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第17話「鉄の牙、砕ける」

 ゼノアの街の地下を、汚水が流れる音が響く。

 鉄の梯子に足をかけ、俺はマンホールの蓋を静かに押し上げた。

 隙間から流れ込んでくるのは、ひんやりとした夜気と、遠くで聞こえる虫の音。

 地上は、既に夜の帳に包まれていた。


『ティア、最終報告』


 《はい。おとり部隊は、3分前に西門を出発。現在、目標地点である倉庫街へと向かっています。待ち伏せ部隊は、全て配置完了。傭兵団『鉄の牙』、計15名。周辺を固めるギルドの私兵が20名。完璧な包囲網です》


 俺の視界に、リアルタイムで更新される戦術マップが展開される。

 赤い点で示された敵兵が、倉庫街を網の目のように囲んでいた。

 獲物が飛び込んでくるのを、今か今かと待ち構えている蜘蛛の巣だ。


『指揮官、グレンデルの位置は?』


 《変わらず。南の丘陵地帯にて、本隊と共に待機中。彼我の距離、約800メートル》


『よし。……では、始めるとしようか』


 俺は音もなく地上に這い出し、再びマンホールの蓋を閉じた。

 今夜の戦場となる、倉庫街。

 月明かりに照らされた、背の高い倉庫が、巨大な墓石のように立ち並んでいる。

 身を隠すには、絶好の場所だ。


『ティア。TACTICAL-BUILD、起動。兵装を選択しろ』


 《了解。現在の戦闘環境、敵兵力、そして我々の作戦目標を考慮し、最適な兵装を推奨します》


 俺の右手に、ずしりとした重みが生まれる。

 闇の中で、黒光りする鉄の塊が、その姿を現した。

 イタリア、ベネリ社が開発した、軍用コンバットショットガン、M4。

 伸縮式のストック、ピストルグリップ。近接戦闘に特化した、無骨で信頼性の高い相棒だ。


『……ショットガンか。いい選択だ』


 《はい。入り組んだ地形での近接戦闘において、散弾による面制圧は、統率の取れた集団を無力化するのに最も効果的です。敵は、あなたのことを、単独で行動する暗殺者と想定しています。一撃必殺の剣や魔法を警戒しているはず。この兵器の特性は、完全に彼らの想定外となるでしょう》


『奴らの戦術的優位を、火力で粉砕する、か。気に入った』


 俺は、M4のフォアエンドをジャキン、と引き、初弾を薬室に送り込む。

 その重い金属音が、今夜の開戦の合図だった。


 俺は、わざと物音を立てながら、倉庫と倉庫の間を駆け抜けた。

 石ころを蹴飛ばし、鉄の扉にわざと体をぶつける。

 素人じみた、隠密行動。

 敵に、「獲物が罠にかかった」と確信させるための、ささやかな演出だ。


 すぐに、反応があった。


 《敵の魔力通信を傍受。”目標、出現。Dブロックの第三倉庫へ向かった模様”》

 《”各員、包囲網を縮小。絶対に逃がすな。合図があるまで、動くな”》


 ティアが、敵が魔道具を使って交わす思念伝達を、冷静に読み上げる。

 敵が、じりじりと距離を詰めてくるのが、肌で感じられた。

 空気の振動、殺気の匂い。

 戦場だけが持つ、独特の緊張感だ。


 俺は、一つの大きな倉庫の影に身を潜めた。

 ここが、奴らが用意した、俺の墓場だ。


 《包囲網、完成まで、あと10秒》

 《9、8、7……》


 ティアのカウントダウンが、脳内に響く。

 俺は、M4を固く握りしめ、息を殺した。


 《3、2、1……》

 《……包囲、完了しました》


 その瞬間だった。


「――やれ!」


 遠くから、野太い号令が聞こえた。

 グレンデルの声だろう。


 次の瞬間、四方八方から、無数の人影が、一斉に俺が潜む倉庫へと殺到した!

 剣を抜き、魔法の詠唱を始める者。

 その動きは、訓練され尽くした、プロのそれだ。

 一切の無駄がなく、統率が取れている。


 彼らは、勝利を確信していた。

 袋のネズミを、嬲り殺しにする、簡単な仕事だと。


 だが。


『――遅い』


 俺は、倉庫の影から飛び出すと同時に、M4のトリガーを引いた。


 ズガァンッ!!


