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第2話「この世界の常識、俺には非常識」

王城を脱出して、どれくらいの時間が経っただろうか。


俺は、広大な森林地帯の奥深くに身を潜めていた。


木々のざわめきだけが、耳を打つ。

あの王城の喧騒とはかけ離れた、静かで、しかし不気味なほどの平穏がそこにはあった。

湿った土と、知らない植物が放つ甘い匂いが混じり合う。


ごつごつした木の幹に背を預け、M9を握ったまま、俺は静かに息を殺していた。

服は、転移時に着せられていた粗末な民族衣装のままだ。

軍用のコンバットスーツには遠く及ばないが、最低限の防御力は確保されている。


(さて……)


俺は心の中でつぶやき、脳内の相棒に語りかける。


「おい、AI。これから毎回”TACTICAL-AI”とフルネームで呼ぶのは長ったらしい。もっと短くならないか?」


俺の問いかけに、無機質な電子音声が即座に応答する。


《呼称の変更は可能です。任意の名称を設定してください》


「……そうだな。TACTICAL-AIの頭文字をとって……。”ティア”。今日からお前はティアだ」


脳内のAIは、感情の欠片も感じさせない声で、淡々と応えた。


《呼称を”ティア”に登録。承認されました》


「よし。じゃあティア、この世界の情報を収集する。まずは現状把握からだ」


《了解。調査モードを起動》

《生態系・気候・魔力分布の広域スキャンを開始します》

《補足提案。より精密な視覚情報を得るため、偵察ドローンの生成を推奨します》


「許可する。生成しろ」


《指定:偵察ドローン。”TACTICAL-BUILD”、起動》


俺が右の掌を宙にかざすと、光の粒子が渦を巻いて立ち上る。

それは、空間に漂う微細な魔素を吸収し、急速に形を成していく。

ホログラム状の設計図が一瞬だけ表示され、数秒で掌サイズの小型ドローンが構築された。

カメレオンのような光学迷彩が施された、最新鋭の偵察機だ。


俺はドローンを軽く宙に放り投げる。

ブーン、という微かな駆動音を残し、ドローンは無音飛行モードに移行。

木々の間を縫うようにして、あっという間に上空へと消えていった。


直後、俺の視界の隅に、ホログラムのような半透明のマップが展開される。

ドローンから送られてくる、上空から見た森林のリアルタイム地形図だった。


《……広域スキャン完了》

《この地域は”魔力湧出帯”です》

《高密度の魔力が地脈から常に噴出しており、それを糧とする自律繁殖型の魔物が多数棲息しています》


(魔力湧出帯……。つまり、放置していても魔物が勝手に湧いて増える、そういう土地か)


俺は小さくため息をつく。


(まるで自然発生型のダンジョンだ)


危険度は高いが、裏を返せば、情報や利用価値のある素材を得るには最適な場所かもしれない。

軍人として、リスクとリターンを冷静に天秤にかける。


《生物スキャンを実行。北西方向1.5km地点、対象:狼型魔物”ハウルファング”、三体》


マップ上の一点が赤く点滅し、ドローンからの映像が拡大表示される。

そこに映っていたのは、ただの狼ではなかった。

体長は2メートルを超え、背中からは骨のような突起物が突き出している。

爛々と光る眼は、明らかに知性を感じさせた。


《行動パターン解析完了》

《習性:群れで統率の取れた狩りを行います。三方向から獲物を囲み、死角から同時に襲いかかる戦術を確認》

《弱点:頭蓋が比較的脆く、頭部への物理貫通攻撃が有効》


ハウルファングの動きは、まるで訓練された兵士のようだった。

だが、ティアの解析によって、その行動パターンは手に取るようにわかる。

対処は容易だ。


《補足情報。ハウルファングの牙、爪、毛皮は、この世界の主要な交易品です》

《特に牙は武具の素材として高値で取引されるため、換金性が高いと判断します》


「金になるなら、狩る価値があるな。後で試すか」


俺はそうつぶやき、M9を握り直した。

このM9セミオートマチックハンドガン。俺にとって、この世界を生き抜くための最初の”武器”だ。

弾道計算、リロード支援……すべてをティアが最適化してくれる。

もはや、銃は俺の身体の一部だった。


《追加情報。周辺地域で交わされていた”言語波形”のデータサンプルを十分に収集しました。解析を開始します》


数秒の沈黙。

そして、ティアは淡々と報告してきた。


《解析完了。対象文明圏の基本構文を解読》

《現地語のリスニング及びスピーキング機能を、あなたの脳内情報野にインストールしました》


(……便利なもんだな。通訳要らずか)


