は、隠れることもなく、堂々と、ギルド本部の正面扉へと向かって歩き始めた。
すぐに、壁の上の見張り台から、怒声が飛んでくる。
「何者だ!」
「そこを動くな!それ以上近づけば、攻撃するぞ!」
その警告を、俺はせせら笑う。
攻撃?上等だ。
俺は、SCAR-Hを肩に当て、見張り台の一つに照準を合わせた。
距離、約100メートル。
スコープの中の職人が、驚愕の表情でこちらを見ているのが、手に取るように分かった。
タァン!
腹に響くような、重い一発。
放たれた7.62mm弾は、唸りを上げて空中を駆け、見張り台の分厚い鉄製の胸壁に、吸い込まれるように着弾した。
次の瞬間、轟音と共に、その鉄壁が、内側から爆ぜるように弾け飛んだ。
防御魔法が刻まれていたはずの鉄板が、いとも容易く貫通され、砕け散る。
そして、その背後にいた職人の体も、衝撃で原型を留めないほどに破壊された。
「な……!?」
「馬鹿な、見張り台の装甲が……!?」
壁の上から、動揺した声が聞こえる。
だが、俺は、そんなものに構うことなく、二つ目、三つ目の見張り台を、同じように破壊していく。
タァン!タァン!と、一発ずつ、確実に。
それは、もはや狙撃というよりも、砲撃に近い、絶対的な破壊だった。
『ティア。扉の構造は?』
《厚さ30センチの魔導金属製。さらに、内側から十数本の閂でロックされています。物理的な破壊は、困難です》
『そうか』
俺は、SCAR-Hのマガジンを抜き、別のものに交換した。
弾頭が、赤く塗られた、特殊な弾薬。
『なら、こいつの出番だな』
俺は、扉の蝶番部分を狙い、トリガーを引いた。
タタタッ!
放たれたのは、徹甲炸裂弾。
着弾と同時に、硬い装甲を貫き、その内部で炸裂する、対装甲用の弾丸だ。
轟音と、閃光。
巨大な鉄の扉が、蝶番から吹き飛ばされ、内側へと倒れ込んでいく。
その向こうから、武装した職人たちの、驚愕と怒りに満ちた顔が見えた。
「――行くぞ」
俺は、粉塵が舞う中を、躊躇なく突っ込んだ。
ギルド本部の内部は、工房そのものだった。
巨大な炉がいくつも並び、火花が飛び散っている。
壁には、作りかけの剣や鎧が、無数に吊り下げられていた。
そして、その間を、ハンマーや、試作品のウォーアックスを構えた、屈強な男たちが、雄叫びを上げながら、こちらへ殺到してくる。
「化け物め!ここをどこだと思っている!」
「我らの聖域を、土足で汚すなぁっ!」
彼らの体は、分厚い鎧で覆われている。
その動きは、傭兵たちのような洗練さはない。
だが、一人一人の体格と、その武器から発せられる圧力は、傭兵たちの比ではなかった。
『ティア。敵の配置、武器の特性を分析しろ』
《了解。前方より、10名が接近。うち3名は、魔力を帯びた試作兵器を装備。注意してください》
「おおおおおっ!」
先頭を走る、大男。
その手には、巨大なハンマーが握られている。
ハンマーの頭部が、青白い光を放っていた。
俺は、冷静に、男の膝を狙う。
タァン!
7.62mm弾が、分厚い膝当てを貫通し、その下の骨を砕く。
巨体が、バランスを崩して、前のめりに倒れ込んだ。
「ガレス!?」
「くそ、怯むな!数で押し潰せ!」
俺は、倒れた男を踏み越え、さらに奥へと進む。
左右から迫る、剣と斧。
それを、最小限の動きで躱しながら、SCAR-Hを連射する。
タタタタタッ!