 夜の静寂を切り裂く、轟音。

 それは、剣の音でも、魔法の詠唱でもない。

 この世界の誰もが知らない、純粋な暴力の音。


 俺の正面から迫ってきた、三人の傭兵。

 そのうちの一人が、驚愕の表情で目を見開くのと、その胸の鎧が、内側から爆ぜるように弾け飛んだのは、ほぼ同時だった。


 散弾だ。

 無数の鉛の粒が、扇状に広がり、三人の体を同時に打ち据える。


「ぐっ……!?」

「な、なんだ、今の音は……!?」


 鎧は砕け、肉は裂け、骨は折れる。

 一瞬にして、完璧だったはずの彼らの前衛は、ただの血塗れの肉塊へと変わった。


「馬鹿な!?シールドを張れ!魔法障壁は!?」


 後方から、魔法使いの焦った声が聞こえる。

 だが、物理的な質量を持つ散弾の前では、魔力で編まれた薄い壁など、何の役にも立たない。


 俺は、空になった薬莢を排出させながら、間髪入れずに、次のターゲットへと銃口を向ける。


 ズガァン!


 右翼から回り込もうとしていた、二人の剣士。

 その足元に、散弾が叩き込まれる。

 地面が抉れ、飛び散った石畳の破片が、彼らの足をズタズタに引き裂いた。


「ぎゃあああっ!」


 悲鳴が上がる。

 統率が、崩れ始める。


 《敵、混乱状態に陥っています》

 《”なんだ、あの武器は!?”》

 《”報告にないぞ!こんな攻撃、聞いていない!”》

 《”くそ、怯むな!囲んで叩き潰せ!”》


 ティアが、敵の悲鳴のような通信を、淡々と中継する。

 だが、その命令は、もはや誰にも届かない。

 彼らの脳は、未知の兵器がもたらす、圧倒的な恐怖に支配されていた。


 俺は、倉庫の壁を蹴り、高く跳躍する。

 空中で、身を捻り、眼下の敵集団を見下ろした。

 そこは、まさに鴨撃ちの猟場だった。


 ズガァン!ズガァン!


 空中で、二度、トリガーを引く。

 轟音と共に、散弾の雨が、敵の頭上へと降り注いだ。

 遮蔽物のない場所で、密集していた彼らは、格好の的だ。


「ぐ、ああああ!」

「助け……」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 数秒前まで、最強の傭兵団として、絶対の自信に満ちていた男たちが、赤子のように、ただ蹂躙されていく。


 これが、戦術と、兵器の特性の差だ。

 個々の技量など、圧倒的な火力の前に、意味はない。


 俺は、静かに着地すると、M4に新たなショットシェルを装填する。

 その冷たい感触が、妙に心地よかった。


 《……周辺の敵、残り三名。ギルドの私兵は、戦意を喪失し、逃走を開始》


『そうか』


 俺は、物陰に隠れ、震えている最後の一人へと、ゆっくりと歩み寄った。

 そいつは、俺の足音に気づき、恐怖に引きつった顔で、こちらを見上げた。


「ひ……ひぃっ……!ば、化け物……!」


「化け物、か。……そうかもしれないな」


 俺は、銃口を、彼の眉間に突きつける。


「だが、お前たちも、同じだろう?金のために、人を殺す。俺と、何が違う?」


「……た、助け……」


「安心しろ。楽にしてやる」


 ズガン。


 乾いた音が、一つ。

 それで、全てが終わった。


 倉庫街に、再び静寂が戻る。

 そこに漂うのは、硝煙と、血の匂い。

 そして、絶対的な、死の匂いだった。


『ティア。状況は?』


 《待ち伏せ部隊、全滅を確認。所要時間、2分17秒。こちらの損害、軽微》


『……グレンデルは?』


 《未だ、丘陵地帯にて待機中。ですが、こちらの状況を把握し、混乱している模様》

 《”馬鹿な、全滅だと!?たった一人に、あの部隊が!?”》

 《”すぐに退却しろ!罠だ!我々は、とんでもない化け物を敵に回した!”》


 ティアが中継する、グレンデルの狼狽した声。

 その声には、先ほどの自信など、微塵も残っていなかった。


『……退却、か。そうはさせるか』


 俺は、M4を背中に回し、代わりに、腰のホルスターからM9を取り出した。

 サプレッサー付きの、静かなる暗殺者。


『ティア。ここから、グレンデルのいる丘まで、最短ルートを割り出せ』


 《了解。……ルートを算出。あなたの脚力ならば、5分で到達可能です》


『十分だ』


 俺は、死体が転がる倉庫街を、静かに後にした。

 奴らが仕掛けた、お粗末な罠。

 その代償は、きっちりと払ってもらう。


 見えざる敵の恐怖を、その心臓に、直接刻み込んでやる。

 本当の”狩り”は、まだ始まったばかりだ。

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