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第19話「正面突破」

 ライラの工房を後にしてから、数時間が経過した。

 あの後、俺は安宿には戻らず、街の喧騒に紛れながら、一つの建物へと向かっていた。

 商業都市ゼノアの富と権力を象徴する、アークライト商会本部。

 白亜の壁、黄金の装飾が施された、悪趣味なほどに豪華絢爛な建物だ。


 その建物の向かいにある、安酒場の二階。

 俺は、窓際の席から、商会本部の様子を窺っていた。


『ティア。状況を整理しろ』


 《はい。アークライト商会は、現在、最高レベルの警戒態勢にあります》

 《全ての戦力を本部ビルに集結させ、籠城を決め込んでいる模様。外部との通信も、必要最低限のもの以外は、全て遮断しています》


 ティアの報告を聞きながら、俺はテーブルの上のエールを一口飲む。

 中身は、ほとんど水で薄められた、気の抜けた代物だ。


『……臆病な男だな、会頭のバルタザールとやらは』


 《恐怖は、時に人間を臆病にさせ、時に大胆にさせます。彼の場合は、前者だった、というだけのことでしょう》


 ティアの、どこか哲学的な物言いに、俺は思わず鼻で笑う。

 こいつのAIも、随分と人間臭いことを言うようになったものだ。


『鉄の牙が壊滅したことで、奴は俺を、得体の知れない”災害”か何かだと認識した。だから、嵐が過ぎ去るのを、頑丈な巣穴で待つことを選んだ。……違うか?』


 《その推察で、概ね間違いありません。ですが、シン。その”巣穴”は、我々が想定していた以上に、頑丈です》


 視界に、アークライト商会本部の、三次元見取り図が展開される。

 ティアが、ステルスドローンを使って、既に内部構造のスキャンを終えているのだ。


 《建物全体に、強力な魔法障壁が展開されています。物理的な攻撃だけでなく、魔力による干渉も、ある程度は防ぐでしょう》

 《さらに、内部には、少なくとも50名以上の私兵が配置されています。彼らは、ただの衛兵ではありません。元傭兵や、腕利きの冒-険者で構成された、実戦部隊です》


『……なるほど。正面から乗り込むのは、骨が折れそうだな』


 《はい。隠密行動による潜入は、極めて困難と判断します。成功確率は、10%以下》


『そうか。……なら、話は早い』


 俺は、残っていたエールを、一気に飲み干した。


『隠密が無理なら、やることは一つだ』


 俺は席を立ち、テーブルの上に銅貨を数枚置く。

 そして、酒場を出て、アークライト商会本部へと、まっすぐに歩き始めた。


 《……シン?》


 ティアが、怪訝な声を上げる。


 《作戦目標の再設定を推奨します。現在の状況で、正面から攻撃を仕掛けるのは、無謀です》


『無謀、か。そうかもしれないな』


 だが、俺の足は止まらない。

 商会本部の、巨大な正面扉。

 その両脇には、屈強な鎧を着込んだ門番が、四人、槍を構えて立っている。

 俺の姿に気づいた彼らが、訝しげな視線を向けてきた。


「待て、貴様!何者だ!」

「ここは、アークライト商会本部であるぞ!許可なく、近づくことは許さん!」


 警告の声。

 それを、俺は無視する。


『ティア。TACTICAL-BUILD、起動』


 《……了解。ですが、シン、本当に……》


『兵装は、お前に任せる。この状況で、最も効果的なものを、選べ』


 俺の言葉に、ティアは一瞬、沈黙した。

 だが、すぐに、いつもの冷静な声が返ってきた。


 《……承知しました。ミッションプランを再構築。”正面突破”を最優先事項とし、最適な兵装を選択します》


 俺の右手に、確かな重みが生まれる。

 それは、昨日使ったショットガンのような、無骨な塊ではない。

 より洗練され、より殺意に満ちた、漆黒の銃。

 ドイツ、H&K社が誇る、最高傑作の一つ。アサルトライフル、HK416。

 その銃身には、ホログラフィックサイトと、フォアグリップが装着されていた。


『……アサルトライフルか。いいだろう』


 《隠密の必要は、もはやありません。多数の敵を相手に、圧倒的な制圧力と連射性能で、最短ルートを確保します》


「おい、聞いているのか、貴様!」


 門番の一人が、苛立ちを隠せない様子で、槍の穂先を俺に向けてくる。

 その、鋭い切っ先が、俺の喉元に突きつけられる、その寸前。


 俺は、HK416の銃口を、奴の顔面へと向けた。


「……なっ!?」


 門番が、驚愕に目を見開く。

 だが、もう遅い。


 ダダダダッ!!


 乾いた炸裂音が、連続で響き渡る。

 それは、ショットガンの轟音とは違う。

 より速く、より鋭く、より無慈悲な、死の宣告。


 銃口から吐き出された、5.56mm弾が、門番の兜を、紙屑のように貫いた。

 兜が砕け、頭蓋が弾け、赤い飛沫が、背後の白亜の壁を汚す。

 男は、悲鳴を上げる間もなく、崩れ落ちた。


「な……!?」

「き、貴様ぁっ!」


 残りの三人が、我に返って武器を構える。

 だが、彼らの動きは、あまりにも、遅すぎた。


 俺は、銃口を滑らせるように動かし、流れるような動作で、残りの三人を掃討する。

 ダダダッ!ダダダッ!