銃口から放たれる、死の嵐。
職人たちが、誇りをかけて作り上げたであろう、自慢の鎧。
それが、いとも容易く、鉄屑へと変わっていく。
「馬鹿な、俺の最高傑作が……!」
「こんな、子供騙しのような武器に……!」
彼らの悲鳴が、心地よかった。
プライドをかけて作り上げたものが、理解不能な力によって、無価値なものへと変えられていく。
その絶望が、俺にとっては、最高のスパイスだった。
俺は、炉の近くにあった、巨大な鉄塊を吊り下げていた鎖を撃ち抜く。
轟音と共に、数トンの鉄塊が、床に落下し、近くにいた数名の職人を、まとめて圧し潰した。
「ひ……!」
その、あまりにも人間離れした戦い方に、ついに、職人たちの足が止まった。
恐怖が、彼らの闘志を上回ったのだ。
『……終わりか?』
俺は、銃口から立ち上る硝煙を吹き消しながら、呟いた。
その時だった。
「――そこまでだ、侵入者」
工房の奥から、静かだが、芯の通った声が響いた。
職人たちが、左右に分かれ、道を開ける。
その奥から、一人の老人が、ゆっくりと姿を現した。
白髪に、白い髭。
だが、その体は、老いを感じさせないほどに、鍛え上げられている。
その手に握られているのは、巨大な、黒い大槌。
そして、その身に纏っているのは、この工房の誰のものよりも、重厚で、禍々しいオーラを放つ、漆黒の全身鎧だった。
『……ティア』
《……ギルドマスター、ヴォルガです。彼の装備している鎧と槌は、データにありません。未知の、最高傑作でしょう》
「貴様が、我がギルドに仇なす、災厄か」
ヴォルガが、静かに言う。
その瞳は、怒りでも、恐怖でもない。
ただ、目の前の獲物を、値踏みするような、冷たい光を宿していた。
「……面白い武器を使う。だが、それだけだ」
ヴォルガが、大槌を、ゆっくりと持ち上げる。
槌の頭部から、黒い稲妻のような魔力が、迸った。
「貴様の、そのおもちゃでは、ワシの最高傑作は、傷一つ付けられんよ」
その言葉と同時に、ヴォルガの体が、ブレた。
老人のものとは思えない、驚異的な速度で、俺との距離を詰めてくる。
『……!』
俺は、咄嗟に、SCAR-Hをフルオートで連射する。
だが、ヴォルガは、その弾丸の雨を、意に介さず、突き進んでくる。
7.62mm弾が、彼の鎧に弾かれ、甲高い音を立てて、火花を散らした。
「無駄だ、と言ったはずだ!」
ヴォルガの、黒い大槌が、俺の頭上へと、振り下ろされる。
死を覚悟した、その瞬間。
《――タクティカル・フィールド、最大出力!》
俺の体の周りに、青白い光の障壁が、一瞬だけ展開された。
轟音。
大槌が、障壁に叩きつけられ、凄まじい衝撃波が、工房全体を揺るがす。
障壁は、砕け散り、俺の体は、数メートル後ろへと吹き飛ばされた。
「……ぐっ……!」
受け身は取ったが、内臓が揺さぶられる。
口の中に、鉄の味が広がった。
「……ほう。今のを防ぐか。面白い」
ヴォルガが、ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
その姿は、まさに、絶望の象徴だった。
『……ティア。奴の鎧はSCAR-Hじゃ通じない。プランBだ』
俺は、ゆっくりと立ち上がった。SCAR-Hを投げ捨てる。
『奴をこじ開けてデータを引っこ抜く。そのための”道具”を生成しろ。頑丈で、一撃が重い、単純なやつを』
《了解。プランBに移行。対重装甲・データ収集用兵装”パイルバンカー”を生成します》
俺の右手に、黒い金属光沢が収束していく。
生成されたのは、銃ではない。
全長2メートルはあろうかという、巨大なパイルバンカー。先端には、魔導金属を加工して作られた、鋭い杭が装着されている。
「……ほう。銃を捨て、今度はただの鉄杭か。それが貴様の切り札か?」
ヴォルガが、俺の新たな武器を見て、嘲るように言った。
「切り札?違うな」
俺は、パイルバンカーを大地に突き立てるように構える。
「これは、お前のメッキを剥がすための、ただの”鉄の爪”だ」