ティアの能力が、俺の想像を遥かに超えている。

これで、人のいる街へ行っても、会話には困らないだろう。



しばらく森を探索しながら、俺はティアの解析結果を頭の中で整理していた。

魔力湧出帯。自律繁殖型の魔物。

まるで、誰かが意図的に作り出した実験場か、あるいは兵器の供給源だ。


その時だった。


《警告。深度3メートル地点に、微弱な金属反応及び、高密度な魔力痕跡を検出》


ティアの声が、初めて”警告”という単語を使った。

ただの発見報告とは違う。通常の環境ではありえない、異常な反応ということだ。


『何だ? 新種の魔物か?』


《いいえ。生体反応ではありません》

《複数の金属素材で構成された、魔力式構造体の残留反応です》

《人工物の可能性が極めて高いと判断します》


『人工物……こんな森の奥深くに、か?』


俺はM9を構え、ティアが示す座標へと慎重に向かった。

ぬかるんだ地面を踏みしめ、蔦を払い、たどり着いた先にあったのは、半ば土に埋もれた巨大な構造物だった。


それは、見たこともない金属でできていた。

風雨に晒され、ひどく錆びついているが、その異様さは一目でわかった。

表面には、血管のように奇妙なチューブ状のパーツが這いまわっている。

何よりも俺の目を引いたのは、そのパーツ構成だった。


「……これ、銃の部品じゃねぇのか?」


俺が思わずつぶやくと、ティアが即座に肯定した。


《相同性のある構造を複数確認。銃身、弾倉、照準器……シンが知る現代兵器の構造に酷似しています》

《ただし、この世界の文明レベルから見て、これは”異常”なオーバーテクノロジーです》


それは、現代兵器とこの世界の魔術が融合したような、奇妙で冒涜的なデザインだった。

原型を留めていない部分も多いが、かつては恐ろしく強力な”兵器”だったことがうかがえる。


《更なる解析を継続。この兵器は、魔力を弾丸に変換し、撃ち出す構造を持っています》

《古代文明における”魔力伝導式弾道兵器”と推定されます》


(魔力を、弾丸に……)


(……つまり、この世界の人間が作った、”銃”ってことか)


俺は静かに、その破片の一つを手に取った。

ひんやりとした金属の感触。ずしりと重い。


《高密度の残留魔力反応を検出》

《この破片に込められた魔力は、現在の周辺環境の魔力濃度と比較して、約1200%の密度を維持しています》


その言葉に、手のひらに微かに熱がこもるような錯覚を覚えた。

あくまで「”錯覚”」だ。

ティアが解析した情報を、俺の脳が身体感覚として誤認しているだけだろう。


《断片データを収集。”TACTICAL-BUILD”のライブラリに保存します》

《今後の兵装開発の貴重なサンプルとなります》


この世界には、俺の常識を覆す技術が、過去に存在していた。

そして、この「スキル」というシステムも、その失われた技術と何らかの関係があるのかもしれない。


俺は、この世界の裏側に横たわる、巨大な謎の片鱗を見た気がした。



破片のデータ収集を終えた俺は、木の根元に腰を下ろす。

目の前には、掘り出した巨大な銃の残骸。


『ティア、この破片を運ぶ方法はないのか? さすがにこのままじゃ持ち運べない』


《可能です。シンの携行品を効率的に収納するため、”拡張コンテナ”の生成を提案します》


『拡張コンテナ……?』


《はい。”TACTICAL-AI”管理式 拡張コンテナ。通称”TACT-PACKタクト・パック”》

《周囲の魔素と素材を再構成し、バックパックやアームバンドなど、用途に応じた形状に自在に変形可能です》

《現時点での最大容量は150kg相当。生成しますか?》


俺は、目の前にある大きな破片を見やる。

そして、これからの旅路で必要になるであろう、様々な物資を想像した。

最も効率的なのは、一つのコンテナにすべてを収納することだ。


『……生成を許可する。形状はバックパック型で頼む』


俺の背後で、再び光の粒子が集まり、ミリタリー感のあるダークグレーのバックパックが瞬時に構築される。

俺はそれを背負い、感触を確かめた。驚くほど軽い。

そして、巨大な破片をその中に放り込んだ。重さを感じさせず、すっぽりと収まってしまう。


《”TACT-PACK”内に収集した破片を格納。自動でクリーニングとデータ解析を継続します》

《解析データに基づき、新たな武装開発の可能性が提示されました》

《魔力素材と既存兵器を融合させるカスタム案を複数構築可能です》


『……そうか。それは後でいい』


俺は立ち上がった。


王城での一方的な断罪。そして、森で発見した謎の兵器。

この世界がどういう場所なのか、知る必要があった。

俺は、この世界の人間を無差別に敵と見なしているわけじゃない。

だが、俺に敵意を向けるなら、容赦はしない。


これから何が起こるのか。

どんな敵が、どんなトラブルが待ち受けているのか。

それは、まだわからない。


だが、この手には”武器”がある。

この脳には、”ティア”がいる。

そして、解き明かすべき”謎”が見つかった。


それだけで、十分すぎる。


俺は、日が差す方角へと、迷いなく歩き出した。

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