 短いバースト射撃が、二度。

 槍を構えた男の心臓を、剣を抜こうとした男の喉を、正確に弾丸が貫いていく。


 最後の魔法使いが、何かを叫びながら、防御障壁を展開しようとする。

 だが、その詠唱が終わるよりも早く、俺の放った弾丸が、彼の両膝を砕いていた。


「ぎゃあああっ!」


 地面に崩れ落ち、絶叫する魔法使い。

 俺は、その額に、冷たく銃口を押し当てる。


「……騒がしい」


 パン、と一発。

 それで、静かになった。


 商会本部の正面玄関。

 そこに立っているのは、俺一人。

 足元には、四つの死体が転がっているだけ。

 所要時間、わずか10秒。


『ティア。敵の増援は?』


 《本部内部、パニック状態です。”正面玄関が、何者かに襲撃された!” ”門番が、一瞬でやられた!” といった通信が、錯綜しています》

 《第一陣、エントランスホールより、10名が接近中。到着まで、あと15秒》


『そうか』


 俺は、HK416の弾倉を、新しいものに交換する。

 そして、巨大な、黄金の装飾が施された扉を、躊躇なく蹴り開けた。


 目の前に広がっていたのは、度を越して豪華な、エントランスホールだった。

 床は、磨き上げられた大理石。

 天井からは、巨大なシャンデリアが吊り下がり、壁には、趣味の悪い絵画が、いくつも飾られている。


 そして、そのホールの奥から、鎧を着込んだ男たちが、剣や斧を手に、こちらへ殺到してくるところだった。


「いたぞ!あいつだ!」

「殺せ!会頭の命だ、八つ裂きにしてやれ!」


 怒号と、殺気。

 だが、俺の心は、凪いだ湖面のように、静かだった。


 俺は、HK416を構え、トリガーに指をかける。

 ホロサイトの、赤い円の中に、先頭を走る男の顔が、はっきりと見えた。


 ダダダダダダダッ!!


 銃口が火を噴き、薬莢が宙を舞う。

 フルオートで放たれた弾丸の嵐が、ホールに響き渡った。


「ぐはっ!?」

「な、なんだ、これは……!?」

「魔法か!?いや、違う!」


 先頭を走っていた数名が、面白いように弾け飛ぶ。

 大理石の床が、彼らの血で、まだらに染まっていく。

 彼らが誇る鋼の鎧も、高速で飛来する鉛の弾丸の前では、何の役にも立たない。


 俺は、撃ちながら、歩を進める。

 一歩、また一歩と、確実に、敵との距離を詰めていく。


 《敵、5名、右翼の柱の影に隠れました》


 ティアの冷静な分析。

 俺は、銃口を右へと向け、柱に向かって、容赦なく弾丸を叩き込んだ。


 バリバリバリッ!


 大理石の柱が、轟音と共に砕け散る。

 その破片が、隠れていた男たちの体を、無慈悲に打ち据えた。


「うわあああっ!」

「目が、目がぁっ!」


 悲鳴を上げて、飛び出してくる男たち。

 そこを、俺は冷静に、一発ずつ、確実に仕留めていく。

 パン、パン、パン、と。

 それは、もはや戦闘ではなく、作業だった。


 《敵増援、第二陣。二階の回廊より、弓兵部隊、8名が出現》


 俺が顔を上げると、ホールの二階部分をぐるりと囲む回廊に、弓兵たちがずらりと並び、こちらに矢を番えているのが見えた。


「放て!」


 号令と共に、無数の矢が、雨のように降り注ぐ。

 だが、その全てが、俺の体に届く前に、見えない壁に弾かれて、床に落ちた。


 《タクティカル・フィールド展開。限定的な、対物理障壁です。エネルギー消費が激しいため、持続時間は、あと5秒》


『十分だ』


 俺は、HK416の銃口を、上へと向けた。

 そして、狙いを定めるのは、弓兵たちではない。

 彼らの頭上で、煌びやかに輝く、巨大なシャンデリア。


 ダダダダッ!


 数発の弾丸が、シャンデリアを吊り下げていた、太い鎖を撃ち抜く。

 金属が断ち切れる、甲高い音。


 次の瞬間、巨大な鉄と水晶の塊が、轟音と共に、二階の回廊へと落下した。


「な……!?」

「う、うわあああああああ!」


 弓兵たちの、悲鳴。

 それは、シャンデリアが、彼らの体を押し潰す、骨と肉の砕ける音に、かき消された。


 ホールに、再び静寂が戻る。

 残っているのは、硝煙の匂いと、破壊の痕跡。

 そして、俺一人だけ。


『……掃除、完了だな』


 《はい。エントランスホールの敵性存在、全て排除しました》

 《ですが、シン。敵の主力は、まだ奥です。この騒ぎを聞きつけ、次々とこちらへ向かっています》


『分かっている。だからこそ、急ぐんだろう?』


 俺は、砕け散ったシャンデリアの残骸を踏み越え、ホールの奥へと続く、巨大な階段へと向かった。

 会頭、バルタザールのいる、最上階へ。


 この建物は、巨大な迷路だ。

 だが、俺には、ティアという、最高のナビゲーターがいる。


『ティア。最短ルートを』


 《了解。三階の西通路を経由し、中央階段へ。それが、最も早く、敵の布陣が手薄なルートです》


 俺は、階段を駆け上がった。

 これから始まる、本当の戦争のために。

 恐怖に歪んだ、臆病な王の首を、狩るために。

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